雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

後の千金 ・ 今昔物語 ( 10 - 11 )

2024-05-20 13:52:56 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 後の千金 ・ 今昔物語 ( 10 - 11 ) 』


今は昔、
震旦の周の御代に荘子(ソウジ・中国戦国時代の思想家。)という人がいた。賢明で知識は豊かである。一方で、家は極めて貧しく貯えは全くなかった。

そのため、今日食べる物さえなかった。どうすれば良いか思い悩んでいたが、隣に[ 欠字。「かんあとう」という人名らしい。]という人がいたので、今日食べるための黄色い粟を請うたところ、[ 欠字。「かんあとう」らしい。]は「あと五日経ったら、我が家に千両の金が届く。その時にいらっしゃい。その金を進呈しましょう。どうして、あなたのように賢く立派なお方に、今日の糧として僅かな粟を進呈すれば、かえって私の恥になります」と言った。

これに対して荘子は、
「私は昨日、道を歩いていますと、後ろで呼ぶ声が聞こえました。振り返ってみますと、誰も見当たらない。不思議に思ってよく見ますと、車輪の跡の窪んでいる所に大きな鮒が一匹いて、生きていて動き回っている。『どうして、こんな所に鮒がいるのか』と思って、さらに近付いてみると、水が少しばかり溜まっている所に生きていて動いていたのだ。私は、その鮒に訊ねました。『どうしてお前は、ここに居るのか』と。すると鮒は、『我は、河伯神(カワノカミ・河の守護神。)の使者として、高麗に行く途中である。我は東の海の波の神であるが、思い掛けず飛びそこなって、この窪みに落ちてこの様だ。水は少なく喉が渇き、もう死にそうだ。「助けてもらおう」と思って、あなたを呼んだのです』と言いました。
私は、『あと三日後に、[ 欠字。池か湖らしいが不詳。]という所に、私は遊びに行きます。そこに、お前さんを連れて行って放してやろう』と言いますと、鮒は、『我は、もう三日も待つ事は出来ない。それよりも、今日、一滴の水を与えてくれて、とりあえず喉の渇きを潤わせてくれ』と言うので、鮒が言う通りに一滴の水を与えて助けてやりました。
されば、あの鮒が言ったように、私の命は、今、何も食べなければ、生きてはおれません。後の千金など、役に立ちません」
と言った。

これから後、「後の千金」という事はこういう事を指すのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 長命の所以 ・ 今昔物語 ( ... | トップ | 三楽話 ・ 今昔物語 ( 10 -... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その2」カテゴリの最新記事