『みちしるべ』 by 阪神間道路問題ネットワーク

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『みちしるべ』道路環境基準の基礎知識⑤**<2002.1. Vol.15>

2006年01月05日 | 基礎知識シリーズ

道路環境基準の基礎知識
道路に関する環境基準の現状と問題点 Vol.5

世話人 藤井隆幸

6-1 大気汚染の環境基準について

 道路環境基準に関して、これまで振動・騒音の順番で取り上げてきた。それは幹線道路沿道で生活する住民の、苦情の多い順番でもある。しかしながら、健康に最も不安を与えるのは、これから最後に説明する事になる大気汚染である。騒音や振動でも不眠症等に陥り、ノイローゼで自殺未遂があったことは、国道43号線沿道でも複数例の確認があり、疎かには出来ないのであるが。

 ともかく現代社会において、一般的に最も問題視されている大気汚染の説明に入りたい。この大気汚染に関しては、非常に複雑な問題がある。騒音と同じく環境基本法に基づく環境基準や、大気汚染防止法(昭和43年)に基づく要請限度があるが、その物質数が多い。二酸化硫黄(SO2)・一酸化炭素(CO)・浮遊粒子状物質(SPM)・二酸化窒素(NO2)・光化学オキシダント(OX)があり、それぞれの物質の生成過程や人体への作用は、全く違っている。当然基準となる数値もまちまちであるし、歴史的経緯・変遷も異なっている。何より大気と言ったつかみ所のない空間に漂う、その物質の拡散状況や濃度の事を把握しなければならない。非常に大変な説明をする事になる。

6-2 大気汚染物質の環境基準

 まず汚染物質ごとの環境基本法に基づく環境基準が如何になっているのか、表に示す事とする。大気汚染防止法による要請限度に関しては、現実的数値とも思えず、都道府県知事が要請限度を超えたことを確認し、権限を発動した事実が皆無であるので、この際、割愛する事にする。

 

 単位にppmというのか出て来るが、parts per millionの頭文字であり、100万分の1個のことである。英語では「2分の1」のような分数を、「one per two又は1/2」とする。因みにppbはparts per billionの頭文字で、10億分の1個である。したがって、0.08ppmは8ppbと同じことである。

 ここで注目したいのは、総ての物質濃度の最小時間単位が1時間値になっていることである。それぞれの物質の測定方法は環境省のマニュアルで指定されている。対象となる大気を一定の割合で採取し続け、1時間毎の平均濃度を測定する事と指定されている。であるから最小時間単位が1時間値となるのである。振動や騒音のように瞬間値を記録するのは、大気に於いては不可能である。

 物質の特徴に応じて、1時間値・1時間値の8時間平均値・1時間値の1日平均値を環境基準として指定している。交通量のほぼ一定な道路での振動や騒音は、毎日同じ様な数値が出るので、平均的な日の測定値が、そこの震度値・騒音値とする事が出来る。が、大気汚染に関しては、同じ様な交通量でも気象等の影響により、毎日の変化が大きすぎる。その為、環境影響評価の際には、年間平均値や年間98%値を使う事になるが、それは環境基準ではないことを考慮しておかなければならない。

6-3 二酸化硫黄について

 ここで汚染物質の個々の特徴なりを説明する事にする。順番に説明すると、まず二酸化硫黄ということになる。石炭や石油のような化石燃料には、産地によって含まれる量は違うのであるが、多かれ少なかれ硫黄(イオウ)分が含まれている。この硫黄分の含まれたままの化石燃料を燃やすと、二酸化硫黄が発生する。四日市コンビナート周辺住民が喘息で苦しんで、日本で初めての大気汚染裁判が起こったが、その主犯とされたのが二酸化硫黄であった。当時は亜硫酸ガスの名称で呼ばれる事が多かった。

 二酸化硫黄は水に溶けると硫酸になる。三大強酸とは塩酸・硫酸・硝酸であるが、その一つとなる。二酸化硫黄は非常に水に溶けやすく、ヒトが吸入すると鼻腔や喉や上気道で硫酸となり、粘膜細胞を溶かしてしまう。喉が荒れ、風邪を引きやすくなり、喘息症状も出てくるようになる。

 石炭の使用量は近年減少し、四日市喘息等をきっかけに、石油に含まれる硫黄分を除去する方法が開発された。硫黄分の少ない燃料を使い、工場の煙突から排気ガスを出す前に、脱硫装置で二酸化硫黄を出来るだけ除去するようになった。その結果、近年は環境基準がクリアーされるようになった。

