国常立尊(クニトコタチノミコト)は邪神のために、
三個(サンコ)の神宝を奪取せられむことを遠く慮(オモンパカ)りたまひ、
周到なる注意のもとにこれを竜宮島および鬼門島に秘したまうた。
そして尚も注意を加へられ大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)、
金勝要神(キンカツカネノカミ)、海原彦神(ウナバラヒコノカミ)、
国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)、豊玉姫神(トヨタマヒメノカミ)、
玉依姫神(タマヨリヒメノカミ)たちにも極秘にして、
その三個の珠の体のみを両島に納めておき、
肝腎の珠の精霊をシナイ山の山頂へ、
何神にも知らしめずして秘(カク)し置かれた。
これは大神の深甚なる水も洩(モ)らさぬ御経綸(ケイリン)であつて、
一厘(イチリン)の仕組(シグミ)とあるのは
このことを指したまへる神示である。
武熊別(タケクマワケ)は元よりの邪神ではなかつたが、
三つの神宝の秘(カク)し場所を知悉してより、
にはかに心機一転して、これを奪取し、
天地を吾(ワガ)ものにせむとの野望を抱くやうになつた。
そこでこの玉を得むとして、
日ごろ計画しつつありし竹熊と語らひ、竹熊の協力によつて、
一挙に竜宮島および大鬼門島の宝玉を奪略せむことを申し込んだ。
竹熊はこれを聞きて大いに喜び、ただちに賛成の意を表し、
時を移さず杉若、桃作(モモサク)、田依彦(タヨリヒコ)、猿彦(サルヒコ)、
足彦(タルヒコ)、寅熊(トラクマ)、坂熊(サカクマ)らの魔軍の部将に、
数万の妖魅軍を加へ、
数多(アマタ)の戦艦を造りて両島を占領せむとした。
これまで数度の戦ひに通力を失ひたる竹熊一派の部将らは、
武熊別を先頭に立て、種々なる武器を船に満載し、
夜陰に乗じて出発した。
一方竜宮島の海原彦命(ウナバラヒコノミコト)も、
鬼門島の国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)も、
かかる魔軍に計画あらむとは露だに知らず、
八尋殿(ヤヒロドノ)に枕を高く眠らせたまふ時しも、
海上にどつとおこる鬨(トキ)の声、
群鳥(ムラドリ)の噪(サハ)ぐ羽音(ハオト)に夢を破られ、
竜燈を点じ手に高く振翳(フリカザ)して海上はるかに見渡したまへば、
魔軍の戦艦は幾百千とも限りなく軍容を整へ、
舳艪(ヂクロ)相啣(アヒフク)み攻めよせきたるその猛勢は、
到底筆舌のよく尽すところではなかつた。
ここに海原彦命は諸竜神に令を発し、
防禦軍、攻撃軍を組織し、対抗戦に着手したまうた。
敵軍は破竹の勢をもつて進みきたり、
既に竜宮嶋近く押寄せたるに、味方の竜神は旗色悪(アシ)く、
今や敵軍は一挙に島へ上陸せむず勢(イキホヒ)になつてきた。
このとき海原彦命は百計尽きて、
かの大神(オホカミ)より預(アヅ)かりし潮満(シホミツ)、
潮干(シホヒル)の珠(タマ)を取りだし水火を起して、
敵を殲滅せしめむと為し給ひ、
まづかの潮満の珠を手にして神息(シンソク)をこめ、
力かぎり伊吹放(イブキハナ)ちたまへども、如何(イカ)になりしか、
この珠の神力は少しも顕はれなかつた。
それは肝腎の精霊(ミタマ)が抜かされてあつたからである。
次には潮干の珠を取りいだし、火をもつて敵艦を焼き尽くさむと、
神力をこめ此の珠を伊吹したまへども、
これまた精霊の引抜かれありしため、何らの効をも奏さなかつた。
鬼門ケ島(キモンジマ)にまします国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)は、
この戦況を見て味方の窮地に陥れることを憂慮し、
ただちに神書を認めて信天翁(アハウドリ)の足に括(クク)りつけ、
竜宮城にゐます大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)に救援を請はれた。
このとき地(チ)の高天原(タカアマハラ)も、
