手垢のついたメモ帳

ヤクザが出家して、障害者福祉に従事。必死に歩いた過去の懺悔帳?

いちご狩り

2010年02月09日 10時25分45秒 | Weblog
先日の日曜日に、いちご狩りに行ってきた。

山梨県塩山にあるいちご園だが、

http://www.shimamurafarm.com/

中規模ながら充実した品種揃えで、色々な品種のいちごを喰ってきた。

時節柄、ハウスに入るとまず手の消毒。

あとは長い棚に植えられたいちごを自由にもいで喰う。

ところが、最近のいちごは甘いので、思ったほどには喰えないものだ。

しかも、粒が大きくて立派なものが多かった。

昨日の仕事帰りの車の中でラジオを聴いていたら、

この数年、ミツバチが激減して果実農家が痛手を受けているという内容の番組が流れていた。

そういえば、前述のいちご農園のハウスに入ったとき、

一匹のミツバチが出入り口近くを翔んでいたが、

「外に逃げ出すタイミングを狙っている」とのことで、

「一匹500円なんです」と、農園の主人が話していた。

日本ミツバチが少なくて、外国ミツバチを買ってハウスに放し、

受粉させているのだ。

受粉がなければイチゴも出来ないので、500円でも買うしかなくて

しかも一匹や二匹ではないので、バカにならない金額の出費らしい。

日本の工業、日本の農業、日本の経済、日本の「裏社会」、ミツバチまでも外国に侵食されている。

いったいこの先どうなるんだろう?

もっとも、すべての事象に淘汰は自然の理ではあるが、

淘汰の渦を生き残ることが良いかどうかは又別の話だとおもう。


いちご狩りを終えて、笛吹市の「桔梗屋 アウトレット」へ向かう。

http://www.kikyouya.co.jp/


これまでに何度も訪れた所だし、特に信玄餅がたくさん欲しい訳でもないが

やはり「詰め放題」に挑戦するとムキになって、一個でも多くと詰め込む。

辛うじて袋の口を指定された結び方で結んでゲット!

戦果は信玄餅10個ともみじ饅頭が3個の計13個。

歴代最高は信玄餅16個らしい。

たくさん詰め込むコツは、ビニール袋を最初に延ばすのは当然だが、

信玄餅に付属している「楊枝」を外して詰めるのがベスト。

理由は、楊枝が袋を突き破るからだ。

機会があれば、読んでくれている方も、是非チャレンジを!
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最初の贈り物

2010年02月05日 13時19分06秒 | Weblog
この所、俺の周りでは「おめでた」が続いている。

出産予定が近い知り合いが数人控えているのだ。

先日、ある夫婦の旦那にあたる男と少し話す機会があった。

嫁さんにあたる彼女も、彼等が夫婦になる前からの知り合いで、

つまりその嫁さんの腹を膨らませた張本人と話した訳だが、

子供の名前について話題が及んだ。

その会話の中で、俺は俺自身の名前についてふと考えた。

俺は

  http://blog.goo.ne.jp/kurara_77/m/200806

にあるように、祝福されて産まれでた訳ではない。

しかし、かなり前に俺は自分の名前は俺の祖父にあたる人が命名してくれた事を聞いていた。

そして、ある時に島津藩の殿様の名前をとって付けた事も聞いていたので、

その名前を検索してみたことがある。

結果は島津藩の初代藩主の名前だった事がわかった。

俺の祖父に当たる人が、どんな思いを込めて初代島津藩主の名前を俺に付けたのかは判らないが、

でも多分、「あやかりたい」という気持ちがあったのは間違いないと思う。

祝福されない出生であっても、祖父は孫に当たる俺に、そのような名前を付けてくれたのは

せめてもの血の繋がりが為せる結果だったのではなかろうか。

さらに、終戦直後の時代背景を考慮してみれば、

俺の祖父に当たる人は、学識に富んだ人ではなかったろうか?

