いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

< 郷土料理 > 山形 おかひじきのからし和え

2024-04-06 10:35:50 | 郷土料理

 「おかひじきのからし和え」

 主な伝承地域 村山地域、置賜地域

 主な使用食材 おかひじき、辛子、醤油

 歴史・由来・関連行事
 「おかひじきのからし和え」で使われる「おかひじき」は、もともと海岸に自生する野草で、見た目が海藻のひじきに似ていることからこの名前で呼ばれるようになったといわれる。山形県では海沿いの庄内地域に自生していたおかひじきの種が最上川を船で渡って砂地質である米沢藩領の砂塚村(現南陽市)に伝わり、そこで栽培がはじまったといわれている。『本草図譜』(1828年)には、「“をかみる”の項に“をかひしき“羽州米沢」とあり、江戸時代からの産地であることが分かる。そのため南陽市はおかひじき発祥の地とされていて、現在でも地元が誇る伝統野菜として盛んに生産されている。
 野生種ということもあり生命力が強く、土壌が合えばたくさんの収量を見込める。一度摘んでもすぐに葉が芽吹くため、手入れ次第では何度も収穫できた。

 食習の機会や時季
 近年はハウス栽培もしているので通年手に入る食材になったが、出荷が本格化するのは3月下旬ごろ。露地物の旬は6月以降の夏場になる。
 置賜地域では、ハウス栽培やトンネル栽培が主流。収穫して、その都度種を播くことで、年に5回ほど収穫できるという。スーパーマーケットや直売所に出荷されるため、一般家庭でも調達しやすい。

 飲食方法
 おかひじきのシャキシャキとした食感と美味しさが一番引き立つのが「からし和え」だが、ほかの食べ方としては、ドレッシングをかけてサラダにしたり、マヨネーズで和えても美味しい。また、卵焼きに入れたり、味噌汁の具にしたり、細かく刻んで「だし」に入れることもある。
 おかひじきはカルシウム、カリウム、鉄、マグネシウム、ビタミンCなどを含み、ビタミンAが豊富。栄養素も申し分ない。

 保存・継承の取組(伝承者の概要、保存会、SNSの活用、商品化等現代的な取組等について)
 栽培の難しさから生産者の後継者がいないことが課題となっている。地元有志が「おかひじき部会」を設立し、保存活動に努めている。また、「おきたま食の応援団」を発足し、地元レストランや農家などが協力して置賜の野菜を残していこうと取り組んでいる。

*https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/okahijikinokarashiae_yamagata.html より

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<伝統野菜> 大分 むたとうきび

2024-04-06 10:18:35 | 伝統野菜

 「むたとうきび」

 【生産地】球磨郡九重町

 【特徴】デーントコーンの一種。実が熟し始めるとすぐに硬くなる。実が若く柔らかいうちは人が食べ、完熟して硬くなったら牛の餌にしたり、乾燥させて保存食にしていた。

 【食味】モチっとした弾力感のある歯ごたえ。

 【料理】焼くと香ばしい。乾燥させた実を一晩水に浸して柔らかくしたものを米と炊いたどうきび飯や粉にして餅に混ぜたとうきび餅にして食す。

 【来歴】食用および家畜用餌として昔ながらのとうきびが栽培されてきた。

 【時期】スーパーには出回らず、当地でなければ食べられない

*https://tradveggie.or.jp/44-ooita/#i-17 より

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<B級ご当地グルメ> 北海道 しゃロッケ

2024-04-06 10:09:39 | B級ご当地グルメ

 「しゃロッケ」

 都道府県 北海道
 地域 広尾郡広尾町
 推進団体 
 概要 「しゃロッケ」は北海道広尾郡広尾町の新ご当地B級グルメ。
 シシャモの雄をゆでほぐした身を、ホワイトソースなどで味付けしたコロッケで、クリームコロッケに近いふわふわとした食感が特徴。
 日本有数のシシャモの漁獲量を誇る広尾町の商工会が開発し、広尾町内の7店舗で提供され、観光客を中心に人気を集めている。

