桜並木に続いては、かの名高い「小岩井の一本桜」を訪ねます。名前自体は知らずとも、広い牧草地にぽつんと一本桜が佇み、その右手に岩手山の偉容が聳えるという絵柄は、多くの人々が一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。実際に訪ねてみると、どんより曇った空を除けば、目の前に広がっているのはまさに写真で目にした通りの光景です。この光景を目の当たりにして、私の中ではもう一本の桜のことが思い浮かびます。前半の初日に訪ねた「小沢の桜」です。いかにも東北の田舎といった風情の山里にある小沢の桜と、内地離れした雄大な光景の中に立つ小岩井の一本桜とでは、当然ながら趣は異なるものの、背景や点景との組み合わせが見事で、なおかつ他の角度から眺めた姿を誰も知らないという点で、これらの桜は共通しているのです。小岩井の一本桜の場合、見物客が立ち入れない牧草地に当の桜が立っており、他の角度から眺めようにも仕方がないという事情があってのことなのですが、角度を変えて見てみたいという気がしないのは、この絵柄がそれだけ完成されているということでもあります。
日没もいよいよ近いというのに五月の日は実に長く、これほど曇った空の下でもなかなか暗くはなりません。どんより曇った空が長い時間をかけて徐々に徐々に暗くなるという光景は、
一昨年道東で眺めた最後の桜を彷彿とさせます。