とね日記

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熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆

2013年02月11日 14時44分39秒 | 物理学、数学
熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆」(Kindle版

内容(「BOOK」データベースより)
カルノー28歳、わずか1篇の論文『火の動力』で、熱力学の基礎を確立した。イギリスに誕生した蒸気機関は、フランスで効率改良の理論研究が進められ、彼は熱の生む動力の絶対的な制約を見いだす。だがその理論は巨視的自然の究極の真理に触れるラディカルなもので、技術者にも物理学者にも受け入れられることなく長く埋もれる運命となる。第2巻は、熱力学草創期。熱素説の形成と崩壊、そして熱力学第1法則、エネルギー原理の確立と進む。さらに議論は熱力学第2法則とエントロピー概念の形成へとのぼりつめていく。欧米にも類書のない広がりと深さに裏づけられた、迫力ある科学史。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
山本義隆
1941年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。同大学院博士課程中退。現在、学校法人駿台予備学校勤務


理数系書籍のレビュー記事は本書で208冊目。

第2巻は圧巻だった。熱力学の誕生がこれほどまでに難産だったとは。。。先月からEテレで放送している「MIT白熱教室」のウォルター・ルーウィン教授が言っていた「物理学には多大な犠牲が伴う。」という言葉を思い出した。科学史の別の分野で名を残した偉大な科学者たちでさえ、熱の本質については大きな誤解を前提とし、精緻に行われた実験結果を解析し無駄とも思える理論を展開していたことに、熱の理解の難しさを思わずにはいられなかった。

古典力学の偉大な到達点としての著作「天体力学論」を著したラプラスでさえ、ラヴォアジエが提唱した「熱素説」を信じ、熱現象を解析的に体系づけた「熱量学」を打ち立ててしまった。その結果、その後何十年にも渡り「熱素説」は影響力をもち、「熱素=熱量は保存する」という誤った考えを広めてしまった。本書の前半は主に解析的熱量学が成立するまでの科学史に焦点が当てられる。

本書によればラプラスの解析的熱量学はまさにいま翻訳が進行中の「天体力学論」の第4巻、第5巻で解説されているという。来月発売される日本語版の第5巻で確認してみようと思った。


今回読んだ第2巻は400ページほどあるが熱力学の入口にたどりつくのは300ページを過ぎたあたりである。この法則によって熱の本質が「エネルギー」であることがやっと理解できるようになったのだ。第2巻の終りでもカルノーの理論とジュールの実験を整合的にまとめた「熱力学第一法則」の発見には至っていない。

熱力学の誕生に多大な貢献をしたのが、カルノー、マイヤー、ジュールであり第2巻の後半は彼らの思考過程と業績の説明にページが割かれている。しかし、熱力学史に名を残した彼らでさえ到達できた事柄は現在受け入れられている理論のごく一部に過ぎないことに驚かされた。

カルノー機関を提唱し理想的な熱機関の理論を発表したカルノーは熱素説を信じ続けていたし、熱と仕事の等価性、熱の本質がエネルギーであることを実験で証明したジュールでさえも、熱現象の不可逆性という考えが欠如していた。つまりこの段階ではカルノーの理論とジュールの理論は対立していたのだ。これら2つの理論は次の第3巻で整合的に統合されることになる。そして現在では偉大な功績とされるこれらの理論も、発表当初は科学界に受け入れられずに無視されていた。その理由は本書を読んでご確認いただきたい。


科学を志す者の多くが「真理を追求する努力を積み重ねていけば正しい結論に近づいていくに違いない」と思っているかもしれないが、それは現代の視点から書かれたサクセスストーリーから得られる幻想に過ぎない。本書に書かれているのことのほとんどは、教科書には書かれていない「失敗の歴史」、「真理に至らずに浪費された科学者の人生」の記録なのだ。しかし、誤った理論のために費やされた膨大な時間を「単なる無駄」と切り捨てるには、あまりに惜しいのだ。第2巻に至って僕はこれまで教科書だけで得られる知識で満足していた自分の無知や浅はかさを思い知らされた。冒頭で「圧巻だった。」と書いたのはそのような意味である。

カルノーの理論が生まれるために、ワットの蒸気機関が大きな役割を果たしたことも忘れてはならない。熱力学が誕生する以前に物理とは切り離された「技術」の分野で、蒸気機関は改良されほぼ完成していた。蒸気機関のことを初めて知ったのは小学生の頃で、当時はその重要性に気づけるはずもなく、僕はテストのために「蒸気機関が産業革命に役立った。」と丸暗記していただけだが、今回詳しくその改良の内容を学んだことでワットの偉業を社会や経済に与えた影響だけでなく、熱力学史への貢献も含めて深く理解することができたのだ。

