文春文庫
1983年刊行 文春文庫の新装版
2009年7月 新装版第1刷
2011年1月 第3刷
解説・磯田道史
222頁
初期短編の秀作5編
市井ものが3編
「春の雪」
同じ奉公先で働く幼馴染のみさ、作次郎、茂太
台所仕事を任されているみさ
頭が切れて、人柄もさっぱりして厭味が無く、みんなに好かれている作次郎
かたや、茂太はぐずでのろま、覚えが悪く、奉公して8年にもなるのに小僧扱いされていた
幼馴染でもあることから周囲はみさと作次郎が所帯を持つことになるだろうと思っているようだし、みさも当然そうなるだろうと考えていた
ところが、みさがチンピラに絡まれて困っているところを茂太に助けられるという一件があってから、3人の関係がおかしくなってくる
作次郎が心から思う相手ではないことに気づくみさだったが、茂太とどうこうなろうと思うわけでもない
はっきり白黒つけることが出来ず揺れるみさの心
そんな風に迷いに迷う時期はあるものですね
「夕べの光」
死んだ亭主の先妻の子・幸助と日雇いで何とか暮らしているおりん
悩みの種は幸助が万引きをしたり、「本当のおっかあでもないくせに」と反抗すること
将来を考えると現状の日雇いでは不安ばかり
今ならまだ、新たに誰かと所帯を持つことも考えられる年齢だが
一方、やはり幸助を手放すことは出来ない、とも思う
女と母の間で揺れ動くおりんの心
結局、子供との生活を選ぶおりんですが
「ここまで育てて来たんだから、ここで手放すのは今までの努力が無駄になるようで惜しい」と嘯いてみたりするところが憎めない女性です
「遠い少女」
45歳になる小間物屋の店主・鶴蔵
仕事一筋、家族と店を守り真面目に働いてきたカタブツの鶴蔵がふと思う「自分には違う生き方もあったのではないだろうか」
そんな男の心の隙に入り込んだ幼馴染のおこん
おこんを昔のままの大人しい少女だと思い込んで騙された中年男の哀しさ
よくある話ですが、心の隙に入り込んでくる輩には要注意ですね
武家ものが2編
「夢ぞ見し」
このところ御槍組に勤める夫・小寺甚兵衛の帰りが遅い
理由を訪ねても、今日も遅くなるのか訪ねても捗捗しい返事がない
毎日遅くまで働いて禄高25石の貧乏暮らし
夫の不甲斐無さに腹の立つ妻・昌江
想像はつきますが、ボンヤリした男が実は腕の立つ剣人だったりするものです
夫も関わった藩内の政争の解決から月日が経ち、以前夫の頼みで暫く預かったことのある礼儀知らずの若者・溝江啓四郎の素性が分かった時の昌江の驚きと、その後にくる笑いにこちらも一緒に笑えてきます
政争の解決ばかりでなく、今では幸福に包まれた昌江の様子に爽快な気分になります
表題作「長戸守の陰謀」
藤沢作品の原風景、といわれている作品
庄内藩に実際にあった「長門守事件」を扱ったもの
これは、なんといってもラストでしょう
勧善懲悪とはいかない展開にモヤモヤしたものが残っていたのが一気にスッキリします
途中、小説というより事実報告のような部分がありいつもの藤沢作品とはやや違う趣向になっています
これは本作が、『歴史読本』が、「徳川300藩騒動録」という特集を組み、現実に起きた-大名家の御家騒動-に題をとった小説を依頼されて執筆したもの、というところに理由があるようです
本作品を書くにあたり活字化されていない資料を読み漁り物語を組み立てていき、そこで得られた知識や歴史観がその後の藤沢さんの作品世界をつくっていったそうです
あとがきに
常連と店主がお喋りに花を咲かせる小さな喫茶店はうっとうしい、というようなことが書かれています
同じだ、と嬉しくなりました (^_^;)
後年の格調高い充実とはまた違う味がありますね。
ようやく風邪がなおって、復帰しました(^o^;)>
こちらは今日も30°超の予報。
暑さに疲れがたまって具合が悪くなりそうデス。((+_+))
初期作品とはいえ、十分楽しめる短篇集でした。
長門守~などは、庄内地方の地理に詳しい方には特に満足の作品だったでしょうね。^^