手垢のついたメモ帳

ヤクザが出家して、障害者福祉に従事。必死に歩いた過去の懺悔帳?

ヤクザと「反社会的勢力」を考える

2012年04月09日 | Weblog

随分前にも少し書いたが、俺はいわゆる「やくざ」と「暴力団」は違うと認識している。

今は暴力団に分類されるほうがほとんどだが、

「やくざ」を貫く人間がまったく居なくなった訳ではない。

ただ、そういった人間の大部分は経済的には貧しい生活を送っている。

その原因は「強きを挫き弱きを助く」の信条があるからだ。

損得抜きで困る人間の相談に乗り、

手弁当で助ける為に動く実直さが金儲けに繋がらないのだ。

その実直さを解ってくれる堅気さんが応援してくれて、

経済的支援をしてくれる金主(ぎんしゅ)<スポンサー>となってくれる。

その成り立ちでやくざがメシを喰えていたのだ。

しかし、今は堅気さんも賢くなって警察では取り合ってもらえない様な事案はやくざ又は

暴力団に処理の依頼をし、

都合が悪くなれば警察に泣きつく構図が出来上がってしまい、

結局はやくざだろうが暴力団であろうが、犯罪に手を出すしかなくなる。

或いは、刑事事件にならないような事案も、なんとかこじつけて事件にして、

逮捕・拘留・訴追に持ち込む警察や検察の手法も、やくざの生息域を狭めているのだ。

 

そもそも、やくざとは本来は被差別部落に生まれたとか、

在日三国人や親が身体、又は精神、知的障害などを持ち、

または俺のように義理の親に虐待されて行き場所がなくなった、

いわゆる「社会的弱者」が一般(と呼ばれている)社会から阻害や虐げられて、

弱い者同士が作り上げたコミューンが始まりだと思う。

そして、その一般社会の隅っこで遠慮しながら棲息していたのが、

今はそのテリトリーさえも奪われ、窮鼠の状態に追い詰められているから猫に歯向かうよ

うになったのだろう。

我々の時代は上記のような人間が身を寄せ合って、

その中で生息域の奪い合いをしていたが、

今は訳も理由もなく、ただ「金のため」に相手を選ばずに喰いつく時代になってしまった。

だから暴力団とか、反社会的勢力とかの言葉で一括りにされてしまうのだろう。

生きる為にやくざになった時代は過去となり、ラクして他の人間以上に金が欲しい輩が、

手段を選ばずに蠢いているのが今の「裏社会」だ。

実はその得体の知れない蠢きは、日本全体の風潮になっているのかもしれない。

貧しき国、ニッポン・・・・だな。

出来る人間が、出来ない人間のために力を貸すのが当たり前なのに、

出し惜しみ人間が増えたのはなぜだろう・・・・?

今日はへんな内容になってしまった。

 

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取材終了

2012年04月04日 | Weblog

先月の「国家試験」の結果は、一応はネットでの答え合わせで合格しているのは判って

いたが、

昨日、正式な合否発表がネットにアップされ、それを取材に金沢からTVが来た。

正直な感想として、やはり正式に合格が確認できてほっとした。

昨日は全国的に凄まじい荒天で、取材クルーも予定どうりのスケジュールがこなせなかっ

たようだ。

引き換えに、最終日の今日は春らしい陽光に恵まれ、

インタビューには持って来いの場所で収録カメラに納まったのだが、収録前に逆に俺が

彼等をデジカメで撮ってやった!!

これで彼等の「タマシイ」を少しくらいは吸い取ったぞ・・・ウシウシ。

いつも俺が吸い取られてばかりだから、今回は逆襲するつもりでデジカメを忍ばせて用

意していたのだ。

彼等もこんなに大きい画像でアップされるとは、夢にも思っていないだろう・・・。

  (本当はサイズの修正が面倒でそのままアップしたんだが・・)

最終便で空路、金沢に戻ったが、天気予報では北陸は雨か雪だと言っていたから、

穏やかな天気の東京から、又しても寒い北陸に帰るのはイヤだろうな。

ちなみに、今回の番組も30分らしいが、その30分を作り上げるのに一週間くらいかけて

編集するらしい。

まぁ、30分の為の取材・録画テープは数時間ぶん有るので、そこから使う部分を探し出

し、

ナレーションを入れ、そのナレーションに合う曲を入れて・・・だから、

手間と時間は掛かるわな。

ナレーションはディレクターのアヤちゃんが考えて書き上げるそうだが、

ディレクターという仕事は、結構色々とこなせないと駄目みたいだ。

取材力・構成力・様々な角度から観るセンスetc・・・。

 

ともあれ、お疲れさんの労いを書き込んで彼等への「慰労」としたい。

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インパクト!

