私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




J. S. Bach: Die Meisterwerke für Klavier und Orgel
Sony Music Entertainment/BMG Japan BVCD-38239-58
演奏: Gustav Leonhardt (Cembalo/Orgel)

グスタフ・レオンハルトは、1928年生まれのオランダの鍵盤楽器奏者で、1947年から1950年の間バーゼルのスコラ・カントゥールムで、エドゥアルト・ミュラーにオルガンとチェンバロを学び、1950年からまずヴィーンで、その後オランダを拠点に演奏家、教育者として活動してきた。チェンバロ、オルガン奏者としての活動に加え、指揮者としてもレオンハルト・コンソート組織して活動し、ニコラウス・ハルノンクールとともにテルデックのバッハの教会カンタータ全集の録音も行った。さらに、フランス・ブリュッヘン、アナー・ビュルスマ、クイケン兄弟などと室内楽の演奏も行うなど、多岐にわたる演奏活動を続けてきた。
 鍵盤楽器演奏の録音は、1953年のヴァンガード・レーベルにおける「ゴールトベルク変奏曲」と「フーガの技法」を始め、1960年代にはドイツ・ハルモニア・ムンディとテルデックに、1970年代にはセオン・レーベルに、さらにEMI、フィリップスなどにも行っている。 2008年には、80歳を記念して、テルデックから21枚組の”Gustav Leonhardt Edition”、ハルモニア・ムンディからは、15枚組の”Jubilee Edition 80th Anniversary”と題するセットが発売されているが、今回紹介するのは、2009年4月に日本のソニー・ミュージックから発売された、日本独自の企画による「バッハ鍵盤作品集成」と題する20枚組のCDである。これは、レオンハルトがドイツ・ハルモニア・ムンディとセオン・レーベルに録音したバッハのチェンバロとオルガンのための作品の演奏をすべて集めたものである。レオンハルトはテルデックやEMI、フィリップスなどにもバッハの鍵盤楽器のための作品の録音を行っているので、その点ではすべてを網羅したものではないが、1960年代から1970年代という、もっとも活発に活動していた時期の演奏が集められていることが特徴である。

 20枚のCDの内容を以下に紹介する。なお、ディスク番号の後ろにオリジナル録音のレーベル(ドイツ・ハルモニア・ムンディ = DHM、セオン = SEON)を記す:

Disc 1 - 2 DHM
「巧みに調律された鍵盤楽器のための前奏曲とフーガ」第1巻(WBV 846 - 869):
1972年-1973年録音、1972年デイヴィッド・ルビオ製のパスカル・タスカンモデル

Disc 3 - 4 DHM
「巧みに調律された鍵盤楽器のための前奏曲とフーガ」第2巻(BWV 870 - 893):1967年録音:1962年マルティン・ スコヴロネック 製の1745年J. D. ドゥルケン作の複製

Disc 5 - 6 DHM
「パルティータ」全曲〈BWV 825 - 830):第4番1963年、第2番1964年、第1番および第5番1968年、第3番および第6番1970年録音:1962年マルティン・スコヴロネック製の1745年J. D. ドゥルケン作の複製

Disc 7 - 8 DHM
「フーガの技法」(BWV 1080)、「クラフィーア練習曲集第II部」(BWV 831、971)、プレリュード、フーガとアレグロ変ホ長調(BWV 998);フーガの技法の第2チェンバロ:ボブ・ファン・アスペレン:フーガの技法1969年、フランス風序曲1967年、イタリア協奏曲とプレリュード、フーガとアレグロ:1965年録音: 1962年マルティン・スコヴロネック製の1745年J. D. ドゥルケン作の複製、BWV 998のみ1782年カール・アウグスト・グレープナー製

Disc 9 DHM
「ゴールトベルク変奏曲」(BWV 988):1976年録音:1975年ウィリアム・ダウド製の1730年ブランシェ作の複製

Disc 10 - 11 DHM
「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」、「無伴奏チェロ組曲」等の編曲:
ソナタニ短調(BWV 1001の編曲)、ソナタト長調(BWV 1005の編曲)、組曲ニ長調(BEV 1012の編曲):1984年録音:1755年ニコラ・ルフェビュール作、マルティン・スコヴロネック修復:
パルティータイ長調(BWV 1006の編曲)、パルティータト短調(BWV 1004の編曲)、パルティータホ短調(BWV 1002に編曲):1975年録音: 1975年ウィリアム・ダウド製の1730年ブランシェ作の複製:
組曲変ホ長調(BWV 1010の編曲)、組曲ハ短調(リュート組曲ト短調<BWV 995>の編曲):1976年録音:1728年クリスティアン・ツェル作

Disc 12 SEON
「2声のインヴェンションと3声のシンフォーニア」(BWV 772 - 801):1974年録音: 1962年マルティン・スコヴロネック製の1745年J. D. ドゥルケン作の複製

Disc 13 - 14 SEON
「イギリス組曲」(BWV 806 - 811):1973年録音: 1962年マルティン・スコヴロネック製の1745年J. D. ドゥルケン作の複製

Disc 15 SEON
「フランス組曲」(BWV 812 - 817):1975年録音:チェンバロは第2番、第5番は1973年、他は1975年デイヴィッド・ルビオ製のパスカル・タスカンモデル

