李白の白髪  仁目子


白髪三千丈
愁いに縁りて  箇の似く 長(ふえ)た
知らず 明鏡の裡(うち)
何処より 秋霜を得たるか

【 中 華 思 想 を 吟 味 す る 】    (三)    

2012-10-25 10:42:31 | Weblog

     ーー    大 人 の 思 考 力 

         を 要 す る  ーー

 

『抜粋』

 ある大学の、人文学部一年の神津という学生が、次のよう

   な問をウエブ上に載せていた;

《『中華思想』という言葉に大抵の人は良い感情を抱い

   ていない。その思い上がりに反発を感じるからである。

   人によっては日本にとっての 「屈辱」とまで言及する

   人もいるかもしれない。

  いずれにしても 日本においては中華思想はその差別主

   義的言説のみ取り上げられて理解、説明されている。

 しかし仮にも世界帝国となった中国王朝を支えた思想で

  ある。単なる 排外思想、差別思想だけで説明されるべき

  ではない。何らかの国際性 があったはずである。その

  国際性について、これから歴史的に考察してみたいと

  思う

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  『本文』   

 

書籍雑誌で学者、専門家、評論家などが「中華思想」の四字を引用して論証する例をよく見かける。読んで見ると、明らかに、誰のものでもない「中華思想」に属する。例を幾つか挙げてみる;

例えば、下記の通り

例一、 「フランスが欧州防衛共同体に対し、反対の姿勢を取ったのは、 防衛は自分だけでやるべきもの、という古くからの 《中華思 想》に固執したためであった」

 

例二、 「魏略逸文のなかに、倭人が『自ら太伯の後といふ』とあり、伝 説上で呉の始祖とされる太伯の子孫を自称していた、と伝え られている。 しかし、これは中華思想にもとずくものとおも われ、そのまま受けとるわけにはいかない」

 

例三、 「ベトナム 漢字では越南だが、ベトナムでは名詞の後に形容 詞がくるから、日本流の語順に書けば「南越」になる。同国 の古文書でも、『越 ( 戦国時代に浙江省にあった ) の遺民の 子孫』と自称していた。信頼できないが、そのくらいどっぷ りと中国文化、中華思想に浸かり 込んでいた証拠には挙げら れよう」

 

以上三つの文例に出て来る「中華思想」とは、一つとして中国と直接係わりのあるものはない。にも拘らず、全てに「中華」の二字を冠している。明らかに、これらの「中華思想」は、誰のものでもない思想である。

 

例一の場合、「防衛は自分だけで」というのは、古くからの中華思想だと云う。しかし、何故それが中華思想なのか、説明はない。また、フランスが中華思想に固執したと云うが、何故フランスが中華思想に結び付くのかという説明もない。

 

例二は、倭人が『自ら太伯の後といふ』とあり、これは中華思想にもとずくものとおもわれる。と言うが、倭人と「中華思想」の結び付きは、如何にも可笑しい。

 

例三は、ベトナム史を紹介する本の冒頭に出ていたものだが、ベトナムの古史書の記載を、信頼できないものだと決め付け、その裏付けとして中国文化、中華思想を引合いに出している。ベトナムの古史書の記載がなぜ信頼出来ないのか、説明は一切ない。

 

何事によらず、理路整然と説明することが出来ない場合、列島では、「中華思想」の四字にこじつけうまく誤魔化して逃げることが可能だという標本をこれらの実例は見せているようなものである。丁度、昨今の文化人の論説に、何かにつけ「欧米」という二字の流行り言葉が頻繁に使われるのに極めて似ている。

 

一度、ニューヨークにある日系紙で、「欧米は魔法なり」という読者の投稿を読んだ事がある。次のような内容だった;

 

<< いつになったら、日本人は大人になれるのだろうか。

美しい自然とおいしい海山の幸に恵まれた先進国日本の人々は、「日本人に生まれてよかった」と言う。そのとおりだと思う。

一方で、日本人は外国に憧(あこが) れる。それは欧米に限っての 外国で ある。

『赤毛のアン』という本は世界中で読まれたが、集団でプリンスエドワー ド島に押しかけ、そこで結婚式を挙げるのは日本人だけである。

わけが分からんのは庶民だけかと思ったら、文化人が先頭に立って、そ のような気風を作り上げている。たとえば、車検や運転免許の更新につ いての発言、

  欧米人には信じられないだろう。アチラでは車検などしない。自分の車は、自分でちゃんと走るように整備する』

これは、ちゃんとした肩書きの人物の「文芸春秋」紙上に於ける発言で ある。

私はニユーヨークに長年住んでいるいるが、毎年法令により車検を受け ている。すると、この方の言う「欧米」とは、どこのことだか分からな くなってくる。 

何事によらず「日本ではこうだが、欧米ではああだ」と言えば、日本側 がおかしいと世間で受け取るから、不思議である。つまり、「欧米」の 二字は、列島同胞を「煙に巻く」魔術に他ならない >>

 