2012年03月26日 | Weblog

昨日、俺の長男が俺についてテレビのインタビューを受けた。

どんなだったか電話で訊いたが、「正直、親父の記憶があまりない」

「ただ、怖かった記憶だけが残っている」と取材クルーに話したそうだ。

「それは無いやろ、学校から帰るなり俺に絶対に勝てる喧嘩の仕方を教えて」と言うので、

俺が理由を訊いたうえで、勝てる喧嘩のやり方を教え、

後から帰宅した次男とシュミレーションしながら何度も手順をリハーサルし、

翌日、目論見どおりの勝利を納めてニコニコと帰ってきたこと、

長男の彼女が不始末をしでかして、長男が彼女の身を案じて一緒に姿を隠し、

俺が探しまくって見つけ出し、彼女の親と話を付けたことetc・・・。

色々と有るのだが倅の記憶には「親父は怖い」しか残っていなかったようだ。

一抹の寂しさはあるが、それはそれで仕方が無い。

俺の愛情表現が不足していたのだろう。

俺は「お前達が出来の悪いことをしでかし、世間中がお前達に石を投げて、

俺から見てもお前達が悪いと思っても、俺はお前達の前に立ってその石を受けてやる。

ただ、世間中が投げる石だから俺はあっという間に倒れるだろう。

俺が倒れた後はお前達が自分でその石を受けるしかない」と、よく言い聞かせていた。

その言葉が、いかに大きく深い思いの篭ったものかが、通じていなかったんだ・・・。

しかし、思い返してみると俺だって育てのおっさん(敢えておっさんと呼ぶ)に、

散々殴られ、踏みたくられて育ったが、1年365日がそうだった訳ではないと思う。

小学生の俺にバイオリンを買ってくれたり、

あるいは中学校時代に革靴を履いていたのは俺だけだったし、

腕時計やトランジスタ・ラジオも持っていた。

ゆっくり思い出せば色々と思い出すのだが、

殴られて追い回された記憶の方が先に出てくる。

結局はそういう事なんだろう。

しかも、俺の子供時代は「親父は怖いのが当たり前」だったし、

どこの家でも亭主関白だったと思う。

親父が家庭の中で小さくなって粗大ごみ扱いされるのは、もう少し後の時代だ。

倅達と接した時間は永くは無いが、

上辺だけの家族よりウンと奴らへの思いは深いと俺は思っている。

多分、奴等も「いよいよとなれば、絶対に親父が何とかしてくれる」という、

思いは有るのではなかろうか。

それは所詮は「人生の先輩・後輩」の関係なのだから、

先輩が後輩の面倒を見るのは当たり前だし、

一から十まで手取り足取り面倒見る奴も居れば、

俺みたいに普段は「自分で何とかせんかい」と突き放し、

離れて見ながら「ここは手を差し出すべき」と判断して介入するかの違いだろう。

まぁ・・・・、どうでも良いけど・・・。

 

 

 

