むじな@金沢よろず批評ブログ

台湾、国際情勢、アニメなどについて批評

馬英九訪日は失敗、裏目か?

2006-07-15 16:50:32 | 台湾政治
馬英九国民党主席が10日から13日まで「日本において流れている反日主義者という懸念を払拭するため」日本を訪問した。当初は15日まで、関西も回る予定だったが、台風が台湾に接近していたため、急遽予定を繰り上げて帰国したという。
ただ、今回の馬主席(うまぬしせき、ではない)の訪日は、民進党を出し抜こうとするあまり焦りすぎたことが裏目に出て、総じて見て失敗だったといえるのではないか?

失敗の一つは、日程繰上げ帰国の判断ミス。
「台風」を理由に予定を急遽繰り上げて帰国したこと。
しかし、「台風」被害に対して、台北市長として指揮しないといけないというなら、13日午後7時着の便ではすでに手遅れで(そのころ台風は台湾に上陸した)、前日12日夜に帰るべきではなかったか。今回の台風は雨台風で、山岳部には大きな被害が出たものの、それほど大きく強いものではなく、台北市周辺は雨・風ともに大きくはなかった。しかし、それはたまたまそうなっただけのことであって、13日に再接近することが予測されながら、わざわざ再接近する13日夜に帰国というのは、どう見ても判断ミスではなかったのか?
確かに、馬主席の関西の日程には、京都での茶のみなどがあったから、台風のときにのんきに茶のみしているシーンが出たらまずいと思ったのだろうが、しかし、もしこれがもっと大きな台風だったら、台北に戻れず那覇に一時退避、理由にしていた台北市の監督もできず、かといってドタキャンされた関西政治家の恨みを買う、という踏んだり蹴ったりの結果になっていたかもしれない。幸い、馬主席はそんなに不運ではなさそうだが、しかし、罷免案での軽率な動きもそうだし、今後ともこうした軽率な判断ミスが重なると、命取りになるだろう。
馬主席はあまり苦労知らずで、修羅場に弱く、また優柔不断だというのが専らの評判だ。しかもその尻拭いをしてくれる優秀なブレーン、部下、友人もいない。これは総統を目指すとしてはあまりにも説得力がない。性格というのは、そうそう直せるものではない。日本のマスコミは馬主席が08年最有力、確実などと予断をしているが、国民党の体質、馬主席の性格を考えると、それは04年総統選挙でも国民党が勝つと判断した日本のマスコミの多くが二の轍を踏むだけのことだろう。

第二の失敗は、成果の乏しさ。
国民党は「会うべき人にも会えて、収穫は大きかった」と自画自賛したが、もし本当にそうなら、馬主席を持ち上げている台湾の中国時報、TVBS、中天、日本の共同通信や産経新聞がもっと成果を誇示して大騒ぎするだろう。
確かに下野して李登輝も追い出した後は、ほとんど没交渉状態だったから、国民党側としては期待値がもともと低かったのかもしれない。だから、「思ったよりは良かった」といったのかもしれない。
しかし、野党とはいえ注目されている台湾で大きな政党で、しかも40代以上の日本人にとっては歴史のロマンを感じる国民党の主席に対する扱いとしては、日本側の対応は、メディアも政界も含めて、きわめて冷淡で低レベルにとどまったといえるのではないか。
政界では、小泉首相に会おうとして一蹴され(身の程知らずとわらわれたことだろう)、安倍官房長官も小泉外遊で官邸にいたから電話で儀礼的挨拶になって、麻生外相も最長で20分程度の儀礼的面会に終わった。森元首相や福田前官房長官とは公開で会ったようだが、このクラスは民進党は議員や顧問クラスでも会っている。
しかも悲惨なことに、日華懇の集まりでも、さらに日本人論説委員との懇談でも、「歴史観がおかしい」と猛攻撃された。
メディアの扱いもかなり悲惨だった。訪日期間中も帰国後も、中国時報ですら、馬主席の話題はきわめて地味な扱いに終始した。1,2,3面にも来ていない。しかも馬主席寄りのはずの台湾のテレビの多くですら、逆に日本右翼の抗議デモのほうを大きく報じる始末。
これは、あまり大騒ぎして成果を強調すると、後でばれたときが逆効果になることを密かに恐れたためではないか?
日本のマスコミも2-3の例外を除いて、ほとんど無視に等しい状態だった。読売、日経、毎日はほとんどベタだけ、朝日もインタビューは比較的大きかったがそれほど騒いでいない。テレビもNHKもそんなに扱っていなかった。大宣伝よろしく垂れ流しだったのは共同と産経だけ。
共同と産経以外が淡々とした処理をしたのは、当然の判断だろう。08年の最有力かもしれないが、とはいえ外国の野党の党首である。同じように07年大統領選挙で最有力とされるハンナラ党のパク・クネが訪日したら大きく扱うのかというと、そんなことはないだろう。
それから、国民党が事前に鳴り物入りで宣伝していた目標「反日という誤解を払拭する」については、政治家への訪問や懇談時間は最長でも30分もなく、通訳を通してだから、実質儀礼的な挨拶だけに終わったことから、「払拭」という効果は果たせていない。それどころか、日華懇や主要紙論説委員との懇談では、ますます「反日中国人」という疑念を深めただけに終わった。口先だけで「反日ではない」といったところで、体全体から「中国人」というオーラを発して、言葉の端々に日本への敵意がちらついている。

