玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

鳴らない木鐸

2007年08月18日 | 日々思うことなど
どう考えても変だ。
おかしい、納得できない。
以前からマスコミのニュース価値選定(アジェンダセッティング)能力には疑いを抱いていたけれど、このニュースがほとんど報道されないのは不思議だ。

佐藤参院議員:イラク駐留時に「駆け付け警護」するつもりだった 弁護士らが質問状:MSN毎日インタラクティブ
 元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久参院議員が、派遣先のイラクで他国軍隊が攻撃を受けた場合、駆け付けて援護する「駆け付け警護」を行う考えだったことを表明したことに対し、弁護士ら約150人(呼びかけ人代表・中山武敏弁護士)が16日、「違憲」と公開質問状を送った。

 佐藤氏は10日に放映されたTBSのニュース番組で、当時イラクで指揮官として「駆け付け警護」を行うつもりだったことを明言し、「日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろうと」と発言した。「駆け付け警護」は、正当防衛を超えるとして憲法解釈で認められていない。

 質問状は「違憲、違法なもので、シビリアンコントロールに反する」として、7項目について今月中の回答を求め、安倍晋三首相にも佐藤氏に辞職勧告するよう要望書を送った。佐藤氏の事務所は「現場に行って法的不備があると感じての発言。質問状は届いていないが精査する」と話した。【長野宏美】


私の見たかぎり、大手マスコミで佐藤議員の「駆け付け警護」発言に高いニュース価値を認めているところはない。新聞は一面記事や社説に取り上げないし、テレビもトップニュースにはしない。イラクへの自衛隊派遣に賛成していた読売や産経が扱いを小さくするのはまだしも理解できるが、あれほど自衛隊派遣に反対していた朝日や毎日がベタ記事扱いなのは合点がいかない。

この問題について書くのは正直言ってあまり気が進まない。
というのも、私自身がイラクへの自衛隊派遣について「容認と賛成の中間」くらいの立場だったから。「ヒゲの隊長」と呼ばれた佐藤正久氏にも「男らしく立派な人だ」と好感を抱いている。だからイラク派遣反対派やアンチ自衛隊の人たち(左翼)のように威勢良く「問題発言」を糾弾する気にはなれない。
だが、「自分が問題発言を糾弾するかどうか」とは別に、「佐藤議員の発言に問題があるかどうか」と聞かれたら「問題がある、それも大いに問題がある」と言うほかない。左翼系のブロガー諸氏は腰が引けた自称リベラルの私よりずっと歯切れよく問題点を指摘している。

民主主義にケンカを売った「ヒゲの隊長」の問題発言 シバレイのたたかう!ジャーナリスト宣言。
かつて旧日本軍が暴走し戦争を突き進んでいった反省から、そして民主主義国家の大原則として、「シビリアンコントロール(文民統制)」というものがある。すなわち、最終的に自衛隊をコントロールするのは、自衛隊員や防衛省の官僚達ではなく、国民に選ばれた政治家達である。佐藤発言は、シビリアンコントロールを無視して、現場の自衛官が勝手に違憲行為を行うつもりだった、というものであり、自衛隊イラク派遣の是非に止まらず、自衛隊の存在しうる前提をも覆すものだ。佐藤発言は「罰せられる」程度ですまされるレベルではなく、自衛官としても、政治家としても資質に欠くと判断されるべき問題なのである。


情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊) 国民を騙すつもりだった~佐藤正久は議員として不適切、直ちに辞任せよ!
自衛隊は、イラクで、この柳条湖事件と同じことを行おうとしたのであり、それは徹底的に断罪されなければならない。久間の原爆発言をはるかに上回る「証言」である。

佐藤氏が、この証言を、「私が議員になった以上は、そういう自衛隊の暴走を止めます」という文脈で話したのなら格別、そうでない以上、議員失格であることは疑いの余地無し!


good2ndの日記 - 自衛官に選択を強いてはいけない
佐藤議員の発言にあった「あえて巻き込まれる形での駆けつけ警護」という考えは、やはりどうしても認めることはできないと思います。僕はあえて「盧溝橋」とか「関東軍」とかと比べるつもりはありませんが(連想する人がいるのは当然だと思いますが)、集団的自衛権が容認されぬまま派遣された以上、どれほどそれが「普通に考えて」当然の行動と思えても、自国の民意をないがしろにするような「覚悟」をしてもらっては困るのです。

