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森羅万象 ~ 歩く印象派

 ベクテル社とは

2011年04月01日 10時47分50秒 | 時事スクラップブック(論評は短め)
「ベクテルの秘密ファイル」 Laton McCartney著 (訳・広瀬隆)1988年刊 より

 はじめに

 ベクテル社とは、どのような会社だろうか。数年前のことだが、日本経済新聞(一九八三年三月二十四日付)に、次のような記事が掲載された。

  ---政府、電力業界は六十五年度完成をメドに使用済み核燃料の第二再処理工場を建設する計画だが、この工場設備に米国の大手エンジニアリング会社、ベクテル社の技術を導入することが二十三日明らかになった。日米双方が大筋合意したもので、核燃料の再処理という原子力の最先端分野で米社からの技術導入は初めて。東海村(茨城県)の第一再処理工場では仏コジェマ(核燃料公社)から技術導入したが、事故が相次いでいることから施設や機器については新たな技術導入の必要があったうえ、米国のレーガン政権が原子力関連技術の輸出を弾力的に認めるようになったためである。
 あまりに有名なことではあるが、ベクテル社---現在の正式名ベクテル・グループの社長であったジョージ・シュルツと副社長であったキャスパー・ワインバーガーが、それぞれレーガン政権の最高位、国務長官と国防長官に就任し、もうひとりの副社長W・ケネス・デイヴィスが原子力を動かすエネルギー省の次官に就任した。デイヴィスはエネルギー長官になる予定だったが、ベクテル社から三人の長官が誕生するのを避けただけのことである。
 それ以来、シュルツとワインバーガーが脚光を浴びたため、時には怪物ベクテルの正体が見えなくなっていた。その実態は、新大統領の誕生と共にこの両人が長官の座から消えようとしている現在、ベクテル社の会長に目を向けて初めて理解することが可能になろう。
 数年前の日本経済新聞の記事が、われわれの背後で秘かに動き出しているのである。すでに青森県の六ケ所村では、核再処理工場の造成工事がほぼ完了し、ウラン濃縮工場の建設着工、という日を迎えた。たった今、一九八八年十月十四日の出来事である。次いで、再処理工場という世界で最も危険なプラントの建設がスタートするかどうか、まさに原子力問題は天王山を迎えたと言ってよい。この工場から取り出されるウランとプルトニウムは、原子力発電所の燃料というより、ベクテル社の眼鏡越しに観察した場合には、ほぼ一〇〇パーセントの確率をもって原爆材料に変るのである。
 それは一九七四年五月十八日、世界を震撼させた”インドの原爆実験”を、記憶の淵から取り出してみれば分る。インドのタラプール原子炉から抽出された原爆材料が、閃光を発したのである。その建設会社は、言うまでもなくベクテルであった。韓国ではどうか。あれほどの民主化運動が燃えあがる韓国で、原子力についてだけは大衆的な運動がゼロであるのは、問題が核兵器に直結するため、反対運動が極刑(死罪)につながるからと言われる。この韓国で一九八四年五月に発覚したのが、シュルツとワインバーガーをめぐる原子力の闇取引き、いわゆるベクテル・スキャンダルであった。
 さらにブラジル、台湾、南ア、アルゼンチン・・・と、核兵器開発が国際的に問題になった国には、必ずベクテル社の影が認められる。一体、この怪物の正体が何であるかを、誰も知らない。知ることができなかったからである。しかし遂にここに、その秘密ファイルが公開される日を迎えたのである。
 著者レイトン・マッカートニーから、特別に日本の読者宛てに送られてきた”序文”を読まれたい。