そう考える根拠は、初代島津藩主の名前などあまり知られていないからだ。

後世の幕末・維新の頃の島津藩(薩摩藩)は色々と歴史舞台に出てくるが、

初代に触れた記述は文献に乏しい。

ついでに書けば初代島津藩主の誕生は、母親の局が旅の途中に出産の兆しに見舞われ、

道中の旅籠に宿を頼むが断られたので、近くの社の石に寄りかかってまどろむうちに産気づき、

やがてそこで産まれたのが初代島津公との寓話があるが、

なんとなく俺の出生と近いような感じを受ける。

だからその名前を貰ったのかも知れない。

ちなみに、初代嶋津公は越前若狭・信濃・甲斐などの地を治めた時期も有るようだが、

それらの地は、すべて俺が暮らしたり馴染んだ地でもある。

いや、だからといって特に意味はないのだが・・・。

いづれにしても、俺が祝福されない出生で有ったとしても、

生まれて最初の贈り物たる名前については、祖父に当たる人が真剣に考えてくれたであろうことが推して測れる。
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弁当を喰ったらアカンのか!

2010年02月02日 11時02分50秒 | Weblog
ネットニュースを見ていたら


http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/retail/351189/

があった。

何でもかんでも「暴力団」と決め付けて、

弁当を注文してもこの有様だ。

バカバカしいけど腹立たしい。

弁当代を踏み倒したわけでもなく、脅して作らせた訳でもないのに警察がとやかく言うのはおかしい。

弁当を注文して、それを注文された側が受注し、

注文者に納品したことは、純然たる「商行為」であり、警察が介入するような事ではない。

民事不介入の原則に触れる可能性もある。


  県警は「弁当を組員が一緒に食べることで結束が強まることが考えられ、今回のような  
  ケースも条例の禁止行為に該当する可能性はある」としている


とあるが、こじつけもいい所だ。

こんなコメントを出した警察の知能を疑う。

何でもかんでも「暴力団排除」のキャッチフレーズを唱えれば、

一般市民が同調するとでも思っているのか?

注文を受けた百貨店側には、営業権がある。

馬鹿役人の貧弱な発想丸出しのコメントで、ニュースになって出てきたのも警察のリークだろうな。

そんな、どうでも良いことをいかにも正義面して語る暇があるなら、

日本中にはびこり、根を張っている外国人ギャング達と対決しろ!

日本人ヤクザ・暴力団と比べものにならないくらい悪質で凶暴なやつ等と対決することこそ

国民を守るということだ。

「暴対法」のお陰で、日本の組織は外国人組織を締め出すことに枷をはめられ、

その結果、日本の繁華街に奴らが蔓延り、或いは潜伏し、日本人を食いものにする構図が出来上がった。

しっかりせえよ! 日本警察!!
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狭量と狭窄

2010年02月01日 10時57分03秒 | Weblog
俺が関わっている障害者施設の職員について書く。

これまでも何度か感じたことだが、「福祉現場の職員」には常識が通じない者が少なくない。

長年、決まった枠の中で、障害者相手の「優位的立場」に居るうちに感覚がおかしくなるのか、

或いは「してあげてる」的発想が強くなるのか、その点は分からないがとにかく変な人間が少なくない。

世間一般的に見ておかしな点を指摘して教えても、「あんたに言われる筋合いはない」とか、

或いは露骨に不快感を表す者もいる。

自分が障害者と呼ばれる人達のお世話をしている事は間違いないが、

同時に、お世話をしている、させて頂いている人達から貰っている報酬が、

自分達の生活費になっている事を忘れては居ないだろうか?

そして、その「お世話」も、多くの人達の協力やサポートの上に成り立っている事を失念していないか?