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世代間落差

2012年03月21日 | Weblog

敢えて「ぜねれーしょんぎゃっぷ」と書かないのが俺の拘りだが、

昨日、ふと思いついて(薩摩芋ご飯)を炊いてみた。

なかなか美味かったので、近くに住む知り合いに電話して「喰うなら届けるぞ」というと、

即座に拒否された。

「何でやねん? 懐かしいやないか!」と、俺。

相手は俺より若干年上だが、彼に言わせると「子供の頃に散々喰わされて、思い出すだけで嫌だ」らしい。

俺も子供の頃にオフクロ(生後100日から小3まで育ててくれた人)が、時々作ってくれたが、

当時、俺は喜んで喰った記憶がある。

つまり、その拒否したオッサンは食い物が無い時代に「仕方なく」喰ってた記憶で、

俺は、多分米が少ない日に量を増やすためにオフクロが「芋メシ」にしたんだと思う。

当然、喰う頻度がまったく違い、それが俺の「懐かしい味」と、オッサンの「見るのもイヤ」の差になってるんだろうな。

俺はけっこう炊き込みや釜飯、或いは混ぜ込みなどが好きで、

ちょっと塩の効いたグリンピースの豆ご飯なんて最高だ。

そういえば、ちょっと前には(ホタテ)を買ってきて、(ホタテご飯)を炊いてみた。

味は抜群! 金が取れるくらいの出来栄えだったが、若干メシが柔らかかった。

その夜、布団の中でどうすれば美味い加減にメシが炊けるかを考えてみたが、

そのうちリベンジだ。

一応、戦略は立てているから今度はうまく行くはずだ。

うまく行けば、誰かにお裾分け・・・。

こう見えても(ネットでは俺は見えないけど)、俺は若い頃は板前さんの修業をした経験が有るのだから、

ちょっとうるさいぞ、料理には・・・。

 

冷凍物のホタテでなく、生のホタテを買ってきて殻を外し、軽く湯通しして貝のぬめりを取り、

出汁でサッと煮ておいて、さらにその煮汁でメシを炊く。

炊き上がったメシにホタテを混ぜ込んで完成!

「お裾分け候補者」よ、 乞うご期待!

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瞬間一生の覚悟

2012年03月19日 | Weblog

フェイスブックのある人の記事に、瞬間一生とコメントを書き込んだ。

人間、長生きも大事では有るが無駄に長生きしても意味はない。

それよりは、短くとも内容の濃い人生の方が産まれて生きた意義は大きいと思う。

長さより中身・・・と言うことだ。

振り返って、俺はどうだったか?

俺はまさに「瞬間一生」の軌跡だと思う。

そう意識して努めた訳ではないが、結果的にそうなった気がする。

その時々、場面、場面がいつもぎりぎりの瀬戸際に立っていて、

全力で考え、判断し、決断して突き進むしかない環境だった。

その積み重ねが今に続いているだけのことだ。

だからこそ、この歳になっても「いつ死んでもかまわん」と思わせるのだろう。

「いつ死んでもかまわんけれど、死のうとは思わない」のが、今の俺だ。

言い換えれば、いつ死んでもかまわんという覚悟が常にある、ということだ。

俺のこれまでの人生、あとどの位有るかわからない残りの人生、

そのトータルが「良かった」か「悪かったか」はわからんが、

俺は納得できる人生だ。

やりたいように生きてきて、殺されそうになって臨死体験までしたけれど、生き抜いた。

そして、たくさんの人に世話になりながらここまで生きて、

その恩返しと言える程ではないが、今は人の笑顔を見ることが喜びとなっている。

こんな幸せな人生は無いと思う。

誰かのために何かをしたいと思っても、俺の力ではどうにもならない場面でも、

俺の周囲にその事を話せば、周囲が協力してくれる有り難さ・・・。

俺は銭は無いけど人という財産は、けっこう有るんだろうな・・・。

怠けることが好きで、金が好きで、美味いものが好きで、酒が好きで、

遊ばせたらどんな遊びも上手に遊んで、

オンナが好きで、子供も好きで、生きものが好きで、何よりも人が好きで。

俺っていい加減だと判っていながらそんな自分も嫌いじゃなくて。

「瞬間」を生きてるのだから、そうじゃないとしんどいものな。

 

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箸と茶碗

2012年03月14日 | Weblog

最近の若者を含め、子供たちの箸と茶碗の持ち方がおかしい。

特に茶碗だが、人差し指を茶碗の縁に引っ掛けて、

親指と中指、薬指で支えて持っているのをよく見かける。

いつからあのような持ち方をするようになったのか?

