軌道エレベーター派

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (3)

2012-02-09 01:10:26 | 軌道エレベーター学会

III章 軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分




 ここまで、軌道エレベーターの原理と機能、放射性廃棄物処分の現状などについてみてきた。本章では両者を結び付けて、軌道エレベーターを建造し、これを使って高レベル放射性廃棄物を投棄するシミュレーションを、可能な限り現実に存在するデータや既存の論文等で示されている試算等にもとづいて行う。そしてこの方法により、どのくらいの期間や予算で高レベル放射性廃棄物を全廃できるかを予測する。

1. 軌道エレベーターの建造
 既存の軌道エレベーターの先行研究の中で、ブラッドリー・C.エドワーズと他の研究者による著作は情報として比較的新しく、具体的に建造手順を説明している。本稿ではエドワーズらの著作で紹介されている軌道エレベーターを基本形とし、これに若干の応用を加えて建造プランを進める。
 エドワーズの著書では様々な可能性を検討した上で、建造すべき軌道エレベーターの形態をおおむね次のようにまとめている。
 静止衛星からカーボンナノチューブ(CNT)製のケーブルを垂らし、浮遊型の海上基地と連結、全長約10万kmにする。昇降機はケーブルにしがみついて上下し、地上からのレーザーによるエネルギー供給。建造予定地は南北緯約35度までの地帯のいくつかの候補地を挙げており、(39) 本稿では、世界の原発使用国から高レベル放射性廃棄物を運んできやすいよう、このうち海上のいずれかを選択して軌道エレベーターを建造したと想定し、これを廃棄物投棄に特化して使用するものとして論を進める。建設費は日本円で約1兆円だという。(40)

 

 具体的建造手順は次のようになる。詳細はエドワーズらの著書に詳しいため、本稿では概要にとどめる。

(1) エレベーター用ケーブルと作業用宇宙船、燃料を積んだペイロードをロケットで高度約300kmの低軌道に打ち上げる
(2) ペイロードの中身を低軌道上で組み立て、さらに静止軌道に到達させる
(3) 静止軌道上からケーブルを地上に向かって繰り出しながらロケットは上昇を続け、ケーブルの先はやがて地上に到達。ロケットは末端でカウンター質量として固定する。これにより、1tの作業用昇降機(エドワーズらは「クルーザー」と呼んでいる)が昇降可能になる
(4) 2本目、3本目のケーブルを次々と作業用クルーザーで敷設して補強していき、使用済みのクルーザーは末端で随時カウンター質量にする
(5) 十分な強度になれば稼働開始

 軌道エレベーターの研究モデルには、全長を5~10万kmに設定し、末端にカウンター質量を設けて全体の質量のバランスを維持するものが多い。エドワーズのモデルもこれに属し、ケーブルを増設する作業用クルーザーを末端でカウンター質量として利用している。仮にカウンター質量を設けず、単純にケーブルを延ばすだけで構築する場合は、その全長は14万km強となり、(42) 15万kmを超える研究モデルもあり(43)、この場合は必然劇に遠心力の方が強く設定されることになる。(44)
 本稿ではⅠ章で述べた、軌道エレベーターから加速の必要なく物体を第2宇宙速度で放出することのできる約4万6700km以上のモデルを使用する。エドワーズらは著作において、20~1000tの荷重に耐えるケーブルを持つエレベーターの建造プランを提案している。本稿で用いる軌道エレベーターでは放射性廃棄物のすみやかな全廃のため、このうち最大級のものを採用する。
 当然、ケーブル素材であるCNTの安定量産をはじめ、建造実現にはクリアすべき技術的命題が存在する。この点についてエドワーズ自身はパワービーミング技術や原子状酸素によるケーブルの損耗、デブリ対策などを挙げている。
 こうした課題について、必要な基礎技術の開発に15年程度を要するという。(45) エドワーズらの試算を総合すれば、この後、上記手順(1)の建造用ロケットを打ち上げ、荷重1000tに耐えるケーブルを持つエレベーター建造までの期間を合算すれば21年ほどになる。(46) これに従った建造スケジュールの概要は次の通り。

 

