随分前にも少し書いたが、俺はいわゆる「やくざ」と「暴力団」は違うと認識している。
今は暴力団に分類されるほうがほとんどだが、
「やくざ」を貫く人間がまったく居なくなった訳ではない。
ただ、そういった人間の大部分は経済的には貧しい生活を送っている。
その原因は「強きを挫き弱きを助く」の信条があるからだ。
損得抜きで困る人間の相談に乗り、
手弁当で助ける為に動く実直さが金儲けに繋がらないのだ。
その実直さを解ってくれる堅気さんが応援してくれて、
経済的支援をしてくれる金主(ぎんしゅ)<スポンサー>となってくれる。
その成り立ちでやくざがメシを喰えていたのだ。
しかし、今は堅気さんも賢くなって警察では取り合ってもらえない様な事案はやくざ又は
暴力団に処理の依頼をし、
都合が悪くなれば警察に泣きつく構図が出来上がってしまい、
結局はやくざだろうが暴力団であろうが、犯罪に手を出すしかなくなる。
或いは、刑事事件にならないような事案も、なんとかこじつけて事件にして、
逮捕・拘留・訴追に持ち込む警察や検察の手法も、やくざの生息域を狭めているのだ。
そもそも、やくざとは本来は被差別部落に生まれたとか、
在日三国人や親が身体、又は精神、知的障害などを持ち、
または俺のように義理の親に虐待されて行き場所がなくなった、
いわゆる「社会的弱者」が一般(と呼ばれている)社会から阻害や虐げられて、
弱い者同士が作り上げたコミューンが始まりだと思う。
そして、その一般社会の隅っこで遠慮しながら棲息していたのが、
今はそのテリトリーさえも奪われ、窮鼠の状態に追い詰められているから猫に歯向かうよ
うになったのだろう。
我々の時代は上記のような人間が身を寄せ合って、
その中で生息域の奪い合いをしていたが、
今は訳も理由もなく、ただ「金のため」に相手を選ばずに喰いつく時代になってしまった。
だから暴力団とか、反社会的勢力とかの言葉で一括りにされてしまうのだろう。
生きる為にやくざになった時代は過去となり、ラクして他の人間以上に金が欲しい輩が、
手段を選ばずに蠢いているのが今の「裏社会」だ。
実はその得体の知れない蠢きは、日本全体の風潮になっているのかもしれない。
貧しき国、ニッポン・・・・だな。
出来る人間が、出来ない人間のために力を貸すのが当たり前なのに、
出し惜しみ人間が増えたのはなぜだろう・・・・?
今日はへんな内容になってしまった。