俺は若い子には、気付くと「おかしい・・・」と、教える事にしている。

「恥ずかしい持ち方だ」と。

実は、そういった茶碗の持ち方は矯正施設でよく行われる持ち方なのだ。

今は施設の食器は塩ビの食器だが、

昔はアルミで出来ていた。

だから、味噌汁などは熱くてまともに持てない。

しかしゆっくりと喰う時間もないので、前述の持ち方をしていたのだ。

だから、少年院や刑務所を経験した俺のような人間が見ると、

「この子は矯正施設経験者?」と思うのだ。

そんな風に思われるよ・・・と教えると、大体は驚く。

ちゃんとした子はすぐに直して、普通に持ち替える。

でも、少し時間が経つとまた同じように無意識に持ってしまうが。

 

なぜこうなったのだろう?

幼稚園や小学校で、普通の茶碗の持ち方を教えないのだろうか?

いや、幼稚園・小学校の先生そのものが若いし、

先生がそういった持ち方をしている年代だ。

つまり常識やマナーなどより、金を稼ぐ事が評価され、

あるいはバブルに浮かれて遊びまわった世代が「親世代」になり、

その子供が今の子の「親」になっているから、ちゃんと教えられずに来たのだろう。

そして、その恥ずかしい行為でさえ「個性」と言い換えてしまう小賢しさ・・・。

時代が変わった・・で済ませられる話なんだろうか?

日本は良い方向・良くない方向のどっちに向かってるんだ?

 

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倅からのメール

2012年03月11日 | Weblog

次男から、突然メルが入った。

「住所を教えてほしい」とのこと。

電話して理由を訊くと、「蟹を送る」とのこと。

この時期の北陸は地元でいう「ずぼ蟹」の時期だ。

ずぼ蟹とは水蟹とも呼ばれ、いわゆる「越前ガニ」の殻が脱皮したての

若い蟹のことをいう。

脱皮したてなので、甲羅や脚のサイズに比べ中身は多少すくないが、

その分、食べやすく味も甘くうまい。

値段も越前ガニと呼ばれているモノに比べ、

はるかに安いのだ。

これまで一度も物など送ってきた事がない次男だ。

もっとも、俺が北陸に帰ると一席もうけては呉れるのだが・・・。

住所を教えて電話を切ったが、

奴はたぶん俺のブログで国家試験の結果を知り、

奴なりの「祝い」のつもりなんだろう・・・。

「おめでとう」等といった言葉や感想を言わないので、

俺も別に蟹に対しての礼も言わずに電話を切ったが、

俺の推測は、たぶん当たっていると思う。

奴は、そういった奴なのだ。

俺と似た所があるから、なんとなく判る・・・。

損な生き方でバカな奴なんだ・・・。

俺というバカの見本が身近にいるのに、

そしてそのバカな生き方を傍で見ながら育ったのに、

学習出来て居ないんだな。

バカな奴だ。

ちょっと「おめでとう!祝いを送るから・・・」とでも言えば、

俺だって「おう、済まんのう」と言うのに・・・。

 

あ、親父が阿保なんだから倅が賢い筈ないか! ナットク ナットク!!

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支援力

2012年03月11日 | Weblog

先日、ある出版社の編集部長からメルが入った。

原発被災地の犬や猫などを保護している、個人の動物病院の支援についての内容だった。

 

《福島の犬&猫を助けるためのチャリティ・Jazzライブ&セッション!》


 〜福島では、薬代や治療用消耗品を買う現金が大幅に不足しています〜

    ・4月28日(土)

   ・東京倶楽部・水道橋店(千代田区神田駿河台2.11.16さいかち坂ビルB1)
 

     東京倶楽部・ご予約用電話03-3293-6056   会場は40名定員

               http://www.tokyo-club.com/about/

                 ・ドアオープン 午後1時半

                ・ファーストステージのライブ 2時〜

           ・セカンドステージはセッション 3時〜 終了4時過ぎ予定
 

          (楽器&歌の飛び入り大歓迎です♪ 楽譜を3〜5部ご持参下さい)

            ・出演 ピアノ:杉山貴彦 ベース:土谷周平 ドラム:今野大輔
    

                ヴォーカル:Hiroco Ponissi&Dario Ponissi

             ・ミュージックチャージはドリンク飲み放題付きで3000円!

        ・収益金から会場費5万円を差し引いた残額をすべて下記へ寄付します。
 

                   つげ小動物病院(柘植裕子様)
 

          〒960-8055 福島県福島市野田町1-15-18  Tel.024-535-0938へ
 

                       目標額10万円です!
 