 いずれにせよ、「2008年に宇宙エレベーターの建造に向けて動き出すとしよう。(略)完成は2030年ごろの予定になる」 という。(47)


2. 高レベル放射性廃棄物の運搬と投棄
 軌道エレベーターが完成し、これで物体を宇宙空間へ投棄する準備が整った。いよいよ高レベル放射性廃棄物の最終処分へ移行する。軌道エレベーターを放射性廃棄物の投棄に使用するアイデア自体はこれまでにも提示されており、エドワーズ自身が米国の放射性廃棄物の投棄について述べてもいるが、(48) 本稿はこれを各国に広げ、処分の現状と既存のデータに基づく具体的処分のシミュレーションを行うことで、広く実現を促進することを狙いとしている。
 前章で述べたように、放射性廃棄物の分類基準や処分方法などは国によって異なるが、本稿では比較のため試算の基準を統一する。このうち日本は、英仏から使用済燃料や放射性廃棄物を海上輸送した経験があり、安全規則は国際原子力機関(IAEA)の規則を順守している。輸送に用いられた容器は両国の設計承認を得ていて信頼性が高い。ガラス固化体容器についても共通のものを使用している国もあり、本稿においても資料が手に入りやすいという点も鑑みて、日本の基準をすべての高レベル放射性廃棄物の輸送に適用して試算を行う。
 手順は以下の通り。

(1) 高レベル放射性廃棄物を軌道エレベーターの海上基地まで輸送する
(2) エレベーターのクルーザーに廃棄物を移し替える
(3) クルーザーで宇宙へ持ち上げる
(4) 末端から適切な角度で放出する
(5) 放出された廃棄物は地球引力圏を脱して飛んでいく

 

 なお、投棄された廃棄物の行く末に関しては本稿では扱わない。理想を言えば、天然の核融合炉である太陽に投棄するのが最善だが、地球から太陽に直接・確実に質量を投下する場合、その質量の公転速度を秒速2.3km程度にまで落とさなくてはならない。これはすなわち、地球の公転速度(平均秒速29.78km)を9割超減殺する必要があることを意味する。軌道エレベーターでただ投げただけで太陽投下を実現するのであれば、地球の公転とは逆の向きに、秒速27km超で投射する必要がある。軌道エレベーターの基本的なモデルでは、この加速を与えるだけの充分な全長がない。
 また、太陽系外に脱出させる場合にも全長が足りない。こうした理由から、投棄した廃棄物の最終的な行き先については、別途長い考察が必要となるため機会を改めることとし、本稿ではともかくも宇宙空間へ放出する手順に特化して記述する。

 以下、手順の各項目を詳述する。
 
(1) 高レベル放射性廃棄物の移送(49)
 日本の基準に従って記述すると、再処理をする場合、使用済燃料から再利用できる部分を除いた高レベル廃液がガラス固化され、幅約43cm、高さ約103cmの円筒形のステンレススチール製容器「キャニスター」に密封される。キャニスター1本の重さは約400kg(内容物の固化ガラスは約110㍑ 300kg)。

 再処理しない国の場合は、使用済燃料を何らかの容器に入れてそのまま処分されることになる(もちろん放射線遮断処理は行われることになる)。本稿では、II章で述べた各国の高レベル放射性廃棄物は、再処理後のガラス固化体も、使用済燃料をそのまま捨てる場合も、いずれもこのキャニスターに入れるものとする。 (51)
 
 キャニスターを長距離輸送する場合は、放射線遮断処理を施した専用の輸送容器「キャスク」に入れて運ぶ。いくつかの種類があるが、一般にキャスク1基には最大28本のキャニスターを収容でき、総重量は約112t。本稿では計算の単純化も兼ね、エレベーター搭載時にはトラニオンを外し台座から分離して載せるとして100tに統一する。
 これを、各国内で1基1台のトラックで陸送し、沿岸から輸送船(全長約100m、載貨重量約3000t、キャスク20基程度収容)で海上輸送する。
 日本は英仏に使用済燃料の再処理を委託し、再処理で生じる高レベル放射性廃棄物は1995年以降、断続的に返還され、輸送にこの方法が用いられている。本稿では、原発使用各国から軌道エレベーターまでの輸送は、すべてこの基準及び方法で行われると想定し試算する。