本書を読みながら感じたことがもうひとつある。熱力学を学ぶ以前の僕自身もそうだったのだが、科学や技術の発達した現代を生きる私たちのほとんどが、今だに中世の頃の一般人と同じ感覚で身の回りの現象を理解していることを再認識したことだ。熱力学について言えば現代でもほとんどの人が「熱素説」と「エネルギー説」の違いを意識できていないし、温度と熱量の区別さえできていないように思う。

物質の比熱や潜熱を精密に測定し、解析的な理解をしていたという意味で18世紀の科学者のほうが現代の一般人よりも熱の理解ははるかに進んでいた。

確かにエアコンや冷蔵庫やガソリンエンジンは中世にはなかったが、学ぼうとしない限りそれらの装置が熱力学の法則を教えてくれるわけではない。熱現象の本質は大学レベルの熱力学を学ばないと得られない知識だ。中学や高校で「熱はエネルギーの一形態である」とか「熱の本質は分子運動である」と教わり、それを覚えていてもそれは「知っている」ということだけであって熱力学の本質や特殊性を理解していることにはならない。それどころか世の中の大人の9割以上は中学の理科さえ忘れてしまっていて、中世と同じ流儀で熱現象、身の回りの物理現象をとらえているのだと思った。

熱のことがわからなくても生活上の問題が生じるわけではないが、そう言ってしまうと身も蓋もなくなる。人口の大半がそのような状況の中で、私たちは原発の今後を含めたエネルギー問題を判断していかなければならないことを忘れてはならない。


もし熱力学史をテーマに科学番組を作るとしたらどうなるだろう。2時間程度の番組では失敗の歴史を表面的に紹介するだけで終わってしまうので、かえって逆効果だ。失敗の歴史の重要性を本書と同じレベルで伝えるためにはそれぞれの科学者の考え方や、当時の科学や社会的な状況を詳しく解説する必要がある。となるとNHKの大河ドラマ並みに毎週1時間、1年くらいの放送時間が必要になるだろう。あくまで一般教養としての話だ。熱力学を理解するだけのためならその歴史をすべて知る必要はない。


19世紀の半ばに電気と磁気の性質が次々と明らかにされていく中で、それらがエネルギーの一形態であることが理解され、同じ発想のもとに熱とエネルギーの交換性も明らかになってきた。ただし熱についてはカルノーの理論で示されるように、他のエネルギーにはない特殊性が見つかっている。

第3巻で熱力学が完成するまでの歴史が紹介される。突破口はすでに開かれている。完成までの道のりは順調にいくのだろうか?楽しみである。


熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆」(Kindle版
熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆」(Kindle版

  


関連記事:

熱学思想の史的展開〈1〉:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d1b18caf10c0e9a10baff20434eb9ffc

熱学思想の史的展開〈3〉:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c4f5c84e9854ddd2e60a1300044c9efc


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熱学思想の史的展開〈2〉:山本義隆」(Kindle版


第3部:熱量学と熱量保存則

第13章:熱量学の原理の提唱--ラプラスとラヴォアジェ
- クロフォードの動物熱理論
- ラヴォアジェの問題意識
- ラプラスの問題意識
- 一般的《熱量保存則》の提唱
- 潜熱概念の拡張
- アーヴィン理論への反証

第14章:気体の熱膨張と温度概念批判--ラプラス、ゲイ=リュサック、ドルトン
- アモントンとその後
- フランス革命のもたらしたもの
- ラプラスによる問題提起
- ゲイ=リュサックの測定
- ジョン・ドルトン
- ドルトンの温度目盛
- 普遍的温度目盛の追求

第15章:断熱変化と気体比熱をめぐって--《比熱変化論》と《比熱・潜熱理論》
- ドルトンによる断熱変化の測定と解釈
- 音速の問題をめぐって
- ゲイ=リュサックの実験
- ドラローシュとベラールの比熱の測定

第16章:解析的熱量学の完成--ラプラスとポアソン
- 解析的熱量学の前提
- 断熱変化の問題(1816年)
- 熱量保存則の意味
- ふたたび断熱変化をめぐって(1823年)
- 熱量保存則の問題点

第17章:「熱運動論」は何ゆえに非力であったのか--「ラムフォード神話」をめぐって
- 進歩史観の誤謬
- 「ラムフォード神話」の実態
- 摩擦熱と熱素説
- ラムフォードの語る「運動」の実態
- ラムフォードの実験とジュールの解釈
- 熱素説と熱量保存則
- 気体分子運動論について

