「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」
内容紹介
本書の主題である超ひも理論は、相対性理論と量子力学の対立という、物理学最大の難問を解決する。そればかりではない。宇宙の本当の姿を映し出し、万物を説明し尽くす根本の理論、究極の理論であると考えられている。世界は11次元のひもで出来ている! この驚くべき前提から美しい理論が立ち上がり、いまや宇宙の全てを説明し尽くそうとしている。宇宙の本当の姿とは?第一線の研究者である著者が、巧みな表現で描く超ひも理論の最新成果から、驚くべき宇宙の姿が明らかになる。
著者略歴
ブライアン・グリーン
超ひも理論研究者。ハーヴァード大学を卒業後、オクスフォード大学で博士号取得。現在はコロンビア大学物理学・数学教授。超ひも理論の権威ウィッテンから「現役ひも理論研究者のなかでも指折り」という評価を受ける一方で、超ひも理論を普通の言葉でわかりやすく語れる数少ない物理学者の一人でもあり、これまでに二〇ヵ国以上で一般向けの講演を行って超ひも理論を解説、テレビ番組などへの出演も多い
翻訳者略歴
林一:昭和薬科大学名誉教授
林大:東京大学卒業
理数系書籍のレビュー記事は本書で239冊目。
「大栗先生の超弦理論入門」の次にお読みになるとよい本。実をいうと僕はこの本を読んでいなかった。
本書が出版されたのは2001年。もう12年も前のことになる。社会人になってから僕が物理学にのめり込み出したのが2006年だからこの本はその当時に買って読み始めていた。「超弦理論の理解を目指す」と宣言していながらも、当時の僕にはこの本は受け付けられず、半分くらい読んでそのまま放置していた。その理由は次のようなものだ。
- 当時の僕は本格的に教科書で物理学を学んでいず、これから順番にきちんと積み上げる形で学ぼうと思っていた。だから超弦理論の10次元の世界があまりにも突拍子もないものに思え、心理的に拒否してしまった。
- アメリカ人が書いたポピュラーサイエンス系の本は文章が冗長で分厚いものがほとんどでこの本も570ページある。ブルーバックスのようにもっと簡潔にまとめられた本のほうが好みだった。
- ミチオ・カク博士の「パラレルワールド」にくらべて、本書は「たとえ話」が多い。その当時の僕はたとえ話ではぐらかされてしまったような気分になり不快感を持ってしまった。
ところがそれから7年が経ち、物理学をひととおり学んでみると同じ本に対する印象が全く違ったものになったのだ。今年は大栗先生の超弦理論の講座を受講し、著書も読ませていただいたこと、そして「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」という教科書で学び、もっと詳しく知りたくなったからだと思う。
超弦理論は膨大な理論体系であるし誕生して間もないので変化が激しい分野なので、研究者によって取り上げるポイントやカバーする範囲が違ってきてしまうものだ。本書は日本で紹介された本の中では比較的早い時期のものであること、かなり深いレベルまで掘り下げて解説していること、カバーしている範囲が広いのでこれまで学んできたことが超弦理論発展史の中でどのような位置にあるのかを知るためには都合がよい。
この世界は10次元時空だという突拍子もない「仮説」についても、これまでさんざん読んだり聞いたりしてきたから7年前よりだいぶ抵抗感がなくなっている。
年末年始には科学系の本を読んで過ごす人も多いと思うので、ブライアン・グリーン博士やリサ・ランドール博士の書いたポピュラー・サイエンス系の本を読んで紹介することにした。それは僕自身にとっても今後の勉強を進める上で、現在最先端の物理学者たちが考えている世界を知っておくことは頭の整理になると思う。まだ知らないことも見つかるかもしれない。7年前は半ばSFとして、今は物理学上の仮説としてきちんと受け止めることができるわけだ。
この分厚い本のすべてをここで解説することはできないので、これまでに僕が読んだ超弦理論についての本と対比する形でトピック別に紹介しよう。
相対性理論、量子力学について
一般向けに書かれた物理学の本は読者に前提知識を要求してはならなないので、相対性理論や量子力学の説明を含めざるを得ない。その結果、僕たちは何度も似たような文章を読まされることになってしまう。この2つの分野については本書よりももっとよい本がいくらでもあるので、本書での説明は読み飛ばしてもよいと思った。
本書に「たとえ話」が多いことはすでに述べたが、相対性理論と量子力学の解説に割かれている部分についても同様だ。上手に説明されているので、これらの分野の本を読んだことがない方は、本書で概要を知るのもよいだろう。ただし、もっと詳しく書かれた本を読むのに越したことはない。