 広尾町は「ひろおサンタランド」としても有名。サンタの故郷ノルウェーが認めた国外初、日本で唯一のサンタランドで、一年を通じてサンタに関するイベントやクリスマスカードを届けるなどのサービスを行なっている。

 2011年9月 「帯広まちなか歩行者天国」 グルメコンテスト 大賞

*https://b9navi.com/%e3%81%97%e3%82%83%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%b1/ より

 <広尾町>goody’s DINER「しゃロッケ」


 地元で生まれた人気アイテムをアレンジして生まれたバーガー
 「しゃロッケ」は“ししゃも”のほぐし身にチーズとライス、クリームソースを混ぜて揚げたライスコロッケ。町内各店でしゃロッケを使ったメニューが出されていますが、goody’s DINERでは「しゃロッケバーガー」が人気。レタスとタルタルソース、スイートヴィネガー、そして「しゃロッケ」をバンズでサンドしています。

 goody’s DINER 広尾町本通7-6

*https://nissho-peninsula.com/trip_sea.html より

 https://tabelog.com/hokkaido/A0111/A011103/1034430/

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うまいッ! NHK「甘くなめらか!ラ・フランス~山形・上山市~」

2024-04-06 09:26:03 | うまいッ!NHK

 うまいッ! 「甘くなめらか!ラ・フランス~山形・上山市~」 2014年11月23日

 番組内容
 滑らかな舌触りと絶妙の甘み・香りのラ・フランス。山形県上山市は昼夜の寒暖差が大きく日照に恵まれ大田市場でも他産地より2割高値で取引される。120軒の農家の中で、JAによる食味コンテストで最優秀賞を獲得した黒田源さん(65)・潤さん(41)親子に密着。ラ・フランス最大の特徴は、収穫後に熟成を進め甘くしていくことだが、このためには収穫のタイミングの見極めが重要。甘さ、そしてなめらかな食感の秘密に迫る。

*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201411230615001302100 より

 詳細不明につき、勝手に調べてみました。

 たっぷりの甘さと、ほどよい酸味がハーモニー 追熟させると甘く、香りも豊かに

 山形県上山市、黒田源さんが栽培するラ・フランスをご案内します。  果樹園は蔵王連峰の麓、山形県東部・村山地方の最南端にあり、山からの冷たい風が果実を引き締め、昼夜の気温差が大きい、果物栽培の最適地です。
フランス原産の「ラ・フランス」は、明治初期に日本に入りましたが、当時は固くて甘みもないと、全く評価されませんでした。ところがある農家が、捨てられる運命だった黄色く熟した実を食べてみたところ、その舌触りと香りの良さに驚き、瞬く間に高級果実として広まったというエピソードがあります。

 さて、今回ご案内のラ・フランスを栽培する黒田氏は、赤土の粘土質土壌で、水捌けのよい傾斜地を選び、日本の梨のように樹の高さを低く仕立てて栽培しています。こうすることで、まんべんなく葉に太陽があたり光合成が活発になるため、果実全体に栄養が行き渡ります。
また、栽培後期からはほとんど肥料を与えないため、成長に時間がかかり、繊維質がきめ細やかで、香りの良いラ・フランスが収穫できます。もちろん、除草剤等は一切使用しておりませんので、安心してお召し上がりください。

 なお、ラ・フランスは常温(18度位)で追熟が必要です。軸の回りを指先で軽く押し、しっとりと柔らかさが感じられたら食べ頃です。追熟後に冷蔵庫で軽く冷やしてお召し上がりください。