第4部:熱の動力--カルノーとジュール

第18章:新しい問題の設定--熱の「動力」--カルノーとワット

- カルノーの忘れられた論文
- カルノーの前提と問題設定
- 熱素説と熱的宇宙論
- カルノーの熱的自然観=社会観
- ワット以前の蒸気機関の発展と欠陥
- ワットの改良-分離凝縮器
- ワットの改良-膨張原理
- P-V図と仕事量の表現
- 高圧機関とフランスにおける発展

第19章:理想的熱機関の理論-カルノーの定理
- カルノー論文の目的
- カルノーの予備定理とその背景
- カルノー・サイクル
- カルノーの定理

第20章:カルノー理論の構造と外延-熱力学の第1ページ
- カルノー理論の前提
- カルノーの定理の解析的表現
- カルノー関数の実験的決定
- カルノー理論の外延と気体定理
- 議論の再構成と熱力学の意義

第21章:間奏曲-熱波動論の形成と限界-ヤング、ヒューエル、カルノー
- 19世紀以前の状況
- ヤングの光と熱の波動論
- 熱にたいする実証主義的不可知論
- ヒューエルの熱波動論
- カルノーの遺稿と熱力学第1法則

第22章:<力>の保存と熱の仕事当量-ローベルト・マイヤー
- 特異点ローベルト・マイヤー
- 最初の論文の基調
- <力>とその保存則
- <力>の顕現形態としての熱
- 普遍定数としての熱の仕事当量

第23章:熱と仕事の普遍的互換性の証明-ジェームス・プレスコット・ジュール
- 電磁気学の前線の拡大
- 先駆者ファラデーと<力>の統一
- ジュールの出発点
- 電磁誘導と熱の力学的生成
- 熱の仕事当量Jの最初の決定
- その後のJの決定と熱素説の否定
- 流体摩擦の実験とジュールの勝利

第24章:熱の特殊性とエネルギー変換の普遍性-ウィリアム・トムソンのジレンマ
- トムソンとジュールの出会い
- トムソンのこだわり
- 熱の特殊性を無視するジュール
- 熱の特殊性に固執するカルノー
- トムソンのジレンマ
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6 コメント

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むつかしー (hirota)
2013-02-12 13:21:13
僕も未だに熱力学を理解したと言えませんからねー
力学,電磁気学,相対論が一直線に理解できたのと比べると、各定義やカルノーサイクルが分かっても良く分からない霧に包まれてる感じです。
Re: むつかしー (とね)
2013-02-12 19:15:04
hirotaさん

そうですよね。
この山本先生の本は、混迷を極めた発展史を忠実に解説しているので、一般の教科書に輪をかけて「むつかしー」です。
法則は3つ、それもシンプルなものなのに、理論の体系や論理がこんなにわかりにくいという事実に、僕は不思議を覚えるようになってきました。

記事の中では「科学番組にしたら」と書きましたが、どう料理しても一般視聴者が理解できるレベルの番組は作れませんよね。第3巻に入ってそのことがはっきりわかりました。
・・・ (アトム)
2013-02-13 07:05:58
読もうと思っててなかなかよめない三冊。とねさんの感想をみて、また読むのを先延ばしする理由ができた(笑)。
アトムさんへ (とね)
2013-02-13 09:38:09
確かにこの本は熱力学を大学の教科書で理解した者にとっても難しいので読みにくい本です。

でも、どのような順番でどういうことが発見されてきたかということを知ると、昔の科学者がどれくらい苦労したかがわかり、物理を「学ぶこと」と「開拓していくこと」の差がとてつもなく広いことがわかりました。
教科書などでたった1行で書かれている内容に、これほど多くの背景があったことに驚かされました。特にジュールの実験やワットの蒸気機関あたりのことについてです。

第3巻はさらに難しくなっていきます。
歯が立ちませんでしたが・・・ (トマト)
2013-11-13 23:27:32
科学好きの文系人間には歯が立ちませんでしたが・・・
熱素説とエネルギー&エントロピーについては辛うじてイメージを持てました。
 原発の本質が「熱を捨てる」装置である事はもっと知られて言いと思いました。
 それにしても山本さんは「知の巨人」ですなあ~~。
Re: 歯が立ちませんでしたが・・・ (とね)
2013-11-13 23:44:18
トマト様

はじめまして。コメントをいただき、ありがとうございます。

この本は「純理系」の僕にとっても難解な本でした。大学の物理学科で使う熱力学の教科書のほうがずっとやさしいです。
とはいえ、熱とは何かということについてこれほどまで深く、雄弁に語る本はこれからもずっとないことでしょう。

山本先生には健康に留意されつつ、これからも名著を出版していただきたいと思っています。

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