菱沼康介の、丸い卵も切りよで四角。

日々の悶々を、はらはらほろほろ。

心は言うことを聞かないから。  『セールスマン』

2017年06月29日 00時00分55秒 | 映画(公開映画)

で、ロードショーでは、どうでしょう? 第1112回。


「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」

 

 

 

『セールスマン』

 

 

 

 

 

 

『彼女が消えた浜辺』、『別離』、『ある過去の行方』のイランの名匠アスガー・ファルハディ監督(脚本も)によるアカデミー賞外国語映画賞受賞の心理ミステリー・サスペンス。

 

ひと組の劇団員夫婦を主人公に、妻が自宅で何者かに襲われた事件をきっかけに、表沙汰にしたくない妻と犯人を見つけ出すことに執念を燃やす夫の間に思わぬ感情のすれ違いが生じていくさまと、事件の衝撃の顛末を緊張感あふれる筆致でスリリングに描き出していく。

 

主演は、『彼女が消えた浜辺』でも共演しているシャハブ・ホセイニとタラネ・アリシュスティ。

 

 

 

 

物語。

変化が激しい現代のテヘラン。

小さな劇団に所属する俳優のエマッドは国語教師と二足の草鞋を履いている。

妻のラナも同じ劇団に所属する美人女優。

上演を目前に控えたアーサー・ミラー原作の舞台“セールスマンの死”の稽古中。

そんな最中、自宅アパートに倒壊の危険が生じて、立ち退きを余儀なくされる。

2人は友人ババクに物件を紹介してもらい、まだ前に住んでいた女の荷物が残る部屋に慌ただしく引っ越す。それから間もなく、ひとりでシャワーを浴びていたラナが何者かに襲われ、頭部を負傷する事件が起きる。

 

 

 

出演。

シャハブ・ホセイニが、俳優で国語教師のエマッド・エテサミ。
タラネ・アリドゥスティが、女優のラナ・エテサミ。


ババク・カリミが、俳優のババク。
ミナ・サダティが、サナム。

 

全キャストが素晴らしい。 

視線の戦争に奥歯が硬い。

 

 

 

 

 

スタッフ。

撮影は、ホセイン・ジャファリアン。

毎度、この世界の切り取り方に驚かされる。


編集は、ハイデー・サフィヤリ。 


音楽は、サッタル・オラキ。

ほぼ鳴ってた印象がない。 

 

 

 

 

 

女優の妻が引っ越した先で暴行され、困惑の中、俳優の夫は『セールスマンの死』の公演を続けながら、犯人を探すサスペンス・ドラマ。
アスガー・ファルハディの2度目のアカデミー外国語映画賞受賞も納得。当代の映画界最高の脚本と演出を目の当たりにす。
すれ違っていく痛みに胸が早鐘を打つ。想像力と現実の違いに心がざらつく。文化の違いもあるが軸は自分にもある物語で飲む唾が心臓に冷たく滴る。
肺で酸素が二酸化炭素に変わるのさえ分かるほどの芝居に毛穴が開き、血液が濃度を上げる。
重力崩壊と超新星爆発は、劇場で、暮らす部屋で、二人の間で、握った拳の中でも起こる。
重なる視線で水が凍るように沸騰する交作。

 

 

 

 

 

おまけ。

原題は、『فروشنده /Forushande』。
英語題は、『THE SALESMAN』。

どちらも『行商人』ですね。

 

 


上映時間は、124分。
製作国は、イラン/フランス。
映倫は、G。

 

 

 

キャッチコピーは、「ある夜の闖入者――たどり着いた真実は、憎悪か、それとも愛か――。」

映画の内容の愛の意味が深いので、ちょっと陳腐化してしまった気はする。そのどっちも同時にあるからね。

「ある夜の闖入者ーーその痛みを乗り越えられるのか?」とかどうかしら?

 

 

 

 

 

 

 


ネタバレ。

シナリオは、前の住人アフーのシーンから書いていったが、推敲で全部削ったんだそう。

 

『セールスマンの死』 のウィリー・ローマンは衣料品のセールスマンで、あの父親も衣料品をトラックで売っていた。

 

言葉は簡単にすれ違ってしまう、言葉に翻弄される。

ババクから事件は劇団員に知られ、住人から前の住人の女の情報がもたらされる。

 

 

モチーフは、見えることと見えないこと。

隣の工事は見えないうちにマンションに亀裂を走らせる。

インターホンは声だけで相手が見えない。

舞台の装置は柱だけで見えるようになっている。

料理は食材を買った、見えない金によって、味が変わる。

見えない犯人を妻は本当は見ていたのか?

 

枠というのもある。

窓、風呂場、セット、ドア、車の窓・・・。

 

 

どうしても変えられない意識、実際にその状況になると人が変わってしまう。

娼婦の役をやっている女優は役であっても意識過剰になる、芸術や物語を触れていても想像力が限定される。

エマッドはタクシーでの女性の拒否反応を想像力で肯定していたのに、妻のことも、あの父親のことも許すことが簡単にはできない。

もしかすると、妻は犯人のことを見ていて、その年齢から目をつぶること、何かの間違いだと許そうとしたのかもしれない。夫がタクシーのことを許したように。 

しかし、それは夫には届くはずのないあもの。いや、だからこそ、夫には届くことを願っていたのかもしれない。

この行動と心のずれよ。

 

 

 

 

理性は許すのに、心が許さない、一人の人間の中にある混乱の渦の大きさ。その混乱を持つ人間が二人もいたら、3人いたら、国を構成するほどの人がいたら・・・。
 
世界最小の国の単位は夫婦だと思う。
この最小の国の中でも内紛が起きる。政治的衝突が起きる。主義と愛情と文化と宗教の交流がある。
そして、国はあっけなく消滅する。名前は残るかもしれないし、資産は残るかもしれないし、子供も残るかもしれないが。
国を成していた絆が失われる。
 
人間が最も動かすのは目です。
この目の動き、視線の芝居の素晴らしさ。
動けないからこそ、より目が動く、この目の動きを扱うのが映画の最大の特徴です。
『セールスマン』は静かな、言葉による動きの少ない映画ですが、目がどの映画よりも動く。
つまり、目と目の戦争が描かれる。
そして、目は心の窓とも言います。
つまり、目と目の戦争は心の心の戦争。
 
この映画の視線の芝居、表情の芝居、裏側に込められた人の軸を見せる芝居、その軸が傾く芝居の凄さは、百万聞、一見にしかず。
 
少し足りない言葉、隠された情報、目の前のあることが表面であることに気づかず、言葉とは足りないもの、情報は象の一部で象の全体を語るしかない不完全なもの、裏面や中身があることを忘れてしまう。
 
愛がなくても一緒にいるためにはどうすればいいのか?
愛がなくても一緒にいるしかないなら、どうすればいいのか?

 

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