 しかしながら、ディーゼル車が消費する軽油中の硫黄分は、欧米に比べてまだまだ多く、脱硫装置のつけられない自動車からの二酸化硫黄が問題になっている。

6-4 一酸化炭素について

 炭素が完全燃焼すると二酸化炭素となる。炭素原子1個に2個の酸素原子がくっつくのである。二酸化炭素も毒性があるが、一酸化炭素の10分の1でしかない。不完全燃焼では炭素原子1個に対し、1個しか酸素原子がくっつかず、一酸化炭素となる。

 ヒトは肺で呼吸する事によって、肺の中で血液中のヘモグロビンが酸素を受け取り、体内組織に運び、体内組織で出来た二酸化炭素を、肺の中で放出する。が、ヒトが一酸化炭素を吸い込むと、肺の中で酸素より強くヘモグロビンと結びつく為に、体内組織に酸素が届かなくなる。最も酸素を必要とする体内組織の脳が酸欠(酸素欠乏)を起こし、神経の機能が麻痺し、生命維持が出来なくなる。

 一酸化炭素は空気中濃度が0.01%で致死量となる。ppmに換算すると10000ppmと言う事になる。炭火や練炭で気分が悪くなるのは、一酸化炭素中毒である。ガス器具の不完全燃焼や、シャッター付きガレージで車のエンジンをかけたままで死亡事故が起こるのも、一酸化炭素中毒である。

 60~70年代のロサンゼルスのスモッグで問題視されたのは、自動車のエンジンの不完全燃焼による一酸化炭素であった。有名なマスキー法で規制された為、その後は自動車からの一酸化炭素濃度は低くなり、先進国では一酸化炭素が問題になったニュースは近年聞いた事がない。自動車排ガス測定局では、たいてい測定項目になっているが、環境基準を超えたデータは見たことはない。

6-5 浮遊粒子状物質について

 浮遊粒子状物質はSPMと称される事が多い。suspended particular matterの略。直径10マイクロメーター(ミクロン)以下の粒子で、宙に浮くと中々沈降しない物質の総称である。春先に偏西風に乗って、中国大陸から飛んでくる黄砂なども含まれる。しかしながら、SPMとして問題になっているのは、ディーゼル排煙やタイヤ紛・アスファルト紛に含まれる多環芳香族炭化水素である。ベンツピレン・ベンゾフランのように発癌性がある物質が非常に多い。

 浮遊粒子状物質は粒子径が10マイクロメーターと大きいので、先に示した黄砂や砂埃の小さいものも含まれてしまう。従って、発癌性が問題になっているディーゼル排煙を正確に把握しにくい。アメリカでは既に、PM2.5という基準で測定をしている。粒子径を2.5マイクロメーター以下にして測定する為、その殆どがベンツピレンなどの物質のみとなる。日本に於いても、大気汚染公害訴訟を闘った人たちが、SPMからPM2.5の測定に切り替えるように、環境省に要求している。環境省は既に川崎市などに実地調査を依頼している。が、今後如何なる展開をするのか分らない。

 ともかく浮遊粒子状物質は気管支や肺に障害を起こし、肺癌の原因となっている。ディーゼル排煙は発癌物質そのものであり、タイヤもゴムの強化の為に添加しているブラックカーボンは発癌性の疑いが強い。アスファルトも発癌物質を固めたような存在である。ディーゼル排煙・タイヤの粉・アスファルトの粉・ブレーキパッドに含まれるアスベスト。これらが道路沿道の浮遊粒子状物質の多くを占めている。

 幹線道路沿道では非常に粉塵が多い。茶色のアルミサッシの窓枠も、1日で真っ白となってしまう。濡れ雑巾で拭き取ると、雑巾は墨のように真っ黒になる。明らかにディーゼル排煙とタイヤ紛とアスファルト紛である。砂埃の色とは全く別である。しかしながら、浮遊粒子状物質は沈降速度が緩やかで、沿道に落ちるのはSPMより粒子径の大きい単なる粉塵が大半であろうと推測できる。SPMは風の影響にもよるが、都市部全体に蔓延していると推測するのが正当であろう。

