はぎわら_m の部屋
社会・時事批評、オピニオン、初等物理の気まぐれ考究、物理教育放談

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本稿は、以下の続きにあたる。
07-03-27 浮力の説明の謎
07-04-03 浮力の説明の謎 (2)
07-04-11 浮力の説明の謎 (3)
07-04-23 浮力の説明の謎 (4)
07-05-05 浮力の説明の謎 (5)
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水がどのような状態になることで、重力を打ち消すに至っているのだろうか。その答えを一言で表現するならば、「圧力勾配の状態」だ。鉛直下方に向かって圧力が次第に高くなるような水圧状態になり、水の各部分について、圧の高いところから低いところへ移動しようとする効果と、重力の効果とが釣り合って安定化に至っているわけだ。

ここで、圧力勾配の状態の中身をもっと説明するならば、下方ほど圧縮された状態であると言うことができる。一方、水は圧縮・膨張しないという立場を採るならば、圧力媒体としての水の中身には何ら変化がないが、示強パラメータとしての圧力という量だけが勾配をもつ状態になっているとも言える。どちらが正しいというものではなく、何を考慮の対象とするかによって、この両者の立場を使い分けることになる。

さて、(相対的に)より圧縮された部分と圧縮されていない部分が接しているときに、圧縮された側から、圧縮されていない側へ物質が移動しようとするというのは、直感的にも納得できるだろう。一方、全体の圧縮状態が均等であれば、このような効果は無い。これが圧力の本質なのである。

そこで、この立場から次のような理解を得る。

―立場A―
『圧縮の程度に差(または勾配)が生じている系については、全体の圧縮の程度が均等になるように変位が起ころうとする。圧縮の程度が一様であれば何も起こらない。』

ところが、水は圧縮・膨張しないとする立場では、この考え方がやや抽象概念的になる。この事情は、地上の(固い)面上に置いた(固い)物体の、重力に対する「抗力」を考えるときと似ている。物体と面の接触部分では、変形は起こらなくても、重力による効果をちょうど打ち消すように、物体に上向きの力(垂直抗力)が働くと見なす。固いものは無視できる僅かな縮みに対して強力な復元力を示す、という性格に基づく扱い方だ。この立場を採れば以下の表現となる。

―立場B―
『圧力に差(または勾配)が生じている場合、その圧力の境界(または圧力勾配をもつ部分)に対して、圧力の高い側から圧力の低い側へ向かう力が作用する。圧力が均一である場合は、どの部分にも力は作用しない。』

このBの表現が、圧力の効果、および「圧力」という考え方そのもの根本をなしている。


教育上の観点からも、以上のような段階的な二つの立場を十分意識することが重要だ。Bの表現の理解に向かうプロセスを素通りして、本来抽象性の高い「圧力」概念を頭から導入してしまい、その後、実際的な例を引き合いに出す時にAの見方を適当に取り込む、、このような教え方をしてしまうと、説明を受ける方は混乱するのが当然だと思う。

「圧力」という量は、「単位面積当たりの力」などと表現しただけでは決して説明したことにならない、高度な概念に裏付けられていることをあらためて認識しよう。

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〔付記〕
圧縮され原子間の平均距離が僅かに縮むことで物質の性質が急変する(磁気的または電気的相転移が起こる等)という現象が存在する。このときは、圧力は、示強パラメータであるだけでなく、圧縮と結びつけて考えることが最後まで本質的となる。何を問題にするかに応じて適切に扱い方を変えていくことが、科学の方法論として決定的に重要だ。
<続く>

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