*https://kensai.co.jp/ec/products/detail/96 より

 ラ・フランス、さくらんぼ、ぶどう作りの匠 「黒田果樹園」

 「みだぐなす」からフルーツの女王へ
 「みだぐなす」と言われてある果物を想像できる人はそういないだろう。「みだぐなす」とは、方言で「見たくない」という意味。実はこれ、ラ・フランスのことなのだ。正確には、ラ・フランスのことをこう呼んでいた時期があったというべきかもしれない。ラ・フランスが日本に入ってきたのは明治時代。日本のなしを古くから栽培していた山形にも大正になるとすぐにラ・フランスが入ってきたのだが、日本のなしの丸い形と比べてラ・フランスのひょうたん型がどうも気に入らなかったようで「みだぐなす」と言われてあまり好かれていなかったようなのだ。
 また、作るのに手間がかかることからも、「見たくない」と言われていた。 だが、果物が缶詰でなく生食が一般的になるにつれて、そのおいしさが知れ渡るようになり、そのなめらかな果肉やさわやかなのにとろけるような甘さが注目を浴び、一気に「フルーツの女王」へとのし上がっていったのがラ・フランスだ。

 酪農が土を育ててくれた
 山形県はラ・フランスの生産日本一の県。全国の生産量の約80%を占めるほどだ。その山形が誇るラ・フランスのなかでも、JAやまがたが主催する「ラ・フランス食味コンテスト」で最優秀賞を獲得するなど、とびきりおいしいラ・フランスを作る黒田果樹園におじゃました。お話を聞いたのは黒田源さんと潤さん親子。 黒田果樹園は源さんの代から果樹栽培を始めた。それまで先代が酪農を営んでいたそうだ。その牧場の跡地を畑として始めたという。
 「牛がいたから土質がいいんです」と黒田さんは話す。現在でも土作りを大切にし、定期的に土壌検査をしている。また、肥料の80%は有機肥料で、除草剤も一切使わずに微生物が多様に生きる土作りをしている。 ラ・フランスは実をつけるのが難しい果物だ。気候にも大きく左右される。本国フランスをはじめ、ヨーロッパで生産がされなくなってきたのもそのためだ。
 また、開花から実がなるまでに長い期間がかかるため、台風などの被害も受けやすい。それだけ手間と気遣いが必要な果物なのである。そのため、黒田果樹園では、山形県でも珍しい平棚・無袋栽培という特別な栽培方法でラ・フランスを作っている。

 山形生まれの紅秀峰
 黒田果樹園ではラ・フランスだけでなく、ぶどうやさくらんぼも育てている。取材に伺ったのは、さくらんぼの収穫時期。黒田さんの木にも、紅秀峰が収穫を今か今かと待っていた。さくらんぼのなかでもっともメジャーな品種は佐藤錦かもしれないが、それに比べて紅秀峰は安定して収穫ができるという。
 味にも違いがある。糖度は断然、紅秀峰。佐藤錦は酸味があるので、数を食べることができる。「なしに例えれば、幸水と豊水の違いみたいなものですね。品種によって収穫時期と味が違うので、それぞれの特徴を楽しめます」と黒田さんは言う。 それからやはり鮮度がおいしさを増すのだとも話す。
 「宅配便など、輸送が発達したおかげで今日収穫したものをすぐに食べることができる。やっぱり味が全然違うんです。朝収穫したものはパリっとして瑞々しい」。そう言って、中田にさくらんぼを渡す。
 そのパリっとしたさくらんぼをひとくち噛んで、また紅秀峰のおいしさを堪能していた。黒田果樹園では、紅秀峰専用の園地を作り、垣根仕立てという特別な方法で栽培している。 すべての樹が同じ形に整えられているため、太陽の光が一番下の枝にまで降り注ぐ。そのため、大玉で味にばらつきのない真っ赤な紅秀峰が出来上がるそうだ。

