「百万ドル」の足
尼崎 恵美子
誰もいない昼さがり、バス停のベンチに上がり込み両足をのばした。整形外科で治療を終えての帰りだ。七十一歳の足を両手でさすりながらつくづく眺めた。外反母趾で親指つけ根の関節が不格好に出っ張っている。二本の足はまるで太い大根だ。近頃は膝の痛みを杖でかばいながら、ぼちぼち歩く日々である。
娘のころ私はすらりとした八頭身、格好良い足は「百万ドル」の足と友人逹からよく言われたものだ。ところが更年期を過ぎたころから何故か急に身体が太りだし支える足もそれにつれ、みるみるうちに太くなってしまった。夫は「まるで詐欺にあったようなもんや」と言う。どうやら若いころ私のスタイルに惚れたらしい。
小学校一年の時からハイヒールを履き、靴の形は流行によりいろいろ変わったが、太ってもずっとハイヒールを履き続けた無理がたたったのか私の足はすっかり変形してしまった。楽しい時悲しい時、いつも私と共にあった足、随分長い間酷使してきたものだ。「百万ドル」の足を返せ、この痛みはもうくたくたになった足からの反逆の叫びのようにも思える。
私は阪神大震災で突発性難聴になり、右耳の聴力を失った。そして又、あるきにくくなった足、五体の機能が失われていく不安に近ごろよく襲われる。七十一歳にして初めて五体満足あたりまえのことの有り難さをしみじみ感じるようになった。
九十四歳の母は足がいたって丈夫で、長寿の祝いにもらった杖は「わてには必要おまへん」と私にくれた。そして、私と又、方々旅行したいと待っている。夫は青春時代に捕虜生活を過ごしたシベリアの地へ「死ぬまでにもう一度私と二人で訪れたい」と言っている。年老いた二人が私の足の良くなるのを待っている。
体重を減らして足を楽に、近頃は日中ダイエット、ダイエットと日に何回体重計に乗ることか。今からスリムになるのは並大抵でない。旺盛な食欲を押さえ、我慢することに少し馴れニキロ減った。足の痛みが僅かではあるが楽になったように思う。
テレビに娘さんが出ていると私はすぐ足を見る。そしていろいろ批評する。「細いだけではあかん魅力的でないと」と若い頃の「百万ドル」の足の自慢話をする。夫はいつも呆れている。「あーわが足よ、早く元気になーれ」。
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