 サンフランシスコに本社を置くベクテル社は、過去半世紀近くにわたって、世界で有数の建設・エンジニアリング会社として君臨してきた。その建設事業は、ダム、石油パイプライン、精油所、発電所、空港、鉄道、船舶におよび、時には都市や産業コンビナートをすっかり建設することさえあった。ところがベクテル社がこれほど異常なまでの成功を収め、驚くべき影響力を持ちながら、この八十一歳になろうとする産業界の巨人の内情については、ほとんど知られていない。
 この会社は、ひと握りの幹部重役と秘密のベクテル・ファミリーが株券を持つ株式非公開の同族会社で、”ウォール・ストリート・ジャーナル”がかつて「王朝のなかの王朝」と呼んだことがある。べクテル社の組織は、人目につかないように運営されているが、経営と技術のテクニックにはライバル企業を寄せつけない力が秘められ、これを今日まで守り抜いてきたのである。ベクテル社が成功してきたもうひとつの秘訣は、アメリカ国内だけでなく、日本をはじめとする外国のビジネス界と政界に入り込んで最高度の人脈をつかみ、これを用心深く育ててきたことにある。たとえば極秘の原子力技術の提供あるいは中東の石油パイプライン建設のように、戦略的に重大な問題に直面した場合には、各国の首相や大統領・外交官からサウジアラビアの王子に至るまで無数の要人と接触して取引きをおこない、できる限り人目につかないように作業を進めてきた。そのため、かつてベクテル社の社長だったジョージ・シュルツが国務長官に就任し、法律顧問だったキャスパー・ワインバーガーが国防長官に就任して、ベクテル社の幹部がレーガン政権を支配した時でさえ、ベクテル社そのものは決して世間の目に触れることがなかった。
 つまり”非公開会社”であるという立場を巧みに利用して、ベクテル社はその目的通りの作業を秘かに実行に移すことができるのである。株主から糾弾されることもなければ、証券取引委員会(SEC)が帳簿を調べることもない。株主やウォール街のご機嫌をとるため四半期ごとに絶えず好成績を収めなければならないというプレッシャーから解放され、長期的な展望を立てて自由にプランを練り、仕事を進められるのがベクテル社の特長である。日本の多くの企業がこの長期戦略に関与していることを知っておく必要があろう。
 ベクテル社が特異なのは、西部のカリフォルニア州で土地造成や道路敷設をスタートした初期の時代から今日に至るまで、ベクテル家の家族の手で経営されてきたことである。アメリカの企業は、ほとんどの場合これを支配するトップ経営者が五年か十年で交代し、時にはライバルが突然追い落とすという例も多いが、ベクテル家は一度も経営権を他人に渡さず、次の世代に受け継いできた。現在の会長ステファン・D・ベクテル---通称スティーヴは、ベクテル創設者の孫に当たる三代目で、一九六五年から現在のポストに就いている。ここ数年のうちにスティーヴが引退すれば、おそらく息子か娘婿のうち誰か、つまり四代目が会長ポストを引き継ぐであろう。この四代目は、すでに全員がベクテル社の幹部経営者として要職に就いているのである。
 レイトン・マッカートニーは、以上の”序文”に述べた通り、ベクテル家の創成期から今日までを四代にわたって細密に調べあげ、最後の章は、翻訳の途中で原書が書き直されるほどの経過をたどってきた。これが「ベクテルの秘密ファイル』(原題 Friends in High Places --- The Bechtel Story,Simon and Schuster刊---邦訳すれば、”ベクテルを動かす要人たち”)である。
 つまりここには、ベクテル社が初代ウォーレン・A・ベクテルによって創設されてから今日までの歴史を、ひとつはベクテル一家の伝記として、もうひとつは世界史として、そしてもうひとつは、この両者を動かした要人たちの記録として、詳細な資科が詰め込まれている。断片的に登場する固有名詞のそれぞれが、やがて最後の章まで達するころには、読者の頭のなかでひとつの巨大な塊となっているだろう。
 特に圧倒されるのは、原子力に猛進する姿と、その悲しむべき結末である。アメリカの産業界の今日の姿を招いたものは何であったのか。本書はベクテルの秘密ファイルと言うより、アメリカの秘密ファイル、CIAの秘密ファイル、原子力の秘密ファイル、と言ってもよい。