列島に於ける、学者専門家が口にする、「中華思想」という概念も、この「欧米」の二字に似て、はなはだ曖昧糢糊であるから、一般庶民の受け売りや巷説に至っては、荒唐無稽の内容にならざるを得ない。

それを又、膝を叩いて「そうだったのか!」と叫ぶ人がいるから、ますます列島は変な方向に向かって進み、「自分」が何者であるかという事を忘れてしまう。

 

誰のものでもあり、誰のものでもない「中華思想」を、列島で作り上げ、それを、中国産だと言う。それは、列島の土壌、又は、島人の気風、その何れによるものだろうか、という疑問になって残り、常に新鮮味を帯びて、時として、人々の目の前に現れて来る。

 

ある大学の、人文学部一年の神津という学生が、次のような疑問をウエブ上に載せていた;

 

《『中華思想』という言葉に大抵の人は良い感情を抱いていない。その思い上がりに反発を感じるからである。人によっては日本にとっての 「屈辱」とまで言及する人もいるかもしれない。

いずれにしても 日本においては中華思想はその差別主義的言説のみ取り上げられて理解、説明されている。

しかし仮にも世界帝国となった中国王朝を支えた思想である。単なる 排外思想、差別思想だけで説明されるべきではない。何らかの国際性 があったはずである。その国際性について、これから歴史的に考察してみたいと思う

 

「欧米」の二字にしろ、「中華思想」の四字にしても、それだけの二字、四字の熟語引用でもって、物事の「是」と「非」の根拠にする列島に普遍的な「短絡評論」に較べると、この大学一年在籍の学生が抱いている「疑問」は、「大人の思考力」を有する「疑問」である。

 

世界で最も教育の普及している国「日本」に、このような「大人の思考力」を持つ人が、果たしてどの位居るのだろうかと、時折思う事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【 中 華 思 想   を 吟 味 す る 】    (二)

2012-10-22 10:20:17 | Weblog

               ーー  『 馭 戎 慨 言 』 に 見 る

           日 本 の 思 想   ーー

 

『抜粋』  (1) ーー 京都が世界の中心 ?

ウエブに、「京都中華思想」という非常に面白い記事がある。   

Toshiomi Kobayash という方の個人逸話であるが、恐

ながら、ここで引用させて頂く。2005 年の事;

 《 東京から京都へ引っ越してきて、住民異動票を区役所

   に出しに行った ら、「地方からの転入ですか」と聞

   かれた。

  京都の人の心の中には、ぬきがたい中華思想がひそん

   でいます。なにも考 えずに自然と行動に現われている》

 

『抜粋』 (2) ーー 『馭戎慨言』とは何か

 分かり易いように、その要約内容を、長部日出男 著『

  皇はどこから来たか 』の中から引用する。

  

  江戸時代の学者、宣長の『馭戎慨言』は、古来から

     のわが国と中国朝鮮 との交渉の歴史を詳述して、

     戎 (ゅう) を馭 (ぎょ) する道、すなわち 西方の

     野蛮国でる中国と朝鮮 は、尊き皇国であるわが国

     にまつろうきであることを説いたものだ。 

     (中略)

  宣長翁は更にこういう、

        そもそも皇国が四海万国の元本宗主たる国であるの

     に、面積がさほど広 大でないのには、二柱の大御神

     が生み成し給うたときに、凡人の小智をもってして

     は測りがたい深理があったのに相違なく、その不可

     測の理はておくとして、現に目に見えることだけ

     挙げても、ま皇統の不易で あること、人の命をた

     もつ稲穀の美しいこと、神代より外国に犯された

     めしがないと、田地多くして人民の多いことなど

     、諸国に冠絶 点は枚挙にイトマがない

 

『抜粋』 (3) ーー 世界の起源と中心は「日本」

 列島で、そのような説を唱えた、あるいは、唱えるのは、

 本居宣長一人だけではない。

 日本は世界の起源、世界の中心であるという論調は明治

   の開化以降、今日まで跡を絶たない。だから、字面は中

   華でも、中身は生粋の大和思想である。江戸時代、国学

   者 篤胤は日本を世界の中心という意味を込めて

 「中華」 「中国」と 呼んでいたのは、これも衆知の通

  りである。つまるところ、「中華思想」という思想は、

   列島で作られた、誰の思想でもあり、誰の思想でもない

  『思想』なのでる。

            ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

       『本文』 

 

昨今、日本で流行している「中華思想」という文句は、「中華料理」と同じように、中華という二字が付いているから、形の上では、中国産のように見える。

しかし、料理に見る如く、中華の二字が付いても、必ずしも中身は中華ではない、むしろ和風である場合が多い。同じように、この中華の二字を付けた「思想」も、中華原産である必要は全くない。

 

「中華思想」の四字は漢字である。世界広しと言えど、漢字を使用しているのは、中国と日本だけである。一方、「中華思想」という言葉は中国にないから、中国人に聞いても、何の事だか分からないと言う。すると、この文句は日本で作られ、日本にだけ実在するものだという事になる公算が大である。

 

