07/14 私の音楽仲間 (513) ~ 私の室内楽仲間たち (486)
引き戻されて
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
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まるで “嘆きの歌” のような 6/8拍子。 四人の思いは様々
ですが、第Ⅳ楽章も終りに近づきました。
曲は Beethoven の弦楽四重奏曲 ヘ短調 Op.95 です。
[演奏例の音源]が始まるのは、[譜例]の2小節目、
“p が一つ” の小節です。
打って変って現われたのは、2/2拍子の Allegro。 音楽は、
この上なく軽やかに (molto leggieramente) 突き進みます。
まるで、今までの “しがらみ” から解き離れたかのように。
もちろんテンポも拍子も、調性も変わったからです。 しかし
[譜例]をご覧いただくと、それ以外の点にもお気付きでしょう。
用いられる “材料” にも、明確な差があるのです。
[譜例]は相変わらずの塗り絵で、色も何とおりか…。 しかし
共通しているのは、“上下に動いて元に戻る” 点です。
音符の数は、基本的に3つ。 跳躍する幅は様々で、6度、
3度、全音、半音などの音程が見られます。
これらは、Allegro になってからは、まったくと言っていい
ほど現われません。
これが、何か特定の強迫観念を表わすのかどうかは、
もちろん解りません。 しかし動きは窮屈で、少なくとも
“伸びやかさ” や “進展” は感じられない。
作曲者は、“束縛”、“停滞” のイメージを、この動きに
重ねているような気がします。 たとえ無意識にせよ。
[譜例(2)]は、前回もご覧いただきました。 この楽章の
最初の部分です。
半音、全音の往復が、歌の重要なモティーフとして用い
られていました。 装飾音の動きも、一役買っています。
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次の[譜例(3)]は、第Ⅱ楽章の冒頭。
半音、全音は、主としてメロディーの動きに。 4度、3度
などは、内声、チェロから聞える “うねり” になっていました。
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最後は第Ⅰ楽章です。 [譜例(4)]は、その冒頭でした。
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この部分をスコアで見たのが、次の[譜例(5)]です。
まず最初の小節。 前半の “a” は、16分音符の動きです。
後半 “b” は8分音符。 短調の音階なので、音程は変化
していますが。
音符の数は5、7と異なりますが、音階で上下している点は、
“a” も “b” も同じです。
[譜例]の後半になると、動きは全音程、半音程に
止まりません。 オクターヴや4度の音程もあります。
行っては帰り、跳躍しては引き戻される…。 冒頭の
数小節は、この “上下運動” だけで出来ていることが
解ります。
全楽章で用いられている重要な動きで、それが様々
なモティーフを生みだしている。 それが最初に提示
されているのが、この冒頭でした。
「単刀直入、単純明快、解説不要。 作曲者も、
そういう音楽を目指しているようです。」
これは私が書いた文ですが、それは第Ⅰ楽章の
冒頭だけを見た場合のこと。
全曲を設計、構築する、作曲家の冷徹な計算…。
彼の究極の目標は、この “引き戻す要因” から
解放されることだったようです。
少なくとも作曲の世界において。
これが “現世のしがらみ” かどうかは別にしても。
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