「J・ P・モルガン社」の重役室に坐った二代目ステファン・D・ベクテル、「IBM」の重役室に坐った三代目スティーヴ、さらに一貫してロックフェラー家の「スタンダード石油」を最上客として取引きし、デュポン、GE、USスチールなどの巨人を支えてきたベクテル一族である。ここに記録されているCIAの事件を読めば、おどろおどろしいスパイ小説などは子供だましのもので、実態はまことに簡潔明瞭なビジネスであることが分る。ベクテル社がそのままCIAのエージェントとして、海外で働いているだけのことだ。その目的が、全米の巨人たちの収入なのである。
 大統領に至っては、ベクテル社の使用人の感さえある。目の前で展開された一九八八年の大統領選挙とは、どのようなものであったのか。元CIA長官のジョージ・ブッシュ、である。本書に登場する”要人のなかの要人”ジョン・マコーンが、アイゼンハワー政権における原子力エネルギー委員会の委員長をつとめ、その後ケネディー、ジョンソン両政権のCIA長官をつとめたという事実は、ベクテル・マコーン社の存在と共に初めて深い意味を教えてくれるだろう。
 ニクソン政権のCIA長官リチャード・ヘルムズもまた、ベクテル社の顧問である。レーガン政権のCIA長官ウイリアム・ケイシーもベクテルの親友だった。フィリピンの政変でマルコスに引導を渡したフィリップ・ハビブもベクテルの顧問だった。こうして無数の事実が全体の姿としてひとつにまとまった時、”アーリア人の血が流れ、ユダヤ人を嫌うベクテル社”の実像と、ユダヤ人ワインバーガーの物語が誕生するのである。勿論、ここではその話を謎かけにとどめておこう。
 われわれ日本人の読者にとっては、このベクテル物語を要領よく理解したい、という性急な欲望がある。関西新空港の参入問題だけでなく、東京湾横断道路の建設、羽田空港ビルの建設、青森県六ケ所村の再処理工場建設など、重大なプロジェクトでは必ずベクテル社の名前が浮上するからだ。
 しかし本書に登場するように、岸信介、田中角栄らの元首相や、三井物産などが対応した方法によってベクテルと仲良く付き合うのかどうか、それを別の角度から考え直すのが本書の目的であろう。ここはじっくり、腰を据えて、まだ聞き慣れない固有名詞を頭に叩き込みながら、深く読み込んでいただきたい。
 著者は勿論アメリカ人であるから、アメリカ人向けに書いてある。現代の日本人の心境から言えば、時には「アメリカの問題だ」と感ずる場面も含まれているが、それこそ用心してかからねばならない箇所なのである。最後には解説を用意してあるので、それまではアメリカに滞在中の気持でお読みいただきたい。ヘンリー・フォンダが主演した『怒りの葡萄』を初めとする名画のシーンが、現実のなかで次々と展開するだろう。これだけの資料の宝庫を前にすれば、あとはぞろぞろと重要人物が転がり出てくる。それは、レイトン・マッカートニーが調べてくれたお蔭で、この著者以上に知る、という別世界になろう。
 国防長官を辞任したワインバーガーが、財界誌” フォーブス”の出版責任者として再就職する、というニュースが流れた。富豪フォーブスの親友、怪物アーマンド・ハマーが驚くべきことに本書に登場してくるが、女優エリザベス・テイラーとフォーブスの結婚の噂もあった。たとえばこのような脈絡も、ベクテル家を徹底的に調査することによって、謎の糸口をつかむことができるのである。
 ともかくこれは、一九八七年四月十六日号の”エンジニアリング・ニューズ・レコード”誌が建設業のトップ四百社を発表したリストのなかで、No.1に輝くベクテル社の秘密ファイルである。
 全世界の石油精製プラントをほとんど建設したのがベクテル社であり、原子力発電所の半分以上を建設したのがベクテル社である。世界最大のダム建設業者がベクテル社でもある。火力、水力、原子力を一手に握る企業を理解せずに、今日の政治の本質を洞察し、経済の流れをつかみ、人類の明日を知ることは不可能であろう。このファイルの第一項を開くと、まず冒頭から奇々怪々なる世界が目に飛び込んでくる。
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