手垢のついたメモ帳

ヤクザが出家して、障害者福祉に従事。必死に歩いた過去の懺悔帳?

顔 その美醜

2012年02月11日 | Weblog

元NHK委託カメラマンの強殺事件の裁判が始まった。

金沢地裁での裁判員裁判だ。

起訴状朗読の後の罪状認否で、被告はすべてを否認したと報じられている。

第三の男(X)なる存在の主張を展開しているようだが、

地裁で傍聴した者、報道でその主張を知った者のほとんどは「荒唐無稽」

の主張だと受け止めたろう。

俺が被告人の立場ならどういったスタンスで法廷に立つかを考えてみた。

俺なら多分(多分だが)「やりました」と、認めるだろうな。

仮に共犯者が居たとしても、俺は「自分がやった」と言うだろう。

捜査側が「共犯者」の存在証拠を掴んで、その点を突いてきたとしても、

俺は認めないか、認めても「詳細を調べるのが警察の役目だろう」

そう答えて自分のやった事は話しても、共犯者や他人の事は言わない。

証拠を突き付けられて、喋らざるを得ない状態に追い込まれて、

様々な事実を話すことがあっても、「供述調書」にはさせなかったし、

記名・捺印をしなかった。

調書を作らなければ裁判資料にはならない。

さて、前述の金沢の元 カメラマンだが、被告は必死に責任回避策を模索し、

法廷で主張したストーリーを組み立たのかも知れない。

当然、そのストーリーが認められるとは思っていないはずだが、

一審、控訴審、上告審と最高裁まで持っていく積もりなのだろう。

その為には荒唐無稽のほうが審理に手間取る。

しかし、多少刑法や判例に詳しい者なら、あっさり認めて服役するほうが

得策だと考えると思う。

強盗殺人・死体遺棄であれば、最大で20年くらい覚悟すれば良い。

死刑にはならない筈だ。

一審から最高裁結審までの時間を計算すれば、服役して刑を消化したほう賢い。

俺はそう思う。

被告と付き合いのあった人間に聞くと、

かなり女には目がないタイプで、酒も飲む方だったらしい。

ただ、被告を知る人間共通の意見として「まさかあの人が・・・」だった。

つまり、彼等が知る被告の「素顔」と「殺人」という犯罪に手を染めた「顔」

が結びつかないのだ。

しかし、人はすべて美醜の顔を持っているのだ。

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テレビ取材

2012年02月07日 | Weblog

昨年の5月に放映された番組の続編めいた内容で、

又してもTV局から取材に来た。

俺なんぞを取材して、TV局が暇なのか、

ディレクターの「あやちゃん」が物好きなのか・・・?

何れにしても俺を取材しても、大した中身は無いんだが・・・。

「あやちゃん」に言わせると、俺は「興味深い素材」だそうな

今回は、カメラマンの野田クンや「黄昏の音声クン」ではなく、

初めて会うスタッフと上京してきた。

しかし、メディアに生息する人種は酒好きが多いような気がする。

仕事そのものが体力勝負のような面があるから、

酒でパワーを補充しているのかも。

ディレクターの「あやちゃん」の顔を見るのは久しぶりで、

おかげで取材も楽しく終える事ができた。

放送は4月の予定らしいが今度は俺をメインに構成すると言っていた。

どんな出来上がりになるのやら・・・。

 

閑話休題

実は俺は「東京電力管内の原子力発電所の稼働に関する東京都民投票条例の制定を

       求める東京都条例制定請求者署名」

という市民運動に参加しており、署名簿の受任者となっているのだが、

署名者30万人に向かって皆が頑張った結果、必要署名数が達成され、

さらに目標の30万に向かって締切まで全員が邁進している。

別に、俺達世代には原発が稼働しようが停まろうが、

ほとんど影響も関係もないのだが、

俺達の後世を引き継ぐ彼等・彼女らに禍根の芽を残さぬように、

この市民運動の参加を決めたのだ。

俺が「市民運動に参加する」なんて、思ってもみなかった。

市民運動と一番遠い世界で生きてきた俺だから。

なんにせよ、原発が停まって安心して子供達が外で遊べる、

安心して食材を口に入れる事が出来る「当たり前の日々」を残せれば良いと思う。

 

