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2015初夏 オランダ・チェコ紀行 2:Franeker 世界で最初のプラネタリウム“アイジンガー・プラネタリウム”

2015-05-24 | 旅行記:2015 オランダ・チェコ
Eise Eisinga Planetarium


1:アムステルダム コンセルトヘボウでエルサレム弦楽四重奏団を聴くからの続き

2015年5月1日

朝早く起きてホテルをチェックアウト。送迎バスにスキポール空港まで送ってもらい、コインロッカーに手荷物を放り込んでから、空港地下のオランダ鉄道スキポール駅を8時半発のLeeuwarden(レーワルデン)行きインターシティで出発する。



列車は北部オランダの平野を走って行く。
この辺りは一面、干拓地なので高低差のない真っ平らな大地が地平線まで続いている。
僕が普段暮らしている熊本県南部の八代平野も同じ干拓で作られた土地なので見慣れた風景のような気もするが、やはりオランダの干拓地は北海からの厳しい海風に晒されるのだろうか、温暖湿潤な熊本の干拓地では見られない荒涼とした原野の風景も広がる。



干拓地をゆく線路をダイヤ通りに快調に飛ばすインターシティは、スキポールから2時間半弱で終点のレーワルデン駅に到着。ここでローカル私鉄のディーゼル列車に乗り換えておよそ10分で、Franekerという小さな駅に着いた。







Franeker(フラネケル)はオランダ北部フリースラント州にある人口2万人ほどの小さな町だ。







フラネケルの町は運河に囲まれた島のようになっており、町外れの駅から歩くといくつもの運河に架かる橋を渡って行くことになる。
そしてまさに「まるでオランダ絵画のような」運河を中心とした美しい風景をそこかしこで見ることが出来る。







町中に建つ道標には「Planetarium」の文字が。
その道標に従って歩いて行くと…




フラネケルの市庁舎と小さな運河を挟んで向かい合い建つ、赤煉瓦の可愛らしい家の正面玄関に「PLANETARIUM」の看板が。
これが、人類史上初めて作られた世界で最初のプラネタリウム
「Eise Eisinga Planetarium(アイジンガー・プラネタリウム)」 だ。

アイジンガー・プラネタリウムが作られたのは18世紀後半の事。
1774年5月8日の明け方に太陽系の4つの惑星(水星、金星、火星、木星)と月が東の空の非常に近い位置に集まって見えるという天文現象があり、当時すでに正確な天文学の知識が確立されていたのでそれが「非常に珍しいが、単なる見かけ上の現象」ということは判っていたにも関わらず、新聞は「星が地球と衝突する」「世界の終わりだ」と無責任に騒ぎ立て、人々は根拠の無い不安と終末論に恐れ慄いたという。

このような事態に非常に心を痛めた男が、ここフラネケルの町にいた。
当時まだ30歳の若き羊毛加工業者として、親から受け継いだ工房を市庁舎前に構えるアイゼ・アイジンガー(Eise Eisinga) である。
腕利きの羊毛職人として国際コンクールでの優勝経験もあったというアイジンガーだが、実は彼には本業以外にも情熱を傾ける対象があった。アイジンガーは、家業の傍ら独学で高等数学をマスターしてその知識をもとに天体観測に励む熱烈な宇宙ファンであり、市井の数学者にして科学愛好家だったのである!

宇宙科学を愛する者として、正しい科学知識を無視して面白おかしく騒動を煽る新聞とそれにいともたやすく煽動される市民の姿を目の当たりにしたアイジンガーはある決意をする。
「人々に、正しい宇宙科学の知識を伝えなければならない。誰にでも分かりやすく、理解して貰わなくてはならない…!」

その時から、アイジンガーの地道な努力の日々が始まった。
彼は自らの持つ豊富な天文知識と数学を駆使して、自宅の小さなリビングの天井に大宇宙のしくみを描き出そうと考えたのだ。
計算を繰り返して割り出した当時世界最先端の宇宙科学、太陽系の惑星の運行を目に見える形で振り子時計のからくりで駆動させることを思いつき、天井裏を大改造して歯車を組み合わせた精密な機械を自作して設置し、最後には自ら絵具と筆を取りその大装置の表装を美しく彩色までした。

