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帝国以後 アメリカ・システムの崩壊

2011年06月09日 17時29分22秒 | 政治関連・評論・歴史・外交

エマニュエル・トッド氏の著書。

トッド氏は人類学者であり、世界の出生率・人口数・婚姻関係の基盤等氏の本来の仕事から得たデータを使ひ、氏独特の世界観(一般的に世界といふのではなく、経済・政治にわたる世界の動向)を展開していくのであるが、それが非常に的確である。 

人口や人類学がこのやうに、世界の動向を見ることが出来るのだ・・・と一見、何も関係の無いやうに見える学問が実は謎を紐解く鍵の一つとなるといふことを気付かせてくれる。

本書は9.11テロの1年後、2002年9月に仏蘭西で刊行され日本語訳が出版されたのは2003年4月である。巻頭にはトッド氏の日本の読者に向けた言葉がある。

人類学者であるトッド氏の「本業」により取得したデータの一つ、世界数カ国の「出生率」の説明があるのだが、これが識字率に繋がつてゐることの説明がある。女性の識字率が上がると、女性が受胎調節を始め、出生率に影響してくる・・・といふ理論なのであるが、なるほど世界数カ国の状況を考慮してこの数値を見ると納得する。

確かに、日本でも少子化の原因の一つとしてさかんに「女性が外に出るやうになつた(仕事を持つ)」ことがあげられる。女性も大学進学が当然となり、昔のやうに「女の子なんだから勉強しても」などと言ふ親はほとんどゐないだらう。 

これを思ひつつ、ふと思つたのは「識字率」であるが、日本では江戸時代など子供に寺子屋で読み書きを教えてゐたのであり、識字率が高かつたと思ふのであるが、江戸時代の女性の出生率はだうだつたのであらう? アフリカやイスラム圏の国など、5人は少ないはうで7人だの8人だのといふ数字があるが、日本の江戸時代の場合は識字率といふよりは世間の風潮や身分制度、「男尊女卑」といふ言葉が出るやうな社会情勢により左右されてゐたのであらうか?

トッド氏のこれまでの研究によると、女性の識字率が上がると出生率が低下する。現在イスラム圏の国でも同様の傾向にあるとのことである・・・・ イスラム圏のイスラム原理主義の強い国がどこまで女性の受胎調節を行なふといふ、「女性の自我」を許すやうになるのか少し考えるところがあつた。 が、一部の人を除き変はつていくのかもしれない。

この識字率の上昇により出生率に変化が起こるのと同時に、識字率の上昇は国の近代化をもたらす・・・と人間の基本的な部分がいかに産業・国へと影響するかが展開されていく。 

本書は「アメリカ」に関してなのであるが、アメリカだけに絞るのではなくアメリカと関係してゐる国々に関する記述もある。また、アメリカは移民の国であり、その移民の構成が国としてだう影響を受けてゐるか・・・の分析もある。意外なのは度々日本に関する記述があることだ。 「日本特異論」などといふ論調が一時期出たことがあるが、外国人の視点から日本といふのはある意味「違ふ」ものがあるらしい。

「第二章 民主主義の大いなる脅威」で日本の政党政治に関する記述がある。日本も、民主主義だと思つてゐる。なので、選挙で得票数の多かつた政党が政権を取りその政党の代表が選ばれた「総大将」として内閣総理大臣を名乗り、日本の代表として諸外国に出て行く。

一見、筋が通つてゐるやうだが、「日本では統治者の選択は支配政党の内側での派閥闘争によつてなされるのだ」(P78)を読んで、あッと思つた。 「支配政党の内側での派閥闘争によつて」とは全く国民不在と騒がれる原因ではないか。その結果、日本でも大統領選挙といふことが出てきたりするのであるが・・・・・

さらに「(フランシス)フクヤマ(「歴史の終わり」の著者)によれば、政権党の交替の不在は、選挙民の自由なる選択の結果であるのだから、それを以て日本の政体を民主主義と定義することはいささかも禁じられてはいない」(P78)

今までの政治の混乱といふか、人を馬鹿にした「政治家」と名乗る人たちの横暴、国民の声無視といふのはすべてこの「派閥闘争によつてなされ」たことのツケのやうな気がする。自民党でも散散見せ付けられたが、特に今回の民主党のバカン退陣云々で「民主党を壊さないこと」などと真ッ先に挙げてゐた鳩山の思考や、不信任するしないと大騒ぎした汚沢を筆頭とした内部のゴタゴタが全部この一文で原因解明されてゐる。

そして、トッド氏がイヤミのやうに「フクヤマによれば・・・・・・民主主義と定義することはいささかも禁じられてはいない」と指摘してゐるやうに、これは既に民主主義の域を離れてゐるものであらう。 特に、民主党のやうに「考えが違ふ人たち」がなぜか集まつてゐる政党といふのは、党内のマニフェストなる政策論議もバラバラで、「民主主義の国の政党」として国民に選んでもらふ資格は既に無いやうに思はれる。考えがバラバラであるのなら、正直に分離し別の党として出発し、「民主主義の対象」となる党とすべきである。

話が日本のことになつたが、トッド氏は戦後アメリカがいかにして道を間違へてしまつたか、を様々な角度から分析する。過去にベトナム戦争やキューバへの経済封鎖、「アメリカは戦争をすると大統領支持率が上昇し、世界の正義気取り」と書いたことがある。さう思つてゐた自分の考え(アメリカに対する印象)をトッド氏がデータを元に解説してゐるやうに感ぢた一冊であつた・・・・