京大東洋史辞典編纂会編『新編 東洋史辞典』(東京創元社1980年)によると、「中華思想」について、「この語は主として日本学界の用語である」と、冒頭で断っている。つまり、庶民が軽々しく口にするべき用語ではないという事である。

 

そこで、日本の辞典、並びに日本人の平均的な解釈と、意味の取り方が、どうなっているかを見てみる。

「中」という漢字の意味;

中国を政治文化の中心とする。

世界の中央にある。

世界の真ん中の国である。

 

「華」という漢字の意味;

その文化、思想が最も価値のあるもの。

文化の高い国の意。

とするのが一般的である。

 

ウエブ上の辞書

大辞泉」では、それらを集約して次のように定義付けている;

【中華思想】

儒教的な王道政治の理想を実現した漢民族を誇り、中国が世界の中心であ り、その文化・思想が最も価値のあるものであると自負する考え方。 国史における外国からの政治的危機に際して、しばしば熾烈(しれつ )な排 外思想として表面化した。

と書いてある。

 

果して、その通りであるかどうか、江戸時代の国学者本居宣長 有名な『馭戎慨言』という学説と比較検討してみる。

『馭戎慨言』とは何か

 

分かり易いように、その要約内容を、長部日出男 著『 天皇はどこから来たか 』の中から引用する。

 

江戸時代の学者、宣長の『馭戎慨言』は、古来からのわが国と中国朝鮮 との交渉の歴史を詳述して、戎 ( じゅう) を馭 (ぎょ) する道、すなわち 西方の野蛮国である中国と朝鮮 は、尊き皇国であるわが国にまつろう べきであることを説いたものだ。

この短い一節を読んだだけで、そんな説があったのか、と意外に思う人、 驚く人が読者の中には少なくない筈である。何故なら、戎 ( じゅう) (ぎょ)する、というのは、古来に於いては寧(むし) ろ中国側にあった 思想であった筈、と一般の日本人は教育され、そのように信じて来た のだから、、、。

宣長翁は更にこういう、

そもそも皇国が四海万国の元本宗主たる国であるのに、面積がさほど広 大でないのには、二柱の大御神が生み成し給うたときに、凡人の小智を もってしては測りがたい深理があったのに相違なく、その不可測の理は さておくとして、現に目に見えることだけ挙げても、まず皇統の不易で あること、人の命をたもつ稲穀の美しいこと、神代より外国に犯されたためしがないこと、田地多くして人民の多いことなど、諸国に冠絶する 点は枚挙にイトマがない

 

この一節を読めば分かるように、列島で流行っている上述の「中」「華」並びに「中華思想」の意味は、明らかに本居宣長の論じる 「思想」の内容と一致している。つまり、列島で言う所の「中華思想」は、中国原産の思想ではないという事がこれでほぼ分かる。

 

本居宣長が『馭戎慨言』で説いているのは、明らかに、大和の「皇国思想」である。しかし、人々はそれに古代文化先進国の「中華」の二字をくっつける事により、その思想に歴史的な重味を持たせようとする。

だから、列島には「大和中華思想」という用語もあり、それが、本居宣長の説く「思想」に該当するもので、「中華料理」とは、名だけ中華で、料理は和風である実態に全く合致する。

 

列島で、そのような説を唱えた、あるいは、唱えるのは、本居宣長一人だけではない。

日本は世界の起源、世界の中心であるという論調は明治の開化以降、今日まで跡を絶たない。だから、字面は中華でも、中身は生粋の大和思想である。江戸時代、国学者 平田 篤胤は日本を世界の中心という意味を込めて「中華」 「中国」と 呼んでいたのは、これも衆知の通りである。

つまるところ、「中華思想」という思想は、列島で作られた、誰の思想でもあり、誰の思想でもない『思想』なのである。

 

ウエブに、「京都中華思想」という非常に面白い記事がある。

Toshiomi Kobayash という方の個人逸話であるが、恐縮ながら、ここで引用させて頂く。2005 年の事;

 

東京から京都へ引っ越してきて、住民異動票を区役所に提出しに行った ら、「地方からの転入ですか」と聞かれた。

京都の人の心の中には、ぬきがたい中華思想がひそんでいます。なにも考 えずに自然と行動に現われている》

 

【梅棹(忠夫)事典からの一部引用】(本文からの引用)

京都のひとの心のなかには、ぬきがたい中華思想がひそんでいる。中 華思想というのは、文字どおり自己の文化を基準にして世界をかんが えるという発想である。・・・中国においてもそうであるように、京 都においても 中華思想はけっして排他的ではない。

その意味において京都中華思想は、ひとつのイデオロギーである。

すべての日本文化は京都の文化が標準になっている。これにいかにか ぎりなく接近するかというのが、日本のすべての文化の方向である。

・・・現在でも依然として、京都は日本文化の心のふるさとであり、 ・・・回帰の原点が京都にある・・・一種の中華思想・・・》

 

