日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

新春の四国を行く 2018 - 播磨灘

2018-01-07 16:42:50 | 四国
寒さにたまりかねて甲板から撤退し、小一時間横になってから再び外に出てみると、意外にも眺めがほとんど変わっていませんでした。右に四国と淡路島、両者の間に大鳴門橋が見え、左後方の小豆島が遠ざかっていく中、四方に播磨灘が広がって、その右奥に早くも明石海峡大橋が見え始めています。おそらく、この眺めは明石が近付くまでほぼ変わらないのでしょう。
これを見て、新門司発の名門大洋フェリーを思い出しました。新門司港が遠ざかるにつれて後方が次第に開けていき、左の後方には九州、右後方には本州の海岸線の明かりが見え、さらに進むと右前方に四国の明かりも見え始めるというのが、上りの航路の序盤に展開する眺めです。眺めがほとんど変わらない一方で、広い海の只中にある自船の位置を体感できるところが、よく似通っているとでも申しましょうか。
晴れていれば、後方では日が沈んでいき、前方からは明石海峡大橋が迫ってくる、最高潮というべき時間帯にさしかかるのでしょう。しかし、あいにく小豆島を出た頃から雲が次第に厚くなり、平板な曇り空となってしまいました。この先の展開は何となく読めてきたため、明石海峡大橋の通過までは船内で暖をとります。
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新春の四国を行く 2018 - 小豆島

2018-01-07 15:40:27 | 四国
70分の航海を経て小豆島の坂手港に着きました。岸壁に止まっている乗用車の数が、高松から乗った車の倍はあるように見えました。三つある雑魚寝の区画のうち、二つが小豆島からの乗客に割り当てられていることからすると、おそらくそれが輸送量の目安なのでしょう。宇野高松航路が風前の灯火となった今も、この航路が生き永らえているのは、小豆島と京阪神を最短経路で結んでいることによるところが大きいようです。

着岸したのを見計らって船内に入り、出航後に再び外へ出たものの、なまじ船内の暖かさを体感してしまうと、外がなおさら寒く感じられます。時間にして今までの三倍が残っており、しかもこの先次第に日差しは弱く、気温も低くなってくることを考えると、無理して立ち続ければ風邪を引きかねません。大鳴門橋らしき吊橋が彼方に見えてきたのを確かめた後、再び船内に入りました。
四国と小豆島で囲まれた海域から播磨灘に入っていくため、視界は相当広がってくると予想されます。真打ちの明石海峡大橋をくぐれば、神戸の夜景も見えてくるでしょう。一瞬たりとも目を離したくないところではありますが、それが難しそうなことについても分かってきました。もうしばらく暖まってから外に出ます。
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新春の四国を行く 2018 - ジャンボフェリー

2018-01-07 14:05:38 | 四国
定刻から五分遅れて船が離岸を始めました。小豆島に寄港しつつ、神戸まで4時間40分の航海です。
破格の航送料が決め手となり、四国への行き来には毎回世話になってきたジャンボフェリーですが、明るいうちに乗船するのは初めてです。甲板に立ち続けるのも辞さない覚悟で、出発以来初めて長袖シャツの内側にもう一枚着込みました。寒すぎて船室に戻るしかない場合に備え、念のため昼寝用の寝袋、枕を持ち込みましたが、無用の長物となってくれることを願っています。
高知に寄らない例年の正月と違い、今回は一度の旅で全県に足を運ぶことができました。しかし、これを今年最初で最後にしたくはありません。鰹の旬に高知を再訪するという課題を含め、いずれ戻ってきたいものです。そのときにまたお会いしましょう…
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新春の四国を行く 2018 - 自制心

2018-01-07 13:54:01 | 四国
フェリー乗り場へ向かう間にうどん屋があるのは分かっていました。しかし、弁当と続けざまでは多かれ少なかれ無理が伴い、さらには駆け込みの乗船になりかねません。潔く切ってそのまま走りました。出発から約1380km, 上陸から600km強を走ったところで四国での全行程は終了です。
出航の40分前に着き、手続と記念撮影を済ませて戻ると、乗船が始まるという理想的な流れでした。しかし、これが20分前なら相当慌てることが経験上分かっています。わずかに早く乗り込むだけで、これだけ余裕が出てくるにもかかわらず、いつも慌ててしまうのが自分の悪い癖ですが、今回は珍しく自制心が働きました。
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新春の四国を行く 2018 - 夢の跡