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一家消滅

2012年01月16日 | Weblog

俺が以前所属していた組織が消滅している事を知った。

関西では「名門」と言われた組織だった。

俺は初代の親分とその家族、当時の主だった幹部連中も交流があった。

彼等と知り合って数年後、俺は俺の兄貴分にあたる人間のつながりでその組織の代紋を持つ事になるのだが、

それは横においておく。

その組織の二代目親分も、刑務所で一緒に服役した事もあるので、個人的に繋がりがあった。

むろん、組織の中では「親分」ではあったが・・・。

その二代目も今は故人だ。

 

その後を継いだ人間がいるのだが、三代目を継承したときには400人程いた組員が最後には30人位になっていたと聞いた。

ある巨大組織の直系組織だったが、その巨大組織に毎月上納する会費が月に250〜300万円。

それが滞って組織から除名されたらしい・・・。

なんともやり切れない気分だ。

俺がカタギになったのも、実はその「金」にまつわるのが理由だった。

俺の所属した上部団体が巨大組織だったのだが、俺の所属した組織にも会費(上納金)はあった。

俺は一度も納めたことはない。

納めなかった理由は、「俺は代紋で喰ってる訳じゃない。 喧嘩しても自分の喧嘩は自分で収める」

というポリシーだったからだ。

そもそも、侠の生き様と金は真逆だと考えている。

俺が尊敬する映画「最後の博徒」のモデルになった親分(H氏)に昔言われたのが、

「侠になろうと思うなら金儲けはでけん。金儲けしようと思うなら侠にはなれん。 

 どっちを選ぶかよう考えぇ」

そう言われた事があるが、上納金が納められなんだら除名なんて、

俺のヤクザ組織の概念とは大きく離れてる。

昔は喰えん奴でも拾ってくれて、喰わせてくれた。

喧嘩腰のない奴は、事務所の雑用係で面倒見た。

ちょっと商才に長けた奴には商売させた。

言い換えれば「互助組織」のようなものを持ち合わせていたものだ。

身内意識・家族意識を重んじて、身内の不始末は厳しく律した反面外部勢力には徹底的にかばったものだ。

ところが、今はカネの切れ目がなんとやら・・・になってしまった。

侠でなく、ギャングと呼ばれる所以なのかも・・・。

俺は侠のままでいたい、貫きたいな。

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コンプレックスとプライド

2012年01月16日 | Weblog

昨日、文京区湯島の「湯島天神」近くで開かれた集まりに出席した。

メンバーはNPO活動をしている方、大学教授、現役東大・御茶ノ水女子・美大生・出版社編集長・etc・・・。

毛色の違うのは俺だけだった。

様々な話題の中で、美大生の子が「理系・文系の人にコンプレックスを感じている」という話をした。

俺はそれを聞いて、

「君は美大に入りたいと思って入る為の努力をし、入ったんだろう? その努力は理系・文系を選択した人と同じ。

文章表現が下手だったり、理系のように理詰めで話せないかも知れないが、それはコンプレックスの原因にはならない」

みたいな事を話した。

事実、文系理系の彼等に絵を描いて何かを表現させたり、あるいは直感的に感じた事を色や形にさせても出来ないはずだ。

人にないモノを自分が持っているのに、そこを忘れて自分にないものに目を奪われて自信を揺らがせるのは勿体無いと思う。

その子ともっと話したかったのだが、次々と訪れる参加者に席を譲るために途中で退席した。

その子がどんな美術をやっているのか知らないが、

絵であれ彫刻・デザインであれ、「自分のスタイル」なり「自分流」を持った時、

それが万人受けしなくても良いと思うし、する訳もない。

万人受けするに越したことはないが、まずは自分から始まると思う。

自分が自信を持てない作品や表現に人が感動や共感は得られないだろう。

若しかしたら誰にも共感・評価されずに終わるかも知れない。

でも、美術とか芸術という分野は「個性表現」が根本だろう。

自分が納得できる表現をして、それが人に感動を与えるならそれが最高。

「人を喜ばせる」とは、そういうことなんじゃないかな・・・。

 