【私説】

もの凄い思想で驚かされます。しかも京都人自身は「中華思想」 だと思っていない、ところが凄い。 なにも考えずに自然と「京都 中華思想」 になっている。

東京から京都へ引っ越してきて、住民異動票を区役所に提出しに 行ったら、「地方からの転入ですか」と聞かれた。

京都から見れば、東京なんぞは地方なのです。

同じ関西でも、大阪・神戸の人は東京に張り合っていて「こっちの が凄 いんや」といった行動言動が多いが、京都の人は東京を比較の 対象にしていない、歯牙にもかけていない。

「東京ではそうなのですか」と言うだけで、「京都では云々」とは 言わない(反論しない、張り合わない)。

それでいて、行動はなにも変えないで京都風を貫いている。

まあ、1200年の歴史ですかね

排他的でない(暖簾に腕押し的な)ところが救われます》

 

【川柳】

京都人 京都以外は 地方と言い

京都中華思想 どおりでラーメン屋も多い

 

この外、「大坂中華思想」「東京中華思想」などなど、、、無数にある列島の例を挙げたら切りが無いが、列島で言われている「中華思想」は誰の思想であるか、名目はともかく、内容を読めば、実態は日本のものである事が一目了然である。


【 中 華 思 想 を 吟 味 す る 】    (一)

2012-10-21 21:01:57 | Weblog

    ーー    い っ た い こ れ は 

       誰 の 思 想 な の か    ーー

 

抜粋』(1)

   「ナンジャラホイ」は日本語だが、日本語で解釈出

   来ない、ヘブライ語でなら、ちゃんとした意味を持

   つ、と言うのに似たようなもので、唐土にはない「中

   華思想」が、列島にある。困った話である。それ

   で、列島で流行語となっている「中華思想」につい

   て、一寸語ってみたいと思った次第。

   日本人が好んで使う「中華思想」という表現は、一

   応は外来の思想という事になっているから、これに対

   応する自国の思想が当然ある筈で、それは、「大和

   思想」というものになろう。

 

 

『抜粋』 (2)

   少なからず意外に思ったのは、ウエブに「辞書」と

   いう欄があるので、各々の「思想」の定義の違い

   を、「辞書」欄で検索してみたところ、定義が出てい

   るのは「中華思想」だけで、「大和思想」には一切

   定義が出て居ない。

   すると、中華やら、大和やら、それらの「思想」の

   中身はただ一つしかない、という事になるのかも知れ

   ない。

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

         『本文』   

 

ナンジャラホイ、という日本語がある、が、日本人に意味するところを聞いても、うまく説明出来る人はまず居ない。それは歌の囃子(はやし) だからこれと言った意味はない、という答えをするのが精一杯のようである。

 

試しに辞書をめくってみたが、ナンジャラホイという言葉はどこにも出ていない。今から五年程前に、ウエブを検索した際、なんと、約 13,500,000 の厖大なる記事が掲載されていた。大変な驚きである。しかし、然程の意味がないという事なのか、今2012 年、新たに検索してみると、それが、987000 に激減している。これ又、大変な驚きである。

つまり、昔も今も、ウエブの辞書には、ナンジャラホイという言葉の解説はなく、ただ、記事だけが沢山掲載されているだけだという事になる。

 

ところが意外にも、その「ナンジャラホイ」という文句に、深長なる意味が込められていると云う人が居る。

日本人とユダヤ人は同じ民族だという日ユ同祖説がある。それも一つだけでなしに複数の説がある。その中の一つである、川守田英二郎という人の説によると、ナンジャラホイはヘブライ語でちゃんとした意味があるそうだ。

それについて、長山靖生 「人はなぜ歴史を偽造するのか」の p.64 に次のような記述がある;

 

《 人騒がせな話だが ( 日ユ同祖説のこと)、後年、これを本気で信じる 人々が現れ、さまざまな研究が世に問われることになった。なかでも 傑作なのは川守田英二郎の研究だ。

彼の説によると、日本人は確かにユダヤ人で、その証拠に祭りの囃子 言葉などはすべてヘブライ語なのだそうだ。

たとえば 「ヤートセー」は「ヤホバ放棄せり、敵を」だし、「ヨー イヤナ」は「エホバ祈りに応えませり」で、「ナンジャラホイ」は 「天子をエホバは守りたまえり」なのだそうだ 》

 

《そういわれても、たいていの日本人は困ってしまうだろうが、時々、 膝を叩いて 「そうだったのか!」と叫ぶ人がいるから、なお困って しまう。まことにもって、ナンジャラホイ である》

と著者の長山氏は一言注釈を加えている。全く、その通りだ。

 

昨今の日本列島で、「白髪三千丈」と並んで、「中華思想」という文句が流行り言葉になっている。所が、皮肉な事に、列島で「中華思想」だと言って、「中華」の名を冠しているのに、肝腎の本家の中国には「中華思想」という言葉が無い。

 

「ナンジャラホイ」は日本語だが、日本語で解釈出来ない、ヘブライ語でなら、ちゃんとした意味を持つ、と言うのに似たようなもので、唐土にはない「中華思想」が、列島にある。困った話である。それで、列島で流行語となっている「中華思想」について、一寸語ってみたいと思った次第。

