雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

定澄僧都の枝扇

2015-02-18 11:00:02 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第九段  定澄僧都の枝扇

今内裏の東をば、北の陣といふ。
梨の木のはるかに高きを、「幾尋あらむ」などいふ。

権中将、「もとよりうち切りて、定澄僧都の枝扇にせばや」とのたまひしを、山階寺の別当になりて、慶び申す日、近衛司にて この君の出でたまへるに、高き屐子をさへ履きたれば、ゆゆしう高し。
出でぬる後に、
「など、その枝扇をばもたせたまはぬ」といへば、
「もの忘れせぬ」と、笑ひたまふ。
「定澄僧都に袿なし。すくせ君に衵なし」といひけむ人こそ、をかしけれ。


今の内裏の東を、北の陣と言います。
そこに,たいへん大きな梨の木があり、「幾尋ほどあるのでしょう」などと噂していました。

ある時、権中将様が「根元から切って、定澄僧都の枝扇にすればよい」と冗談を言われたのですが、しばらく経って、この僧都が山階寺の別当になられ、天皇にお礼を申し上げるため参上されました。この時、近衛の役人として、かの権中将様も居られましたが、定澄僧都はもともと長身ですのに、さらに高い足駄まで履いているものですから、それはそれはおそろしいほどに高いのです。
やがて、僧都がお帰りになったあとですが、
「どうして、あの梨の木の枝扇をお渡しにならなかったのですか」と、私が申しますと、
「もの忘れしない人だなあ」と、権中将様はお笑いになられました。
また、「定澄僧都に合うほど長い袿 (ウチギ・長い着物) はない。すくせ君 (背の低い人らしい)に合うほど短い 袙 (アコメ・短い着物) もない」という人がいましたが、うまいものですねえ。



以上、この章段は、少納言さまの小咄講座といったところでしょうか。
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山は小倉山

2015-02-17 11:00:48 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十段  山は小倉山

山は 小倉山。鹿背山。三笠山。
木の暗山、入立の山。
忘れずの山、末の松山、方去り山こそ、「いかならむ」と、をかしけれ。
五幡山、帰山、後瀬の山。
朝倉山、「よそに見る」ぞ、をかしき。
大比礼山も、をかし。臨時の祭の舞人などの、思ひ出でらるるなるべし。
三輪の山、をかし。
手向山、待兼山、玉坂山。
耳成山。



「何々は・・・」という形式は、このあとも数多く登場してきます。枕草子を形成する一つの形態ともいえます。

その最初に「山」が取りあげられているわけですが、私のような素人の愛好者には大変理解し難い章段といえます。
ここには、山の名前が十八列記されていますが、他の伝承では(能因本)三十七あげれているそうです。
ここにあげられている分についても、実在が確認されていないものもありますが、研究者たちの解説を参考にして考えてみますと、古歌や物語などに登場するものの中から、少納言さまがお気に召されたものを選んだように思われます。
そう考えますと、この章段などの本当の面白さは、私などには分からないのだと思います。
まあ、もともと全部理解できるなどと思う方が厚かましいわけですから、ここは、「方去り山こそ、いかならむ」とありますので、「山がどこかへ行くとはどういうことなの」と面白がっている少納言さまの姿を想像することで我慢しましょう。
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枕草子を読みたい

2015-02-16 11:00:47 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子  ちょっと一息

『をかし』は、いと『をかし』

枕草子を読みたい。それも、何としても全段を読破したい。その思いだけで、本稿をスタートさせました。
今回は、ちょっと一息入れまして、『をかし』について考えて見ました。

私が使っている古語辞典は、ごく初心者用のものですが、その『をかし』の項目には、「枕草子は『をかし』の文学である」と特記されています。
個人的な意見としましては、そんなに簡単に結論付けられるのは少々面白くないのですが、『をかし』という表現が、枕草子を大変特徴付けていることは確かなように思います。
さて、そこでですが、この辞典によりますと、『をかし』の意味として、「おもしろい・趣がある・風情がある・賞すべきである・すぐれている・みごとだ・かわいらしい・こっけいだ・笑いたくなる」が現代語訳としてあげられています。
他にも、解説書などを見ますと、「うつくしい・優雅だ・たのしい・ 立派だ・おかしい・奇妙だ」なども、『をかし』に対応させている場合があります。

枕草子を読んでいく中で、『をかし』に出合った場合、現代の言葉としてはどの言葉をあてはめればよいのか、それを考えるだけでも大きな楽しみとなります。
まあ、常識的な理解の仕方はあるのかもしれませんが、少納言さまが私たちに伝えてくれているのは、あくまで『をかし』なのですから、人それぞれに違うニュアンスで受け取るのも間違いではなく、それこそが少納言さまの考えかもしれませんよ。

『をかし』は、いと『をかし』です。『をかし』を大いに楽しみましょう。
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市は辰の市

2015-02-15 11:00:32 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十一段  市は辰の市

市は、
辰の市、
里の市、
つば市。大和にあまたあるなかに、泊瀬に詣づる人のかならずそこに泊まるは、「観音の縁のあるにや」と、心ことなり。
をふさの市、
飾磨の市、
飛鳥の市。



長谷寺(泊瀬)に詣でる人が必ず「つば市」に泊まるとあることから、当時、観音信仰が行き渡っていた様子が伺えます。
また、前後の程は分かりませんが、少納言さま自身も長谷観音に詣でられています。
市というのは、特定の日に物資の交易が行われた所を指すのでしょうが、宮中において、そのような場所のことが話題になっていたのですねぇ。
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峰はゆづるはの峰