なお、本書では「特殊相対論 vs 量子力学」、「一般相対論 vs 量子力学」という2つの取上げ方をし、超弦理論へ誘導している。
カラビ-ヤウ空間について
本書の特長はカラビ-ヤウ空間について多くの説明がなされていることだ。6次元ある余剰空間のトポロジーのあり方は現在でもまだ定説がない状況である。その中でカラビ-ヤウ空間はとても複雑なため一般向けの本や入門者用の教科書で詳しく解説することができない。実際「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」でも、カラビ-ヤウ空間が図とともに紹介されているだけで、その内容には立ち入っていない。
本書ではカラビ-ヤウ空間も含めて超弦理論で扱われる空間のトポロジーが数多くの図によって示されるとともに、詳しい解説がなされているという点で際立っている。これは他の本にはない特長だ。
超弦理論で要請される次元数について
弦理論や超弦理論で要請される時空次元が10次元や26次元になることはもちろん述べられているが、なぜそうなるかは解説されていない。
空間の余剰次元、次元のコンパクト化について
空間の次元数が6であることやコンパクト化についても解説が行なわれている。本書の特長はどのようなメカニズムでコンパクト化が行われるのかという理由が仮説として解説されていることだ。
空間が裂けることについて
「幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン」という記事では、数学的空間が曲がるだけでなく相対性理論で導かれるように物理的な空間も曲がることについて書いた。
ところが本書には物理的な空間は曲がるだけでなく穴が開くこともあることが書かれている。連続的な空間に穴が開くためには、まず空間が裂けなくてはならない。本書では空間が割け、修復される過程がカラビ-ヤウ空間で起こりえることが図を示しながら詳しく解説されている。これは「フロップ転移」と呼ばれる著者のブライアン・グリーン博士ご自身が発見した仮説であり、本書でのみ知ることができる。グリーン博士にとってこの世界は曲がったり裂けたりする10次元の時空の織物なのだ。
超弦理論の研究手法について
超弦理論で扱われる空間の研究は高度なトポロジーや代数を使って行なわれる。上記のカラビ-ヤウ空間や「空間が裂けること」はこの分野の第一人者エドワード・ウィッテン博士によっても数学的に検証された。しかし、グリーン博士は数学的な手法を同僚研究者の協力のもとコンピュータによる計算によって裏付けたことが紹介されている。このことは僕にとって目新しかった。物理学者であれ、数学者であれ、自分でプログラミングできるにこしたことはない。
5つの超弦理論と双対性について
超弦理論が5つでてきてしまうことや、コンパクト化された次元の半径と巻き付く弦の巻き数の間の関係、つまり超弦理論の双対性についてとても詳しく解説されている。さらに5つの超弦理論についての関係についての解説は本書がいちばん詳しかった。ページ数がページ数だけに他の本と比べるのは不公平かもしれないが。
M理論、11次元超重力理論
5つの超弦理論は11次元時空で成り立つM理論としてウィッテン博士が提唱したことが詳しく解説されている。さらに本書では11次元超重力理論もこの枠組で説明されているのが他の本にはない特長だ。図示するとこのようになる。これは「双対性のウェブ」と呼ばれている。
Dp-ブレインについて
「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」の感想として「Dp-ブレインとM理論や超弦理論の関係がよくわからない。」と書いたが本書で理解することができた。上記の双対性のウェブの図はヒトデの形をしているが、その「手」のところに位置する理論は「(私たちの世界がそうであるような)低エネルギーの世界」で、ヒトデ型の中心に行くに従って「高エネルギーの世界」なのだという。本書には「Dp-ブレインが存在するのは高いエネルギー領域であると予想される。」と書かれていた。
等価な2つの物理法則の解釈について
超弦理論の持つ双対性という性質によって、2つの異なる物理法則が等価であり区別がつかないということが導かれる。「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」にもこのことについて解説があったのだが「2つの物理法則がある」ということの解釈が僕にはよくできていなかった。それは2つの異なる物理的な世界が存在するという意味なのか、それとも2つの異なる物理現象が等価であり片一方を証明すれば他方も自動的に証明されるということなのかという2つの解釈だ。