福祉事業は「事業」である以上、無償の奉仕でないことは自明の理であり、

事業でなければ長続きはしない。

余程の財産を所有し、それらをすべて福祉に注ぎ込むなら「誰にも世話にならない奉仕」が可能だろうが、

現実には国や各地方の援助を受けて運営されている。

自分達の生活の根幹が、多くの眼に見えない人々の税金で支えられている自覚が乏しい気がする。

その自覚があれば、「自分達は特別な職業をしている」といった勘違いはしないだろう。

世の中・社会という御輿を、色々な場所で、色々な人達が、それぞれの形で担いでいる。

自分達だけが担いでいるという思い込みは大間違いだろう。

眼に見える担ぎ方もあれば、担いでいなくとも担ぎ手を支える役目の人間も居るのだ。

むしろ、見えぬ形で支える人達こそが役割が大きいのかもしれない。

謙虚さを無くし狭量・狭窄に閉じ篭ってしまえば、人の向上はそこで停まってしまう。

せっかく飛び込んだ福祉の世界なら、福祉の根本理念が「思い遣り」という事を思い出して、

より深い慈悲の精神を培う気持ちを持ち続け、大慈大悲を自らに課して欲しいものだ。


閑話休題

この前は「読売新聞東京本社」からの取材を受けたが、

今度は「NHKラジオ」の取材を受けることになった。

最近、NHKでは自殺や孤独死などを取り上げた番組が目に付くが、

昨日も「無縁死」というテーマでテレビ番組が流れていた。

結構、考えさせられる内容だったが俺が取材を受けるのはラジオ番組で、

テーマは「独りじゃない」というものらしい。

都会は群集の中だからこそ孤立感が深まる事が少なくない。

人は、独りで産まれ、独りで死に行くからこそ、生きている時間くらいは独りで在りたくないのかも・・・。

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中庸

2010年01月27日 07時53分42秒 | Weblog
元 同居人に言われた言葉がある。

「あなたは極端すぎる」と。

それは昔、別れた妻にも同じ事をいわれた。

確かに俺は、「白か黒か」「右か左か」「前進か後退か」「殺るか殺られるか」

そういった基準を持っている。

先日、自分がなぜそういった思考をするのかを分析してみた。

俺なりの分析結果は、やはり子供の頃からの育ち方と生き方が大きいと思った。

つまり小学低学年から虐待から逃げるために家出を繰り返し、

自分でひもじさを処理するには、

盗むか殴られるのが分かっていながら家に戻るかの二者択一だった。

殴られたくないから家を出たのだから、残るは盗むしかないことになる。

盗めば警察に捕まるのは分かりきったこと。

捕まりたくなくて盗むには、捕まらないように工夫し、知恵を巡らせて盗む。

少年期には盗みより恐喝や強盗にエスカレートしたが、

犯罪がエスカレートすれば捕まるリスクも大きくなる。

それで捕まったときは自業自得。

児童相談所や鑑別所、少年院に送られても耐えるしかないのだ。

もっとも教護院では一年で16回脱走をし、

少年院でも脱走のために歯ブラシ1本飲み込んだが・・・。

つまり、「その状況からの脱出」の為には、できる限りの事をやることの繰り返しで生きてきた。

その結果として、二者択一的思考回路が身に付いたのだと結論した。

数十年間に培った性分は簡単には変わらないが、

しかし自分が納得ができれば案外に進路転換の柔軟さも持ち合わせていると自負している。

中庸という言葉があるが、真ん中の考え方が正しいのだろうかと疑念を持つ。

それぞれの基準や物差しが有るのが当然で、

そこに摩擦も生まれるが、同時に研鑽がもたらされるのではないか?

森羅万象の真理から見れば、我々人間の物差しなどは微細なものなのだろうが・・・。
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それぞれの正義 2

2010年01月20日 08時38分58秒 | Weblog
昨日、小沢問題に触れた。

もう少し書く。

小沢を追及する検察だが、正義の番人面しているが、

でもしかし、その検察でさえかつて、内部経理不正問題・裏金問題があった事をどう説明するのだ?

