とね日記

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トポロジー入門: 松本幸夫

2015年10月01日 23時15分16秒 | 物理学、数学
トポロジー入門:松本幸夫」(オンデマンド版

内容紹介:
高校数学程度の素養をもった読者にトポロジーの初歩からその基本事項をていねいに紹介した最適の入門書。論理的理解と直観的理解が並行して進むよう、親切な工夫が凝らしてある。章末に練習問題,巻末に解答を付す。1985年刊行、308ページ。

著者について:
松本幸夫(まつもとゆきお)
1944年、埼玉県生まれ。東京大学理学部数学科卒業(1967)、学習院大学教授、東京大学名誉教授。日本数学会弥永賞受賞。
ホームページ: 
http://www.math.gakushuin.ac.jp/Staff/matsumoto_pr.html
インタビューのページ:
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/sci/top/kagakusanpo/matsumoto/matsumoto.html
松本幸夫先生「最終講義」「ご退職記念の会」:
http://www.math.gakushuin.ac.jp/~nobuhiro/mat-finlec/


理数系書籍のレビュー記事は本書で283冊目。

本書は5年ほど前に5000円ほどで購入していてそのまま手つかずになっていた。いま中古価格を見ると1万円を超えていることに驚いたがオンデマンド版がでているので品切れになることはない。とはいえオンデマンド版は8千円以上する。それだけ人気が高い名著だということなのだ。

トポロジー(位相幾何学)の本は「トポロジー とね日記でGoogle検索」すればわかるように、これまでたくさんの本を読んで紹介してきた。けれどもそれらはすべて数学の教科書ではない教養書であり「証明」はあまり重視されていない。教科書として読んだのはこれが最初の本である。いつか読みたいと思いつつそのままになっていたのだ。本は読まなければただの紙である。

表題は「トポロジー入門」。しかし証明をかなり厳密にしているスタイルをとっているので扱っているテーマは「ホモトピー」に限られている。「ホモトピーって何?」という段階の方は本書を読むのはきついと思う。もっと易しい入門書、たとえば次の4冊をまず読んだほうがよい。特に最初の2冊が初心者向け。

「トポロジー万華鏡〈1〉:小竹義朗、瀬山士郎、村上斉」(紹介記事
「トポロジー万華鏡〈2〉:玉野研一、深石博夫、根上生也」(紹介記事
「トポロジーの世界: 野口廣」(紹介記事
「トポロジー―基礎と方法: 野口廣」(紹介記事


また本書と同じく厳密な証明を含んだレベルの教科書で「ホモロジー」を学びたいののであれば次の本をお勧めする。これも名著なので近いうちに読みたい。

「トポロジー:田村一郎」(オリジナル版)(オンデマンド版


前置きが長くなったが「トポロジー入門:松本幸夫」の紹介を始めよう。

本書は9月上旬に読み始めた。Amazonの内容紹介では「高校数学程度の素養をもった読者に」と書かれていたので「シルバーウィークの終わりまでには読めるだろう。」とたかをくくっていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。章立ては次のとおりなのだが、すらすら読めたのは第4章の基本群まで。シルバーウィークが始まった頃に第5章を読み始めたのだが5日間の休暇中読みふけっていたにもかかわらず付録Bを読み終えたのが昨夜のこと。第5章と第6章はページ数もあり、難儀だった。(優秀な)高校生が読めるのは第4章までだというのが僕の持った感触だ。

第1章:空間と連続写像
第2章:位相
第3章:連結性
第4章:基本群
第5章:ファンカンペンの定理
第6章:いくつかの応用
付録A:距離空間について、点列によるコンパクト性と開被覆による定義とが同等なことの証明
付録B:まつわり数

第1章から第4章までは位相や位相空間、連結性、群論の入門書など現代数学の入門領域をとても分かり易く教えている。僕はこれらを他の本で学んでいるので、効率的な復習になった。本書全体に通じて言えることだが、定理の紹介や証明など難しい部分と図示やたとえ話、具体的な例をもちだした直観的な解説が交互にバランス良く書かれているのが特長だ。