こうして、彼が孤独な闘いを続けること7年。1781年に遂に完成した「天井に広がる大宇宙」を、アイジンガーはこう名付けた。
「Planetarium(プラネタリウム)」
…これが、プラネタリウムが名実共に世界に出現した瞬間である。

アイジンガーはその後、プラネタリウムとなった自宅のリビングに町の人々を招き入れ、太陽を中心に地球と月、そして当時発見されていた5つの惑星(水星・金星・火星・木星・土星)の運行をリアルタイムで正確に表示する様子を見てもらった。
「見る」ことの力は大きい。それまで宇宙の正確な状態を頭のなかで描いて理解する事が出来ず、それにつけ込む無責任で悪質な新聞のデマにいとも簡単に踊らされていた町の人々も、目の前で理路整然と分かりやすく、そして美しく表示される太陽系の運行の様子にまさに目が覚めるような思いで「真実の科学」を知ったことだろう。

アイジンガーのプラネタリウムは評判を呼び、やがてオランダの名だたる天文学者たちもこれを見学に訪れるようになり、その精巧な出来の素晴らしさに感嘆した科学者たちの推薦でアイジンガーはフラネケルの大学に招かれ、とうとう本職の天文学者として教授に就任したという。
宇宙と科学を愛した男の真摯な情熱が人生において実を結び、彼は大いなる夢を叶えたのだ。



宇宙が好きでプラネタリウムが好きで、好きが高じてとうとうプラネタリウム全天周映像作品「HAYABUSA2 -RETURN TO THE UNIVERSE-」出演を果たしてしまった僕にとっても、アイジンガー・プラネタリウムは憧れの場所だった。
今日、ついに憧れの聖地に来ることが出来たのである。

アイジンガーの作り上げたプラネタリウムがある彼の自宅は、今ではそのまま博物館となっている。
玄関のドアを開けると小さなエントランスがあり、チケットを購入するとすぐに受付の女性職員からリビングに招き入れられた。憧れの聖地の憧れの部屋の天井と、いきなりのご対面である。



博物館の女性職員は親切に英語であれこれ一通り説明してくれたが、説明が終わった後も僕は部屋を出ることが出来なかった。
憧れの聖地アイジンガー・プラネタリウムを、じっくりと、とにかくじっくりと見たい!
女性職員にお礼を言ってから、「一人でもっと見たいんです」と告げ、暫し見入ることにした。



アイジンガー家のリビングの天井にある大宇宙。
天井には輝く太陽を中心に太陽系の軌道図が描かれ、そこから金色の球体の太陽と地球も糸に吊るされて提げられている。
太陽の周囲を、楕円の軌道を描いて地球と月と5つの惑星たちが巡り、そしてそれが淡い青で美しく装飾されている。

綺麗だ。アイジンガー・プラネタリウムはとにかく美しい。
宇宙の真理を描こうとした男の、心の奥底にある強い愛情を感じるような気がした。アイジンガーは、自分の愛する宇宙の真実の美しさをこのプラネタリウムで表したかったのかも知れないと、ふと思った。







天井の隅には星座表と各種のカレンダー類の計器盤が並ぶが、驚くべきことにこれらの計器類は作られてから200年以上が経過した今でも正確に動き、機能を維持している。
カレンダーに表示された「2015年5月1日」を示す年号と日付を針が正確に指しているのを見た時は、思わず背筋が寒くなった。
…アイジンガー・プラネタリウムはまるで製作者の魂と意志が乗り移っているかのように、今もなお宇宙の運行と共に生き続けている。





部屋に掲げられた、この家とプラネタリウムの主アイゼ・アイジンガーの肖像。
死後200年が過ぎ去った今もなお、自分のプラネタリウムを見るために世界中から訪れる人々を迎え、見守り続けている。



部屋の一画の壁際には、アイジンガー夫妻のベッドルームがあった。ベッドの脇にはプラネタリウムを操作する振り子の調整装置もあり、ここは今でいうところの「コンソール」的な機能を持っている。
…やっぱりアイジンガーは、人々に見せるよりも先ず自分がじっくりプラネタリウムを見たかったんだろうなぁ。
夜遅く、皆が寝静まった後にプラネタリウムを独り占めして調整装置を握り締め、少年のような満面の笑みで天井を見上げるベッドの中のアイジンガーさんの姿が目に浮かんで、思わず吹き出してしまった。

