さすらうキャベツの見聞記

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中傷に対する訓練 5)

2016-03-10 22:51:57 | Sunday 聖書

『あなたの重荷(おもに)を 主(しゅ)にゆだねよ。

 主は、あなたのことを心配してくださる。・・・』


(旧約聖書・詩編55:22)



(中傷に対する訓練 1))
(中傷に対する訓練 2))
(中傷に対する訓練 3))
(中傷に対する訓練 4))


 以上から、「中傷を受けたとき、どうするべきか」。


 何にせよ、「改めるべき点があれば改め、いわれなき言葉であっても、主の前にへりくだり、裁きをお任せすること」

および「目には目をではなく、主の模範に従い、悪に対しては愛をもって報いること」

と、ざっくり言えるだろうか。


(…という、まとめでよろしいでしょうか??)


   **************


 ・・・と、ここで、2点ほど、素朴な疑問が出てきた。


   **************


 一つは、ダビデの事例から、今、具体的なこととして考えると、

 Q1.a-「このとき、ダビデは部下など、ダビデの潔白を知っている者達がいた(「中傷」が「中傷」であると知っている人たちがいた)。だが、もしもそうではなく、周りも、その人のいうことを真に受けて、理解者がいない場合は?」


 Q1.b-「2者間でしか知りえないことで、間違ったことを吹聴されたときは?」


 Q1.c-「もし、その中傷や害する者のために、自分だけではなく、家族や友人まで巻き込まれる場合は?」

 といった事態にどう対処するかということ。




 二つ目(Q2.)は、ダビデが死ぬ前に、ソロモンに対してシムイの処遇について命令したこと(列王記第一 2:8-9)及び、なされたこと(同上 2:36-46)については、どう考えるべきか、ということだ。



   **************


 一つ目に関しては、結局のところ、もう今回学ばれたことであり、主に信頼することが肝要であり、

 a.や b.の事例には、ヨセフが牢に入れられた事件からも考えることができるかもしれない。
   (主に信頼してお任せしつつ、善を行っていたが、
    主に信頼しているから、周りから誤解されたままでも良い、とはしていなかった。)

 と、同時に、十字架につく前のキリストの姿から、全く主にお委ねするということも学ばされる。



 c.の事例には、イエスが十字架の上で、母マリヤの世話をヨハネに任せたように、他の者について信頼する者に任せる、配慮する、ということも考えられるだろうか。


 二つ目に関しては、B.C(紀元前=Before Christ)だから、と考えればいいのだろうか。



 ・・・などと考えたりも。(お時間ありましたら、どなたか知恵を拝借したく…)






 (「アビガイルの忠告」に続く)
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