第4章の「基本群」を理解するのがトポロジー(ホモトピー理論)の第1歩である。コーヒーカップとドーナツが同じだとみなすのがトポロジーだというのはよく聞く話だと思うが。トポロジーは物や空間の「つながり方(大ざっぱに言えば形)」を研究するのが目的だ。「つながり方」を数のパターンや穴の数やオイラー数など「位相不変量」と呼ばれる「空間や物体のつながり方を特徴づける数」であらわし、実際に見たり触ったりできない状況でもその形をあらわし、他の人に伝えることができる手法なのである。「数のパターン(厳密に言えば数などからなる集合と演算の組み合わせが構成するパターン)」というのが「群論」であり、基本群というのはそれぞれのつながり方(形)に対応している群のことだ。

たとえば正方形や三角形、円の形をした2次元の面は同じつながり方をしていて、それらの基本群は「e」とよばれる群の単位元そのものでり、1次元の円周(つまり円環)の基本群は加法群「Z」である。加法群Zとはつまり整数のことだ。これは1次元の円周にホモトピー理論ではひもを巻きつけるとき、右回りに巻ける回数が1、2、3...と正の整数であることに対応し、左周りに巻ける回数が-1、-2、-3と負の整数にであることに対応していることを意味している。

自分は目が見えるし手も使えるから形とかつながり方なんてそんな難しい群論を持ち出さなくてもと思うかもしれない。けれども超弦理論の余剰次元はコンパクトに丸められた6次元空間で、私たちには見ることも触ることも、そしてその形やつながり方を想像することすらできない。このような状況で形をあらわす有効な手段となるのが基本群であり、トポロジーである。先日の朝日カルチャーセンターの講座で大栗博司先生は「カラビ・ヤウ空間は計量が定義できないので距離すらわからない。」とおっしゃっていた。距離を気にしないのがトポロジーである。「つながり方」という幾何学の世界を「数や群」という代数学の世界に結びつけることで何次元の形であっても私たちはそのつながり方を理解できるようになるわけだ。

第5章で長々と厳密な形で証明するのが「ファンカンペンの定理」だ。形があるものはくっつけて複雑な形にすることができる。この定理は円環と円環をくっつけてできる8の字形のリングの基本群を表すためのものだ。円環の基本群はわかっているがそれを2つもってきてどのような計算をすれば8の字形の基本群になるのだろうか。その計算がいわゆる「融合積」と呼ばれているものになる。詳しくは本書で学ぶか、次のPDF資料を参考にしてほしい。

ファンカンペンの定理(証明)
http://kyokan.ms.u-tokyo.ac.jp/~tsuboi/ki2-2009/20091014.pdf

円環を2つくっつけるのはトポロジーの世界の2歩目である。いろいろな形の物体をくっつけて基本群を求めることができるわけだが、それは第6章でたっぷり学ぶことになる。この章はページ数も多く、難しくなってきたので本当にきつかった。特に被覆空間あたりから特にきつかった。

とはいえすごく面白いと思ったのが閉曲面(閉じた2次元の面)の分類をしている箇所。どうしてそう分類されているのかは証明されていなかったけれどそれについては本が紹介されていた。「トポロジー(サイエンスライブラリ理工系の数学):加藤十吉」という本だそうである。

なんと2次元の閉曲面は2つのグループに分類され、第1グループは「向き付け可能」であり、第2グループは「向き付け不可能」であるという。(参考:向き付け可能性

第1グループ)S^2またはnT^2(n≧1)

第2グループ)nP^2(n≧1)

つまり第1グループの最初のは円や正方形のような形、後のほうは種数(穴の数)がn個のトーラス(ドーナツ形の表面)のことで、第2グループは種数n個の射影平面のことである。射影平面は2次元の空間(面)あるいは物体であるが3次元空間には埋め込むことはできず4次元以上の空間にしか埋め込むことができない「2次元の形」である。

僕がなぜこれが面白いと感じたかといえば「トポロジカル宇宙(完全版):根上生也著」の記事で紹介した「サーストンの幾何化予想」(ペレルマンがもう証明してしまったので「サーストンの幾何化定理」なのもしれない)を思い出したからだ。この予想は3次元の空間の分類についてのもので、いわば上の2次元の閉曲面の場合から1つ次元を増やした世界に相当する。つまり僕らの住んでいる3次元空間のとりうる種類を述べたものだ。記事に含まれている図を見てわかるように8種類あるというのがその答だ。8種類それぞれの形の横に書かれている英数字の記号が形をあらわしている。次元を1つ上げただけで、問題はずいぶん難しくなるのだ。