 

日本人が好んで使う「中華思想」という表現は、一応は外来の思想という事になっているから、これに対応する自国の思想が当然ある筈で、それは、「大和思想」というものになろう。

先ず、一寸興味深い数字を、事例として挙げてみる。

ウエブで、試しに「大和思想」を検索してみると、14600000 と結構多いが、それについて語る ブログ 僅かの 8 しかない。一方、「中華思想」を検索してみると、ウエブ記事は、1260000 件で 大和思想の十分の一以下だが、ブログ記事はその六百倍弱の4672 件もある。このような極端な数字の違いは何を物語っているのだろうか。

恐らく、自分の事よりも、他人の事が気になって仕様がないという列島性格の具体的は表れであろうと思われる。

 

更に、少なからず意外に思ったのは、ウエブに「辞書」という欄があるので、各々の「思想」の定義の違いを、「辞書」欄で検索してみたところ、定義が出ているのは「中華思想」だけで、「大和思想」には一切定義が出て居ない。

すると、中華やら、大和やら、それらの「思想」の中身はただ一つしかない、という事になるのかも知れない。

 

又、この外に興味をそそるのは、大和 中華 を抱き合わせた「大和の中華思想」という記事が 240000 件あるという事である。列島と唐土、この二つの異なる国の名前を併記した「思想」は、果たして何を意味するものであろうか。しかし、記事はあるが、これもウエブ辞書に定義は出ていない。

 

以上のように、列島の人々は、自国の「大和思想」よりも、他国の「中華思想」に強い興味を持っている事がはっきり数字や辞書に出ている。

 

列島に、「中華ラーメン」と名乗っている汁そばがある。使っているお椀は確かに「中華」であるが、入れてる具はチャーシュー 鳴門 やきのりなど、中華と大和のちゃんぽんになっている。このような ラーメンは中国に無い。

 

つまり、日本で「中華」と名乗っても、それは必ずしも純然たる「中華」を意味する事にはならない、というのが実像である。この実像は、勿論、「中華思想」の場合にも、そのまま当て嵌まるものと思われる。

 

以上の基本概念を踏まえて、列島に於ける「中華思想」の味を逐次吟味して行きたい。

 

 

 


【 日 本 の 寿 命 】

2012-10-09 12:23:26 | Weblog

               ーー  一 冊 一 ド ル 」

          の 読 書 感   ーー

 

『抜粋』(1)

主題の本 は、同じ一ドル本の中の一冊であるが、国の寿命

 を論じる点に於いて、鴎外、漱石よりも遥かに「雄大]で

 ある、が、果たして「玉」なのか「石」なのか、内容を見

 てみうようと思って購入した。

 初版発行は一九九○年夏、同年秋頃には第五刷が発行されて

  いる。著者名は敢えてここに出さない。何故かというと、

  著者ではなく、本の内容について感想を述べることに重点

  を置きたいからである。

 

『抜粋』 (2)

結構知名度もある著者の作品だから、という期待は、その

 晩、床に入り本をペラペラとめくってみた際、次のような

 文句が目の中に飛び込んだ為に、期待は半減した。

いまや世界のあらゆる問題は、その結果が吉 (きち)

 出るか ( きょう) と出るか、すべて「日本の出方次

 第」になっていると思う》

  

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

          『本文』  

 

私の本棚に、当地ロスの古本屋で買い求めた一冊一ドルの単行本が一杯積んである。一ドルというのは、小さな漫画本よりも安い値段である。だから、漫画本より値打ちの低い代物に違いないと思われかねないが、実際はそうではない。内訳は玉石混交である。

 

例えば、森鴎外、夏目漱石などのカバー付日本文学全集がある。これなどは「玉」の内に入るが、そのような明治から昭和にかけての日本文学集が一ドルなら、当世流行りの右翼、左翼の日本自讃、日本卑下作品、又は、素人の自費出版の物も一ドル。値段は共に一ドルであっても、内訳は明らかに玉石混交である。

 

なぜ、古本屋で、玉と石を同じ値段で売りに出しているのか?

鴎外、漱石等に代表される「日本文学全集」は疑いもなく「玉」であるが、興味のある人は、今時の列島で急激に減る一方で、主な原因は、「読めない」という現実に帰着する。

 

主題の本 は、同じ一ドル本の中の一冊であるが、国の寿命を論じる点に於いて、鴎外、漱石よりも遥かに「雄大」である、が、果たして「玉」なのか「石」なのか、内容を見てみうようと思って購入した。

 

初版発行は一九九○年夏、同年秋頃には第五刷が発行されている。著者名は敢えてここに出さない。何故かというと、著者ではなく、本の内容について感想を述べることに重点を置きたいからである。

 

人間の寿命は、ほぼ一定の限界というのがある。昔は古稀と言われていた七十の坂も、今は難なく越えて当然、そして、八十代でまあまあという時代になった、とは言うものの、百を越すのは極めて稀れである。それに比べ、国の寿命ということになると、時代の変遷を問わず、寿命の限界というのは掴( つか ) み所がない。