たとえ一部の人間がやった事であったとしても、検察であった事実は変わらない。

検察官が取り調べ対象者に関係を迫ったり、不倫関係をもったりの事件もあった。

つまり、検察という「職業」が清らかなものであっても、そこに属した人間が清らかだとは言えないのだ。

彼等とて、信号無視の一回や二回は経験有ると思うし、スピード違反だってあるだろう。

法律はもとより、一般ルールさえ破ったことはないと言う輩が居たら会ってみたい。

政治家が清らかだと決め付けて、その物差しを当てはめて糾弾することには

さじ加減が必要だろう。

仮が何らかの方法を用いて、グレー又はダーティーな金を持ったとしても、

大事なのは「政治家として国民の為に何をしたか」ではなかろうか?

誤解を招くかも知れないが、俺は小沢の擁護派ではない。

俺が言いたいのは、捜査手法なのだ。

なぜ、「関係者の話によれば・・・」というニュースが流れるのか?

「関係者・・・」とは誰なのか?

その「関係者・・・」の話が、果たして真実を伝えているのか?

その辺に疑問を感じているのだ。

次に、「政界の大物」と言われる小沢が、本当に大物ならば姑息な手法による個人資産の蓄積などしないだろう。

やったとすれば、小沢は大物ではなかったということだ。

清らかな水も、状況によっては濁ることもある。

要は「常に濁った水」か、「濁ることもあるが基本的には清らかな水」であるかだろう。

逮捕されたそれぞれが、それぞれに自分の物差しを持ち、

さらにそれぞれの正義感が有ると思うが、

「自分の親方の為に我が身を挺する」覚悟や信念が有るかどうかで今後の展開は変わる。

取調べで嘘を言えば、嘘はやがて辻褄が合わなくなって綻ぶものだ。

誰かを庇うための供述で、自分が一番ラクなのは、

「知らない」とか「記憶にない」とかでなく、「それは言えません」なのだ。

「言えない」のだから、嘘をついている訳ではない。

したがって、調べる側から矛盾点を追求や裏付け捜査をされる心配もない。

何より、庇う相手に被害が及び難いし、庇われる相手は何でも好きなように言えるのだ。

ただし、「言えません」を貫くには強靭な精神力が必要だ。

聞かれたことをべらべらと喋るほうが、調べる側からの扱いも良くして貰えるのだが、

それは所詮は一過性の待遇であり、検察と自分の親方のどちらと付き合いが長くなるのかを考えれば、

目先の苦痛から開放されるための自供なんて、自分の首を絞めるに等しい。

庇うための嘘は、逆にその相手を窮地に追い込む例は良くあることだ。

これを読んで下さっている皆さんも、そういう場面に遭遇したら「話せません」

「言いたくありません」の姿勢を貫いてください・・・。

 (そんな場面には縁がないぞ!!)と聞こえてきました・・・(;;)
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それぞれの正義