このような感じで本書をなんとか最後まで読み終えることができた。


このほかにも松本先生はトポロジーの本をお書きになっている。それは次の2冊でリンクをクリックしていただあくとそれぞれの紹介記事をお読みいただける。

「トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著」(紹介記事

初学者はまずこの本をお読みになるとよい。とはいえ後半は高度な話題なので、記事の上のほうで紹介した入門書4冊よりはずっと難度が高い。理解できないながらも最先端のトポロジーの不思議と凄さを垣間見ることができる小型本である。

「増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫」(紹介記事)(2016年8月に新版が刊行された。)

大型本。初心者から専門家まで楽しめる科学教養書と教科書の中間的な本である。最先端の定理まで紹介してあるのと、証明をかなり省いて数多くの話題を提供するので、難しいと感じる方も多いだろう。今回紹介した「トポロジー入門:松本幸夫」には触れていない話題がたくさんあるので両方お読みになることをお勧めする。


お知らせ:

ところで松本先生は今月朝日カルチャーセンター新宿教室で2つの講座を教えられるそうだ。ひとつは土曜日1日(2時間)の講座でもうひとつは金曜夕方(2時間を3回)の講座である。都内近郊にお住まいの方はぜひ受講していただきたい。

「多様体」超入門:現代幾何学が解き明かす「曲がった空間」
土曜 15:30-17:30 10/10 1回:(講座詳細)(学生会員はこちら)(感想記事

現代幾何学入門:多様体とトポロジー
金曜 18:30-20:30 10/23~11/13 3回:(講座詳細)(学生会員はこちら
なおこちらの講座の参考書は「トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著」だそうである。


関連記事:

トポロジーへの誘い―多様体と次元をめぐって:松本幸夫著
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fc45854ef67aafbff51ce9432bd6184c

増補新版 4次元のトポロジー:松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/286e47e23e3dc4d1c6596d19c78720e5

多様体の基礎: 松本幸夫
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a372a9ed92d55474cdbbb707922dc353


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トポロジー入門:松本幸夫」(オンデマンド版



まえがき

第1章:空間と連続写像
- いろいろな図形
- 連続曲線
- ユークリッド空間と距離空間
- 連続写像と同相写像

第2章:位相
- 閉集合、開集合、位相空間
- コンパクト空間

第3章:連結性
- 連結性
- 弧状連結性

第4章:基本群
- 道の変形
- 群
- 基本群
- 写像のホモトピー

第5章:ファンカンペンの定理
- 自由積と融合積
- ファンカンペンの定理

第6章:いくつかの応用
- 群の表示
- 空間の工作と閉局面の基本群
- 被覆空間
- 結び目

付録A:距離空間について、点列によるコンパクト性と開被覆による定義とが同等なことの証明
付録B:まつわり数
演習問題解答

あとがき
索引
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16 コメント

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松本幸夫先生 (アルキメデス)
2015-10-02 09:25:28
とねさんおはようございます

明日退院です
内視鏡検査したら
思ったほどよくなってないな

う~ん 数学書読み過ぎたから

松本幸夫先生の顔 雰囲気 見てみたいものです

返信する
Re: 松本幸夫先生 (とね)
2015-10-02 09:51:30
アルキメデスさん
ご退院おめでとうございます。
退院後もしっかり養生なさってください。
松本先生のお顔は、今回の記事に貼り付けたインタビュー記事で僕も初めて知りました。
優しそうな方ですね。
返信する
 (hirota)
2015-10-02 13:11:34
>2次元の閉曲面は3種類に分類
2種類でしょう。

僕のトポロジーの認識は「形」と言うより「つながり方」の研究ですね。
昔(高校生の頃)、数学セミナーで連載されてたトポロジーで2次元の閉曲面の分類があったんですが、向き付け可能/不可能って直感的には法線の向きで考えそうですが、向き付け不可能な曲面は3次元には入らず4次元だと法線が決まらないので困ると思ったら、なんと「小さな渦巻き」を使って定義するというのを読んで、うまいことやる!と感心した覚えがあります。
曲面上の「渦巻き」を平行移動して「右巻き」が「左巻き」になるなら向き付け不可能なわけです。
返信する
hirotaさんへ (とね)
2015-10-02 14:25:07
hirotaさん
ご指摘ありがとうございます。おっしゃるとおり「つながり方の研究」と書いたほうが正確ですので、厳密に表現したほうがよいところは修正しておきました。ただ「形」という表現も文脈を判断しながら残してあります。

また「3種類に分類」という箇所は「2グループに分類」と表現をなおしました。ただしS^2とnT^2はトポロジーでは区別すべき2つですのでこれを2種類と数えることは問題ないと思っています。

> 4次元だと法線が決まらないので困ると思ったら、なんと「小さな渦巻き」を使って定義するというのを読んで、うまいことやる!と感心した覚えがあります。

これは興味深い方法ですね。大いに刺激をいただきました。
返信する
Unknown (ふくちゃん)
2015-10-02 16:23:52
こんにちは!

