犀川の河川整備を考える会

犀川の辰巳ダム建設を契機に河川整備を考え、公共土木事業のあり方について問題提起をするブログ。

その他>日本国憲法を考えよう(その18)

2017年06月18日 | その他
そもそも憲法が要るのか、わが国には要らない

 道徳・倫理だけで国を安定的に運営できないので、法のもとに国造りをしなければならないとすれば、法律の法律という位置付けの憲法があれば、骨格がしっかりした法治国家になるということであろうか。

 といったところで、わが国に、国のあり方・理念を決めるための憲法などというものが必要なのだろうか。いわゆる実定法だけでいいのではないか。英国には、成文の憲法というものが無いらしい。

 明治になって、伊藤博文らが憲法をつくらざるを得なかったのは、日本が西洋との不平等条約を解消するために、西洋と同じような仕組みを作る必要にせまられてのことと聞いた。大日本国憲法は、世界標準に合わせて、西洋の価値観を急遽、取り入れて急拵えで作ったということだ。目的は果たしたとしたら、無くてもいいということになる。

 わが国は二千年の歴史があって、五穀豊穣、国家安寧を祈念する大神主の天皇という特別の存在と大御宝の民がいて、世界にも稀な安定した社会を形成して維持してきた。このような国のあり方があり、「和を持って尊としとなす」、「親に孝養、兄弟仲良く、夫婦相和し、朋友相信じ、」といった理念ができあがっているのではないだろうか。

 われわれは憲法というものを後生大事に考えているが、成文の憲法として掲げなくとも、歴史の経過の中で積み重ねてきた判断の集積の上に、国のあり方・理念をすでに獲得しているのではないか。となると、日本には要らない。
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