*https://nihonmono.jp/article/18590/ より

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<異名-人物> 二心殿

2024-04-06 08:54:02 | 異名

 「二心殿 徳川慶喜」

 徳川 慶喜(とくがわ よしのぶ/よしひさ、旧字体:德川 慶喜)は、江戸時代末期(幕末)の江戸幕府第15代将軍(在職:1867年1月10日〈慶応2年12月5日〉- 1868年1月3日〈慶応3年12月9日〉)、明治時代の日本の政治家、華族。位階・勲等・爵位は従一位勲一等公爵。

*Wikipedia より

 徳川慶喜は、二つのこころ(例 本当は長州藩と戦い徳川幕府を守ると言っときながら大政奉還をする)を持っていることから二心殿と呼ばれていました。

*https://historywithkids.com/tokugawa-yoshinobu01/ より

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<料理用語-和食> 喰い合わせ

2024-04-06 08:46:48 | 料理用語

 「喰い合わせ」

 異なる食品を同時に食べると食あたりする事。

 伝承が多く、根拠が薄弱で迷信に近いものもあるが、長い経験の積み重ねから言い伝えられていることで、無視できないものもある。
 一例として以下のようなもの。

 ・カニと柿

 ・ウナギと梅干

 ・カニと氷水

 ・スイカと天ぷら

 ・そばとタニシ

 ・生梅と黒砂糖

 ・サバと梅の実

 ・ハマグリとミカン

 ・フナとからし菜

 ・生梅と黒砂糖

 ・ニラと蜂蜜

*https://temaeita.net/top/t2/kj/7_E/03.html より

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<難読漢字-魚> 富士壺

2024-04-06 08:45:36 | 難読漢字

 「富士壺 ふじつぼ」

 フジツボ(藤壺、富士壺)は富士山状の石灰質の殻をもつ固着動物である。大きさは数ミリメートルから数センチメートル。甲殻類、フジツボ亜目に分類される。

*Wikipedia より

 フジツボの由来・語源
 殻が円錐形で、富士山に似ていることからこの名がある。
 「藤壺」と書くことがあるが、もとは中国語での表記で、これが日本に伝わったもの。フジツボの殻が籐製の壺に似ていたことから名付けられたとされる。日本において「富士壺」と当て字で書かれるようになったのは鎌倉時代以降とされる。

*http://yain.jp/i/%E3%83%95%E3%82%B8%E3%83%84%E3%83%9C より

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<慣用句・諺> 出すことは舌を出すのも嫌い など

2024-04-06 08:36:03 | 慣用句・諺

 「出すことは舌を出すのも嫌い」

 ひどく出し惜しみすること、非常にけちであることのたとえ。

 

 「駄駄を捏ねる」

 子供などが甘えて無理やわがままを言う。

 

 「脱兎の勢い」

 逃げるウサギのような速さ。非常に速いことのたとえ。

 

 「伊達の薄着」

 厚着をすると格好が悪くなるので寒くても見えをはって薄着をすること。

 

 「荼毘に付す」

 火葬にする。

 

*goo辞書 より

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<日本酒メーカー> 秋田 阿櫻酒造

2024-04-06 07:59:32 | 日本酒

 「阿櫻酒造」

 阿櫻酒造株式会社[阿櫻]

 阿櫻酒造の歴史
 明治19年、秋田の小正月行事「かまくら」で知られる雪深い町、秋田県横手市に創業した蔵元、阿櫻酒造。横手市のシンボルである横手城は別名「阿櫻城」とも呼ばれており、地元の人々に親しまれています。阿櫻酒造は、米どころ秋田の地元米にこだわるなど原料素材を精選し、長期低温発酵の「秋田流寒仕込み」を受け継いでいます。杜氏をはじめ、永きに渡り酒造りに携わってきた蔵人の経験と技術により、「大胆かつ緻密」な酒造りが実践され続けています。

