雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一瞬の信仰心 ・ 今昔物語 ( 17 - 24 )

2024-03-24 08:00:16 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 一瞬の信仰心 ・ 今昔物語 ( 17 - 24 ) 』


今は昔、
源満中朝臣(ミナモトノミツナカノアソン・正しくは「満仲」。清和源氏。997 没。)という人がいた。勇猛な心の持ち主で武芸の道に長じていた。されば、その武芸の道で朝廷や貴族にたいそう重く用いられた。
ところで、満中のもとに一人の郎等がいた。その男も、猛々しい心の持ち主で、殺生を日常の仕事としていた。その上、ほんの少しの善根も行うことがなかった。
ある時、その男が、広い野に行き鹿狩りをしているとき、一頭の鹿が現れた。これを射ようとしたが、鹿は走って逃げた。郎等は、鹿の後を追って馬を走らせていると、ある寺の前にさしかかった。その時、一瞬寺の中を見やると、地蔵菩薩の像が立っているのが見えた。これを見て、ほんの少しばかり敬う心が起って、左の手で笠を脱いで、走り過ぎた。

その後、幾日も経たないうちに、この郎等は病にかかり、数日病床にあったが、遂に死んでしまった。
すると、たちまちのうちに冥途に行き、閻魔王の御前に来ていた。郎等がその庭を見渡すと、多くの罪人がいた。罪の軽重を判別して処罰が行われている。郎等はそれを見ると、目がくらみ心は乱れ悲しいこと限りなかった。
その時、この男は、「我が一生の間、罪業ばかり行って、善根を行うことなどなかった。されば、とうてい罪から逃れる方法はあるまい。何と悲しいことか」と思って嘆いていたが、、突然小僧が現れた。その姿は美しく威厳がある。
その小僧はこの男に、「我が汝を助けようと思う。速やかに本の国に返り、長年積み重ねてきた罪業を懺悔(仏教語としては「サンゲ」)しなさい」と話した。

男はこれを聞いて喜び、小僧に、「これは、いったいどなたが私を助けようとして下さっているのですか」と尋ねた。
小僧は、「我を知らないのか。我は、汝が鹿を追って馬を走らせて、寺の前を通り過ぎる時に、ちらっと見た地蔵菩薩なのだ。汝は、長年に渡って積み重ねた罪業は極めて重いとはいえ、あの時、ほんの一瞬であるが、ほんの少しばかり我を敬う心が生じて、笠を脱いだので、我は今、汝を助けようと思う」とお答えになった。そして、本の国に返してもらえる、と思ったところで蘇生した。
その後、男は傍らにいた妻子にこの事を語り、互いに涙を流して感激した。
この時より、男はたちまち信仰心を起こして、以後殺生を断ち、日夜に熱心に地蔵菩薩を念じ奉り、怠ることがなかった。

これを思うに、地蔵菩薩は、ほんの少しばかり敬う心を起こした人でさえ、お棄てにならないことはこの通りである。まして、心を込めて長年念じ奉り、また、お姿をお造りし、また絵に描いたりした人をお助けすることは疑うべきでない。
されば、地蔵菩薩の誓願は他の菩薩以上に勝れていて、頼もしく思われる。
人々はこの事を聞いて、専らに地蔵菩薩に帰依すべきである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

 


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