徹夜仕事あけの気だるい身体に鞭打って、仕事先からそのまま早朝の新橋駅で横須賀線に乗り、逗子に行った。神奈川県立近代美術館・葉山館でやっている《村山知義の宇宙 すべての僕が沸騰する》を見るためである。村山知義についてはことあるごとに拙ブログで言及してきたが、ついにこのたび初の本格的な回顧展が開かれたことになる。「村山、村山…」と低い声でつぶやいてきた者としては、まことに慶賀に堪えない。と同時に、この手の戦前左翼、プロレタリア芸術家の企画展に、読売新聞社のようないわゆる “商業右翼” のメディアが嬉々として(かどうかは知らないが)協力参加しているのだから、世の文化事業の実態はわれわれのような素人には皆目見当がつかない。
今回の展示はその総合性、網羅性に舌を巻く。必ずしも作品の現存がじゅうぶんだとは言えないにもかかわらず、これまで解説的知識でしかなかったものが、物質的実体として鑑賞者の五感を過激に撃ちつづける。村山が1922年、21歳でベルリンに留学し、ヴァイマール共和国の構成主義、表現主義、ダダイズムの息吹をいっぱいに吸い込んできた際、彼がすっかり惚れこんだ天才少女ダンサー、ニッディー・インベコーフェンの舞踏姿を写した短編フィルムまで館内で見られた。これにはすっかり感激した。
帰朝後の1924年、舞台美術家としてのデビュー作となった、結成まもない築地小劇場の公演『朝から夜中まで』(作:ゲオルク・カイザー 演出:土方与志)における装置の全体写真、部分写真、そして模型までが展示され、ダダイズムのなんたるかが手に取るようにして分かる。また、彼が建築の設計を手がけた吉行あぐりのための「山の手美容院」(1929)は、NHKドラマ『あぐり』で登場した店とかなりそっくりな印象をもった。ドラマのセットはかなり頑張っていたということになる。
村山知義は、その後に綿々とつづくマルチ・アーティストの走りのような存在であり、ジャンルのダイナミックな横断性もさることながら、あくまで私見だが、各ジャンルにおける質の高さは他の追随を許さないように思う。1930年代にP.C.L.=東宝で『戀愛の責任』『初戀』という2本の映画を監督しているが、なんとも泰然とした、洒落た味わいのある映画をつくる人でもある。村山について書かれた本で近年もっとも秀逸なのが、マルク・ダシー、松浦寿夫、田中純等共著『村山知義とクルト・シュヴィッタース』(水声社)という本で、これはドイツ、スイスのダダイズム・シーンとその日本的発展である村山らの「マヴォ」の運動のかかわりについて詳細に述べていて、きわめて有用な本である。
いつぞやまた再会したい作品の数々であったが、本展は葉山での会期をすでに終了。その後は京都、高松、東京・世田谷と巡回する。
P.S.
逗子駅に着いた時、このまま会場に行っても開館時間には早すぎるため、駅構内の立ち食いそばを啜って暖をとった。そして、海岸回りの京急バスに揺られていると、まだまだ全身真っ白な雪化粧に覆われた富士山が車窓から偉容を見せている。その巨大な白さが、今冬の厳しい寒さを改めて思い起こさせた。
今回の展示はその総合性、網羅性に舌を巻く。必ずしも作品の現存がじゅうぶんだとは言えないにもかかわらず、これまで解説的知識でしかなかったものが、物質的実体として鑑賞者の五感を過激に撃ちつづける。村山が1922年、21歳でベルリンに留学し、ヴァイマール共和国の構成主義、表現主義、ダダイズムの息吹をいっぱいに吸い込んできた際、彼がすっかり惚れこんだ天才少女ダンサー、ニッディー・インベコーフェンの舞踏姿を写した短編フィルムまで館内で見られた。これにはすっかり感激した。
帰朝後の1924年、舞台美術家としてのデビュー作となった、結成まもない築地小劇場の公演『朝から夜中まで』(作:ゲオルク・カイザー 演出:土方与志)における装置の全体写真、部分写真、そして模型までが展示され、ダダイズムのなんたるかが手に取るようにして分かる。また、彼が建築の設計を手がけた吉行あぐりのための「山の手美容院」(1929)は、NHKドラマ『あぐり』で登場した店とかなりそっくりな印象をもった。ドラマのセットはかなり頑張っていたということになる。
村山知義は、その後に綿々とつづくマルチ・アーティストの走りのような存在であり、ジャンルのダイナミックな横断性もさることながら、あくまで私見だが、各ジャンルにおける質の高さは他の追随を許さないように思う。1930年代にP.C.L.=東宝で『戀愛の責任』『初戀』という2本の映画を監督しているが、なんとも泰然とした、洒落た味わいのある映画をつくる人でもある。村山について書かれた本で近年もっとも秀逸なのが、マルク・ダシー、松浦寿夫、田中純等共著『村山知義とクルト・シュヴィッタース』(水声社)という本で、これはドイツ、スイスのダダイズム・シーンとその日本的発展である村山らの「マヴォ」の運動のかかわりについて詳細に述べていて、きわめて有用な本である。
いつぞやまた再会したい作品の数々であったが、本展は葉山での会期をすでに終了。その後は京都、高松、東京・世田谷と巡回する。
P.S.
逗子駅に着いた時、このまま会場に行っても開館時間には早すぎるため、駅構内の立ち食いそばを啜って暖をとった。そして、海岸回りの京急バスに揺られていると、まだまだ全身真っ白な雪化粧に覆われた富士山が車窓から偉容を見せている。その巨大な白さが、今冬の厳しい寒さを改めて思い起こさせた。
2012年7月14日~9月2日
東京・砧 世田谷美術館にて