本書では空間のスケールをどんどん小さくしていき、その極限として想定されるプランク長よりも小さい世界に物理法則は存在するのかという疑問を提示し、私たちにはプランク長より小さい世界を見ようとすると、超弦理論の双対性によって「長さの逆転現象」が起きるため、見ることのできる世界には限界があることが示されている。つまり本書で紹介されている「2つの異なる物理法則」とは同時に存在している2つの世界のうち常に片一方しか私たちが認識できていないということを意味していることになる。つまり2つの物理法則とは1つの物理現象の裏と表なのだ。
双対性、鏡映対称性がもたらす恩恵について
超弦理論での問題解決は高度なトポロジーの計算が必要になるため物理学者と数学者の協力がとても重要だ。しかし双対性や鏡映対称性という性質によって、高度で複雑な問題をそれと等価な問題に言い換えることができ、幸いなことに元の問題よりも簡単に解くことができるようになる。これは物理学者にとっても数学者にとっても研究を勧めていく上で大きなメリットである。
超対称性について
本書は超対称性や超対称性を前提とした重力理論について、きわめて肯定的で詳しい解説がされている。
摂動論的アプローチと非摂動論的アプローチについて
素粒子の標準理論の成功は素粒子どうしの相互作用を「摂動論」という近似的な計算方法を使って解くことによってもたらされた。相互作用のしやすさは「結合定数」によってあらわされ、ファインマン・ダイヤグラムを使って「あらゆる可能性」を加味することで計算される。本書ではそれを「弦の相互作用」として拡張する形で説明されるのだが、摂動論的アプローチでは計算が発散して解けない場合があることが示される。そのために超弦理論ではより厳密な「非摂動論的アプローチ」が採られること、それが非常に難しい数学を必要とすることが紹介されている。
ブラックホール、ホーキング・パラドックスについて
ブラックホールの熱力学、エントロピー、情報問題についても詳しく解説されている。有名な「ブラックホールの情報問題」は結局ホーキング博士の敗北で決着がついたが、本書が書かれたのはそれ以前のことなので「決着はまだついていない。」と書かれている。しかし前後の文脈を読めば彼にとって分が悪いことが想像できるような記述になっている。
非可換幾何学について
物理法則の非可換性は量子力学以降の物理学であらわれる性質だ。その本質は波動関数が複素数であることによる。また以前書いた「コンヌ博士の非可換幾何学へはどうたどり着けばいいのだろう?」という記事では現代の最先端の物理学と数学に密接な関係性があることに触れた。けれども僕にはこれら2つの文脈のつながりがよく理解できていなかった。つまり物理法則の非可換性がどうして非可換幾何学になるのかという疑問だ。
本書には疑問を解決するヒントが書かれていた。プランク長より大きい空間ではリーマン幾何学(=一般相対論で成り立つ幾何学)が成り立ち、プランク長よりも小さい世界ではコンヌ博士が提唱するような非可換幾何学が成り立つ可能性があるのだそうだ。もちろん前述したようにそのような極微の世界のことを私たちが検出したり観測したりすることはできない。ブラックホールの中心の特異点はそのようなプランク長より小さい世界であり、超弦理論によって問題が解決される可能性があることが述べられている。
宇宙の始まり、多宇宙、超弦理論の可能性について
本書もそうなのだが超弦理論についての本は宇宙論で締めくくられることがほとんどだ。極微の世界の法則は巨大な宇宙の法則と同等と見なされること、宇宙のはじまりは極微の世界であることは超弦理論のもつ双対性によって自然に予想されることだからだ。また無数のカラビ-ヤウ空間が導くものは無数の物理法則(=物理的な世界)であり、これが多宇宙の存在する可能性の理論的よりどころのひとつとなっている。しかし、ここまで話が膨らむと(僕も含めて)読者はちょっとついていけなくなるのも事実だ。可能性を言い出せばきりがない。
空間は幻想?ということについて
「大栗先生の超弦理論入門」ではブラックホールの内部の物理学が2次元の空間上の情報によって完全に表すことができることから「空間は幻想である」という主張がされていた。本書でも「空間は幻想」ということが述べられているが、大栗先生の本とはまったく違う観点からの説明だった。それは「宇宙の始まりより前」のことなのだ。そこには時間も存在しないから「前」という概念もないし、「空間」もない。そのような状況の中で「弦」だけは存在するというのだ。弦が振動することによって巻き取られた時空次元(10次元)が生成するという仮説が述べられている。そのうち3次元だけがコンパクトが解除されて長く伸びて私たちが認知している空間になるそうだ。この意味で空間は弦がもたらした幻想であるというのが本書での説明なのだ。
けれども弦の振動は「空間的」なものであることが超弦理論の前提であるから、これが矛盾に満ちた仮説であることをグリーン博士は認めている。そこで博士は「矛盾」というものも含めて私たち人間が理解する方法には「超えることのできない限界」があり、真実はそのような私たちの常識を超えているのかもしれないという説を展開している。
