菱沼康介の、丸い卵も切りよで四角。

日々の悶々を、はらはらほろほろ。

愛の真裏に痛み。   『ブエノスアイレス』

2009年09月30日 00時00分38秒 | オレは好きなんだよ!

【俺は好きなんだよ】第173回

 

『ブエノスアイレス』(1997)
 
 
原題は『春光乍洩』。翻訳ソフトを使うと『春の景色は急に現れます』てな感じになります。
英語題は『HAPPY TOGETHER』。


スタッフ。
監督:ウォン・カーウァイ
製作:ウォン・カーウァイ
脚本:ウォン・カーウァイ
撮影:クリストファー・ドイル
美術:ウィリアム・チャン
音楽:ダニー・チャン


出演。
レスリー・チャン
トニー・レオン
チャン・チェン


物語。
南米アルゼンチンへとやってきた、男2人、ウィンとファイ。
幾度となく別れを繰り返してきた2人は、ここでも些細な諍いを繰り返し、別れてしまう。
そして、2人は、ファイが働くタンゴ・バーで再会を果たす・・・。


受賞歴。
1997年のカンヌ国際映画祭にて、パルム・ドールにノミネート。
監督賞(ウォン・カーウァイ)を受賞。

1997年のインディペンデント・スピリット賞で、外国映画賞にノミネート。







『天使の涙』で、己のスタイリッシュを突き詰めたウォン・カーウァイは、ついにその次へ、スタイリッシュの向こう側を目指す。
それは物語を越え、人間の内面の表出であったろうと推測される。
ソレは夢に等しいものではなかろうか。
そのために、彼が求めたのは、土地だった。
夢を映像化するために、現実から離れる必要があったのだろう。
だから、香港から最も遠い場所、地球における真裏のアルゼンチン、ブエノスアイレスへ向かったのではないか。


ウォン・カーウァイは、トニー・レオンを騙してでも地球の裏側のブエノスアイレスに拉致し、いきなり全裸のベッドシーンを強要したそう。
すべてをコントロールしようとして難産となった『楽園の瑕』とは違い、コントロールしようとして、全く出来ない南米での制作は新たな難産となる。
自然だけでなく、キャスト、スタッフさえも混乱を持ち込む。
現地のコーディネーターには、製作費を持ち逃げ。レスリー・チョンはアメーバ赤痢にかかって苦しんだのち、回復したら、コンサートがあると、香港に戻ってしまった。
キャストを失ったウォン・カーウァイは、チャン・チェンとトニーのプラトニック関係を膨らます。
しかし、残ってくれたトニーも、自殺シーンや異国での撮影にすっかり衰弱。

だが、それを救うのは、ウォンカーウァイの目であり、世界中を回った船乗りだったクリストファー・ドイルだったのだろう。
香港時代を上回る世界観をクリストファー・ドイルのカメラは映し出す。
小汚い台所や路地、ただの道でさえ、まるで愛する者の肌のように、いとおしく映されている。

物語はウォン・カーウァイの脳ミソから必要な分だけ滂沱に描かれるのではなく、状況に応じて、切り傷から吹き出す血のように語られる。
その膨大に回されたフィルムからは、『ブエノスアイレス零』というドキュメンタリー作品をも生みだした。


最初の構想にあった、トニーの父が急死し、トニーが父の愛人だったレスリーに会いに行くというストーリーもあったそう。



この映画、英語題でもある『ハッピートゥギャザー』が主題歌で流れる。
実は、ロシアのバンドによるライブ録音を使おうとするが、オリジナル原版の使用許可が出なかった。
そこで、わざわざそっくりにコピーされたライブ録音の『ハッピー・トゥギャザー』のカバーを作る。
そっくりなのに本物ではないという模倣品であり、この映画で描かれる愛のような切なさをまとっているのは奇跡のようだ。
それは、失われたあの男と、その愛の影を追うような・・・。

この痛みは、愛や幸せといった無形の喪失ではなく、土地、家族、言葉といった物理的な喪失から来ている。
これがウォン・カーウァイを次の段階に押し上げた。
スタイルだけでは届かない皮膚の奥、骨へと手を触れさせたのだろう。
劇的や異端を越えて、普遍的な魂の感触を持つ作品。















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