霊界物語 第三巻 霊主体従 寅の巻 第四篇 鬼城山
寒風吹き荒(スサ)み、牡丹餅雪(ボタモチユキ)さへ降りきたる
高熊山(タカクマヤマ)の巌窟の入口に、霊縛(レイバク)を受け、
身動きならぬ苦しさに、二時間ばかりを費やせしと思ふころ、
またもや王仁(オニ)は霊界に逍遥したりける。
たちまち巌壁に紫紺色(シコンイロ)の雲の戸帳(トバリ)がおろされ、
中より荘重なる大神(オホカミ)の御声聞こゆると同時に、
紫紺色の雲の戸帳は自然にまきあげられ、
正面には、えもいはれぬ荘厳なる宝座が設けられ、
あまたの天使を従へて国治立命(クニハルタチノミコト)は
国直姫命(クニナホヒメノミコト)と共に中央に着座され、
ふたたび神界探険の厳命を降したまひしが、
宝座は忽然(コツゼン)として消え去りし刹那に、
自分はある高山の頂(イタダキ)に登り、
鬼城山(キジヤウザン)におこれる種々の経緯(イキサツ)を見るとはなしに、
見聞しゐたりける。
鬼城山には灰色(ハヒイロ)の玉を鎮祭し、
真鉄彦(マガネヒコ)を八王神(ヤツワウジン)となし、
元照彦(モトテルヒコ)を八頭神(ヤツガシラガミ)となし、真鉄姫(マガネヒメ)、
元照姫(モトテルヒメ)を八王八頭神(ヤツワウヤツガシラガミ)の妻として、
永遠に守護せしむることに決定されたり。
しかるに鬼城山にはすでに棒振彦(ボウフリヒコ)の変名なる美山彦(ミヤマヒコ)、
高虎姫(タカトラヒメ)の変名なる国照姫(クニテルヒメ)ら、
常世姫(トコヨヒメ)の権威を笠にきて傍若無人の挙動(フルマヒ)多く、
加ふるに杵築姫(キツキヒメ)、清熊(キヨクマ)、猿世彦(サルヨヒコ)、
駒山彦(コマヤマヒコ)らの邪神とともに武威を輝かし、
容易に国治立命の神命を奉ぜず、かつ律法を遵守せず、
地(チ)の高天原(タカアマハラ)より
八王八頭(ヤツワウヤツガシラ)の神司(カミ)の赴任をさまたげ、
魔神を集めてあくまで対抗しつつありしなり。
ここに大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)は諸神将をあつめ、
美山彦の罪状にたいし、
『天地の律法御制定により従前の罪悪を大赦せられたれば、
この際本心に立ち帰らせ、神業に参加せしめなば如何(イカン)』
と提議されたり。
諸神将は天使長の御意見に賛成したてまつらむと、
満場一致をもつて命(ミコト)の提議を可決したり。
されど邪智ふかき美山彦以下の曲人(マガビト)らの
一筋繩にてはたうてい城を追ひがたきを知り、
竜宮城の侍女にして弁舌に巧みなる口子姫(クチコヒメ)をつかはし、
神意を伝達し、すみやかに大神に帰順せしむべく旨をふくめて
鬼城山に遣(ツカ)はしたまひける。
口子姫は照妙(テルタヘ)のうるはしき衣(コロモ)を着かざり、
二柱(フタハシラ)の侍女をともなひ、鬼城山にいたり、
美山彦をはじめ国照姫に面接を申込みたり。
美山彦らは、口子姫を奥の間にみちびき来意を尋ねたるに、
口子姫は一礼して後おもむろにいふ。
『このたび天地の律法地(チ)の高天原(タカアマハラ)において制定され、
世界の各所に十二の国魂(クニタマ)を鎮祭し、
八王八頭の神司(カミ)を任命したまひたり。
しかして鬼城山は真鉄彦、真鉄姫、元照彦、
元照姫の主宰のもとにおかるることに決定されたり。
汝(ナンヂ)はすみやかにこの神命を拝受し、
鬼城山の城塞を明けわたし、
地の高天原に参上りて神務に奉仕されよ。
以上は天使長大八洲彦命の直命なり』
と淀(ヨド)みなく申渡しけるに、国照姫は、
膝をすすめてその処置の不当なるを罵(ノノシ)り、
かつ懸河(ケンガ)の弁舌をふるひて滔々(タウタウ)と弁駁につとめたり。
されど口子姫は名題の弁舌者なれば、
負ず、劣らず布留那(フルナ)の弁をふるひて、