超弦理論はまだ誕生したばかりだということについて
本書は後半以降、超弦理論が生まれたばかりの理論であること、取りうる可能性が無数にあるという記述が増えていく。それはこの理論の持つ可能性であると同時に、信ぴょう性の意味においてまだまだ信用できないということでもある。超弦理論によって説明できないことを具体的に述べている点は誠実性を感じることができた。
グリーン博士はこの分野の研究者であるからもちろん肯定的に超弦理論をとらえている。しかし「~の可能性は否定できない。」とか「~であると証明できるようになるかもしれない。」という文が特に本の最後のほうでは多くなるので、読者には博士の希望が逆に働いてしまい「超弦理論はSFとほとんど変わらないじゃないか!」というネガティブな印象を与えてしまうのだ。
本書で触れられていない点について
本書の英語版が出版されたのは1999年なので、それ以降に発見された事柄やそれ以前であっても比較的新しい事柄は本書では触れられていない。つまり超弦理論を使って標準理論を構築すること、AdS/CFT、重力のホログラフィー原理、クォーク-グルーオンプラズマ現象の超弦理論による裏付けなどについては、まったく触れられていない。
巻末の「原注」がとてもよいこと
本文で解説しきれなかった点を巻末で補っている。「数学に興味のある方に~」という項目が多く、より正確に理解したい読者、これから専門書で学んでみようと思っている読者にとってはとても有益なことが書かれている。本書のこの部分は素晴らしいと思った。
本書の翻訳のもとになったのは「The Elegant Universe S.S.: Brian Greene」だ。
けれども2010年に新版がでているので、英語でお読みになるのだったらこちらをお買い求めになるとよいだろう。Kindle版もでている。
「The Elegant Universe: Brian Greene」(Kindle版)(紹介記事)
関連動画:
2003年にこの本をもとにして超弦理論を紹介するテレビ番組が放送された。番組は本の内容とはだいぶ違うが、超弦理論以前の物理学と超弦理論のあらましを美しいCGで紹介している。この番組のホストが、今回紹介した本の著者のブライアン・グリーン博士だ。そしてこの番組の醍醐味は、現代物理学の大御所の先生方が何人も出演されていることだ。日本語吹き替え版の番組や日本語版の本では超弦理論(=超ひも理論またはスーパーストリング理論、ストリング理論)のことを「ひも理論」として紹介している。
日本語音声、英語音声の動画を載せておく。英語音声のほうはリスニングの練習用にお使いいただきたい。この番組は3回シリーズとして放送されたが、日本語の動画は1-1から3-3の9個に分割されている。
美しき大宇宙 統一理論への道(吹き替え版): 再生リスト(一括)
個別再生: 1-1 1-2 1-3 2-1 2-2 2-3 3-1 3-2 3-3
The Elegant Universe 1/3 - Einstein's Dreams(英語音声+英語字幕): 再生リスト(一括)
個別再生: 01 02 03
次の動画では、ブライアン・グリーン博士が、この本をベースにした超弦理論を解説している。(英語音声)
Brian Greene lecture "The elegant universe", 2000-09-22: YouTubeで再生
関連記事:
The Elegant Universe: Brian Greene(エレガントな宇宙: ブライアン・グリーン)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2b2903774869aaa8aba063822ca2846a
宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218
宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e7d60b8a36b423ef5d42df59458804b7
隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1abbca21c0188f43d7d72af39287f2
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e8b34dc9e4a3d21e82de47960f2a07d
見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/943c5a3cf09a78c3b4e8e933ce379879
応援クリックをお願いします!
