雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

壮絶な相撲 ・ 今昔物語 ( 巻23-25 )

2015-09-23 08:57:57 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          壮絶な相撲 ・ 今昔物語 ( 巻23-25 )

今は昔、
円融院天皇(第六十四代円融天皇)の御代、永観二年の七月に、堀河院において相撲の節会が行われた。

さて、選抜試合の当日、左の最手(ホテ・相撲の最高位。現在の大関にあたる)である真髪成村(マカミノナリムラ)と右の最手である海恒世(アマノツネヨ)が召されて取り組むことになった。
成村は常陸国の相撲人(相撲取り)である。村上天皇の御時より相撲を取り続けて最手にまで上った者で、体格も力も並ぶ者がなかった。
恒世は丹後国の相撲人である。彼も村上天皇の御時の末頃に出てきて、取り続け最手にまで上った者である。体格は成村より少し劣っていたが、技が極めて優れていた。
今日取り組まされたなら、互いに長く好敵手として認めあっている者同士なので、この勝負は、どちらにとっても大変気の毒な結果をもたらすだろう。特に、成村は恒世より相撲歴が長い者なので、もし負ければ、大変気の毒なことだろう。

さて、取り組みとなると、成村は六度まで「待った」をした。恒世も「待った」こそしないが、「成村は自分よりずっと先輩なので、すぐに取り組むのは気の毒だ」と思って、強いて勝負しようとは考えていなかった。また、相手は大変力が強く取り合ってもそう簡単に勝てそうもない。それで、成村が六度まで「待った」を申し出るのを許して、放してやった。
七度目となったが、成村は泣きながら「待った」を申し出たが許されず、成村は怒りを表して立ち上がり、強引に寄っていって組み合った。恒世は片手で相手の首を巻き、片手で脇を差しにいった。成村は前袋を引き、横みつを取り、恒世の胸に胸を押し当ててしゃにむに引き付けるので、恒世は小さな声で「気が狂われたのか。どうなさるつもりなのか」と言ったが、成村は耳も貸さず、さらに引き付けて外掛けを掛けようとする。それを待って恒世は逆に内掛けに絡みかけ、相手を引き付けて体を入れ替えるようにうっちゃると、成村はあおむけざまに倒れ、その上に恒世が横ざまに倒れかかった。

勝負がついた瞬間、これを見ていた上中下の人々は、皆色を失ってしまった。
相撲に勝った方は、負けた方に対して、手を叩いて笑うというのが恒例になっている。ところが、この勝負は重大事と思われていたからであろうか、小さな音さえたてず、密かにささやき合った。
続いて、次の取り組みが行われるはずであったが、この勝負についてああだこうだと言い合っているうちに、いつか日が暮れてしまった。

成村は起き上がって、支度部屋に駆け込むや否や狩衣と袴をつけてすぐさま出て行った。そして、その日の内に常陸国に帰って行った。
一方の恒世は、成村が起き上った後も起き上がることが出来ず倒れたままでいたので、右方の相撲の世話役たちが大勢で助け起こして、弓場殿の方に連れて行き、そこにいた殿上人を外に出し、その席に寝かした。
その時、右方の大将である大納言藤原清時が堀河院の寝殿の階下の座より降り、下襲(シタガサネ)を脱いで褒美として与えた。
中将や少将たちも集まってきて、恒世に「成村はどうであったか」と尋ねると、ただ、「立派な最手でした」とだけ答えた。それから、息も絶え絶えの恒世を相撲人たちが押し立てて支度部屋に連れて行くと、中将や少将たちは着ている物をある限り褒美として与えた。しかし、恒世は着物さえきちんと着ることが出来ない状態であった。

その後、恒世は、播磨の国において死んだ。胸の骨を押し折られて死んだのだと、他の相撲人たちは話し合った。
成村は、その後十余年生きていたが、「恥をかいた」と言って、京に上ることはなかったが、敵(相撲の相手か?)に討たれて死んだ。この成村という人物は、今の最手である為成の父である。

左右の最手が勝負することは珍しいことではなく、通常のことである。ところが、天皇がその年の八月に退位されたので、「左右の最手が勝負することは不吉」と言い出す者があり、それ以後は勝負することがなくなった。しかし、これは理に合わないことである。退位されることはこの勝負に全く関わりがない。
また、正月十四日踏歌(トウカ・宮中行事の一つで、集団で足を踏み鳴らし歌い舞う)も昔から年中行事として行われているのを、大后(醍醐天皇后)が正月四日に亡くなられたので、十四日が御忌日に当たるので行われなかったが、おかしなことに人は勘違いをして、「踏歌は后の御為に不吉だ」と言い出して、今では行われなくなってしまった。これも全く納得のいかないことである。

そうとはいえ、やはり、成村と恒世とは勝負するべきではなかったと、世間の人々は非難を申した、
となむ語り伝へたるとや。

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