雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

安倍晴明 ・ 今昔物語 ( 巻 24-16 )

2017-02-11 12:49:32 | 今昔物語拾い読み ・ その6
          安倍晴明 ・ 今昔物語 ( 巻24-16 )

今は昔、
天文博士(テンモンハカセ・陰陽寮に属し、天文の観測と後進の教授にあたった官職)安倍晴明という陰陽師がいた。古の大家にも劣らぬ優れた陰陽師であった。
幼い時から、賀茂忠行という陰陽師について、昼夜分かたず陰陽道を習ったが、いささかも心もとない点がなかった。

さて、晴明がまだ若い時のこと、ある夜、師の忠行が下京辺りに出掛けたが、その供をして車の後ろから歩いて行った。忠行は車の中ですっかり寝込んでいたが、晴明がふと見てみると、何とも怖ろしい鬼どもが車の前方からこちらに向かってやって来る。
晴明はこれを見て驚いて車の後ろに走り寄り、忠行を起こして様子を告げると、忠行はその声で目を覚まし、鬼どもが来るのを見て法術を以ってすぐさま自分も供たちも姿を隠し、無事にその場を通り過ぎた。
この後、忠行は晴明をそばから離さず可愛がり、陰陽道について教えること、瓶の水を移すが如し(余すこと伝える、といった意味)であった。それによって、ついに晴明はこの道において、公私にわたり重用されるようになったのである。

ところで、忠行が没したのち、晴明の家は土御門大路より北、西洞院大路より東にあったが、その家に晴明がいた時、一人の老僧がやって来た。供に十歳余りの童子を二人連れていた。
晴明はこれを見て、「どなた様でしょうか。いずれから参られたのですか」と尋ねた。僧は、「私は播磨国の者でございます。実は、陰陽道を習いたいと思っております。つきましては、現在この道においては、あなた様が大変優れていると承りましたので、ほんの少しでもお教えいただこうと思って参ったのでございます」と言う。
晴明は、「この法師は、陰陽道について相当優れた奴らしい。それで私を試そうと思って来たに違いない。こいつにへたに試されてぼろでも出せばつまらない。試しにこの法師を少し引きずり回してやろう」と思った。

「この法師の供の二人の童子は、識神(シキジン・式神、職神ともいう。陰陽師に使役されて意のままに行動する下級の精霊)として仕えている者だろう。もし識神ならば、ただちに隠してしまおう」と晴明は思い、袖の中に両手を入れて、印を結び、密かに呪文を唱えた。
そうしておいてから、晴明は法師に答えた。「承知いたしました。ただ、今日は所用がありその暇がありません。いったんお帰り頂き、後日に良い日を選んでおいで下さい。習いたいとお思いのことは何でもお教えいたしましょう」と。
法師は、「まことにありがたいことです」と言って、手を擦り合わせて額に当て、立ち上がって走り去った。

「もはや一、二町は行っただろう」と思われる頃、この法師がまた戻ってきた。
晴明が見ていると、法師は人が隠れていそうな所、車寄せなどを覗き覗きしながらやって来る。そうしながら晴明がいる所まで来ると、「私の供をしていた童が二人とも急にいなくなってしまいました。それをお返しください」と言う。
晴明は、「御坊はおかしなことを申されます。この晴明が何ゆえ人のお供の童を取ったりしましょうか」と答えた。法師は、「これは失礼いたしました。まことにごもっともなことでございます。どうぞお許しください」と言ってわびたので、晴明は、「よしよし。御坊が私を試さんとして識神を使ってやって来たのが面白くなかったのだ。他の人にはそのように試すがよい。だが、この晴明にそのようなことはしない方が良いぞ」と言って、袖の中に手を引き入れ、何か唱えるようにしていたが、しばらくすると、外の方から童が二人そろって走ってきて、法師の前に姿を現した。

そこで法師は、「その通りでございます。あなた様が大変優れた陰陽師だとお聞きして、『一つ試してやろう』と思ってやって来たのでございます。それにしましても、古より識神を使うことはたやすいことですが、人の使う識神を隠すということはとても出来ることではございません。何と素晴らしいことでしょう。只今より、ぜひとも御弟子にしてください」と言って、ただちに名符(ミョウブ・弟子が師に差し出す名札)を書いて差し出した。

また、別の出来事であるが、この晴明が広沢の寛朝僧正(カンチョウソウジョウ・宇多天皇の孫。真言宗の僧で、広沢大僧正とも号した)と申される方の御房に参り、お話を伺っている時、そばには若い公達や僧たちがいて、晴明にいろいろと話しかけ、「あなたは識神を使われるとのことですね。瞬時に人を殺すことが出来ますか」と尋ねた。
晴明は、「陰陽道の大切な秘密に当たる事を、何とぶしつけに尋ねられることですね」と言って、「たやすく殺すことなど出来ません。しかし、少し力を入れさえすれば、必ず殺せます。虫などは塵ほどの力で必ず殺せますが、生き返らせる方法を知りませんので、罪になりますから、無益な殺生となってしまいます」などと言っていると、庭を蛙が五つ六つばかりはねながら池の方へ向かっていた。これを見た公達が、「では、あれを一つ殺して見せてください。試みてみましょう」と言う。
晴明は、「罪なことをなさるお方だ。そうとはいえ、『試してみよ』と仰せであれば」と言うと、草の葉を摘み取って、呪文を唱えるようにして蛙の方に投げると、その草の葉は蛙の上に乗りかかったと見るうちに、蛙は真っ平に[ 欠字有り。「へしゃがる」といった意味の言葉か? ]死んでしまった。
僧たちはこれを見て、真っ青になって震えあがった。

この晴明は、家の中に人のいないときは識神を使っていたらしく、誰もいないのに、蔀戸がひとりでに上げ下ろしされていた。また、門を閉ざす人がいないのに、ひとりでに閉められていた。このような、不思議なことが多くあった、と語り伝えられている。
その子孫は、今も朝廷に仕えていて、重んじられている。その土御門の屋敷も代々伝えられている。その屋敷では、その子孫がつい最近まで識神の声などを聞いたという。
されば、この晴明は何といっても只者ではなかった、
となむ語り伝へたるとや。

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