「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」
はじめに
第1部:私たちはどこまで知っているのか
第1章:なぜひも理論は重要なのか
- 現代物理学をつくった3つの衝突
- 物質の根源について私たちが知っていること
- 世界には4種類の力がある
- ひも理論の基本概念
- ひも理論はすべてを説明し尽くす?
- ひも理論の現状
第2部:相対性理論 vs 量子力学
第2章:空間、時間と特殊相対性理論
- 特殊相対性理論は直感のウソをあばく
- 特殊相対性理論の根拠その1--相対性原理
- 特殊相対性理論の根拠その2--光の速さ
- するとどういうことが起こるのか
- 時間への影響その1--同時性
- 時間への影響その2--時間の遅れ
- 速く動けば長生きできる?
- それにしても、どちらが動いているのか
- 運動している物体は短くなる
- 静止した物体は時間のなかを光速で進む
第3章:一般相対性理論によるゆがみと重力
- ニュートンの重力観とは?
- ニュートンの重力理論と特殊相対性理論は両立できない
- アインシュタインが考えついたこと
- 加速によって空間と時間はゆがむ
- 一般相対性理論の基本
- 警告をいくつか
- これでニュートン理論の矛盾は解決するのか
- 時間のゆがみ再考
- 一般相対性理論を実験で立証するには
- 一般相対性理論の予言--ブラックホールとビッグバン
- 一般相対性理論は本当に正しいか
第4章:量子力学は誰にも理解できない?
- 本当に量子力学を理解している人はいない
- 量子力学が生まれたきっかけ
- エネルギーには最小単位がある
- エネルギーがかたまりをなすとはどういうことか
- 光は波なのか、それとも粒子なのか
- 物質の粒子は波でもある
- 波とは何の波か
- もう一つの解釈--ファインマンの視点
- さらに奇怪なふるまい--不確定性原理
第5章:一般相対性理論 vs 量子力学
- ミクロの世界では粒子が発生と消滅をくり返す
- 重力以外の力の量子場理論
- 力を伝えているのはメッセンジャー粒子
- 重力の量子場理論だけ見つかっていない
- 一般相対性理論 vs 量子力学
第3部:ひも理論はすべてを説明し尽くすか
第6章:超ひも理論の本質
- ひも理論小史
- ひもは古代ギリシアのアトムか
- 粒子の性質はひもの振動のしかたで決まる
- ひもはとてもきつく張られている
- きつく張られたひもがもたらす3つの効果
- ひも理論は重力と量子力学の衝突を解決する
- 衝突の解決--大雑把な答え
- ひもは本当にひもなのか
第7章:超ひもの「超」の意味
- 物理法則の対称性とはどういうことか
- スピンとは何か
- 超対称性とは何か
- 超対称性の根拠--ひも理論以前
- ひも理論における超対称性
- 多ければいい、というわけではない
第8章:目に見えない次元がたくさんある
- この宇宙は本当に3次元か
- ホースの表面について考える
- ホース状宇宙の住人たち
- 次元がたくさんあれば力の理論が統一される
- その後のカルーザ-クライン理論
- ひも理論はさらに多くの次元を必要とする
- いくつかの素朴な疑問
- 新たな次元にはどのような物理的意味があるか
- 巻き上げられた次元はどんな姿をしているのか
第9章:ひも理論の証拠は実験でつかめるか
- ひも理論をめぐる批判の嵐
- ひも理論を実験で確証するには
- すべてのカラビ-ヤウ図形を検証する?
- スーパーパートナー粒子を探せ
- 分数の電荷を帯びた粒子が見つかれば
- 一発逆転でひも理論を確証する?
- 評価
第4部:超ひも理論と時空
第10章:宇宙をあらわす新しい幾何学
- 重力理論とリーマン幾何学の核心
- 宇宙が縮むとしたら何が起きるか
- ひもが空間に巻きつく
- 空間に巻きついたひもの物理学
- 見分けのつかない2つの宇宙
- 2つの答えをめぐる論争
- 3つの疑問
- 宇宙はおそろしく小さい?