 

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特別手配出頭

2012年01月07日 | Weblog

特別手配の容疑者が出頭した事案、

警察は本人と信じなかったそうだが、なんとも貧弱な話だ。

このケースとまったく逆な話で、俺が経験したエピソードを書こう。

あれは俺の長男がまだ乳児で、次男が嫁はんの腹に居る時だからもう35年くらい前だ。

俺はまだ俺の兄貴分の「舎弟分」だった。

28歳くらいだったが俺の兄貴分がハジキでパクられた。

   (拳銃の不法所持で逮捕されたという意味)

ところが、実はそのハジキは俺が保管していた。

で、俺の兄貴分と大阪府警との「取引」で俺を身柄にしないという話になった。

 (身柄拘束 つまり逮捕はしない と言う意味) 但し逮捕はしないが事件にはするということ。

当然、罰金か下手すれば懲役刑の可能性は残るのだが・・・。

弁護士を通して、その旨が俺に入ってきたがその時俺は地元の北陸に戻っていた。

たしか週末の土曜か日曜だった。

俺は週明けに北陸から大阪にもどり、府警本部に出頭する段取りでいた。

しかし、俺的には地元の所轄署に一応の「筋道」として「週明けに出頭するから」と、

挨拶に出向いたのだ。

夜だったが、ちょうど知り合いのサツ(刑事)が当直で居たのだが、

実に困った顔をした。

 「お前、なんで来るんや! 府警本部から一応の話は聞いてるが、お前は逮捕状が

出てる。 府警本部とのやり取りは聞いてるけど、

お前と道ですれ違った位なら気付かん振りも出来るが、

こうして署に来られると逮捕するしかないぞ・・・。 悪いが辛抱してくれ・・・」

と言うことに為ってしまった。

結局、その場で逮捕されて大阪の梅田署に護送されてしまった・・・。

まぁ、今では考えられないサツとヤクザ者との関係の一端だ。

ともあれ、表と裏は同じだと言うエピソード・・・・。

 

 