竜宮城も黒雲に包まれ咫尺(シセキ)を弁せず、
荒振神(アラブルカミ)どもの矢叫(ヤサケ)びは
天地も震撼せむばかりであつた。
ここにおいて金勝要大神(キンカツカネノオホカミ)は
秘蔵の玉手箱を開きて金幣(キンペイ)を取りだし、
天に向つて左右左(サイウサ)と打ちふり給へば、
一天たちまち拭ふがごとく晴れわたり、
日光燦爛として輝きわたつた。
金勝要神は更に金幣の一片を取欠きたまひて
信天翁の背に固く結びつけ、なほ返書を足に縛りて、
天空に向つて放ちやられた。
信天翁は見るみる中天に舞ひ上がり、
東北の空高く飛び去つた。
信天翁はたちまち金色(コンジキ)の鵄(トビ)と化し、
竜宮島、鬼門島の空高く縦横無尽に飛びまはつた。
今や竜宮島に攻め寄せ上陸せむとしつつありし敵軍の上には、
火弾の雨しきりに降り注ぎ、
かつ東北の天よりは一片の黒雲現はれ、
見るみる満天墨を流せしごとく、
雲間よりは幾百千とも限りなき
高津神(タカツカミ)現はれきたりて旋風をおこし、
山なす波浪を立たしめ敵艦を中天に捲きあげ、
あるひは浪と浪との千仞(センジン)の谷間に突き落し、
敵船を翻弄すること風に木の葉の散るごとくであつた。
このとき竹熊(タケクマ)、杉若(スギワカ)、桃作(モモサク)、
田依彦(タヨリヒコ)の一部隊は、海底に沈没した。
国常立尊はこの戦況を目撃遊ばされ、
敵ながらも不愍(フビン)の至りと、大慈大悲の神心を発揮し、
シナイ山にのぼりて神言(カミゴト)を奏上したまへば、
一天にはかに晴渡りて金色の雲あらはれ、風凪(ナ)ぎ、浪静まり、
一旦沈没せる敵の戦艦も海底より浮揚り、
海面はあたかも畳を敷きつめたるごとく穏かになつてきた。
このとき両島の神々も、諸善竜神も竹熊の敵軍も、
一斉に感謝の声をはなち、
国常立大神の至仁至愛の恵徳に心服せずにはをられなかつた。
広く神人を愛し、敵を敵とせず、
宇宙一切の衆生(シウジヤウ)にたいし
至仁至愛(ミロク)の大御心を顕彰したまふこそ、
実に尊き有難ききはみである。
(大正十年十月二十三日、旧九月二十三日、桜井重雄録)
三個(サンコ)の神宝を奪取せられむことを遠く慮(オモンパカ)りたまひ、
周到なる注意のもとにこれを竜宮島および鬼門島に秘したまうた。
そして尚も注意を加へられ大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)、
金勝要神(キンカツカネノカミ)、海原彦神(ウナバラヒコノカミ)、
国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)、豊玉姫神(トヨタマヒメノカミ)、
玉依姫神(タマヨリヒメノカミ)たちにも極秘にして、
その三個の珠の体のみを両島に納めておき、
肝腎の珠の精霊をシナイ山の山頂へ、
何神にも知らしめずして秘(カク)し置かれた。
これは大神の深甚なる水も洩(モ)らさぬ御経綸(ケイリン)であつて、
一厘(イチリン)の仕組(シグミ)とあるのは
このことを指したまへる神示である。
武熊別(タケクマワケ)は元よりの邪神ではなかつたが、
三つの神宝の秘(カク)し場所を知悉してより、
にはかに心機一転して、これを奪取し、
天地を吾(ワガ)ものにせむとの野望を抱くやうになつた。
そこでこの玉を得むとして、
日ごろ計画しつつありし竹熊と語らひ、竹熊の協力によつて、
一挙に竜宮島および大鬼門島の宝玉を奪略せむことを申し込んだ。
竹熊はこれを聞きて大いに喜び、ただちに賛成の意を表し、
時を移さず杉若、桃作(モモサク)、田依彦(タヨリヒコ)、猿彦(サルヒコ)、
足彦(タルヒコ)、寅熊(トラクマ)、坂熊(サカクマ)らの魔軍の部将に、
数万の妖魅軍を加へ、
数多(アマタ)の戦艦を造りて両島を占領せむとした。
これまで数度の戦ひに通力を失ひたる竹熊一派の部将らは、
武熊別を先頭に立て、種々なる武器を船に満載し、
夜陰に乗じて出発した。
一方竜宮島の海原彦命(ウナバラヒコノミコト)も、