2018-01-07 12:19:32 | 四国
瀬戸大橋の開通後も24時間運航を続け、健在ぶりを発揮していた宇野高松間のフェリーにとって、致命的な打撃となったのが、高速料金の大幅な割引が始まったことです。宇高国道フェリーは休航に追い込まれ、残った四国フェリーも今では一日五往復に縮小されて、風前の灯になってしまいました。
その四国フェリーが駅前の桟橋に移転した今、市街との間を結ぶフェリー通りも有名無実です。しかし、かつての乗り場はいずれも残って、兵どもが夢の跡とでもいうべき光景が広がっています。去年の春まで使われていた四国フェリーの乗り場が、宇高国道フェリーの乗り場よりもむしろ荒れて見えるのが印象的です。那覇新港と違い、船会社の事務所として使われている様子もないだけに、いつまでこのまま残るかが気になります。
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新春の四国を行く 2018 - ことでんレトロ

2018-01-07 11:28:58 | 四国
高松に泊まって明らかによかったといえる点が一つあります。月に一回旧型電車を走らせる「ことでんレトロ」の運転日に重なったことです。以前も電車を撮った濠端の踏切へ向かうと、先客は三名のみで十分な余裕があります。これなら撮らない手はありません。前に23号車、後ろに120号車をつなげた二両編成を、おおむね狙い通りの条件で記録しました。
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新春の四国を行く 2018 - 高松中央郵便局

2018-01-07 09:52:24 | 四国
まずは高松中央郵便局に立ち寄ります。風景印を頂戴し、これで四国四県のうち三県の風景印が集まりました。結果として、松山の風景印を押さえられなかったのが惜しまれます。実は、昨日松山中央郵便局を訪ねたところ、窓口が非常に混んでいたため、風景印をお願いするのが憚られたのでした。こちらはあくまで道楽だけに、あの状況では仕方なかったと納得していますが。
ちなみに、52円で差し出せるのは今日までだそうです。ささやかな記念の品ができました。
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新春の四国を行く 2018 - ホテルサキカ

2018-01-07 08:58:40 | 四国
連休に入っても、宿泊事情には依然として十分な余裕があり、昨夜の宿泊料は道中三度目の三千円台でした。三千円台の宿が複数選べる中、和室に泊まれて大浴場もあるという条件から選んだのが「ホテルサキカ」です。
和室ということからも分かる通り、日観連の看板を掲げた宿であり、ビジネスホテルとは趣を異にします。直裁にいえば、去年世話になった徳島高知の宿などと同様、かつては観光客で賑わった、しかし今はうらぶれた宿泊施設です。設備は当然くたびれており、それに加えてやや怪しいのも特徴です。割り当てられたのは和室と洋室が半々の和洋室で、そこへ至る廊下は古い集合住宅のような造りでした。
とはいえ、繁華街から徒歩圏内の片原町という立地は申し分ありません。部屋は十分すぎるほど広く、東向きの窓から眺める朝焼けも上々でした。しかも、すぐそばにある系列の宿の大浴場にも入れるという特典があり、昨夜はここの、今朝は系列店の風呂に入ってきました。そもそも高松に泊まる機会は少ないものの、次回のために覚えておきたい一軒です。
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新春の四国を行く 2018 - 六日目

2018-01-07 08:45:29 | 四国
おはようございます。昨夜は「おふくろ」一軒ですっかり満腹となり、どう考えても次には行けない状態だったため、早々と宿に戻って休みました。六時過ぎに目覚めたとき、東の空がわずかに明るくなっていました。朝風呂浴びて出発しようというところです。
本日は二通りの予定を考えていました。快晴ならば徳島方面へ走って徳島か神戸のいずれかに泊まり、その他の場合は神戸行のフェリーに乗るというものです。前者は四国にできるだけ長く滞在することを、後者は船旅を主眼としています。
今のところ上空には薄い雲が、東の空方には大きな雲があって、遠景もやや霞んでいるため、後者を採る可能性が高くなりました。ただし、14時の出航までに空がますます晴れてくれば、東へ向かって走るにもやぶさかではありません。
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新春の四国を行く 2018 - 高松の夜