Disc 16 SEON
「チェンバロ協奏曲第1番ニ短調」(BWV 1052):
1981年録音:「イタリア協奏曲ヘ長調」(BWV 971)、「トッカータニ長調」(BWV 912)、「トッカータニ短調」(BWV 913):1976年録音:「フーガイ短調」(bWV 944、「幻想曲ハ短調」(BWV 906):1977年録音: 1728年クリスティアン・ツェル作

Disc: 17 SEON/DHM
「半音階的幻想曲とフーガニ短調」(BWV 903)、「チェンバロ協奏曲第1番ニ短調」(BWV 1052):1965年録音:1975年ウィリアム・ダウド製の1730年ブランシェ作の複製:「アダージョ」(BWV 968):1969年録音:1782年カール・アウグスト・グレープナー製:「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帳」:1966年録音:(使用チェンバロは不明)

Disc 18 - 19 SEON
オルガン作品集 I & II:「前奏曲とフーガハ短調」(BWV 547)、「『高き天より私はやってきた』 によるカノン形式の変奏曲」(BWV 769a)、「マニフィカートによるフーガ」(BWV 733)、コラール「高きところの神にのみ栄光あれ」(BWV 663)、コラール「イエス・キリスト、我らの救い主」(BWV 665)、 コラール「イエス・キリスト、我らの救い主」(BWV 666)、コラール「あなたの御座に私は進み出て」(BWV 668)、「前奏曲とフーガホ短調」(BWV 548)、「トッカータニ短調」(BWV 565)、コラール「おお罪無き神の子羊」(BWV 618)、パルティータ「キリストよ、明るい日であるあなた」(BWV 766)、「前奏曲とフーガハ短調」(BWV 546)、コラール「我らキリストのしもべ」(BWV 710)、 コラール「私はあなたに別れを告げる」(BWV 736)、パルティータ「おお神よ、あなた正しい神」(BWV 767)、「幻想曲ハ短調」(BWV 562)、「幻想曲ト長調」(BWV 572):1972・73年録音:アムステルダム、フランス改革派教会のクリスティアン・ミュラー・オルガン

Disc 20 DHM
オルガン作品集 III:「トッカータニ短調」(BWV 913)、コラール「愛する神よ、私達はここにいる」(BWV 731)、コラール「キリストは死の枷に捕らわれた」(BWV 718)、 コラール「私はあなたに別れを告げる」(BWV 736)、コラール「キリスト者みんな一緒に神をたたえなさい」(BWV 732)、「クラフィーア練習曲集第3部」より手鍵盤のみによって演奏するコラール11曲、「前奏曲とフーガホ短調」(BWV 533):1988年録音:オランダ、アルクマール、聖ローレンス教会のハーヘルベール=シュニットガー・オルガン

 これら20枚のCDに収録されている曲は、一部重複しているものもあるが、Disc 1から17で、バッハの独奏チェンバロのための作品の主なものはすべて網羅しているといって良い。レオンハルトは、バッハが残した数少ない運指法についての資料や他のバロック時代の奏法を研究して、それに基づいて演奏することにより、当時の音楽を再現しようと試みた最初の鍵盤楽器奏者である。筆者がその演奏を最初に聴いたときには、それまで聞き慣れていたヘルムート・ヴァルヒャの演奏やピアノによる演奏と比較すると、ぎくしゃくとした、流れが滞るような印象を受けたが、そのような指使いを採用することによって、当時の音楽がより忠実に再現されているのだろうと思い、聴いている内に、現在では全く当たり前のものと感じるようになっている。レオンハルトは、常に一音一音を克明に弾いて、作品の構造を明瞭に表現している。その姿勢が一貫していることがこの20枚のCDを聴いてよく分かる。このアルバムに収められているレオンハルトの演奏は、そのようなレオンハルトの意図がもっとも良く現れている時期の演奏ということができ、今後も不滅の価値を持ち続けるだろう。
 ただレオンハルトの演奏解釈に関して、筆者が少々疑問に感じているのは、原譜の反復の指示への対応で、繰り返しを行う場合と省略する場合の基準がよく分からない点である。「ゴールトベルク変奏曲」の場合、このDHMの録音もテルデックの録音も、繰り返しをすべて省略している。しかし、「6曲のパルティータ」や「イギリス組曲」、「フランス組曲」などの場合は、楽章によってすべて繰り返したり、前半部のみ繰り返したり、全く繰り返さないなど様々で、その基準が分からない。筆者は基本的には、原作の反復記号は、忠実に再現すべきだと考えているので、このレオンハルトの演奏解釈には、疑問を感じるのである。
 1963年から1988年までの15年間にわたるレオンハルトの演奏を収めたこのセットでは、特に60年代の録音に、やや古さが感じられるが、一部を除いてアナログ音源であるにもかかわらず、明瞭にチェンバロの音がとらえられている。
 本文156頁の解説書は、今までの個々のCDに添付の解説書をもとに編集されたもののようであるが、特に「フーガの技法」についてのレオンハルトの論文の翻訳が掲載されていることは、歓迎すべきことである。トラックリストのほんの一部に些細な誤りがあるが、冊子のはじめにまとめられていて、参照しやすい。
 このCDセットは、現在もソニー・ミュージックで販売されていて、購入可能のようである。

発売元:ソニー・ミュージック


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