第三の失敗は、信頼関係の破壊だ。
「台風」を理由にして、15日までの予定を急遽13日で切り上げて帰国したが、13-15日に予定していた関西方面で知事との会談はいわばドタキャンになった形だ。それも、ちゃんと人を派遣して理由を懇切丁寧に説明してもいないとか。日本側からすれば、重大な裏切り行為である。その重大性にも気づかず、来年春にはお詫びもかねて関西中心に再度訪日するという話だが、これではどうなることやら。
これよりも大きな信頼関係の破壊といえば、中国時報が14日付けで報じた、会ってもいない安倍官房長官や、儀礼的会談に終わったはずの麻生外相との「会談内容」だろう(中國時報 A17/兩岸新聞 2006/07/14 「過去受李登輝影響 以為台灣人多支持台獨」 安倍晉三會見 盼「馬英九效應」)。
馬べったりの中国時報は、おそらく馬主席の「訪日成果」を持ち上げるために書いたのだろうが、それは日本の事情を知らない台湾メディア記者の無知であって、結果的には馬主席の足を大きく引っ張り、日本側を大きく怒らせるものになっているはずである。
そもそも、安倍氏も麻生氏も話をしたことすら公式には認めていない。というのも北朝鮮非難決議をめぐって国連で日中が折衝している段階で、中国に覚えがいいとはいえ台湾の政治家と会うことはセンシティブだからである。まして、内容なんて日本で漏れるわけがない。日本人は言わないという約束だとテコでも動かない。
これを書いた記者は日本に同行した人でなく、馬主席帰国後に台北で周辺筋(鄭麗文か、それとも市議員か)の話を膨らませたのだろうが、とんだ「贔屓の引き倒し」である。
大体、安倍官房長官は会っていない。それを会ったとでっち上げて、ご丁寧にも「世論調査の数字を示して台湾人には現状維持が多くて独立を賛成していないことを示してみせた」という趣旨の部分にいたっては、くさい空想小説である。まあ、この手法で、総統一家のスキャンダルもでっち上げてきたのだろうが、これは台湾では誑かせても、日本人の、しかも当事者である安倍、麻生両氏周辺をはじめとする政府・自民党関係者からは憤激と不信を買うだけだろう。
しかも、覆水盆に返らずというか、いったん流れた以上は、後で取り消したり、釈明したりしたとしてもどうにもならない。
国民党はメディアを利用して、国民党を弁護、賛美させ、民進党を攻撃させているが、メディア記者の質と素養が低いばかりに、とんでもないことになっているようである。おそらく国民党が中国時報の報道に気をよくし、重大な効果に気づかないとしたら、国民党には政権奪取の芽などないであろう。

ただし、国民党も将来的には効果を上げていく可能性(私から見れば懸念)はないわけではない。
たとえば、国民党は今回、東大留学経験があって日本語も達者な江丙坤氏が主に周旋したようで、その効果もあってか、日華懇所属議員との懇談でも、80人くらいの人を集めることができた。民進党は政権党で主席が訪問しにくいというハンデがあるとはいえ、秘書長クラスの訪問では20人程度が集まるだけだから、そういう意味では国民党への扱いは破格だといえる。しかも、もともと日本で台湾びいきの議員は、「大中国」そのものに対する嫌悪感を持っている30-40人を除いては、ほとんどは反共主義から「共産党政権の中国が嫌い」というだけであって、国民党とは伝統的には友好関係を築いていた議員が多かった。馬英九氏も今回はそれほど反日が目立たなかったし、統一を主張したわけではない以上、国民党が従来の「反共の紐帯」を持ち出して、篭絡を図れば、意外に日本の親台湾派の議員の多くは、馬英九支持に回るかも知れない。
だが、しかし、である。江丙坤氏の人脈や実力には、やはり疑問がある。彼が知っているのは官僚系統出身者が多く、しかも古い世代ばかりであるし、しかも江氏自身の世界観や発想は、はっきりいって90年代以前の時代錯誤的なものである。
中国時報のでっち上げ報道がいみじくも焦りをにじませたように、今の国民党には、日本の若手議員とのパイプはほとんどない。90年代までの自民党「親華派」とばかり付き合ってきた江丙坤は、国民党自身のアナクロニズム、古臭い反共主義もあいまって、若手議員とはろくに話が通じないのではないか。
今の日本の議員は、政党間の違いよりも、世代間の違いのほうが大きい。福田前官房長官や中曽根元首相のようなかつてはタカ派とみなされた人たちが、靖国問題、対中問題などを中心に、むしろ社民党や共産党の古い世代と共鳴する部分が多い一方で、民主党と自民党の若手議員は社会政策としては左右で開きがあったとしても、対中問題ではむしろ「はっきり物をいう」点で共通項が生まれている。
これは、左右の思想そのものよりは、思考の枠組み、論理展開、世界観の違いが大きく起因しているといえる。
そういう意味では、江丙坤氏のようなアナクロ人間を「使える日本とのパイプ」としていまだに勘違いして重用している国民党は、どこかずれている、というか、イタすぎる。こういう政党だからこそ、2000、2004年といずれも「絶対に勝てるはずだ」とぬか喜びして、政権を逃しているのであろう。国民党はもはや時代から取り残させている。
現在、たまたまメディアキャンペーンで民進党の人気低落に成功しているように見える。しかし、民進党が現在低迷しているからといって、08年3月にもそのままだとは限らないし、民進党が駄目なら国民党だとは限らない。別の選択肢もありである。台湾の政治はきわめて流動的だからだ。
国民党はメディアを使って自画自賛して、問題点を回避してきた。結果的に江丙坤氏のような古い感覚の技術官僚を重用してろくな成果を出せないでいる。


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