2018-01-06 21:18:58 | 四国
土居から坂出まで上陸以来初となる高速道を飛ばし、あとは一般道という経路で高松に着きました。気温は6度、出発からの走行距離は1370kmに迫っています。
高速道は極力避けたいのが本音であり、その点では松山に連泊するのも一案ではありました。しかし、明日の出発地が松山ということになると、高松から夜行のフェリーに乗って、翌日神戸から帰るという行程になる可能性が高く、高松、神戸の両都市は実質素通りとなってしまいます。それきり再訪する機会もないまま一年を終えるという経験を何度もしてきたため、同じことの繰り返しを避けたかった次第です。
高松に泊まるのは三年ぶりですが、前回は三が日に重なって店の選択肢が限られました。一通り選べる状況ということになると、前回がいつだったのかもう定かではありません。久々の夜を満喫できれば幸いに思います。
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新春の四国を行く 2018 - 大角海浜公園

2018-01-06 17:27:59 | 四国
松山市街を後にして、今治の大角海浜公園にやってきました。196号線を走行中、気温が出発以来初めての二桁に達する一方、雲は次第に多くなり、日の射す時間がほとんどなくなってしまいました。局所的に一瞬日が射すのを期待しうるだけであり、しまなみ海道の眺望には多くを期待できそうにありません。それにもかかわらず走ってきたのは、昨日と同じ11号線を引き返すより、海沿いの道を走った方が楽しかろうと思ったからです。それに加えて、一昨年の正月にキャンプをした思い出の場所を再訪したいという考えがありました。
こうして再訪した大角海浜公園、9度という気温は松山市街と同じにもかかわらず、日差しがなくなったのに加えて西の方から風が吹き、外に立っているのもいささか辛い寒さです。あわよくばキャンプも辞さずと意気込みながら、淡い期待を打ち砕かれたというと、北陸新幹線の開業前夜に訪ねた海浜公園キャンプが思い出されます。風も寒さもあのときほどではないものの、到底キャンプにならない点については変わりません。今年の寒さというよりも、一昨年がいかに暖かかったかを改めて実感します。
そのようなわけで、空振り気味の結果ではありましたが、西に開けたお誂え向きの高台があり、夕日が沈んでいくのを見届けられたのは幸いです。
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新春の四国を行く 2018 - 松山ニューグランドホテル

2018-01-06 08:56:28 | 四国
昨晩は不動の定宿となりつつある松山ニューグランドホテルの世話になりました。一昨年は、和室という条件が決め手となって、珍しく宗旨替えをしましたが、直近の二回続けてこの宿に泊まり、すっかり原点に回帰した感があります。
繁華街から徒歩圏内の宿の中では最安値に近く、なおかつ十分な収容力があって、直前でも確実に押さえられるところは、自分が宿に求める条件を全て満たしています。おおむね同じ価格帯の宿であっても、部屋が格段に拾い、和室に泊まれるなどの明確な付加価値がない限り、乗り換える誘因は働かないのです。
綿密に調べていけば、ここより安くて快適な宿に泊まれるのかもしれません。しかしせいぜい数百円の違いでしょう。道楽で旅している以上、その程度の違いのために、毎回予約サイトを血眼になって調べるのは本末転倒です。空いているのを確かめ次第即決し、迷うことなくたどり着き、手早く一風呂浴びて出直せるという利点を考えれば、定宿を決めておいた方が理にかなっているというわけです。
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新春の四国を行く 2018 - 五日目

2018-01-06 08:18:35 | 四国
おはようございます。昨夜は遅く始めた上に三軒はしごしたこともあり、宿へ戻ったときには二時近くになっていました。夜更かしがたたって、目覚めたときには八時近くになっていました。今日は遅めの活動再開になりそうです。
昨晩意表を突かれたのは、夜半に再び雨が降ってきたことです。「せくら」を出たとき雨粒が落ちてきたのに気付き、にわか雨かと思いきや、「小判道場」と「北山軒」を出た後もそのままでした。今朝も晴れてはいるものの、上空の雲は多めです。終日晴の予報ではありますが、序盤と同様不安定な空模様になるのかもしれません。
初日から経路にほぼ迷うことなく進んできましたが、本日どこに泊まるかは流動的です。うどんをいただいてから道後に立ち寄るまでは決めており、天気がよければ久々にしまなみ海道へ向かうことになるかと思います。徳島、高知、松山の順に訪ねてきた以上、最も順当なのは高松ですが、今治の近辺で日が暮れた場合、松山に引き返して連泊しても、しまなみ海道を引き返して尾道に泊まってもよく、さらに走れば倉敷に泊まるという宿願を果たすこともできます。幸い、連休にもかかわらず宿泊事情には引き続き余裕があるため、日が暮れた時点の気分に任せるつもりです。
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新春の四国を行く 2018 - 寒い冬