 

この本は、日本という「国」の寿命を占うような興味をそそる書名になっている。当たるわけがないと知りつつも、好奇心に駆られ、外れても一ドルだからまあいいやというので買った。

結構知名度もある著者の作品だから、という期待は、その晩、床に入り本をペラペラとめくってみた際、次のような文句が目の中に飛び込んだ為に、期待は半減した。

 

 《 いまや世界のあらゆる問題は、その結果が吉 (きち)

     と出るか ( きょう) と出るか、すべて「日本の出

    方次第」になっていると思う》

 

続けて、今や世界は、「日本次第の時代」に入っている、と著者は言い切る。

 

国の寿命をどうやって占うのか、という事に多大な興味を引かれて読み始めたが、内容は、どうもかなり見当が違うようだ、ということに気が付き、すぐに目次を検索してみた。

 

まづ、第一章の見出しが <それでも世界の未来は「日本次第」> となっており、そのあとに、あっと思わせる小さい見出しが数珠( じゅず) のように 並べられている。

 

曰く、デタントもペレストイカ 日本が原因

   世界は日本のショックに震えている

   中国天安門事件も日本が原因だった

   崇洋媚外の胡耀邦をひきずりおろした日本の大学生

   アメリカ共和党政権の今後も「日本次第」

   アジア N I ES の発展も「日本次第」

   大恐慌の可能性も「日本次第」

   ソ連、東欧も「日本次第」

   ペレストイカの行方も「日本次第」

 

このように、これでもかこれもかと、食傷気味になるほど「日本次第」が本書の主な献立になって、至る所で強調されている。正( まさ) しく、一部の日本人が好んで使う言葉「中華思想」の日本版をそのまま具象化している。

 

なぜ、大昔の中国にあった「中華思想」という言葉を日本人は今時取り入れて使うのだろうか、疑問を解くのはさ程難しいものではない。

それは、明治以降の日本が、一寸した維新発展に被れ、嘗( かつ) ての中国に実際あったかどうかもよく分からない「中華中心の思想」を小さい島国の手で実現させようと夢見たものに過ぎない。言うなれば、これは、中国の思想ではなく、中国の言葉を借用した日本の「中華思想」である。

 

明治維新後、日本は対ロ国、清国、米国、世界の三大大陸国に戦争を仕掛け、夢の「中華思想」の実現を計ったが、悉く失敗に終わり、国もあやふく滅びる所だった。

 

過去の日本社会の盛衰を振り返って、著者はこう言う。

採集経済として世界最高の文明、文化をもった縄文社会

  は、大陸、朝鮮半島からの弥生文化によって寿命を閉じ

  たし、世界最高水準の農業経済国を実現した江戸時代も

  英国の産業革命が作り出した工業文明によって滅びた》

 

そして現今については、

  現在日本は、世界最高の工業国で、凝りに凝った工業製

  品の國際競争力は世界一で、一人当たり G N P もアメリ

  カに並ぼうとしている》

 

日本の過去の盛衰について、本書は、世界最高の文明、文化を持つ縄文社会は外来の弥生文化に、そして、世界最高の農業経済を実現した江戸時代は英国の産業革命に、それぞれ滅ぼされたと云う。

 

しかし、江戸時代に続く明治の開化で、世界一等国になった昭和の時代に日本が軍事暴挙に走り、帝国の滅亡を招いた事については、それが日本という国の最新の史実であるにも拘らず、ここで併せて言及していない。なぜだろうか。大なる疑問である。

 

だが、何れにせよ、縄文にしても、江戸時代にしても、はたまた、昭和軍国時代にしても、日本は、世界最高に達した( 本書によれば)、あるいは、達する手前で転落している。

 

これらの叙述が全て事実であるものとするなら、「現在日本は、世界最高の工業国で、國際競争力は世界一で、一人当たりのG N P も世界一のアメリカに並んだ」日本は、極めて、危ない時期に差し掛かっている、と言わねばならない。

なぜなら、「過去の日本は、常に世界最高に達した( 本書によれば)、あるいは、達する手前で転落している」と著者は列島の歴史を振り返って、そのような論旨を述べているからである。

 

本書は一九九○年夏に出版された。丁度、日本経済が米国を追い越した頃である。それを機に、列島は下り坂を歩き始め、未だもって元気は恢復していない。

その限りに於いては、著者の予想通りであるが、世界の万事は「日本次第」であるという論旨とは、全く、逆の方に進んでおり、「日本はこれからどうなる?」という声が列島で響いている。

 

「玉」か「石」か、人によりそれぞれ評価は異なるだろう、が、私の読後感は、「一ドル」で購入して良かったと思っている。

 

 


【 白髪三千丈  wikipedia  の 遭 難 軌 跡 】    その三

2012-10-05 10:24:31 | Weblog

    ーー   W i k i の 船 頭 達 は 、

     何 を 欲 っ し て い た の か  ーー

 

