旅に憧れたのはいつからであろうか?
いや、振り返るに、旅に憧れたのではなく、思春期の頃は「さすらい」という言葉に憧れたようだ。西行や芭蕉の「片雲の風に誘われて、漂白(さすらい)の思ひやまず」といった言葉に酔っていたのだと思う。
トルーマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」には、ホリー・ゴライトリーという女性が出てくる。彼女は、アパートの非常階段に座り、時々ギターを弾きながら、こんな歌を歌うのであった。
眠りたくもなし、
死にたくもない、
ただ旅したいだけ、
大空の牧場通って。
彼女は猫を飼っていたが、猫には名前がなかった。彼女が所有(束縛)することを欲しなかったのだ。彼女も猫も自由な関係でいたいという表れだった。
彼女は、「今日は1マイル出かけて戻ってくる。明日は2マイル行って戻ってくるというように、毎日少しずつ遠くへ足をのばすようになり、とうとうある日、行ったきり、戻ってこなかった」という女性だった。
彼女の名刺には、「ミス・ホリデイ・ゴライトリー」とあり、その下の隅っこに、「トラヴェリング」(旅行中)と記してあった。
住所は旅行中、つまり流離い人。こんな女は、とらえどころがなく魅惑的だ
映画ではオードリー・ヘプバーンが演じコケティッシュで可愛い女になっていて、原作とはイメージが少し違ったし、結末も違った。
この映画でティファニーのブランド名も全世界に広がったし、ヘプバーンの服をデザインしたジバンシーも人気のオートクチュールとなった。
*
「旅する力」(2008年刊)は、沢木耕太郎の、20代の時に旅した「深夜特急」執筆に纏わるエピソードと、彼の旅への考え方を綴ったものだ。
彼が香港からパリ、ロンドンへ「深夜特急」の旅をしたときと、僕が20代で初めてパリへ行った時が、1974年で同じ年だったことに気づいて驚いた。「深夜特急1」の文庫本の巻末で沢木と山口文憲が対談しているが、それによると山口もその年パリにいた。
沢木の「旅する力」の本を開くと、その中で、この「ティファニーで朝食を」が出てきた。さらに、影響を受けた本に、小田実の「何でも見てやろう」の他に、壇一雄の「風浪の旅」をあげていた。
僕は、またまた驚いた。アメリカに興味がなかったので小田のベストセラーになった「何でも見てやろう」は読んでいないが、僕も、若いときに買って読んだこの「風浪の旅」が、僕の愛する書の一つだったからだ。
この本には、壇が住んだポルトガルのことや、のちに「火宅の人」の中にエピソードとして綴られた五島列島の「小値賀島の女」のことが書かれていて、僕は田舎の九州に帰省していたとき、時折思い出したように本棚から取り出しては拾い読みした。そして、心躍らした。
*
僕は、1996年に、スペインからポルトガルを1か月かけて旅した。そのとき、壇一雄が住んだポルトガルのサンタ・クルス村に、思いつきで行った。
「ナザレに来たとき、地図を見て思った。海に沿って南に行けば、サンタ・クルスだ。この村は、わが愛する壇一雄が一時期住んでいたところだ。
ナザレからバスでトレス・ペドラスへ出て、そこで乗り換えて海辺の街サンタ・クルスへ向かった。
そこにも季節はずれの海があった。バス停から海の方へ歩いて街の中心に着くと、いきなり壇一雄の石碑にぶつかった。その先には、青いきれいな海が広がっていた。(写真)
落日を 拾ひに行かむ 海の果(はて)
……壇が通った居酒屋に行ってみた。さほどきれいとは思えない、どちらかと言えばみすぼらしい店だ。私が扉をノックし店の中を覗くと、男がのっそりと顔を出した。店の主人ジョアキンだった。
彼は、中に入ってきただけで私が日本人と分かり、挨拶もそこそこに奥から壇の本と写真を持ってきてテーブルに並べた……」
――近刊『かりそめの旅』(岡戸一夫著、グリーン・プレス刊)「10章、黄昏の輝き、スペイン、ポルトガル」より。
PR:ただいま発売中『かりそめの旅』は、新宿紀伊國屋書店7F、多摩センターカリヨン館5F・くまざわ書店には、平積みしてあります。
*
現在、『かりそめの旅』は、版元品切れです(2013年11月)。
本に関する関するお問い合わせ等は、岡戸一夫へ……
ocadeau01@nifty.com
いや、振り返るに、旅に憧れたのではなく、思春期の頃は「さすらい」という言葉に憧れたようだ。西行や芭蕉の「片雲の風に誘われて、漂白(さすらい)の思ひやまず」といった言葉に酔っていたのだと思う。
トルーマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」には、ホリー・ゴライトリーという女性が出てくる。彼女は、アパートの非常階段に座り、時々ギターを弾きながら、こんな歌を歌うのであった。
眠りたくもなし、
死にたくもない、
ただ旅したいだけ、
大空の牧場通って。
彼女は猫を飼っていたが、猫には名前がなかった。彼女が所有(束縛)することを欲しなかったのだ。彼女も猫も自由な関係でいたいという表れだった。
彼女は、「今日は1マイル出かけて戻ってくる。明日は2マイル行って戻ってくるというように、毎日少しずつ遠くへ足をのばすようになり、とうとうある日、行ったきり、戻ってこなかった」という女性だった。
彼女の名刺には、「ミス・ホリデイ・ゴライトリー」とあり、その下の隅っこに、「トラヴェリング」(旅行中)と記してあった。
住所は旅行中、つまり流離い人。こんな女は、とらえどころがなく魅惑的だ
映画ではオードリー・ヘプバーンが演じコケティッシュで可愛い女になっていて、原作とはイメージが少し違ったし、結末も違った。
この映画でティファニーのブランド名も全世界に広がったし、ヘプバーンの服をデザインしたジバンシーも人気のオートクチュールとなった。
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「旅する力」(2008年刊)は、沢木耕太郎の、20代の時に旅した「深夜特急」執筆に纏わるエピソードと、彼の旅への考え方を綴ったものだ。
彼が香港からパリ、ロンドンへ「深夜特急」の旅をしたときと、僕が20代で初めてパリへ行った時が、1974年で同じ年だったことに気づいて驚いた。「深夜特急1」の文庫本の巻末で沢木と山口文憲が対談しているが、それによると山口もその年パリにいた。
沢木の「旅する力」の本を開くと、その中で、この「ティファニーで朝食を」が出てきた。さらに、影響を受けた本に、小田実の「何でも見てやろう」の他に、壇一雄の「風浪の旅」をあげていた。
僕は、またまた驚いた。アメリカに興味がなかったので小田のベストセラーになった「何でも見てやろう」は読んでいないが、僕も、若いときに買って読んだこの「風浪の旅」が、僕の愛する書の一つだったからだ。
この本には、壇が住んだポルトガルのことや、のちに「火宅の人」の中にエピソードとして綴られた五島列島の「小値賀島の女」のことが書かれていて、僕は田舎の九州に帰省していたとき、時折思い出したように本棚から取り出しては拾い読みした。そして、心躍らした。
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僕は、1996年に、スペインからポルトガルを1か月かけて旅した。そのとき、壇一雄が住んだポルトガルのサンタ・クルス村に、思いつきで行った。
「ナザレに来たとき、地図を見て思った。海に沿って南に行けば、サンタ・クルスだ。この村は、わが愛する壇一雄が一時期住んでいたところだ。
ナザレからバスでトレス・ペドラスへ出て、そこで乗り換えて海辺の街サンタ・クルスへ向かった。
そこにも季節はずれの海があった。バス停から海の方へ歩いて街の中心に着くと、いきなり壇一雄の石碑にぶつかった。その先には、青いきれいな海が広がっていた。(写真)
落日を 拾ひに行かむ 海の果(はて)
……壇が通った居酒屋に行ってみた。さほどきれいとは思えない、どちらかと言えばみすぼらしい店だ。私が扉をノックし店の中を覗くと、男がのっそりと顔を出した。店の主人ジョアキンだった。
彼は、中に入ってきただけで私が日本人と分かり、挨拶もそこそこに奥から壇の本と写真を持ってきてテーブルに並べた……」
――近刊『かりそめの旅』(岡戸一夫著、グリーン・プレス刊)「10章、黄昏の輝き、スペイン、ポルトガル」より。
PR:ただいま発売中『かりそめの旅』は、新宿紀伊國屋書店7F、多摩センターカリヨン館5F・くまざわ書店には、平積みしてあります。
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現在、『かりそめの旅』は、版元品切れです(2013年11月)。
本に関する関するお問い合わせ等は、岡戸一夫へ……
ocadeau01@nifty.com