- 宇宙はプランク長さより小さくはならない
- この結論はどれくらい一般的なのか
- 同じ物理を生み出すもの--鏡映対称性
- 鏡映対称性の物理学と数学
第11章:空間を裂く--ワームホールの可能性
- ワームホールをひも理論で考える
- 鏡映の視点から空間の引き裂きをながめる
- 証明に向けて少しずつ進む
- 戦略、現れる
- 最高の物理学者ウィッテンとの競争
- 半ダースのビールと週末の仕事
- 決定的瞬間をむかえる
- ウィッテンのアプローチ
- イエス、ワームホールは存在する
第12章:ひもを超えて--M理論を探す
- 第2次超ひも理論革命の要約
- 近似的方法とはどのようなものか
- 摂動論がいつもうまくいくとは限らない
- ひも理論への摂動的アプローチ
- 近似が近似になっているのか
- ひも理論の正確な方程式
- 双対性、現れる
- 対称性の威力
- ひも理論の双対性
- ここまでのまとめ
- 超重力理論にも双対性の兆候があった
- M理論のかすかな光
- M理論と相互関連の網
- 全体像を見わたす
- ひも以外の可能性--ブレンの民主主義
- これで、答えの出ていないひも理論の疑問が解決するのか
第13章:ブラックホールをひも/M理論で考える
- ブラックホールと素粒子は同じもの?
- ひも理論は前進を可能にするか?
- 確信をもって空間の織物を引き裂く
- Eメールの洪水
- ブラックホールと素粒子をふたたび考える
- 「溶ける」ブラックホール
- ブラックホール・エントロピー
- ブラックとはどのくらいブラックか
- ひも理論の登場
- ブラックホールをめぐる謎
第14章:宇宙論をひも/M理論で考える
- 標準宇宙モデルとはどのようなものか
- ビッグバンの証拠はあるのか
- プランク時間からビッグバンの100分の1秒後まで
- 標準宇宙モデルで説明できない謎--地平線問題
- インフレーション宇宙モデルの登場
- 超ひも理論が宇宙論にできること
- はじめにプランク・サイズのかたまりがあった
- なぜ3次元だけが拡がったのか
- ビッグバン直後、カラビ-ヤウ図形は激変した?
- はじまりの前?
- M理論があらゆる力を融合させる?
- 宇宙の存在理由--多宇宙、人間原理、そして究極理論
第5部:統一にむけて
第15章:ひも/M理論の未来
- ひも理論の根本原理は何か
- 空間、時間とは本当は何か、そして、なくてもすむのか
- ひも理論は量子力学の再定式化につながるか
- ひも理論は実験で検証できるか
- 説明に限界はあるのか
- 人間の梯子
訳者あとがき
推薦図書
原注
用語解説
索引
内容紹介
本書の主題である超ひも理論は、相対性理論と量子力学の対立という、物理学最大の難問を解決する。そればかりではない。宇宙の本当の姿を映し出し、万物を説明し尽くす根本の理論、究極の理論であると考えられている。世界は11次元のひもで出来ている! この驚くべき前提から美しい理論が立ち上がり、いまや宇宙の全てを説明し尽くそうとしている。宇宙の本当の姿とは?第一線の研究者である著者が、巧みな表現で描く超ひも理論の最新成果から、驚くべき宇宙の姿が明らかになる。
著者略歴
ブライアン・グリーン
超ひも理論研究者。ハーヴァード大学を卒業後、オクスフォード大学で博士号取得。現在はコロンビア大学物理学・数学教授。超ひも理論の権威ウィッテンから「現役ひも理論研究者のなかでも指折り」という評価を受ける一方で、超ひも理論を普通の言葉でわかりやすく語れる数少ない物理学者の一人でもあり、これまでに二〇ヵ国以上で一般向けの講演を行って超ひも理論を解説、テレビ番組などへの出演も多い
翻訳者略歴
林一:昭和薬科大学名誉教授
林大:東京大学卒業
理数系書籍のレビュー記事は本書で239冊目。
「大栗先生の超弦理論入門」の次にお読みになるとよい本。実をいうと僕はこの本を読んでいなかった。
本書が出版されたのは2001年。もう12年も前のことになる。社会人になってから僕が物理学にのめり込み出したのが2006年だからこの本はその当時に買って読み始めていた。「超弦理論の理解を目指す」と宣言していながらも、当時の僕にはこの本は受け付けられず、半分くらい読んでそのまま放置していた。その理由は次のようなものだ。
- 当時の僕は本格的に教科書で物理学を学んでいず、これから順番にきちんと積み上げる形で学ぼうと思っていた。だから超弦理論の10次元の世界があまりにも突拍子もないものに思え、心理的に拒否してしまった。