『抜粋』

 ノートでも、この井戸端でも、Wikipedia の「船頭」達

  との意見交換或いは議論で、仁目が切に感じた事は、李

  白の詩句に関し、その「正確性」に疑問があると言いい

  ながら、それでいて、李白とその詩句について 何がしか

  の素養、知識を有していると自己紹介をしている者が一

  人も居なかった、という事である。

 

          ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 『本文』  

 

白髪三千丈、この五つの文字を見て、列島では、「あれは、大袈裟な表現だ」或いは、「法螺吹きだ」と云う人が多い。その程度の文句なら、そんなに難しいものではない。

所が、「仁目」という利用者が、ウイキペディアに一文を投じたら、それが、大きな波紋になって広がり、それまで、何事もなく水の上に浮いていた白髪 三千丈という「船」が、突然、多数の「船頭達」によって、山の上に押し上げられてしまった。

という事は、この文句は、「あれは法螺吹きだ」の一言で済ませる文句ではない事を意味する。何故?

それは 天下の李白の「詩句」だからである。

 

Wikipediaに「井戸端/ 過去ログ」という、問題提起と討論のページがある。 2006 5利用者「仁目」は、このページで二件の問題を提起、管理者の検討をお願いした。

  《「白髪三千丈」の記事、2004522日の投稿から二年の月日が立ち、yahoo 或いはgoogle com. で「白髪三千丈 wikipedia」として取り上げられ、尚且つ、goo 辞典にも採用されるなど、一般に肯定的な反響を得ることが出来、喜ばしい事だと思います。ついては、下記の二件につき、管理者の検討をお願いしたいと思います。

   () 昨年200578日)、この記事の冒頭に「正確性」の疑問を貼りつけてから、もう一年近くになるが、その間、これといった問題提起も、議論もないまま、レッテルだけが残っている状態で、不自然ではなかろうかと思う。

   () 本文の第三、四行即ち、「白髪が三千丈の長さに伸びるくらい長いあいだ」という意味で、長期間をあらわす表現のひとつであるという一節は、私の投稿原文にはなく、又、意味合いも、「白髪はふえるものであって、伸びるものではない」という本文の主旨に反するので、編集削除が必要と思うが、この際、編集に不慣れな私が勝手に手を付けるより、管理者にお願いした方がよいと思うので、よろしくお願いしたい

 

上記のメッセージを2006524日に「管理者へのメッセージ」宛てに入れたところ、「Aboshi」という船頭から、下記のようなメッセージがあった;

  こんにちは。当該項のノートにおける220.213.88.206氏の200510月時点でのご指摘をご覧になりましたか?全くそのとおりの疑義かと思います。まずは質問に真摯にお答えください。

ちなみに私は根本的な改変がない限り「正確さに疑問がある」テンプレートを外すことを反対し続けますので、よろしくお願いします。

理由は簡単で、いったいこれはどなたのご研究ですか。仁目さん自身のご見解でしょうか。ある事柄に対して説を展開する場合、先行研究を踏まえたもの以外は全く論外(ウィキペディアに掲載すべきものではない)ということにご理解はいただけているのでしょうか。

もし自説の展開であれば、世間一般的にも「正確性」があるとはいいません(学術的な査読を経ていないという理由です。仮に私が同じことをやっても同様です)。本来当該ノートに記載すべきことですが、仁目さんがわざわざ井戸端までもってきたのでここで質問させていただきます。先の議論は当該ノートでやりましょうか。Aboshi 2006528

 

この質問に対し、「仁目」は次のような回答をノートに寄せた;

  Abosi さんは、「字義」( = 字面) に拘り、私 (実際は千家詩) 「真意」( = 内包) に重点を置き、両者は、是非の問題ではなく、そもそも出発点が異なる為、議論の仕様はないと思う。

    最初に「根本な問題」の提起があった際、本件は、200588の「何が根本問題であるか」にてすでに委細回答済みです。ただ、誤解を避ける為、下記二点を追記します。

   () 2004210日と317日の投稿履歴を参照乞う。

    お分かりのように、「中国では誇張表現として使はれていない」という認識は、前任投稿者二人の認識であり、私も同じ認識だったので、その文句をそのまま残しておいたもの。つまり、これは一般に広く認識されていることであって、私一個人の認識ではないということ。

     また、「白髪が三千丈の長さに伸びるくらい長いあいだ」という文句も前任投稿者の文句で、こちらの方は削除すべきだと思う。

     ( ) 本家の「千家詩」には、「シラガがふえた、つぎ足すと、延べ三千丈位の長さになるだろうという嘆声」に解釈している。

     これは「意訳」であり、長さという字義を否定したものではない。つまり、「シラガが三千丈に伸びたという、現実的にあり得ない単純解釈をしていないだけのことである。

     日本語で、中国語もそうだが、「髪の毛が伸びる」という言い方はするが、「シラガが伸びる」という表現は現実に見たことも聞いたこともない。その意味で、「千家詩」の解釈は、それなりの意義持つ。

