茶語花香

人生は旅なり。
中国茶をはじめ、花のある暮らし、読書、旅などを中心に、日常の出来事を綴ります。

水仙にまつわる話し

2022-01-16 23:23:00 | 花を愉しむ




昨年の秋に日本水仙の球根を花壇に埋めた。
今頃になって初めて白い花が咲いた。

中国古典では、水仙は古代の帝王尧の娘から変身したとの言い伝えがある。
花言葉は純白な女性の象徴である。
また春節に咲く事が多いので
「旧正月の花」として古来より人気な贈り物でもある。

一方、西洋文化では、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスは、池の水面に映る自分の姿にしばしば見とれていた。そんなナルキッソスを戒めようと、女神ネメシスは彼をスイセンに変えてしまった。この話はナルシスト(ナルシシスト)の語源にもなり、そのため、スイセンの花言葉は「うぬぼれ」や「自己愛」になっていた。



同じ花でもカルチャー的な解釈がまるで違うので面白いなあ。

かつて訪れた中世的な町ブルージュ。町にある世界遺産ベギン会修道院、運河に架かる橋を渡って白い門をくぐると、時の流れが止まるような静かな別世界。
一面広がる西洋水仙と古い修道院の建物のコントラスト。
絵になるようなその静謐な景色、一生忘れることはないだろう。


オオキンゲイ菊

2020-06-15 21:21:00 | 花を愉しむ



夕食後の散歩道。

空き地に爛々と咲き誇る、大きな黄色花輪🌼二本持ち帰って調べてみたら、オオキンゲイ菊という外来種のようだ。

H18年立案された外来生物法という法案が気になる。
オオキンゲイ菊のような生命力の強い外来種が、在来の野草の生育場所を奪い、周囲の環境を一変させてしまうため、生きたままの運搬・栽培・譲渡が禁止されている法案。

連れて帰ったことも違法にあたるかしら⁈

法案ができたにもかかわらず、浸透されない限り、本法に定められた防除の強制力がないに等しい、との事も指摘されている。

野花の世界でも弱肉強食があるようだね。そして国粋主義と捉えてもいいようなこの外来生物法、たしか立案する一理もあるようにも思えた。在来種の植物が一変に消えてしまうことは一見想像し難いが、長い年月をかければ、あり得なくもない事だなあ。その国々の植物や原風景、残す事が大切だね。

それにしても煌々とした黄色、生命力が強靭そうだもんね。
中国語名 剣葉金鶏菊(jian ye jin ji ju)



姫桧扇

2020-05-31 23:33:00 | 花を愉しむ


姫桧扇(ヒメヒオウギ)

この日、古錫の器に挿した小さな一輪は元気なピンク。

別の日、近所のおうちの隅っこに、純白な一輪も見つけっ!清楚な白、もっとグググっときました。



花の芯、いずれ赤である事が特徴。

中国語名 紅花蕊木(hong hua rui mu)
意味そのままだ。これは、覚えやすくてありがたい🌸


紫露草

2020-05-28 21:59:00 | 花を愉しむ


午前中 静かに紫色の花を咲き、
夕方 また静かに閉じる。
茎の先に沢山の蕾がつき、
花の咲く順番もあるみたい。

けれど、今日、私が起きてもまだ咲かない。
今日は寝坊助けか。

一日ずっとそばにいると、
気付かせてくれるその花の習性。
野花を連れて帰る喜び、
日に増える。

ムラサキツユクサって、
すごく和風の花名に聞こえるよね。
実はアメリカ原産のお花らしい。

そんな紫露草一輪を生けた花器は、
近所で定食屋を営む女性から頂いてきた器。

帰り道に必ず通過する小さな定食屋。女性一人で切り盛りしている。三階建ての一階部分にある店の名は、seagull。店正面の装飾看板に、薄灰色がかった一羽のかもめが薄汚い水色の水面を羽ばたく。通りかかる都度、軒下にある小さな黒板がなんとなく視線に入る。そこにその日のメニューがチョークで書かれている。黒板に、チョークで花らしき挿絵もよく描かれていた。メニューはいつも三つだけ。
お肉定食、
お魚定食、
日替わりメニュー一種

手直しされる様子のないせいか、家から近いのに、店に入ろうと思った事はそれまで一度もなかった。
二年前、一度だけ、ぐたぐたになった体を引きずりして帰宅した日のこと。気づけばほかに選択肢もなく、家の近くまでたどり着いていた。勇気を絞ってseagullの古びた扉を推し開けた。

年数が相当経過した店内、掃除だけは行き届いていた。カウンターバーの内側に私より年上の女性一人が料理をしている。
カウンターのほか、二人掛けのテーブル、三四が配置されている。
お客さんがまばらだった。仕事帰りのお一人様の男性が多い。

空いている席に腰を掛け、その日の日替りを注文した。

しばらくして、四角の漆盆に注文したマグロの漬け丼に、小鉢とミョウガのお味噌汁が目の前に運ばれてきた。家庭的な配膳、ほっとするような味と記憶している。体の疲れが一気に解消した。

そして、ニカ月前のある日、店の前に器やグラスがずらりと並んでいた。

*ご自由にお持ち帰り下さい*

その文字を書かれた看板は、取り下げられ消えてしまった店前の黒板よりも、ずっと大きくて目立っていた。

ここは、賑やかな駅前の商店街と違って、
もともと客足が少ないはず。

コロナ禍から真っ先に打撃を受けるのは、まさにこのような弱小な店。
そう思ったら、なんだか急に胸がかきむしられて辛い。

店先に沢山並ぶうつわから、
錐形の杯一つが、くっきりと力を誇示し、周囲を圧した。

この杯に何が入ってお客さんの席に届けたのだろう。
ヘタウマ言わず、温かみのあるブルーの花びらを描いたその筆遣い、じわじわと優しさが伝わってきて愛らしい。
店でビールジョッキとして使っていたなどとても考え難い。
定食屋で使うような杯というより、
女性店主の私物かしら。

一旦、思考を断ち切り、薄暗い店内を覗き込むように様子を確認してみた。女性店主一人、なんとなく寂しそうに、カウンターバーのお客様側に寄りかかっていた。

せめて挨拶しようか、となんとなく店先で足を休めてみたけれど、女性は終始店内から出てくる気配などなかった。ソーシャルディスタンスという言葉が、世に騒がせるこのご時世、店内に一礼して、粛々と錐形の子を連れて帰ることにした。

あれから数日経ち、店のシャッターが二度と上がることはなかった。


ご縁で我が家に嫁入りしたこの子を、
この頃なんとなく贔屓している。
この絵を描いた人、
この絵柄を選んだ人、
きっと愛想のいい人、
と思ってやまない。

器の形からして、ほとんど投げ入れしかまだできない私のような下手者には、花器としてはやや使い勝手が難しい。
今日も精一杯生けてみた。