プラネタリウムを室内から堪能したら、今度はバックヤードに潜り込んでみよう。
急角度の階段を登って天井裏の部屋に行くと、そこにはアイジンガー・プラネタリウムを動かすメカニズムが詰まっている。











青く美しいプラネタリウムの天井裏には、得体の知れない異様な機械の世界があった。
狭く薄暗い天井裏の空間に犇めく無数の歯車と、辺りを支配するように一定のリズムを刻み続ける低く垂れ込めるような振り子の駆動音。
アイジンガー・プラネタリウムの「投影装置」は、機械式のギアと歯車で構成された巨大な振り子時計のシステムである。
この複雑怪奇な機械もまた、すべてアイジンガーが設計し自作したもの。彼が自ら一本一本打ち付けたのであろう歯車に並ぶ無数の釘が、200年以上も正確に動き続ける脅威のプラネタリウムを支えている。



博物館の一画には、プラネタリアンであるアイジンガーのもう一つの顔である本業の羊毛加工業を紹介するコーナーもあった。
アイジンガーさんはとにかく何事も徹底的にやらないと気が済まないタイプらしく、本業の方でも腕利きの職人であり、また目端の利く羊毛仲買人でもあったそうだ。



アイジンガー・プラネタリウムの2階からは、おそらく200年前から変わっていないであろうフラネケルの町かどの風景が見える。
きっとアイジンガーさんも日々の仕事で疲れた時に、ふと自宅の羊毛工房から町並みを眺める瞬間があった筈…



プラネタリウムとなっているアイジンガー家のリビングの隣にある客間から見る裏庭には、小さな池や生け垣があり思わず心が和む。
でもきっと、この家の主にはこの小さな庭の向こうに無限に広がる大宇宙とそこを運行する天体の美しい秩序が見えていたと思う。
そしてそれは彼が作り上げた天井の人工の宇宙とつながっていた筈だ。

アイジンガーは宇宙の一部を正確に切り取って人々に世界の真実を伝え、
そして彼自身の心はさらにその先に無限に広がる大宇宙へと自由に羽ばたいて行ったに違いない…


「あなた、プラネタリウムを随分長い時間見ていたわね。楽しめた?」
こう言って見送ってくれた受付の女性職員に大いに感動した事と長居した礼を言って、僕はアイジンガー・プラネタリウムを後にした。
ふと、あのプラネタリウムを作り上げた時のアイジンガーさんと今の自分とがほとんど同じ年齢であることに気がついた。
「僕は、アイジンガーさんみたいに生きれるかな?…いや、生きねば!」
柄にもなくそんなことを考えながら、オランダ北部の小さな町フラネケルに別れを告げる。

今夜中に、オランダを出て次の国に向かう。
次に向かうのはチェコの古都プラハ。そこにもまた、プラネタリウムが僕を待っている。

3:HAYABUSA - příběh sondy, která se vrátilaに続く



2 コメント

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Unknown (Lunta)
2015-05-26 14:08:51
世界初のプラネタリウム、なんて素敵なんでしょう。
アイジンガーさんのことは初めて知りましたが、幸せな一生を送った人なんでしょうね。
天燈茶房亭主さんのような愛好家にじっくり楽しんでもらえて、きっと職員さんもプラネタリウム自身もうれしかったと思いますよ。
珍しいものを拝見できて感謝です。
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Luntaさん、こんばんは。 (天燈茶房亭主mitsuto1976)
2015-05-26 22:09:15
アイジンガー・プラネタリウムはNHKの「コズミック・フロント」でも取り上げられたことがあり、宇宙ファンの間では結構名前が知られているのですが、実際に行って見てみるとやはり感動しました!
何より、手作りプラネタリウムのそこかしこからアイジンガーさんの熱意と愛情、そして200年前の人である彼が僕と同じ「宇宙大好き人間」同志だということが伝わってきました(^^)
職員さんも親切に案内してくれただけでなく、複雑な構造でしかも木造のプラネタリウムを維持管理して後世に残し続けて下さっていることに感謝です。
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