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年の離れた「マブダチ」

2011年12月26日 | Weblog

今年も残りわずか・・・。

俺が毎日昼飯を喰いに行く釜飯屋が道を挟んだ向かいにある。

山形出身の夫婦がやっている店だが、

普段の昼間は夫婦の娘が手伝いに来ている。

夫婦には娘が二人いて、次女の方が毎日来ているのだ。

その次女の一人娘、つまり夫婦の孫娘も夏休みや冬休みになると

店に手伝いに来る。

俺の孫娘と同じ年頃の小学3年? 4年? かな。

彼女と俺は結構「仲良し」なのだ。

以前、彼女が何かのついでに俺の話題になって、

同級生の子供達に俺の話をしたそうだ。

すると同級生の子供達が「気を付けないと誘拐されるよ・・・」と、

アドバイスしたそうだ。

それを聞いた彼女は翌日俺に「おじちゃん、私とおじちゃんはどんな関係?」

と訊いて来た。

一瞬俺は言葉の意味が判らなかったが、

「そりゃあ、俺とお前はマブダチやないか!」

そう答えた。

 「ふ〜ん、なら良いんだ」

 「なんでや?」 と、俺。

 「うぅうん、何でもない」

あとで母親から聞いたのが前述の「誘拐されるよ」だった。

今日も彼女はジジババの店の手伝いに来ているが、

俺が行くと手伝いは後回しで、俺の横に座って「コンパニオン」状態で

俺とおしゃべりが弾む。

俺もこの子が居ると店での滞在時間が長くなる。

まぁ、夏休みや冬休み位しか会えない「マブダチ」だから、

仕方ないか・・・。

ちなみに「マブダチ」の名は「結」と書いて「ゆい」と言う・・・。

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2011年12月26日 | Weblog

先日、新座市の日帰り温泉に行ってきた。

俺の住まいから車で10分位の所にある。

結構きれいな施設で、何よりも俺好みの雰囲気が気に入った。

「俺好み」というのは、若干流行っていない所という意味だ。

がさがさしてなくて、静かでのんびりできて、

マッサージや食事のコーナーも空いてて、待たなくて済む・・・ところ。

ちなみに、そういった場所はこれまでにも在ったけれど、

何軒かは閉店してしまった。

見方を変えれば「儲かっていない施設」ということなのだ。

基本的に誰かと行く時は賑やかな所が良いけれど、

独りで行く時は静かな所の方が好きだ。

 

で、その温泉で産まれて初めて鍼をやってみた。

最近、頸から肩にかけてのコリが酷く、

温泉に行くと大体マッサージをするのだが、

俺のコリは奥深いコリなので、

施術者によってはほぐし切れないのだ。

そこでたまたま鍼のコーナーがあったのでトライしてみた。

俺はけっこう刺したり切ったりには恐怖心や抵抗感が無い方なので、

身構える事も無く施術台に上がった。

頸と肩の施療を頼んだのだが、頸・肩は当然としても、

脇の下や顔面にまで鍼を刺すのにはちょっと驚いた。

施術後、しばらく休んで再び入浴したけれど、

あまり効果は感じなかった。

しかし、日を追う毎に普段感じていた頸の痛みが軽い気がする。

鍼を刺す時、感覚的には結構深く刺している感じだった。

多分、2〜3センチは入れてる感じだったが、

下手な看護士が刺す注射より痛くなかった。

東洋医学の奥深さなのか?

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岐路での選択

2011年12月08日 | Weblog

Facebookで友達登録頂いている人に「・・・私はずっと、何かにぶら下がって生きている。

自分の足で立って生きているあなたは素敵だと思う」と、コメントを頂いた。

俺の前回のブログ記事へのコメントだ。

俺はその場面場面で、「そうするしかなかった」だけで、特に俺自身が強い訳でもなく自立出来ていたとも思っていない。

普通、何事においても岐路があり、そこで選択をして進路や術を決める。

俺の場合は、選択の余地も無くその道を進むしか生きられなかった場面が多かっただけだろう。

子供の頃、理不尽な理由で殴られるのが怖くて家出を繰り返し、

やがて非行少年と言われるようになり、施設に入れられ、少年院、少年刑務所、刑務所と出入りを繰り返し、

ヤクザになった訳だが、俺は「ともあれ、懸命に生きた」と自信をもって言える。

殴られないように、自分を捻じ曲げて媚び、居場所を確保してメシと寝場所にしがみ付くより、

俺は家出して自分で食いものを探し、時には盗んででも生きた。

神社の床下に潜って寝たり、前述のように他所様の家の犬小屋に潜り込んで寝たり、

一度などはゴミ箱の中で寝たこともある。

今で言えば「ストリートチルドレン」だった。

それはしかし、食い物と寝場所は確保されていても鎖に繋がれた飼い犬か、

自由ではあっても、食い物や寝場所を自分で探さねばならない野良犬かの違いだろう。

自由とは言いながら、実はその自由の大半を食い物探しに費やす自由が、

本当の自由と言えるかどうかは、それぞれの価値観によるだろう。

なかには、喰いたい物を喰って寝たい時に寝て、行きたい所に好きな時に行ける、

それが自由だと考える者も居るだろう。

しかし俺の思う自由は、世間に邪魔にならない程度で自分の思うように生きる、

それが自由だと考えている。

俺の人生だから、俺の「人生の物語」の執筆者は俺なんだから、

周りの支えや協力を得ながら、これからも綴っていくしかない。

 