2015-02-14 11:00:56 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十二段  峰はゆづるはの峰

峰は、
ゆづるはの峰、
あみだの峰、
いやたかの峰。



それぞれに対して、譲葉 ・ 阿弥陀 ・ 弥高 の漢字で書いている本もあります。
この三つの峰は、実在のものというより、故事や物語から印象を受けてあげたもののようです。
それにしても、、京都は山に囲まれていますし、他国の情報も相当伝わっていると考えられますのに、何故この三つに代表させたのか、少納言さまの真意は那辺にあるのでしょうか。
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原はみかの原

2015-02-13 11:00:35 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十三段  原はみかの原

原は、
みかの原、
あしたの原、
その原。



いずれも実在している場所のようですが、少納言さまは、古歌より選びだされたのだと思われます。
いずれも歌枕として知られていますが、伝えられている写本により内容がかなり違うようですし、「原は・・・」という章段は後でも登場してきますので、少納言さまが残されたものとは違う形になっている可能性もあります。
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淵は かしこ淵

2015-02-12 11:00:25 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十四段  淵は かしこ淵

淵は、
かしこ淵は、「いかなる底の心を見て、さる名をつけけむ」とをかし。
ないりその淵、いかなる人の、教へけむ。
青色の淵こそをかしけれ。蔵人などの具にしつべくて。
隠れの淵。
稲淵。


淵といいますと、まず かしこ淵です。「どのようなたくらみを見抜いて、このような名前をつけたのか」と、おかしくなります。
ないりその淵、(勿入淵と書いている本もある)この名前は、どんな人が「入るな」と教えたのでしょうか。
青色の淵というのはおもしろいですね。。六位の蔵人などの衣装にできそうですよ。(青色は蔵人に許されている色)
隠れの淵や稲淵、これらもおもしろい名前をつけたものですね。



この章段を見ますと、私などは少納言さまが相当の駄洒落好きだと確信してしまうのですが、研究者によりますと、なかなか難しい背景を持っているようです。
最初の「かしこ淵」は、淵に棲む水蜘蛛の糸により引き込まれそうになりながら、無事に逃げ出した賢い男の民話が背景になっているようです。
さらに、その賢い男が「その淵に入ってはいけない」と教え、入ることを禁じていることから「勿入淵」が連想され、、さらに禁じているということから、一般に使用を禁じられている「青色」に関連させて「青色の淵」となっているそうです。
次の二つへも、私などの知識では若干苦しいと思われる形でありますが、連想されていっているようです。
また、それぞれの淵の名は、決して少納言さまが作り出した名前でなく、実在していたもののようですから、さすがに相当の工夫がなされているといえます。
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海は水うみ与謝の海

2015-02-11 11:00:19 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十五段  海は水うみ与謝の海

海は、
水うみ、
与謝の海、
川口のうみ。



水うみ とは、淡水の海、すなわち湖のことですから、おそらく琵琶湖のことなのでしょう。
与謝の海は、丹後の海であろうと説明されているものがあり、川口の海も、河口湖とも淀川河口の難波の海とも説明されています。

いずれにしましても、それぞれに伝説や物語などに由来しているようです。
例えば、「川口のうみ」を富士河口湖だとすれば神仙伝説、難波の海ならば浄土信仰に由来していると考えられています。
この章段も、海の名前を三つ紹介しているのだと単純に考えてしまえば、枕草子には実にくだらない章段が含まれているということになるのではないでしょうか。
少納言さまの短い文章の奥に隠されているものはとてつもなく大きく、垣間見ることさえ大変なことなのですが、たとえ少しでも文章の奥に隠されているものを探ることが出来れば、枕草子を何十倍も楽しめるのではないでしょうか。
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みささぎは小栗栖の陵

2015-02-10 11:00:55 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十六段  みささぎは小栗栖の陵

陵は、
小栗栖の陵、
柏木の陵、
雨の陵。



取り上げられている御陵の場所について、いくつかの推定がされていますが、いずれも確定に至っていないようです。
また、「何々は」という幾つかの章段で、三つだけ上げられているのが目立ちますが、これは、掛け物で三副揃ったものを一対とする「三副対」という美形式からきていると考えられています。

それにしても、天皇や皇后などの数多い御陵の中からこの三つを選んだのは、少納言さまにとって格別の思いがある御陵だったと想像しますと、場所や祀られている人物を確定できないことがまことに残念です。
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渡は、しかすがの渡

2015-02-09 11:00:28 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第十七段  渡は しかすがの渡

渡は、
しかすがの渡、
こりずまの渡、
水はしの渡。



「わたり」とは川や海などの渡し場のことですが、これも三つで代表させています。
このうち、「しかすがの渡」は古歌にもある有名なものだったようですが、むしろ、「しかすが=さすが」 「こりずま=懲りもせず」 「みづはし=水の橋」といったように、名前のおもしろさを選んだのでしょう。
研究者によっては、「みづ=見つ」と取り、「さすが=懲りず=見つ」と連想する背景を考えている研究者もいるようです。

何せ、平安王朝きっての才女である少納言さまですから、ごく簡単な地名や言葉の裏に大がかりな仕掛けを隠すくらいのことは造作もないことでしょうが、まあ ここは、少納言さまの悪戯心と考えるのは単純すぎますかねえ。
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