(2) クルーザーへの移し替え
 海上基地では、輸送船からエレベーターを上昇していくクルーザーに、キャスクを移し替える。荷重1000tに耐えるケーブルを昇降するクルーザーのうち、半分の500tを昇降システムにあてるとして、可積載量は500t。キャスク5基=キャニスター140本を輸送できることになる。

(3) 離床
 クルーザーは地上からのレーザーによるエネルギー供給を受けて上昇し始める。言うまでもなく、上昇するほど重力は小さくなり、やがて空気抵抗もなくなるのでスピードアップが可能になるため、静止軌道までの平均時速は約200km、およそ7.5日で静止軌道に到達する。(53)
 静止軌道上には当然大きめのステーションが建造されるはずだが、クルーザーはここを通過して上昇を続け、地球引力圏の脱出速度を得られる高度4万6700kmまで上昇する。

(4) リリース
 末端まで上昇したクルーザーは、この高度でキャスクをそのまま宇宙空間へ放出する。加速させる必要はなく、いわば「手を離す」だけで良い。キャスクはエレベーター、ひいては地球から受け継いだ角運動量により、すでに地球重力圏を脱出する速度が得られている。


3.廃棄スケジュール
 前述に従い、クルーザーの昇降速度が平均時速200kmとした場合、 20日弱で地上との間を往復する。計算の単純化も兼ねて、1回のキャスク投棄の必要日数を20日とする。この方法により、日本が高レベル放射性廃棄物を投棄した場合、処分予定量の高レベル放射性廃棄物の全廃にはおよそ16年かかる計算になる。
 
 

 本稿のシミュレーションでは今すぐ着手してもエレベーターの完成は約21年後。Ⅱ章で示した各国の処分量と計画の多くは数十年先まで見込んだものだが、この間にも廃棄物は増える可能性こそあっても減ることはない。世界ですみやかに全廃するには、原発使用国が少しでも多く建造して取り組むのが望ましい。
 もちろん全国家が各1基建造するというのは無理な話だが、共同で建造したり、相互に協力し合ったり、処分数の少ない国がほかの国に融通をしたりすることで、スケジュール全体を縮めることは可能かもしれない。その場合は、当該国家間で国際条約などを締結する必要があるだろう。次節で短縮した場合の試算も説明する。
 なお、低レベル放射性廃棄物の量は高レベル廃棄物の比ではないが、高レベル廃棄物が随時宇宙空間に投棄されるに伴い、できうる限り高レベルの空いた保管場所などへ移送し、高レベルが全廃し次第、低レベルの処理に取り組むとする。


4.費用
 次に、この輸送および投棄の事業費を試算する(軌道エレベーターの有無にかかわらず、陸上輸送費は最終処分におのずと必要となるため除く)。日本の原発関連企業などは、放射性廃棄物の国際間輸送にかかる事業費の詳細を明らかにしていない。このため、資料で直接確認できるもの以外は、関連事業費などから割り出した上で、原発使用国の沿岸から海上輸送し、宇宙空間へ投棄するまでにかかる事業費を以下の通り試算した。

輸送用キャスク  1基あたり約4億円(55)
海上輸送費  1回(キャスク20基)約900億円(56)
エレベーター輸送費  1回(キャスク5基)約100億円(57)

 上記を総合し、キャニスター1本あたりに換算すると、輸送費は約2億5000万円。これを基に各国の輸送費用を概算すると以下のようになる。

 

 上記の試算では、海上輸送費は輸送1回分の総事業費を各国ごとの処分量に応じてかけているため、実際の総額はこれを下回るものとみられる。一方、この試算は純粋な輸送費のみで、輸送中の防衛費などは含まれていない。これらを足せばさらに増額するが、この投棄方法が可能になった時、地層処分によって地球上で同居していくか、高い金を出して高レベル放射性廃棄物を宇宙に永久処分するか、各国の国民はどちらを選ぶだろうか。
 本章では、最もシンプルな形での軌道エレベーターによる処分について試算した。次章では若干の改良を加えて効率化した場合について、いくつかの試算の例を紹介して本稿を結ぶ。

 (Ⅳ章へ続く)

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