2010年01月20日 08時00分22秒 | Weblog
更新が長い間できなかった。

する気はあったのだが、なかなか書く気になれなくて放置していたが、

それでも毎日、訪問者数の確認はしていた。

ほとんどが50〜80人位で推移している。

決まった人たちが覗いてくれているのだろうと思うと、

有難いと共に申し訳ない気分になる。

さて、このところ書きたいと思うことは色々と有ったのだが、

内容が個人的な生活レベルであったり、

あるいは誰かの事であったりで、登場者が特定されたり予測されたりする可能性があったので、

書くことを控えた日もある。

俺と「元 同居人」の関係は、(つかず、離れず)状態で過ぎている。

同居中より、良い関係の瞬間も少なくない。

多分、この距離が互いに心地良いのかもしれない。

互いに・・・というより、彼女にとってと表現したほうが正しいと思う。

俺は、基本的に信賞必罰がはっきりした性分なので、

互いの是非はきっちり仕分けするタイプだが、それでは分けきれないものが、

人間関係にはあるものだ。

まさに今の俺たちの関係なのだろう。


彼女の中の信条や理念と、俺の拘る信念や世界観に食い違いや齟齬は生じるが、

それも娑婆世界の、有って当たり前のことだ。

それらをすり合わせ、譲ったり曲げたり、我慢してやり過ごすことで器量を拡げるのだ。

さらに、人はそれぞれに持つ「個人文化」が違う。

その文化の違いは価値観や是非の尺度の違いを生ずる。

立場が違えば、見える景色が変わると同じだ。

翻って話を無理やりに「小沢問題」に飛躍させるが、

世論の方向性は「小沢批判」一色に傾いているが、これを裏側とまでは言わないけれど、

別の方向から眺めて見る必要も有ると思う。

つまり、小沢の立場、視点で観る必要性だ。

長年、政界の中枢に居て、清濁に身をさらしてきたツワモノが足を掬われるような事をやるだろうか?

すれすれの事はやっても、簡単に致命傷となるような隙を作るだろうか?

さらに、このところ言われ始めた「検察の取り調べ情報」が、なぜいち早くマスコミに出て来るのか?

「小沢事件」は、小沢だけに眼を向けるのは視野狭窄だと思う。

小沢と小沢が対峙する検察、さらには野党を含めた構図の俯瞰が必要であり、

その上で「自分の物差し」「自分の正義」を当てはめて測るべきだろう。
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秦野万葉倶楽部

2009年12月28日 09時17分28秒 | Weblog
更新が滞ってしまった。

乗務員の代わりに送迎バスの運行を勤め、さらに添乗員の給与計算諸々とあり、

なんとなく文章を考えて打つ気になれなかった。

とりあえず、緊急入院した乗務員は大きな疾患もなく、無事に退院して業務復帰。

俺の日常もどうやら平穏バージョンに戻った。


閑話休題

先日、元同居人の彼女と秦野の万葉倶楽部に行ってきた。

    http://www.manyo.co.jp/hadano/

彼女には行き先を告げないまま、一泊の予約を入れておき、

当日、19時に仕事を終えた彼女を赤坂まで迎えに行って、

そのまま高速で秦野中井までとばした。

時間的には1時間ほどの距離で、高速からも近く手ごろな場所だ。

はだの万葉倶楽部は初めて行ったが、わりとこじんまりとした施設で、

コンパクトだが、それなりに充実した設備に感じた。

到着後すぐに「貸切風呂」を利用したが、湯ざわりがサラサラで心地いい。

マッサージをする予定だったが、施設は23時間営業なのにマッサージは22時で終わり。

したがって、利用できなかったのが残念だった。

彼女のスケジュールの都合で、翌朝は若干早めにチェックアウトして、

彼女のマンションまで送り届ける。

いまどきの子らしく、彼女は風呂嫌いでシャワー派だったのだが、

俺とあちこちの風呂に行くようになってからは、

風呂が嫌いではなくなったようだ。

いや、風呂の後のマッサージタイムがすきなのかも知れない。

仕事柄、指先と眼を酷使し、同時に耳も緊張させる仕事なのでコリも酷い。

俺は風呂は毎日入るクチなので、たとえ身体を洗わなくても湯には入りたい。

だから、同居していたときは彼女も湯に浸かる事が習慣になっていた。

一人で暮らし始めた今は、前よりは湯を張って浸かる機会が増えたと言っていた。

まぁ、湯に浸れば血行も促され、コリもほぐれ易くなるし熟睡できるから良いことだ。

もっとも、多少の風呂嫌いでも(歳をとれば)風呂好きになるそうだから、

若しかしたら元同居人もその類に入ってきたのかも知れない。



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健康管理と自己管理

2009年12月17日 13時59分21秒 | Weblog
俺の仕事は、障害者通所施設の送迎バス部門で管理をしていることは前に書いた。

先週末、バスの乗務員から俺の携帯に連絡が入った。

体調を壊して、週明けからの仕事に出れそうにないという。

詳しく訊くと、凄まじい下痢に見舞われ、一見、下血にも見える状態で目まいもするという。

俺は救急車を呼んで、病院に行くことを薦めた。

結局、緊急入院になり、月曜日から毎日の朝夕の送迎運行を、俺が変わってやっている。

内視鏡検査・胃カメラ等の検査を受け、取り敢えずは異常は無いようなので、

週明けから出勤して来るだろう。

まぁ、大きな病気でなくて良かった。

しかし、別の知り合いも脳梗塞で倒れ、右半身が動かなくなったと聞いた。

その男はまだ50才前後の若さなのに、強烈な試練に見舞われた訳だ。

独り身で、年老いた親父さんと同居。

親父さんも身体が不自由なので、彼が世話していたようだが今後はどうなるのか?

