質素な毎日☆ひとりごと

主婦 斜め上からみる雑感いろいろ。

5月18日

2021-05-18 23:23:00 | 日記
なんのために生きているのかなぁ。
いやいや、生きる目的なんて実は必要ないこと悟っているはずなのに。

まだ死んだら困る人が結構いるので、その人達のために生きよう。

冷蔵、冷凍庫の中がわりとパンパンなので、しばらく買い物に行かずあるもので食べていこうと思う。

昨日 昼 豚ひき肉バーグ しそ添え
     ゴーヤとツナのサラダ(おとといの残り)
夜 ソーセージ入りラタトウユ 豚汁

今日 昼 外食 ラーメン
夜 筍ご飯 ラタトウユ 手羽中チキンのバジル炒め

有り余る暇をどのように過ごすかが課題

2021-05-11 13:23:00 | 日記
コロナで出かけることも少なくなり、実家の父の所へ行く事もなくなり、とにかく暇な時間が多くなった。

やる事はいくつかあるのだが、気づけば ずっとテレビを観ているか、スマホゲームをするかしかない。特に夜が酷い。

テレビはドラマならまだ良いが、ニュースや情報番組を観てるとイライラしてくる。

現代の資本主義、消費主義がそこにあるからだ。

実は朝テレビを観るのをやめて一年くらいになる。 とても家事がはかどる。それゆえに午後からの暇な時間がこたえる。

午後からは情報番組を見ることが多かったが それもやめようと思う。

すると はて 何をしようか? 食料品の買い物に行くのもほとんど回数は少なくて良いし、ただ歩くだけの散歩は嫌い。

以前はひとりで遠くまで ふらっと出かけたりしたけど このご時世あまり出歩くのもいかがなものかと。

図書館で本を借りてくる事も多いけど、数ヶ月経つと飽きてしばらく読書は休み。

この暇をどう過ごすか課題だ。

ミニマリストにならざるを得なかった昔 あえてなろうとする現代

2021-05-10 23:38:00 | 日記
多分 わたしの子供時代はまだまだモノは少なかったし、なんでも高かった。
服なんて 40年前と今と値段が変わらない。
自動車なんて一家に一台持つのがやっとだった。

親は戦前生まれなので、さらにモノも食べ物もない経験から、捨てることを嫌った。

日本が経済成長をするにつれ、モノはどんどん増えていった。

例えば 家電。

夏場は扇風機一台を家族で取り合い。それがクーラーになり、一部屋に一台になり。

昔は クーラーなしでも過ごせるくらい涼しかったなんてとんでもない。暑くて眠れないことなんてしょっちゅう。
毎年夏バテしてて 夏バテで体重が減るのが当たり前だった。食べるものも炭水化物ばかりだったかもしれない。

昔は 仕方なくミニマリストだった。しかし、今はモノが溢れている。

100円ショップができてさらに加速した。
作って売って買って捨てての繰り返しで経済成長する。

しかし、海は汚れ、気温が上昇。我々人類の生命を自ら脅かしはじめて 慌てている。

また モノが多すぎて管理できなくなり、管理するためにお金と時間と労力を使うか、思考を放棄して足の踏み場のない部屋なったり。

収納道具を新たに買うなんて、本末転倒なことだった。

モノに支配されて振り回される人生に気づいた人たちは 今あえてミニマリストを選択している。

コロナ 第三波

2021-05-09 00:24:00 | 日記
変異株のせいでむちゃくちゃになってる。特に東京よりも大阪兵庫が酷い。

日本も 他の国みたいにテントの病室とか作った方がいいんじゃないか?

自宅療養じゃなくて自宅放置。

ただの風邪でも、薬はもらえるが、コロナは検査だけして陽性でも何の薬ももらえません。これは第二波のときもそうだった。

日本ってやたらめったら薬を出してくれる国じゃなかったっけ? 国費で治療だから 薬出さないのかしら?

何の医療も受けられないことは それだけで見捨てられた感じがある。これが日本の現実。

自宅や施設で呼吸困難で死んでしまうのは苦しくないのだろうか? せめて楽にすることはできないのだろうか? 死を看取る家族や施設の人の気持ちを思うと辛くて涙がでてくる。

いまの時短要請で感染は収まるだろうか?
とても おさまるとは思えない。

何となく、オリンピックをやろうとする限りは みんな真剣にはならないだろう。
オリンピックをやるために自粛するなどと みんなバカらしいと思っている。

母の日

2021-05-08 23:20:00 | 日記
今やすっかり日本の商業ベースに乗っかってる母の日。

いつ頃からあったものか調べてみた。

日本では、明治末期頃にキリスト教を通じてカーネーションを配る母の日が伝わり、 1915年(大正4年)に教会で行われてから、一般にも少しずつ広まっていった。 1931年(昭和6年)には、皇太后の誕生日である3月6日を母の日とし、1937年(昭和12年)に森永製菓が告知をしたことで、母の日は全国的に広まり、1947年(昭和22年)に、公式に5月の第2日曜日が母の日となりました。

だそうです。

自分の母には 特に何もしなかったけど、義母には毎年花を送っていた。

しかし、今となっては随分商業ベースに乗らされていたなと悔しい思い。とはいえ、過去に戻ったとしてもやめれなかっただろう。

子供達から 母の日何か欲しいと聞かれても、もうモノはいらない。
モノを消費することでしか感謝を表せないのはおかしい。

モノよりも 一緒に趣味に付き合ってもらったりするほうが断然嬉しいのだ。