神命の冒(ヲカ)すべからざる理由を極力弁明したりけれども、
国照姫もさすがの悪漢(シレモノ)、口子姫が一口述ぶればまた一言、
たがひに舌鉾火花を散らし鎬(シノギ)を削り、弁論はてしもなく、
寝食を忘れて七日七夜を費やしけるが、布留那の弁者口子姫も、
つひに国照姫の舌鉾に突き破られて兜(カブト)を脱ぎ、
国照姫の幕下となり、
地の高天原に三年を経(フ)るも復命せざるのみならず、
その身は鬼城山の美山彦に重用され、
高天原に一時は反旗を翻(ヒルガヘ)すにいたりける。
大八洲彦命はふたたび諸神将を集めていふ。
『鬼城山に遣はせし口子姫は三年を経るもいまだ復命せざるのみか、
もろくも国照姫の侫弁(ネイベン)に肝(キモ)をぬかれ、
いまや鬼城山の重臣となり、反旗を翻さむとせりと聞く。
鬼城山の美山彦一派にたいし膺懲(ヨウチヨウ)の神軍をむけ、
一挙にこれを討滅せむは容易の業なれども如何(イカン)せむ、
天地の律法は厳然として日月のごとく、
毫末も犯(ヲカ)すべからず、諸神の御意見承(ウケタマハ)りたし』
と諸神司(シヨシン)に対しはかりたまひける。
ここに天使神国別命(カミクニワケノミコト)すすみいで、
『天地の律法は「殺す勿(ナカ)れ」とあり、
仁慈をもつて万物に対するは、大神(オホカミ)の御神慮にして、
かつ律法の示すところなり。
大神は禽獣蟲魚にいたるまで、広く万物を愛せよと宣(ノタマ)ひ、
かつ律法に定めおかれたり。
彼らはいかに猛悪の神なりといへども、
一方の頭領と仰がるるにおいておや。
望むらくは再び使をつかはして大神の神慮を懇切に説き示し、
大義名分を悟らせなば、
つひに心底(シンテイ)より帰順するにいたらむ。
よろしく吾妻別(アヅマワケ)の一子須賀彦(スガヒコ)を遣(ツカ)はしたまへ』
と進言しければ、天使長はこの言を容(イ)れ、
須賀彦を第二の使者として、鬼城山に派遣したまひける。
(大正十年十一月十五日、旧十月十六日、森良仁録)
寒風吹き荒(スサ)み、牡丹餅雪(ボタモチユキ)さへ降りきたる
高熊山(タカクマヤマ)の巌窟の入口に、霊縛(レイバク)を受け、
身動きならぬ苦しさに、二時間ばかりを費やせしと思ふころ、
またもや王仁(オニ)は霊界に逍遥したりける。
たちまち巌壁に紫紺色(シコンイロ)の雲の戸帳(トバリ)がおろされ、
中より荘重なる大神(オホカミ)の御声聞こゆると同時に、
紫紺色の雲の戸帳は自然にまきあげられ、
正面には、えもいはれぬ荘厳なる宝座が設けられ、
あまたの天使を従へて国治立命(クニハルタチノミコト)は
国直姫命(クニナホヒメノミコト)と共に中央に着座され、
ふたたび神界探険の厳命を降したまひしが、
宝座は忽然(コツゼン)として消え去りし刹那に、
自分はある高山の頂(イタダキ)に登り、
鬼城山(キジヤウザン)におこれる種々の経緯(イキサツ)を見るとはなしに、
見聞しゐたりける。
鬼城山には灰色(ハヒイロ)の玉を鎮祭し、
真鉄彦(マガネヒコ)を八王神(ヤツワウジン)となし、
元照彦(モトテルヒコ)を八頭神(ヤツガシラガミ)となし、真鉄姫(マガネヒメ)、
元照姫(モトテルヒメ)を八王八頭神(ヤツワウヤツガシラガミ)の妻として、
永遠に守護せしむることに決定されたり。
しかるに鬼城山にはすでに棒振彦(ボウフリヒコ)の変名なる美山彦(ミヤマヒコ)、
高虎姫(タカトラヒメ)の変名なる国照姫(クニテルヒメ)ら、
常世姫(トコヨヒメ)の権威を笠にきて傍若無人の挙動(フルマヒ)多く、
加ふるに杵築姫(キツキヒメ)、清熊(キヨクマ)、猿世彦(サルヨヒコ)、
駒山彦(コマヤマヒコ)らの邪神とともに武威を輝かし、
容易に国治立命の神命を奉ぜず、かつ律法を遵守せず、
地(チ)の高天原(タカアマハラ)より
八王八頭(ヤツワウヤツガシラ)の神司(カミ)の赴任をさまたげ、
