MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

自然に生まれはしないよ

2013-07-10 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

07/10 私の音楽仲間 (510) ~ 私の室内楽仲間たち (483)



           自然に生まれはしないよ


         これまでの 『私の室内楽仲間たち』



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                  深刻な組み紐
                   これでもか
                演出家 Beethoven
               自然に生まれはしないよ
               解釈より優先する事情
                     味多後
                   引き戻されて
                 4分36秒の中味
                 付点音符の尻尾
                  深刻な問題





 演奏例の音源]は、Beethoven の緩徐楽章の一例です。

 曲は、Beethoven弦楽四重奏曲 ヘ短調 Op.95 から
第Ⅱ楽章。 その最初と最後の部分を、無理な編集で繋げて
しまいました。



 「Beethoven もいいけど、簡単に聞き過ごせるよう
な音楽じゃない。 疲れてうとうとしたいのに、胸倉を
掴まれて揺すられ、起こされちゃうんじゃ、迷惑この
上ない!」

 でも、この音楽をお聞きになれば、Beethoven の
イメージが少しは変わるのではないでしょうか?



 それでも、なお音楽に浸れないとしたら、それは
私の Violin がせせっこましいからです…。 そんな
録音で申しわけないのですが。



 自然に生まれ、流れてくるような音楽…。

 チェロと Vn.Ⅰには、“mezza voce” と書かれています。

 …“半分の声で、低い声で”。




 この曲でも、目立つのは Violin の動きですね。

 でも他のパートからは、絶えず “うねり” が
聞えてきませんか?



 [譜例]は、この第Ⅱ楽章の冒頭の部分です。

 “Allegretto ma non troppo” は、平たく言えば、
“多少速めに、でも、やりすぎず”…。



 “Allegretto” というと、私自身のことになりますが、
昔は “速め” に感じていました。 しかし、最近は逆
です。

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 しかし後から録音を聴いてみると、この楽章は
「もう少し軽くてもいいかな?」…という気がします。

 テンポと深い関係があるのは、“音の軽さ”。
そして、音の “語尾の軽さ” です。

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 さて、[譜例]は、相変わらずの塗り絵ですね。 どう
見ても、“自然に流れてくる音楽” には相応しくない。

 でも Vn.Ⅱ、Viola のパートををご覧いただくと、きっと
お解りいただけるでしょう。 どうして “うねり” が聞える
のかが。



 上がって、下がって。 行って、帰って…。

 もし、上がりっ放し、下がりっ放しだと、刺激的で不安定
ですね。 “落ち着いた雰囲気” は出ないでしょう。



 見ると、Vn.Ⅰにも同じような動きがある。 “自然に流れて”
は来ても、どこか、伸びやかとはいえませんね。

 それは、元の方向へ戻される “引力” のせいではないで
しょうか。 何となく “足枷を嵌められている” ような印象を
受ける…。



 これは、編集で繋げた、楽章の最後の部分でも変わりません。

 Vn.Ⅰには高い音域も出てきますが、その足を絶えず引っ張る
ものが…。 他の3パートの “うねり” です。




 「歌いなら、思い切り歌えばいいにのに。 すべてを忘れて。」

 しかし、何らかの束縛を自らに課すのが、芸術家のスタイル。
それも、推敲を重ねるので名高い Beethoven です。



 「足を取られる」…などと言うのが、もし聞こえたら、胸倉を
掴まれ、楽器を叩き壊されるかもしれません。




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