どれも正論というほかない。

何よりもまず佐藤議員の真意を知りたい。
政治家や著名人の失言叩きにはほとほとうんざりしているので、佐藤議員の考えていることが左翼ブロガー諸氏の批判するようなものと違うのであればはっきりと説明して誤解を解いてほしい。説明が納得できるものであれば(そうであってほしい)私とてヒゲの隊長の味方をするのにやぶさかではない。
現在のところ佐藤議員の公式サイトには今回の件についての説明が全く載っていない。(元)武人らしからぬ反応の鈍さを残念に思う。


佐藤議員への批判あるいは擁護は彼の真意が明らかになった後にするとして、どうにも理解できないのは「駆け付け警護」発言へのマスコミの反応の鈍さだ。柳沢厚労相の「産む機械」失言にあれほど大騒ぎ(私に言わせればバカ騒ぎ)したのに、佐藤議員の発言に高い報道価値を認めないマスコミは異常としか言いようがない。
「産む機械」失言は単なる失言であり実害はほとんどなかった。外国で日本の評判が少し落ちたことと、安倍内閣と自民党への打撃が「実害」であって、マスコミの過剰報道はいたずらに騒ぎを煽り女性のプライドを傷つけただけだ。柳沢氏が本気で「女性は産む機械だ」と考えていたとしても(もちろんそんなことはない)、社会の良識に逆らって厚生労働大臣として「産む機械」政策を実現するのはほとんど不可能である。
だが「駆けつけ警護」発言は違う。
佐藤氏が陸上自衛隊先遣部隊長としてイラクで勤務についていたとき、命令一下行動する武装した部下を約90人率いていた。部隊長としての指揮権も、装甲車の機関銃も、隊員が握る小銃も、すべて具体的な現実の存在である。佐藤隊長が本気で「駆けつけ警護」を行い戦闘行為に巻き込まれる決意をすれば、誰もそれを止められなかった。

「産む機械」失言は「そもそも柳沢氏の本意ではなかったし、実害もない」
「駆けつけ警護」発言は「佐藤氏の本心かもしれない(今のところ不祥)し、実現する可能性は非常に高かった」
前者は絵に描いたトラに過ぎないが、後者は窓に映った怪しい人影だ。
絵に描いたトラに興奮して大騒ぎしたのに、現実に迫った危険の気配に無頓着な日本のマスコミはとても「社会の木鐸」と呼べるものではない。


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14 コメント

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Unknown (匿名)
2007-08-18 21:39:06
マスコミの対応に対するご意見には全く賛成です。
選挙が終わったら関係ないのでしょうか?
それとも夏休みだから???

おそらく、佐藤氏が「駆け付け警護」を
実行していれば、国民の大半は
それを支持したでしょう。
しかし、それは結果的に満州事変と同様、
現場の独断で文民統制を破る
前例を作ることになるのだと思います。

古くは「刀伊の入寇」の時も、
大宰権帥藤原隆家は「現場の判断」で
侵入してきた女真族を撃退したそうですね。
政治の怠慢で現場が独自の判断を迫られるのは
1000年来の伝統なのかもしれません。

佐藤氏には、国民に選ばれた議員として、
現場が違憲行為を選ばなくて済むための政治、
特にしかるべき法体系の構築に
尽力していただきたいと考えています。
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日本って結構危ない? (てんてけ)
2007-08-18 22:11:42
玄倉川さんは以前にも
竹島に於ける日韓衝突を期待する連中
にも懸念を書いていましたよね?
日本って結構危険なポイントをくぐっているんですね。
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Unknown (あやか)
2007-08-18 22:33:13
佐藤議員は、シビリアンになったからこそ、このような「不穏当」な発言をあえてしたのではないでしょうか

ROE(交戦規定)も曖昧なままに、イラク派遣され、現場での判断を強いるという、立法不作為を、シビリアンとなった今あえて挑発的な言葉で指摘したのではないでしょうか

彼が、自衛隊を退官しシビリアンとなった目的は、この立法不作為の糾弾のためじゃないでしょうか

マスコミにスルーされて、一番困っているのは佐藤議員のような気がします
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恐ろしくて書けないのでは、 (MI-6)
2007-08-18 23:10:38
もし、朝日や毎日が批判的に報道して、国民の多数が、それに同調してくれなかったら、そして、その可能性が大きいと朝日や毎日が考えていたとしたら、恐ろしくて報道できないでしょう。