    「ウイキペディア」は名前が示す如く、「エンサイクロペディア」とは若干異なる。誰でも編集出来るのと、限られた権威学者による編集、これが両者の大きく違う点であり、「ウイキペディア」は通常の「百科事典」としての役割を果たすことを目標にしながらも、同時に、広く情報提供の場として利用可能という独特の面がある。

     私の投稿は「情報提供」が重点であります。あなたに指摘されるまでもなく、自分に百科事典の編集は出来ない、ということを私はノートではっきり言明しており、また、率直に言わせて貰うなら、これは私に限らず、大半の利用者にも言えることじゃないでしょうか。

     本文をいま一度よく読んで貰えば分かるが、日本で今迄殆んど知られて居なかった、そして日本の辞書の解釈とは意味合いの異なる本家の「千家詩」の解釈を、私は「ウイキペデイア」で紹介したのです。若干私の参考意見も述べているが、重点は「情報提供」です。

     あなたは歴史を専攻されたようで、異なる時間、空間、意識の元で、同じ一つの歴史が異なる内容に変わることを、よく存じておられる筈で、歴史に限らず、その他の知識分野に於いても同様です。そのうちのどれを客観的に価値あるものとして取り入れ、尊重するか、読者が持ち合わせの知識を元にして判断し決めるわけで、多数者の選んだ説が一応、通説乃至定説として信頼性が肯定されることになる。「諸説の比較」というのがこのような知識向上と選択の為に必要になるわけです。

    「シラガが三千丈の長さに伸びた」、これが日本に於ける従来の解釈である。しかし、本家の「千家詩」は、それと異なる、即ち、「シラガがふえた、つぎ足すと、三千丈位の長さになるだろう」という解釈をしている。前者の解釈は「現実にあり得ない」ものであり、後者の解釈は「現実にあり得る」ことである。

      私はウイキペデイアで、漢詩の愛好者に「比較の機会」を提供したわけです。どちらが常理に叶うものであるか、それは数多くの読者に委ねるべきであって、あなたと私が議論して結論を出すべきものではないでしよう。また、議論するにしても、相手は「千家詩」という古典書であり、私ではないのです。

      現実に、「白髪三千丈 Wikipedeia」は、このところウエブサイトで、「goo 辞書」を始め、広く引用され始めております。それは、「千家詩」によるこの名句の「意訳」が、詩人李白の「嘆声」を現実のものとして生き返えらせ、人々により鑑賞され易くなったという点を評価されたものではないかと思うが、それは又、二年間に亙る、数多のウイキペデイア利用者による協力編集の結果でもあります。

      そこへ、肝腎の出処である「白髪三千丈ウイキペディア」に「正確性」の標示が貼り付けたままになっているのは、一寸可笑しいのではないかと思って、管理者に参考意見を具申した次第だが。削除するしないは、その名の元に引用された「ウイキペデイア」が判断して決めることで、私はどうでもよいのです。

      従い、読書に専念したく、貴殿との議論も含め、これにて本件に触れることを打ち切ります。以上、了承乞う。仁目 2006529

 

 

ノートでも、この井戸端でも、Wikipedia の「船頭」達との意見交換或いは議論で、仁目が切に感じた事は、李白の詩句に関し、その「正確性」に疑問があると言いいながら、それでいて、李白とその詩句について 何がしかの素養、知識を有していると自己紹介をしている者が一人も居なかった、という事である。

 

仁目は、李白詩の原産地である唐土の典籍「千家詩」を元にして、詩句の真意を論じているのに、《いったいこれはどなたのご研究ですか。仁目さん自身のご見解でしょうかある事柄に対して説を展開する場合、先行研究を踏まえたもの以外は全く論外(ウィキペディアに掲載すべきものではない)ということにご理解はいただけているのでしょうかなどと、本筋から逸() れ、「千家詩」に付いては全く無知或いは無視するという発言をしている。これでは、議論のしようもない。

 

結局、Wiki の船頭達は「何を欲っしているのか」分からないまま、明らかに、詩句に馴染みのない船頭達を、これ以上相手にしても、時間と手間の無駄使いであると悟り、仁目は、Wiki から手を引く事に決めた。

 

あれから、六年の月日が経った。未だに、ウエブで良くoriginal の「仁目記事」を目にする。

Google Yahoo 、或いは、Livedoor , Weblog , 引いては、マピオン大百科などで、「白髪三千丈」の関係記事を検索すると、『利用者 : 仁目百科事典』、『利用者: 仁目ー韓国辞書、ウイキペデイア』、『利用者会話: 仁目』などなどに再会する。共に、「出典 : フリー百科事典『ウイキペディア ( Wikipedia ) 』になっている。懐かしいと思うし、幸いだとも思う。

 

そして、一日も早く、「白髪三千丈 Wikipedia 」の記事が生まれ変わり、疑問マークと正確さに疑問があるという「タグ」が外される事を望んで止まない。

 

、、、「白髪三千丈 Wikipedia の遭難軌跡全文終り、、、