 酒蔵の特徴
 清らかな自然の中にある酒蔵の近隣からは、奥羽山系の良質な伏流水が湧き出る。酒蔵の造りは蔵人が効率よく酒造りに取り組めるよう導線設計され、酒造りに注力できる最良の環境を整えています。仕込み時期には、蒸し上がった酒米の甘くまろやかな香りが蔵内を漂う中、気心の知れた蔵人たちの熱気から、そのチームワークの良さを強く感じます。

 阿櫻酒造の酒造り
 杜氏のチェックを通ったお酒だけが世に出荷される徹底したこだわり。「飲む方に、蔵人の情熱が伝わる酒」をコンセプトに造り続けられてきた阿櫻酒造の日本酒は、さわやかで優しい口当たりが特徴です。多くの方々に求められる日本酒とは何かを追求するため、常に消費者の声に耳を傾ける。そして、杜氏を中心として蔵人全員で阿櫻の味の方向性を決めるため、何度も話し合いが続けられています。

 杜氏紹介 [照井 俊男 - Toshio Terui]
 阿櫻酒造杜氏である照井杜氏には、仕込みの忙しい中、丁寧に酒蔵や製造工程について、ご説明いただきました。照井杜氏はじめ、阿櫻酒造の蔵人の酒造りに対する信条についてお話しいただきました。

 『蔵人たちの士気を高め、全員がひとつになり酒造りに取り組むことで良い酒が生まれると考えています。蔵全体をまとめていくには、自分自身を磨かなければならず難しいと感じることも沢山ありますが、強い心意気で酒造りに努めたいと思っています。杜氏である私のこだわりももちろんございますが、飲んでいただくお客さんが求める、味のある酒をいつも追求し、旨い純米酒を造ろうといつも思っています』

 ※照井俊男杜氏プロフィール
 昭和22年1月30日生まれ。昭和49年より阿櫻酒造に入社し、昭和64年より現職。

 阿櫻酒造株式会社 横手市大沢字西野67の2

*https://www.osake.or.jp/kuramoto/29azakura.html より

 代表銘柄

阿櫻 純米大吟醸原酒 美郷錦仕込

秋田県の希少な酒米「美郷錦」を38%まで磨き上げて醸した純米大吟醸を原酒のまま提供します。

アルコール度数16.4%

味わいの特徴
芳醇な香り、口に含んだときに感じる味の広がり、そしてキレの良い飲み口と全てが揃った逸品です。

原料米 秋田県産美郷錦
使用酵母 協会1801号
精米歩合 38%
日本酒度 +1
酸度 1.6
アミノ酸度 1.2

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<四国八十八箇所> 第6番札所 安楽寺

2024-04-06 07:55:56 | 巡礼

 「安楽寺」

 安楽寺(あんらくじ)は徳島県板野郡上板町にある高野山真言宗の寺院。温泉山(おんせんざん)瑠璃光院(るりこういん)と号す。本尊は薬師如来。四国八十八箇所第六番札所、阿波北嶺薬師霊場第2番札所。大師堂前から湧き出る宿坊の温泉とラジウム鉱泉入りの薬湯も有名である。

 本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
 ご詠歌:かりの世に知行(ちぎょう)争うむやくなり 安楽国の守護(しゅご)をのぞめよ
 歴史
 寺伝によれば弘仁6年(815年)に現在地よりおよそ2km離れた安楽寺谷に、空海(弘法大師)が堂宇を建立し薬師如来を刻んで本尊としたという。往時は温泉湯治の利益で、山麓から広大な寺域を誇り十二宇門甍を接し鈴鐘の響きが絶えることがなかったが、天正年間(1573年 – 1592年)に長宗我部元親の兵火により焼失し荒廃した。 万治年間(1658年 – 1661年)に現在地に駅路寺であった瑞運寺を併合して再建される。

 承応2年(1653)巡拝した澄禅の『四国遍路日記』では「駅路山浄土院安楽寺」、貞享4年(1687)刊行の『四国辺路道指南』には「六番安楽寺又は瑞運寺とも云う」、元禄2年(1689)刊行の『四国徧礼霊場記』には「瑠璃山日興院瑞運寺」、寛政12年(1800)刊行の『四国遍礼名所図会』には「六番温泉山安楽寺」と名称が変遷している。