なんか、今日のカキコは纏ってないなぁ・・・。

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独り

2011年11月25日 | Weblog

昨夜、突然に思い出したことがある。

俺がまだ小学生だった頃のような気がするのだが、

それが何時だったのかは、正確には思い出せなかった。

俺が育った家で、俺が殴られたり縛られたりしているのは、同級生たちは知っていた。

俺がよく家出して学校を休むのもみんな知っていた。

ある時、俺は学校帰りに同級生の所に遊びに行き、

そのまま家に帰らなかった。

その時も原因は忘れたけれども、帰れば殴られるような理由があって、

それが怖くて帰らなかったような記憶がある。

俺が友達の誰かに、「今日も帰ると殴られるから、家には帰らない」と言ったら、

他の子供達も「一緒に居てやる」と言い出した。

俺は一人ぼっちの夜を過ごさなくて済むと思い、嬉しかった記憶がある。

しかし、夕暮れが迫り、晩飯の支度をする竈(かまど)の煙が道に漂い始め、

辺りから色彩が乏しくなる時間になると、

一人、二人と減り始め、最後に残った子も「帰る・・・」と呟いて去っていった。

やっぱり俺は独りだけになってしまった。

当ても無くその近くを歩き回り、空腹を抱えながら夜空の星を追いかけた。

星を見上げて、その中の一つを見つめながら歩くと、

星はずっと俺の歩みに合わせて動く。

離れもしなければ、近付く事も無い星を追いかけた。

それほど長い時間ではなかったと思うが、

追いかけている時間は、家のことを忘れる事ができた。

夜になり、そろそろ家々の灯りが消え始めた頃、

俺は同級生の一人の家の庭先に忍び込み、

彼の家で飼われていた犬の所に近寄って、

その犬の小屋にもぐりこんだ。

犬小屋なら夜露に濡れないし、犬の温もりで寒くないと考えたのだ。

結局、夜中に眼が覚めると犬は小屋の前で寝ていた。

俺に寝場所を譲ってくれたのか、それとも狭苦しかったのか・・・・。

翌朝、その家の家人が起きる前の朝ぼらけにそこを離れた。

その後の事は忘れたが、どこかの神社の賽銭箱を開けて小銭を盗んで、

パンを買って喰ったのは憶えている。

当時は今のように賽銭箱に施錠されているのは少なかった。

スーパーマーケットだって、夜中や早朝の商品搬入用に、

どこか必ずシャッターに鍵が掛かってない場所があった。

そこから忍び込んで、パンや腹にたまりそうなお菓子を盗んだものだ。

それが「悪いこと」とは知っていたが、

今思い返しても「精一杯生きた」記憶として残っている・・・。

 

今回の更新は、久しぶりに過去の彷徨を書いた。

 

 

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何が出来るのか? 何をやるべきなのか?

2011年11月18日 | Weblog

先日、深夜のBSで元航空幕僚長の「田母神俊夫 氏」の出演した番組を観た。

氏の発言の中で、今の原発事故の放射能について、

「放射能は危険ではない」「ガン治療では放射線で細胞を叩いている」

「DNAに傷を付けても、DNAは自己回復するから大丈夫」

「ラドン温泉・ラジウム温泉は放射能の風呂」等の発言があった。

なんと乱暴な論理だろう?

だったら、自分が原発の側に移住して暮らせばいいと思う。

氏の主張に共感できる部分もあるのだが、

飛躍した点も多いと感じた。

 

そもそも、今の日本のように「低線量内部被爆」を長期に経験した国が無いのだし、

従って過去の参考となるデーターも存在しない。

謂わばまさしく人類初めての「低線量内部被爆データー収集実験材料」に、

国民全体がされているのだ。

SNSからの情報を取り込んでいる俺が、

ガセネタに踊らされているのか?

それなら、福島第一原発設計者が

 

「メルトスルーして、溶け出した燃料がどこに有るのか判らないのに

どうやって冷温停止するのか・・・?」

などとは言わないだろう。

正確な情報開示と、世情の混乱を恐れて誤魔化し情報を流すのと、

どちらが国民の為になるのかは自明の理だ。

所謂マスコミ報道がいかにいい加減かが、SNSでよくわかる。

 

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