2018-01-05 21:21:28 | 四国
11号線を下って松山に着きました。出発からの走行距離は1150kmをわずかに超えたところです。高知に着いたときが1000kmをわずかに超えたところだったため、本日は丁度150kmを走ったことになります。
気温は5度、つまり一昨日徳島に着いたときと比べてほぼ変わりません。高知を出た時点で4度だった気温が、県境の峠では0度に下がり、西条を出たときも3.5度で、山間部を走行中に一時2度まで下がりました。日中に一時日が射し、その間だけは数字以上の暖かさを感じたものの、総じて寒い一日でした。一昨年の同じ時期にキャンプをしたのが、今となっては信じられません。この冬の寒さを改めて実感させられます。
とはいえ冬来たりなば春遠からじ、あと一月経てば立春です。例年になく寒い冬を、むしろ楽しみたいものだと思います。
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新春の四国を行く 2018 - 十河信二記念館

2018-01-05 18:29:32 | 四国
四国鉄道文化館で思った以上に時間を消費し、いつの間にやら最終入館の時刻が迫ってきました。最後に残った十河信二記念館を見学し、六時の閉館とともに切り上げたところです。
97年の生涯を振り返った年譜、総裁時代の業績に関する展示もよかったのですが、圧巻だったのは「十河国鉄総裁の八年間」なる展示です。国鉄の外郭団体が、退任を記念して総裁本人に贈ったという手製の写真帳を複写したもので、数十枚に及ぶ写真の中に、起工式、貫通式、開業式、出発式など、在任当時に出席したありとあらゆる式典の映像が納められていました。それを見て思ったのは、我が国の鉄道史上最も華やかなりし時代が、そのまま在任期間に重なっていたのだということです。

総裁の指揮により完成した夢の超特急は、斜陽化が噂されていた我が国の鉄道を復権させたばかりか、各国に高速鉄道が誕生する契機となり、その業績は末永く語り注がれていくことになります。しかし、後世の人々がそれを正しく受け継ぎ発展させているかといえば、残念ながらそのようには思いません。
新幹線が画期たり得たのは、既存の鉄道の延長線上では考えられない、全く新しいものを一から作り上げたことにあります。ただしその背景には、限界に達した輸送力を抜本的に増強するという目的があり、既存の鉄道網を捨て去ることを意味するものではありませんでした。ところが、東海道新幹線の成功により「おらが村にも新幹線」の思想が蔓延すると、それが政治的に利用され、輸送力の限界とは何の関係もなく新幹線が造られていきました。その結果、後になればなるほど歪みが顕著になってきたわけです。
新幹線と引き替えに、北信越の交通体系が分断されてしまったのは、その象徴というべき出来事でした。富山からは新潟、名古屋、大阪のいずれににも直通できなくなり、数年後には金沢、福井も同じ道をたどろうとしています。新幹線の整備を名目にして、我が国の鉄道網が無惨に分断されていく現状を、総裁は草葉の陰でどう思っているのかが気になりました。

やや引っかかる部分はありながらも、我が国の鉄道史上に燦然と輝く業績を、余すことなく記録した秀逸な展示ではありました。趣味人の生涯の記録といえば、何といっても横浜の原鉄道模型博物館ですが、一鉄道人の記録としてはここが国内随一ではないでしょうか。総花的な四国鉄道文化館はともかく、この記念館に関していえば、他のどこにもない唯一無二の展示があり、なおかつここに存在すべき必然性がありました。
展示物のみならず、天然木と漆喰を贅沢に使った建物も、四国鉄道文化館と同じく秀逸でした。それでいながら入館は無料、四国鉄道文化館に入っても300円、JAF割引を使えば240円になり、さらに駐車も無料とは太っ腹です。ただ同然で半日楽しめる充実ぶりは、小樽の総合博物館に匹敵すると言い切りましょう。
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