埋草草紙
梅草草子
ソウルヘ行ってきた。みちしるべ32号で井上千栄子氏が既に報告した清渓川を見てくるのが目的の一つであった。ソウルは気温零度以下、空気は乾燥しており、そんな戸外をうろちょろするのは初めてで、防寒着で身体は暖かでも顔や耳が非常に冷たかった。1月12日付毎日新聞は都市再生と題して清渓川を特集している。
ソウルの旅館でNHKBSTVを見ることが出来たから、秋田、新潟に大雪が降ったことを知った。大陸の乾燥した風が日本海を渡る間にたっぷり海上の水分を吸収しそれが日本海側に大雪を降らすのだろうと、にわか気象予報士になったような話しをしあったのだった。
帰宅後家族でこの大雪について話しあった。なぜ雪の積もりにくい屋根が出来ないのだろう、融雪装置が取り付けられないのだろうか、というようなことが主だった。私たちが今更言うまでもなくこんな事は研究されており、あるいはすでに開発されているだろう。それでも自然の力が勝ってしまう、自然はあなどれないのだ。そんな中では人々はいろいろ知恵をはたらかせ、そこに住み続けてきた。秋山郷という所は北越雪譜に取り上げらねている豪雪地帯として名を売っている。私たちが都市住民の感覚で、積雪対策の完備した道路が作られないのかとか何とかは言える。でもそれを地元の人は歓迎するのだろうか。そんな道が出来れば四輸駆動車が大手をふって入り込むことだろう。それはそれでその地の環境を破壊するのではないだろうか。なんといってもそこは秘境なのだし、それが売りなのだ。住民が雪のため不足しているといった品物を見れば、豪雪対策として大規模な耐雪備蓄倉庫なんか作ればいいんじゃないか、と勝手なことを考えたのであった。
今年も箱根駅伝をみた。見所のあったレースだった。トップの走者が脱水症状になりどんどん抜かれ、ふらふら蛇行しながら先へ進む。それには妻も私もはらはらした。妻など救急車の手配まで心配する始末であった。だが彼は絶対安全だ。死ぬことはない。そこは管理されたゲームの世界なのだから。このレースの彼を心配してはらはらどきどきした人は戦争という場に思いを馳せなくてはならない。戦場とは常に殺されるかもしれないということが前提の場なのだ。そこへ身内や知人を送り出すということは、はらはらどきどきで済むものではない。いやな事件、人殺しが多い。人を殺すのは大犯罪だ。だから人々はいきどおり、犯人を憎む。だが戦場では人を殺さねばならないのだ。人を殺しに行くのだ。戦争をしてはいけない。戦争を放棄した日本、この国のよさをつぶしてはならないのだ。
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