松本幸夫先生の本はとても良い本が多いですよね!

閉曲面の分類の証明の目的で、
加藤先生の本を読むのは若干重い気がしますね
(もしかしたら、ぼくが他の本と勘違いしてるかもしれませんが)。
最近では
前原 濶・桑田 孝泰『絵ときトポロジー』共立出版
という本が出ていて、証明も込めて書いてありますし、
絵がたくさんあって読みやすいです。
また、この本の最後の章の配置空間の話では、
高次元空間を工学(っぽい話)へ応用する例が書いてあって、面白いと思いますよ
(トポロジーの話を使って2次元に落とすので、
高次元空間のトポロジーの話とは違いますが・・・)。
返信する
ふくちゃんへ (とね)
2015-10-02 16:53:09
ふくちゃんへ
こんにちは!
そう、松本先生の本はどれも素晴らしいと思います。
加藤先生の教科書は「位相幾何学」というタイトルのを持っていますが、難しくてとても読めそうにありません。
『絵ときトポロジー』はよさそうですね。この本のことは知りませんでした。購入予定リストに加えておきます。ご紹介いただき、ありがとうございました。
返信する
分子の対称性 (やす)
2015-10-03 11:37:38
大学で学んだ群論は、分子の対称性を理解するためのものでした。

少し前のサリドマイドに関する記事やリンクの記事にもあったように、分子の鏡像体の右か左かで生理活性が全くことなるなど、分子の対称性は重要だということを教わったものです。

大学では有機合成化学専攻し、工学的な新規性や有用性のある新しい合成経路の発見や新物質の発見をテーマとした講座に居たので、量子化学、熱力学、電気化学、反応速度論、平衡理論などの上澄みをうまく組み合わせることが主眼でした。

合成ターゲットの分子があって、それをどのような原料物質から、どうやって合成するのか、これを考えるのが楽しく、まるで料理人と同じだなぁと思ったものです。とにかく美味しい料理を作ったものが勝ち、という雰囲気がありました。

そのまま大学に残った同級生などは、頭もよく努力もして、それぞれの理論の詳細や基礎からの理論の理解をしていました。(私は深さを追求するのは太刀打ちできないので、広さを求める路線で、いまだにもがいています)

うわっつらだけの群論しか知らないので、カラビ。ヤウ空間の理解、つまりは宇宙の起源の理解にせまるルーツになるなどを知って、チョットした感動を覚えます。
返信する
Re: 分子の対称性 (とね)
2015-10-03 14:10:38
やすさん
そのような分野を専攻なさっていたのですね。余力がでてきたら僕も無機化学、有機化学、分子生物学あらりまで手を伸ばしたいと思っています。勉強しながらブログを書き始めて10年近くなりますが、何事も長く続けることが大切ですね。
返信する
Unknown (マリを)
2015-10-10 21:35:15
はじめまして。

今日この記事に触発され、松本先生の講座を聞きにいってきました。
数学の講義は大学を卒業して以来でしたが、
大変楽しく受講できました。

とねさんが記事にしてくれたおかげです。

休日に家で黙々と勉強する以外に、
科学や数学にふれあう機会があるのはいいですね。
これからも機会があれば参加してみたいと思います。
(懐具合が心配ですが・・・)

これからもブログ楽しみにしております。
返信する
マリを様 (とね)
2015-10-10 23:26:51
マリを様
はじめまして。コメントありがとうございます。
僕も今日の講座を受講していました。マリを様は同じ教室にいらっしゃったのですね。僕は最前列から2番目、先生の前あたりに座っていました。
2時間の講義の最後のほうで「学問の領域としての微分幾何学、微分位相幾何学、多様体の違いはどのようなものでしょうか?」と質問したのが僕です。
連休中に今日の講義の感想記事を書きたいと思っています。
3日間に渡って行なわれる講座のほうは、会社の残業で行けなくなる可能性が高いので、残念ながら受講することはできないと思います。

これからもよろしくお願いいたします。
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