鬼門島の国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)も、
かかる魔軍に計画あらむとは露だに知らず、
八尋殿(ヤヒロドノ)に枕を高く眠らせたまふ時しも、
海上にどつとおこる鬨(トキ)の声、
群鳥(ムラドリ)の噪(サハ)ぐ羽音(ハオト)に夢を破られ、
竜燈を点じ手に高く振翳(フリカザ)して海上はるかに見渡したまへば、
魔軍の戦艦は幾百千とも限りなく軍容を整へ、
舳艪(ヂクロ)相啣(アヒフク)み攻めよせきたるその猛勢は、
到底筆舌のよく尽すところではなかつた。
ここに海原彦命は諸竜神に令を発し、
防禦軍、攻撃軍を組織し、対抗戦に着手したまうた。
敵軍は破竹の勢をもつて進みきたり、
既に竜宮嶋近く押寄せたるに、味方の竜神は旗色悪(アシ)く、
今や敵軍は一挙に島へ上陸せむず勢(イキホヒ)になつてきた。
このとき海原彦命は百計尽きて、
かの大神(オホカミ)より預(アヅ)かりし潮満(シホミツ)、
潮干(シホヒル)の珠(タマ)を取りだし水火を起して、
敵を殲滅せしめむと為し給ひ、
まづかの潮満の珠を手にして神息(シンソク)をこめ、
力かぎり伊吹放(イブキハナ)ちたまへども、如何(イカ)になりしか、
この珠の神力は少しも顕はれなかつた。
それは肝腎の精霊(ミタマ)が抜かされてあつたからである。
次には潮干の珠を取りいだし、火をもつて敵艦を焼き尽くさむと、
神力をこめ此の珠を伊吹したまへども、
これまた精霊の引抜かれありしため、何らの効をも奏さなかつた。
鬼門ケ島(キモンジマ)にまします国(クニ)の御柱神(ミハシラノカミ)は、
この戦況を見て味方の窮地に陥れることを憂慮し、
ただちに神書を認めて信天翁(アハウドリ)の足に括(クク)りつけ、
竜宮城にゐます大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)に救援を請はれた。
このとき地(チ)の高天原(タカアマハラ)も、
竜宮城も黒雲に包まれ咫尺(シセキ)を弁せず、
荒振神(アラブルカミ)どもの矢叫(ヤサケ)びは
天地も震撼せむばかりであつた。
ここにおいて金勝要大神(キンカツカネノオホカミ)は
秘蔵の玉手箱を開きて金幣(キンペイ)を取りだし、
天に向つて左右左(サイウサ)と打ちふり給へば、
一天たちまち拭ふがごとく晴れわたり、
日光燦爛として輝きわたつた。
金勝要神は更に金幣の一片を取欠きたまひて
信天翁の背に固く結びつけ、なほ返書を足に縛りて、
天空に向つて放ちやられた。
信天翁は見るみる中天に舞ひ上がり、
東北の空高く飛び去つた。
信天翁はたちまち金色(コンジキ)の鵄(トビ)と化し、
竜宮島、鬼門島の空高く縦横無尽に飛びまはつた。
今や竜宮島に攻め寄せ上陸せむとしつつありし敵軍の上には、
火弾の雨しきりに降り注ぎ、
かつ東北の天よりは一片の黒雲現はれ、
見るみる満天墨を流せしごとく、
雲間よりは幾百千とも限りなき
高津神(タカツカミ)現はれきたりて旋風をおこし、
山なす波浪を立たしめ敵艦を中天に捲きあげ、
あるひは浪と浪との千仞(センジン)の谷間に突き落し、
敵船を翻弄すること風に木の葉の散るごとくであつた。
このとき竹熊(タケクマ)、杉若(スギワカ)、桃作(モモサク)、
田依彦(タヨリヒコ)の一部隊は、海底に沈没した。
国常立尊はこの戦況を目撃遊ばされ、
敵ながらも不愍(フビン)の至りと、大慈大悲の神心を発揮し、
シナイ山にのぼりて神言(カミゴト)を奏上したまへば、
一天にはかに晴渡りて金色の雲あらはれ、風凪(ナ)ぎ、浪静まり、
一旦沈没せる敵の戦艦も海底より浮揚り、
海面はあたかも畳を敷きつめたるごとく穏かになつてきた。
このとき両島の神々も、諸善竜神も竹熊の敵軍も、
一斉に感謝の声をはなち、
国常立大神の至仁至愛の恵徳に心服せずにはをられなかつた。
広く神人を愛し、敵を敵とせず、
宇宙一切の衆生(シウジヤウ)にたいし
至仁至愛(ミロク)の大御心を顕彰したまふこそ、
実に尊き有難ききはみである。
(大正十年十月二十三日、旧九月二十三日、桜井重雄録)