01/02 私の音楽仲間 (547) ~ 私の室内楽仲間たち (520)
理解が先? 表現が先?
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
『Beethoven の "Harp"』
音程の濡れ衣?
付き合いのいい音程、悪い音程
記号を "無視" する勇気
それを言っちゃあ…
拘りにも差が
Beethoven の ドッグ-ラン
長距離走に比べれば
解釈を左右する表現手段
理解が先? 表現が先?
揺れる調、揺れる3度
それは形式が決めるさ
譜例は Beethoven の 弦楽四重奏曲 変ホ長調 Op.74
から、第Ⅱ楽章の冒頭。 ViolinⅠのパート譜です。
“cantabile”、“歌いなさい” の指示が見えますね。
これに対して、他の3つのパートには “mezza voce”
(半分の声で、低い音で) と記されています。
↑
1小節目は導入部分です。 変イ長調が低音域で鳴ります。
続く8小節は、このテーマ 23小節全体の、1/3 に当る部分
です。 ここでは、“a1” と呼んでおきましょう。
[演奏例の音源]は、そのテーマ全体を編集したものです。
全体は、“a1”、“b1”、“c1” から成っています。
それにしても、変な演奏ですね。 もちろん原曲
のとおりではありません…。
最初の 24小節、本来は次の形で出来ています。
( ) 内は、小節数です。
導入部 (1) + a1 (8) + b1 (8) + c1 (7)。
ところがここでは、“a1” の形が何回も聞こえますね。
全部で3回も! 上の “a1” の部分は、“a1” + “a2”
+ “a3”…のように、繰り返されています。
もうお解りですね。 この楽章では、同じテーマ
が何度も現われる。
“a2” は、“a” が2回目に。 “a3” は、3回目に
出てきたときの様子です。
でも、よく聴いてみると、それぞれは形が変わっています
ね。 装飾、あるいは変奏 と言ってもいいでしょう。
この楽章はロンド形式。 色々なテーマが、
“代わりばんこ” に顔を出す形です。
特に最初の “テーマ 1”は、回数がもっとも多い。
しかしここでは、作曲者が趣向を凝らし、形を変えて
いるのが解ります。 以下は蛇足ですが…。
“a1” + “a2” + “a3”…と続くに連れて、音域が低くなり、
そのまま、楽章は静かに終わります。 全員が低音域で。
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もっとも活気があるのが、“a2”。 リズムを見ても、
他パートの三連符を中心に、もっとも多彩です。
そして、最後の “a3”。 四連符の伴奏が聞かれる
ものの、テーマの動きはおとなしい。 最初の原形と、
ほとんど変わりません。
ただしこれは、“a” の部分を比べただけの話。 “b”
や “c” の部分では、他パートの線が織り重なり、響き
は実に多彩です。
その上今回は、内容を最初のテーマ “1” に限って
います。 このほかにも、“2” や “3” が順番に顔を
出し、全体は変化に富んでいます。
この楽章は、“Adagio ma non troppo” と指示されている。
遅めのテンポでありながら、音楽は重厚すぎません。
作曲者は、敢えて “深刻な響き” を避けているようにも
思えますね。 形式を見ても、頻繁に変転する “ロンド”
ですし。
それが当時の Beethoven の気分なのか。
それとも、敢えてそうしたのか?
私には解りませんが。
いずれにせよ、どの部分を見ても、“演奏者にとって
楽な楽章” ではありません。
まず、真ん中の “a2” は、「自由に、でも慌ただしく
なく」…演奏しなければなりません。 しかし、テンポを
落としすぎると、音楽が “もたれて” しまう…。
それに、簡単そうに見える “a1”、“a3” が、
実は難物です。
なぜなら、「高音は柔らかく」、そして「低音
は豊富な音で」…弾く必要があるから。
「テンポがゆっくりなほど、音楽は難しい。」
そう言われることさえあります。
特に、「聴く者の耳に優しく、安らぎを与える
音楽の場合は。」
一つのテーマが、色々な顔を持っている。 そして、その
表情すべてが表現できないと…。 作曲者の “気分” すら、
理解したとは言えないのかもしれません。
これ、変な言い方ですね? なぜなら、「“理解” が先で、
それから “表現” が続く。」…というのが、普通の順序です
から。
でも、「音で表現できてこそ、音楽が理解できる。」 そんな
こともあるように思えます。 特に、音色が関係してくる場合
には。
逆説的に聞こえるでしょうか?
“脳で考える” より、“耳で捉えろ”。
それは演奏家に対してこそ、言えることなのかもしれません。
[音源サイト ①] [音源サイト ②]