6-6 二酸化窒素について

 二酸化窒素は如何にして生成するか。空気中の7割は窒素である。この窒素が燃えると窒素酸化物が出来る。昔の小学校の理科実験では、ビーカーの中でロウソクを燃やし、窒素ガスを注ぎいれるとロウソクが消えてしまうので、窒素は燃えないと教えたものである。実際、立体駐車場の火災の消化装置は、窒素ガスであることが多い。

 今日では窒素は難燃性と称されている。台所のコンロでもタバコの火でも、微量の窒素が燃えて窒素酸化物になる。大量に窒素酸化物が発生する為には、高温・高圧化が必要である。それは内燃機関、詰まりエンジンの中である。東京都や大阪府で発生原因別の量を計算しているが、自動車から排出される窒素酸化物は全体の、それぞれ7割と6割といった状態である。

 エンジンに空気として取り込まれた窒素は、高温高圧の為に燃えて、大部分は一酸化窒素となり、排気管から大気中に放出される。そして大気中の酸素と結びついて二酸化窒素となる。ガソリンエンジンの場合、高温の排ガスの一部をもう一度エンジンへ戻す事により、比較的低温で爆発させる事が出来、一酸化窒素の発生量を抑える事が出来る。これを再循環装置と言う。また、マフラー(排気管)の一部に金・銀・バナジウムなどの3元触媒装置を取り付ける事によって、一酸化窒素の多くを窒素と酸素に分離する事ができる。

 しかし、ディーゼルエンジンの場合、黒煙が多く発生する為に、再循環装置も排ガスの触媒装置も取り付けられない。従って、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンの何10倍もの窒素酸化物を発生させる事となる。

 排気管から一酸化窒素として排出され、一定時間では殆どが二酸化窒素となる。その二酸化窒素はヒトが吸い込むと、二酸化硫黄よりも水に溶けにくく、肺の中の気管支の末端にまで到達しやすく、そこで水に溶けて硝酸となる。肺気腫や肺癌の原因となるが、どの程度の濃度で、どの程度の罹患率かは議論が分かれるところである。

6-7 光化学オキシダントについて

 光化学オキシダントとは、太陽光線によって出来た活性酸素の濃度の事である。その中心になるのはオゾン。普通、空気中の酸素は酸素原子が2つの状態で、酸素分子として存在し安定している。しかし、太陽光線の影響で酸素分子の一部が分解されて、酸素原子の状態となるものが発生する。酸素原子の状態は極めて不安定で、直ぐに酸素分子と結びつき、酸素原子3つの分子(オゾン)の状態となる。オゾンの状態も比較的不安定で、酸素原子1つを放出しようとする。このような酸素が細菌等に対して、殺菌作用があるため、昔は健康に良いもの(オゾン温泉)とされてきた。太陽光線の強い海や山でオゾンが多い事も、健康に良いとの錯覚を与えたものであろう。

 工場から発生する煤煙に総量規制がかかり、大気汚染の主役が工場から自動車に移行しだした70年頃。無色透明の煙、光化学スモッグが問題になりだした。二酸化窒素も太陽光線によって、一酸化窒素と酸素原子に分離される性質がある。その為、二酸化窒素濃度が高く太陽光線が強いと、光化学オキシダント濃度が上昇する。

 光化学オキシダントの影響は、目や喉の粘膜を刺激し、チカチカとしたり息苦しくなる。直ぐに疾病との因果関係は結びつかないが、活性酸素はガンの直接原因である。

6-8 大気汚染の主役物質の変遷と代表的物質

 歴史と共に重要視されてきた汚染物質の変遷があるように思える。60年代は工場の煤煙が著しく酷かった為に、二酸化硫黄が問題とされた。工場の排出規制が本格的になると、隠れていた自動車の排ガスが浮上してくる。一酸化炭素問題は、技術的に早く解決が見られた。二酸化窒素は極端を極めた70年代、光化学スモッグの問題も引き起こした。ディーゼル車の普及で、未だに解決の目途がつかない。

 大気汚染公害裁判で、二酸化窒素の因果関係が認められる様になった倉敷・西淀2~4次訴訟で、原因物質として定着するかに見えた。ところが、尼崎・川崎訴訟ではSPMが原因物質の中心とされ、二酸化窒素の時代も終わったかに言う向きもある。しかしながら、自動車公害の中心物質であり、最も観測体制がしっかりしている二酸化窒素の究明は、住民運動にとって、まだまだ中心となるべきものと思える。

 次回は二酸化窒素のカプセル調査を中心に、大気汚染の実態に迫りたい。

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