魔神を集めてあくまで対抗しつつありしなり。
ここに大八洲彦命(オホヤシマヒコノミコト)は諸神将をあつめ、
美山彦の罪状にたいし、
『天地の律法御制定により従前の罪悪を大赦せられたれば、
この際本心に立ち帰らせ、神業に参加せしめなば如何(イカン)』
と提議されたり。
諸神将は天使長の御意見に賛成したてまつらむと、
満場一致をもつて命(ミコト)の提議を可決したり。
されど邪智ふかき美山彦以下の曲人(マガビト)らの
一筋繩にてはたうてい城を追ひがたきを知り、
竜宮城の侍女にして弁舌に巧みなる口子姫(クチコヒメ)をつかはし、
神意を伝達し、すみやかに大神に帰順せしむべく旨をふくめて
鬼城山に遣(ツカ)はしたまひける。
口子姫は照妙(テルタヘ)のうるはしき衣(コロモ)を着かざり、
二柱(フタハシラ)の侍女をともなひ、鬼城山にいたり、
美山彦をはじめ国照姫に面接を申込みたり。
美山彦らは、口子姫を奥の間にみちびき来意を尋ねたるに、
口子姫は一礼して後おもむろにいふ。
『このたび天地の律法地(チ)の高天原(タカアマハラ)において制定され、
世界の各所に十二の国魂(クニタマ)を鎮祭し、
八王八頭の神司(カミ)を任命したまひたり。
しかして鬼城山は真鉄彦、真鉄姫、元照彦、
元照姫の主宰のもとにおかるることに決定されたり。
汝(ナンヂ)はすみやかにこの神命を拝受し、
鬼城山の城塞を明けわたし、
地の高天原に参上りて神務に奉仕されよ。
以上は天使長大八洲彦命の直命なり』
と淀(ヨド)みなく申渡しけるに、国照姫は、
膝をすすめてその処置の不当なるを罵(ノノシ)り、
かつ懸河(ケンガ)の弁舌をふるひて滔々(タウタウ)と弁駁につとめたり。
されど口子姫は名題の弁舌者なれば、
負ず、劣らず布留那(フルナ)の弁をふるひて、
神命の冒(ヲカ)すべからざる理由を極力弁明したりけれども、
国照姫もさすがの悪漢(シレモノ)、口子姫が一口述ぶればまた一言、
たがひに舌鉾火花を散らし鎬(シノギ)を削り、弁論はてしもなく、
寝食を忘れて七日七夜を費やしけるが、布留那の弁者口子姫も、
つひに国照姫の舌鉾に突き破られて兜(カブト)を脱ぎ、
国照姫の幕下となり、
地の高天原に三年を経(フ)るも復命せざるのみならず、
その身は鬼城山の美山彦に重用され、
高天原に一時は反旗を翻(ヒルガヘ)すにいたりける。
大八洲彦命はふたたび諸神将を集めていふ。
『鬼城山に遣はせし口子姫は三年を経るもいまだ復命せざるのみか、
もろくも国照姫の侫弁(ネイベン)に肝(キモ)をぬかれ、
いまや鬼城山の重臣となり、反旗を翻さむとせりと聞く。
鬼城山の美山彦一派にたいし膺懲(ヨウチヨウ)の神軍をむけ、
一挙にこれを討滅せむは容易の業なれども如何(イカン)せむ、
天地の律法は厳然として日月のごとく、
毫末も犯(ヲカ)すべからず、諸神の御意見承(ウケタマハ)りたし』
と諸神司(シヨシン)に対しはかりたまひける。
ここに天使神国別命(カミクニワケノミコト)すすみいで、
『天地の律法は「殺す勿(ナカ)れ」とあり、
仁慈をもつて万物に対するは、大神(オホカミ)の御神慮にして、
かつ律法の示すところなり。
大神は禽獣蟲魚にいたるまで、広く万物を愛せよと宣(ノタマ)ひ、
かつ律法に定めおかれたり。
彼らはいかに猛悪の神なりといへども、
一方の頭領と仰がるるにおいておや。
望むらくは再び使をつかはして大神の神慮を懇切に説き示し、
大義名分を悟らせなば、
つひに心底(シンテイ)より帰順するにいたらむ。
よろしく吾妻別(アヅマワケ)の一子須賀彦(スガヒコ)を遣(ツカ)はしたまへ』
と進言しければ、天使長はこの言を容(イ)れ、
須賀彦を第二の使者として、鬼城山に派遣したまひける。
(大正十年十一月十五日、旧十月十六日、森良仁録)