そんなこんなで、ふと自分を見直してみると、今の俺はまったくの独り暮らし。

五階建ての五階の部屋で、もしも脳梗塞などで倒れて意識を無くしたらどうなるんだろう?

そのまま朽ちて、異臭で気付かれるのかな・・・などと、ふと考えてしまった。

無論、平日は出社しなければ誰かが何かアクションを起こすと思うが、

休日、それも長い連休のさなかにそんな事態になればアウトだな。

もっとも、そんな事を思う人間に限ってしぶとく生きるんだけれど・・・。

逆に考えれば、そんな思いがかすめる程今の俺の生活が穏やかだという証かも。

動乱の世なら人間の一人二人の生死など、大した問題ではないが、

平和な時代には、転んで怪我をしてさえニュースになるんだから。

とりあえず、異臭の発生源にならないように健康管理を心がけよう。
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甘いぞ、押尾!

2009年12月08日 12時16分28秒 | Weblog
時事ネタっぽいけど、昨日逮捕された押尾学事件、

横浜に居ながら「九州に居るから出頭は無理・・・」などと言っていたそうだが、

甘ちゃんも良いところだ。

サツを舐めてるとしか言いようがない。

しかも、サツから渡された携帯がGPS携帯で、常時居所をサツに把握されていたという。

一応先日の判決が確定しているのだし、

仮に公判中の保釈の身であってもそんなものを(携帯)持つ義務はないのに、

なぜ持っていたのだろう?

なにがしかの約束事が、サツとの間で有ったとしか思えないがそれにしても

押尾はアホだ。

何かの取り決めが有って、携帯を持たざるを得なかったとしても、

電源を切っておけばサツに自分の居所を知られることはない。

そんなことも考えなかったということは、サツを見くびり過ぎだ。

弁当(執行猶予の隠語)貰って出た時点で、しっかりと弁護士と話し合い、

今後のサツの動きの予想を訊いておくべきだった。

また、弁護士も今回の逮捕は予見できたと思う。

サツから携帯を持たされた時点で疑問を感じるべきだし、

そもそも、

「そんなモノを持たされる義務はない。どうしてもと言うなら法的根拠を示せ」

と、突っ込めたたろうに。

しかし、逮捕された以上は押尾は懲役5年以上は確実に喰らうだろう。

テレビ画面を通して見た押尾の人相はかなり刺々しかったが、

それも現在の押尾の生活や心理状態を表しているのだろう。


今回の事件を俺に置き換えて、俺ならどうするかと考えてみたが、

俺が奴ならば最初の段階で自分がMDMAを渡したことを認め、

潔くそれなりの刑を背負って服役したと思う。

このご時世は「ばれなければ騙したモノ勝ち」みたいな風潮がはびこっているから、

俺のような考え方は、馬鹿正直と言われると思うが、


その部分を逃げ口上で作り立てれば、亡くなった人への冒涜になる。

仮にも自分が呼び出して、女性がそれに応じてくれたのだから、

やはりその応じてくれた気持は尊重しなければならないし、

救急隊員やサツに裸身を晒して恥ずかしかった筈の女性に

「死人に口なし」と如くに、すべてを押しつけるなんて男のする事ではない。

所詮はチンピラ役者のチンピラ思考だ。


こんな小僧はケツの穴までヤキが入るように、

きっちり締め上げて真相を吐かせ、相場以上の刑を背負わせて刑務所に送り込むことだ。

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