 九尺五寸[1](約361cm)の本尊薬師如来坐像は、昭和37年(1962年)当寺の住職にすすめられて、妻の難病平癒祈願のため四国遍路を続けていた夫婦が、遍路途中に病気平癒をした報恩のために奉納したもので、一尺三寸(約49cm)の古来の本尊を胎内仏として納められている。

 境内
 山門(鐘楼門・仁王門) - 白壁の竜宮門形式で上層が鐘楼になっている。門の左右の切妻造建物内に金剛力士(仁王)像が安置されている。宿坊に泊まらない遍路はこの上層内部で通夜をする。
 金剛宝拝殿:本堂の前に接続された前屋根。一対の童観音、青銅製香炉、燭台が並び、欄間には空海の一代記の彫刻が設置されている。
 本堂:堂内で本尊を拝観できる。納経所も中にある。
 大師堂:堂内で大師像を拝観できる。不動明王坐像と愛染明王坐像が両脇仏。この三体をはじめ仏師・松本明慶が無名時代から彫り続けた仏像約60体が各堂にある。
 性霊殿・灌頂窟:本堂の奥と大師堂の間の繋がったところで、1丈の金色阿弥陀如来立像がいて、宿泊者は他言無用の修行「くす供養」に参加できる。
 多宝塔:五智如来を拝観できる。
 観音堂
 逆松(さかまつ) - 修行中の空海を猟師が猪と間違って矢で射たが、矢は松に刺さって事なきを得た。そこで空海は射抜かれて折れた松を逆さに植え、この松が栄えたならこの地を訪れたものは厄災を免れるだろうと予言したという。大師堂の右前にある。
 願い棒:大師堂左前の修行大師像の前に置かれた願い棒を年齢の十の位の数と一の位の数(例えば64歳だと6本と4本の10本)を持ち般若心経を唱えて像を右周りに巡り一本づつ大師像正面に来た時に置き願を懸ける。終わったら大師宝号を7遍唱え、棒は元に戻す。

 句碑:県道脇の大師石像の台座の三面に山頭火の「暮れても宿がないもずがなく 」「分け入っても分け入っても青い山」「雪ふるひとりひとり行く」が、山門右の入り口の右に古い句碑が、山門を入って左側に「駅路寺の灯をあびて発つ遍路哉」が、大師堂の入口両脇に山頭火の「うれしいこともかなしいことも草しげる」「もりもりもりあがる雲へあゆむ」、本堂入口前に山頭火の「人生即遍路」がある。
 四国八十八箇所モデルトイレ - 霊場の雰囲気にあったつくりで1998年に設置されたもので、四国霊場の雰囲気を壊さない外観でバリアフリーにも配慮されている。
 竜宮門型の鐘楼門を入ると右に手水鉢が置かれ、左側には回遊式日本庭園があって、池の奥に多宝塔が建つ。正面奥に本堂が建ち、その右手に大師堂、左側に観音堂がある。本堂付近に修行大師像と願い棒が、多宝塔の近くに逆松がある。納経所は本堂内左側にある。

 宿坊:定員250名 温泉は一時枯渇したが、2000年頃に大師堂前より新たな温泉が湧き出ている。
 駐車場:50台・バス10台。無料。

 文化財

 国の登録有形文化財
 安楽寺方丈 - 入母屋造茅葺(一部本瓦葺)の方丈。江戸後期の建立。内部の上段の間は、藩主の座所と伝えられている。平成21年(2009年)8月25日指定。
 上板町指定有形文化財
 古文書 丸山徳弥の文書
 古文書 駅路寺
 板額

 安楽寺 徳島県板野郡上板町引野字寺ノ西北8

*Wikipedia より

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