       なお寄付をお願いできる方は、現金書留で病院宛送ってあげてください。

         ※ダリオさんのプロフィールは、こちらをご覧ください。(HPは工事中)
 

                https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/302/

 

上記の内容だった。

40人しか入れない会場ならば、俺が行くよりも他の方が行くほうがいいと考えた。

その代り俺は俺の知り合いに連絡を取り、カンパを頼んだ。

さっそく俺に送ると言ってくれた人間も居たが、

俺に送ると呑んでしまうぞ…と言って、直接送るように伝えた。

俺がライブ会場に足を運んで寄付をしても、

大した金額は出来ない。

それよりもこうして知り合いに頼んでカンパして貰うほうが、

集まる金額は絶対に多い。

そしてそれは正解だったと思う。

10人近く電話したが、3000円から1万円位までそれぞれ送ってくれたらしい。

5万や6万にはなってるだろう・・・。

俺一人で5万を送るより、一人でも多くの人間が送ってくれるほうが

相手も孤立感が薄まるはずだ。

これを読んで、自分もカンパしてやろうと思われた方は、

ぜひ、上記まで送ってください。

無理のない範囲で協力頂けたら嬉しいです。

同時に、現地では引き取ってもらえる里親を探しています。

一時預かりでも良いそうです。

ともあれ、支援ライブを行うダリオさんの奥さま、弘子さんとも電話でお話ししましたが、

皆さんの力を強く求めておられます。

都内にお住まいの方で時間が取れる方は、

どうかライブに行ってあげてください。

 

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国家試験の結果!

2012年03月07日 | Weblog

先日の国家試験の問題の正解発表がネットで行われた。

出題問題は持ち帰ったので、すぐに答え合わせをやった。

俺的には、合格ラインぎりぎりの結果で、

落ちても受かってもおかしくはないと、多少はハラをくくっていた。

30問の出題で合格ラインは18問の正解を求められている。

出題中の最後の2問はまったく分からずに放棄!

残りの28問で勝負だった。

結果は・・・22問の正解だった!

よし! 一発合格の目標は達成だ!

正直なところ、64歳目前の集中的勉強はかなり辛かった。

普段から勉強する時間と習慣を持っていないし、

最近は活字も読まなくなっているせいで、

教科書を開いてもすぐに根気と集中力が途切れていたが、

とりあえず周囲に「俺は一発で合格する」と、

大口をたたいて自分を追い込んだ結果が出て良かった。

正直なところ、俺もまだやれば出来るんだな・・・と思った。

今度は「国内旅行取扱主任」に挑戦したい。

それを取得すれば、国内旅行の企画・販売ができるので、

障害者のための旅行企画を組んで、障害者のために販売し、

彼らと彼等の家族が喜ぶ姿が見たいのだ。

たぶん、あまり儲かる商売にはならないだろう。

しかし需要はあると思うし、

何よりも赤字にならなければ我が社のボスもOKをくれると思う。

まぁ、まだ先の話だがとりあえずの次の目標ということで・・・。

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国家試験 終了 

2012年03月05日 | Weblog

とりあえず、国家試験は終わった。

結果は ? だ。

終わった直後の感触では 「何とか行けるんじゃないかな?」

という感じだったが、

問題の正否を検証してみると、

まったく分からなくなった。

自分で正解と思っていたいくつかが間違っていて、

予断が持てなくなっている。

合否の何れであっても、数点の差で決まりそうだ。

明後日にネットで試験問題の解答正否が発表になるので、

そこでハッキリする。

なんにせよ、色々な問題を処理しながらやってきた試験勉強だ。

合格できれば勿論うれしいが、駄目だったとしてもそれはそれで「よし」だ。

問題処理におわれて勉強できなかったから、とは思わない。

合格できなくても、試験は秋にはまた実施される。

俺が処理に向き合ってる「問題」は、(今、現在)のことだから、

優先順位は自ずと決まる。

試験を優先なら人のための揉め事処理には介入しなければいいのだ。

関わる以上、その係わりから生じるリスクも受け止める覚悟は要る。

そう考えて試験結果を待つ心境だ。

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