昨年、8月15日の小泉首相の靖国参拝を阻止しようとして、朝日、毎日連合に読売(ナベツネ)まで加わって大キャンペーンを1ヶ月前くらいからやりましたよね。小泉さんの参拝があった後、各社の世論調査の結果は小泉支持が過半数でした。あれは、彼らにはショックだったと思いますよ。
今回も、うっかりネガティブキャンペーンなんか張ったら、逆の結果になるんじゃないですかね。
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隊長の真意 (やま)
2007-08-18 23:32:21
あやかさんに同意します。

 中途半端な状態でイラクに送り込まれた。憤りが、このような発言に繋がったのではないかと考えます。

 発言自体は、批判者の言うとおり、有事の際違憲、違法行為を行う覚悟であったと言う話で、そのような覚悟をしなくてはならない、状態で自衛隊を送り込んでいる政府に対する批判であると思います。

ようするに、法整備をきちんとしてくれという問題提起であろうと思います。
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そりゃぁそうなんですけどね (mimiga)
2007-08-19 01:05:32
 確かにこの記事を前提において話を進めると、御懸念の通り彼の発言というものの意味合いに憲法問題も絡んでくるし、アメリカの海兵隊みたいに「イランなんか滅ぼせば良いんだ」などと放言できるだけの放言の歴史のあるわけではない自衛隊ですから、その元指揮官にしては今は国会議員ともなればナイーブな人たちは「あらびっくり」でしょうね。

でもね、私も調べた訳じゃないけど飛ばしも捏造も左翼的願望も入りまくりの新聞を分析なしに思考の前提として置く事はどうなんでしょう。玄倉川氏にものを申すつもりなぞ滅相もありませんが、この手の記事に対して誘導されないぞ、真実をとまでいわなくても本意性のある事柄を読む人に提示してみようと意気込んでブログなりを始めた人も多かったはず。その展開以前に記事内容を絶対のものと置いて佐藤議員の反応が「武人にしては鈍い」なぞと言い切りをすることはどういう積み木の積み方なのかな、と思います。いつもの玄倉川さんのよぉく相手を眺めて観察してみる目線と違うものを今回感じました。

長くなりましてすいません。ヲチネタからの愛読者ですがちょっと書かせていただきました。
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Unknown (nessko)
2007-08-19 04:20:36
とりあえずインタビュー全部見たい。
ナレーションと、佐藤議員のコメントを編集してつないであったので、どのような話の流れで佐藤議員があのように語ったのかがはっきりしないのです。
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Unknown (通りすがり)
2007-08-19 18:21:55
私も、法の不備を訴えたかったのではないかと思いました。
そのような事態にならないためにも法案を整備しなければ、危惧されることが現実になってしまう。現場を知っているからこその発言ではないでしょうか。
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冷静になってほしい (Unknown)
2007-08-20 11:17:09
「左翼は悪」・・・確かにそうでしょう。
他国での軍事行動というものは、旧ソ連や中国や北朝鮮を別にしてまさに反左翼的行為でありますから、熱烈支持したくなる気持ちもわかります。
しかし、「真意はこうだったに違いない」という根拠もない空想で擁護するのはいかがかと思います(石原慎太郎氏の脱線発言についても毎回そういう擁護が行われ、本人さえ想像し得なかったほどの深遠な「真意」が支持者によって作られますね)。
「シビリアンコントロール」というものは、軍の指揮官に対し正義のためには法をも無視する英雄的行為を期待する向きには確かに忌々しい存在でしょう。しかし、国民が自国の軍隊(強大な破壊力のある兵器を持っています)から脅かされる可能性を減らすためには必要なものなのです。
そんな概念は左翼思想だ、国民など軍に従えばよいのだという意見をお持ちの皆様の支持する自民党政権が軍人の正義感によって安易に倒されないためにも必要なものなのです。
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大騒ぎするべきか否か (sophnuts)
2007-08-21 06:21:48
軍人としては当然の感情だと思う。
友軍危機に陥るとき、それを助けずに居られようか…
と言うことなんだろうけどね。

ヒゲの隊長が持っていた、性格や、部下を掌握する
資質、また仁義に厚く、それにより派遣地の人間と
上手く交渉できた…

と言う仁義に厚い性格が、結果的に軍規違反になって
しまった、ということだろうなあ。

ま、人間の美点と欠点は表裏一体だし、結局
「思った」だけで実行されなかったからいいん
じゃないか、と考えてしまうw

あ、これ人間性を重視する単なるマキャベリストの妄言ですw
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