雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

始皇帝の最期 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 10 - 1 )

2024-05-20 14:47:29 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 始皇帝の最期 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 10 - 1 ) 』
 

      ( ( 1 ) より続く )

さて、始皇帝の死を隠して都に向かったが、夏の頃とて、数日経つうちに、車の中は極めて臭くなってきた。
そこで、始皇帝の子の二生と大臣の超高の二人は、相談して対策を立てた。それは、すぐに方魚(塩漬けの魚。異臭を放つ。)という物をたくさん召し集めて、車に積んで前後に連ならせ、また始皇帝の車の前後にも掛けさせた。
この魚は大変臭いので、その香りは他の魚と比べようがないほどである。そのため、車の中の臭い香りは、その方魚の香りにまぎれて、人に知られることがなかった。
始皇帝が生きていた時も、勝手気ままな政は常のことであったから、人々はこの様子を怪しみ疑うことはなかった。
こうして、数日掛けて王城に還り着き、正式に葬儀を行った。
その時になって、人々は始皇帝の死を知ったのである。

その後、二生が王位に就いた。大臣の超高と相談して政務を行った。
やがて、この国王は、「わが父始皇は、国内の政を思うに任せて行われた。我もまた、父のように行いたいものだ」と思って、政務を行っているうちに、大臣の超高と仲違いした。
超高は、「この国王、始皇帝の子ではあるが、まだ即位して幾らも経っていない。即位して間もないのにこの有様だ。いわんや、長年経ったなら、我が為に良い事などあるまい」と思って、たちまち謀反の心が芽生えた。
ただ、超高は、世間の評判が分からず、どちらに味方するか気掛かりだったので、世評を試してみようと思って、鹿一頭を国王の前につれて参って、「このような馬がおりました」と申し上げると、国王はこれを見て、「これは鹿という獣である。馬ではない」と仰せになると、超高は、「これは[ 欠字あるも不詳。]馬です。世間の人にお尋ねになると良いでしょう」と申し上げた。
そこで国王は、世間の人にお尋ねなると、これを見た人は、皆が「これは鹿ではありません。馬でございます」と申し上げたので、その様子を見て超高は、「なるほど、世間の人は皆、我が方に味方しているようだ。謀反を起こすのに、何の障りもないだろう」と受け取って、ひそかに大軍を準備して、隙を窺い十分に配慮して、王宮に入って国王を攻撃しようとした。

国王はこれを知って、「我は国王だとはいえ、未だ権力を握ってから日は浅く、軍勢も少ない。超高は臣だとはいえ、長年権勢を振るってきた者で、その勢力は強大である。されば、我は逃げよう」と思って、ひそかに王城を脱出して、望夷宮(ボウイグウ・始皇帝が造営した宮殿。)という所に籠もった。
すると、超高は、大軍を引き連れて望夷宮を包囲して攻撃した。国王も軍勢で以て防ごうとしたが、軍勢の差は大きく、とても支えきれない。勢いに乗って、大臣方の軍勢はさらに攻め続ける。
遂に国王は、どうすることも出来なくなり、大臣に申し出た。「大臣、我が命を助けよ。我は、必ずこの後、大臣の御為に軽んずるようなことはしない。また、国王の地位は返上して、一臣下として貴方に仕えよう」と。

しかし、超高は、これを聞き入れず、自軍を激しく攻めさせた。
国王は、又申し出た。「それでは、我を小国の王(一郡の長、といった意味らしい。)にして、遠隔地に追いやってくれ。そして、命だけは生かしてくれ」と。
超高は、それも聞き入れず、なおも攻めた。
国王は、又申し出た。「それでは、我を、何者でもない普通の身分に落して、追放してくれ。決して我は、それなりの地位を得ようとは思わない。何とか、命だけは助けてくれ」と。
このように、国王は何度も命乞いをしたが、大臣はまったく受け入れず、激しく国王方を攻めて、遂に二生を討ち果たした。
その上で、超高は軍を引いて、王城に還った。

その後、始皇帝の孫に子嬰(シヨウ)という人を王位に就けた。
子嬰は、「我は、国王となって国を治めることは、嬉しいことだが、我が伯父の二生は、国王の地位にあっても、超高のために殺されてしまい、長く国を治めることが出来なかった。我もまた、その様になるだろう。少しでも意に添わないことがあれば、大臣の超高に殺されてしまうことは、疑うまでもあるまい」と思って、密かに謀を立てて、超高を殺した。

その後、子嬰は何の恐れもなく国を治めたが、周囲の者を信頼せず、腹心の者が少ないのを見て、項羽という武将が現れ、子嬰を殺害した。同時に、感楊宮を破壊し、始皇帝の[ 欠文。別資料では「塚を掘る」とあるらしい。]秦の宮室を焼いた。その火は、三ヶ月消えることがなかった。
子嬰が王位にあったのは、四十六日間である。これによって、秦の御代は滅びたのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

 


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