- アメリカ人が書いたポピュラーサイエンス系の本は文章が冗長で分厚いものがほとんどでこの本も570ページある。ブルーバックスのようにもっと簡潔にまとめられた本のほうが好みだった。
- ミチオ・カク博士の「パラレルワールド」にくらべて、本書は「たとえ話」が多い。その当時の僕はたとえ話ではぐらかされてしまったような気分になり不快感を持ってしまった。
ところがそれから7年が経ち、物理学をひととおり学んでみると同じ本に対する印象が全く違ったものになったのだ。今年は大栗先生の超弦理論の講座を受講し、著書も読ませていただいたこと、そして「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」という教科書で学び、もっと詳しく知りたくなったからだと思う。
超弦理論は膨大な理論体系であるし誕生して間もないので変化が激しい分野なので、研究者によって取り上げるポイントやカバーする範囲が違ってきてしまうものだ。本書は日本で紹介された本の中では比較的早い時期のものであること、かなり深いレベルまで掘り下げて解説していること、カバーしている範囲が広いのでこれまで学んできたことが超弦理論発展史の中でどのような位置にあるのかを知るためには都合がよい。
この世界は10次元時空だという突拍子もない「仮説」についても、これまでさんざん読んだり聞いたりしてきたから7年前よりだいぶ抵抗感がなくなっている。
年末年始には科学系の本を読んで過ごす人も多いと思うので、ブライアン・グリーン博士やリサ・ランドール博士の書いたポピュラー・サイエンス系の本を読んで紹介することにした。それは僕自身にとっても今後の勉強を進める上で、現在最先端の物理学者たちが考えている世界を知っておくことは頭の整理になると思う。まだ知らないことも見つかるかもしれない。7年前は半ばSFとして、今は物理学上の仮説としてきちんと受け止めることができるわけだ。
この分厚い本のすべてをここで解説することはできないので、これまでに僕が読んだ超弦理論についての本と対比する形でトピック別に紹介しよう。
相対性理論、量子力学について
一般向けに書かれた物理学の本は読者に前提知識を要求してはならなないので、相対性理論や量子力学の説明を含めざるを得ない。その結果、僕たちは何度も似たような文章を読まされることになってしまう。この2つの分野については本書よりももっとよい本がいくらでもあるので、本書での説明は読み飛ばしてもよいと思った。
本書に「たとえ話」が多いことはすでに述べたが、相対性理論と量子力学の解説に割かれている部分についても同様だ。上手に説明されているので、これらの分野の本を読んだことがない方は、本書で概要を知るのもよいだろう。ただし、もっと詳しく書かれた本を読むのに越したことはない。
なお、本書では「特殊相対論 vs 量子力学」、「一般相対論 vs 量子力学」という2つの取上げ方をし、超弦理論へ誘導している。
カラビ-ヤウ空間について
本書の特長はカラビ-ヤウ空間について多くの説明がなされていることだ。6次元ある余剰空間のトポロジーのあり方は現在でもまだ定説がない状況である。その中でカラビ-ヤウ空間はとても複雑なため一般向けの本や入門者用の教科書で詳しく解説することができない。実際「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」でも、カラビ-ヤウ空間が図とともに紹介されているだけで、その内容には立ち入っていない。
本書ではカラビ-ヤウ空間も含めて超弦理論で扱われる空間のトポロジーが数多くの図によって示されるとともに、詳しい解説がなされているという点で際立っている。これは他の本にはない特長だ。
超弦理論で要請される次元数について
弦理論や超弦理論で要請される時空次元が10次元や26次元になることはもちろん述べられているが、なぜそうなるかは解説されていない。
空間の余剰次元、次元のコンパクト化について
空間の次元数が6であることやコンパクト化についても解説が行なわれている。本書の特長はどのようなメカニズムでコンパクト化が行われるのかという理由が仮説として解説されていることだ。
空間が裂けることについて
「幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン」という記事では、数学的空間が曲がるだけでなく相対性理論で導かれるように物理的な空間も曲がることについて書いた。
ところが本書には物理的な空間は曲がるだけでなく穴が開くこともあることが書かれている。連続的な空間に穴が開くためには、まず空間が裂けなくてはならない。本書では空間が割け、修復される過程がカラビ-ヤウ空間で起こりえることが図を示しながら詳しく解説されている。これは「フロップ転移」と呼ばれる著者のブライアン・グリーン博士ご自身が発見した仮説であり、本書でのみ知ることができる。グリーン博士にとってこの世界は曲がったり裂けたりする10次元の時空の織物なのだ。
超弦理論の研究手法について
超弦理論で扱われる空間の研究は高度なトポロジーや代数を使って行なわれる。上記のカラビ-ヤウ空間や「空間が裂けること」はこの分野の第一人者エドワード・ウィッテン博士によっても数学的に検証された。しかし、グリーン博士は数学的な手法を同僚研究者の協力のもとコンピュータによる計算によって裏付けたことが紹介されている。このことは僕にとって目新しかった。物理学者であれ、数学者であれ、自分でプログラミングできるにこしたことはない。
5つの超弦理論と双対性について
超弦理論が5つでてきてしまうことや、コンパクト化された次元の半径と巻き付く弦の巻き数の間の関係、つまり超弦理論の双対性についてとても詳しく解説されている。さらに5つの超弦理論についての関係についての解説は本書がいちばん詳しかった。ページ数がページ数だけに他の本と比べるのは不公平かもしれないが。
M理論、11次元超重力理論
5つの超弦理論は11次元時空で成り立つM理論としてウィッテン博士が提唱したことが詳しく解説されている。さらに本書では11次元超重力理論もこの枠組で説明されているのが他の本にはない特長だ。図示するとこのようになる。これは「双対性のウェブ」と呼ばれている。
Dp-ブレインについて
「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」の感想として「Dp-ブレインとM理論や超弦理論の関係がよくわからない。」と書いたが本書で理解することができた。上記の双対性のウェブの図はヒトデの形をしているが、その「手」のところに位置する理論は「(私たちの世界がそうであるような)低エネルギーの世界」で、ヒトデ型の中心に行くに従って「高エネルギーの世界」なのだという。本書には「Dp-ブレインが存在するのは高いエネルギー領域であると予想される。」と書かれていた。
等価な2つの物理法則の解釈について
超弦理論の持つ双対性という性質によって、2つの異なる物理法則が等価であり区別がつかないということが導かれる。「大栗先生の超弦理論入門」や「初級講座弦理論 基礎編、発展編:B.ツヴィーバッハ」にもこのことについて解説があったのだが「2つの物理法則がある」ということの解釈が僕にはよくできていなかった。それは2つの異なる物理的な世界が存在するという意味なのか、それとも2つの異なる物理現象が等価であり片一方を証明すれば他方も自動的に証明されるということなのかという2つの解釈だ。
本書では空間のスケールをどんどん小さくしていき、その極限として想定されるプランク長よりも小さい世界に物理法則は存在するのかという疑問を提示し、私たちにはプランク長より小さい世界を見ようとすると、超弦理論の双対性によって「長さの逆転現象」が起きるため、見ることのできる世界には限界があることが示されている。つまり本書で紹介されている「2つの異なる物理法則」とは同時に存在している2つの世界のうち常に片一方しか私たちが認識できていないということを意味していることになる。つまり2つの物理法則とは1つの物理現象の裏と表なのだ。
双対性、鏡映対称性がもたらす恩恵について
超弦理論での問題解決は高度なトポロジーの計算が必要になるため物理学者と数学者の協力がとても重要だ。しかし双対性や鏡映対称性という性質によって、高度で複雑な問題をそれと等価な問題に言い換えることができ、幸いなことに元の問題よりも簡単に解くことができるようになる。これは物理学者にとっても数学者にとっても研究を勧めていく上で大きなメリットである。
超対称性について
本書は超対称性や超対称性を前提とした重力理論について、きわめて肯定的で詳しい解説がされている。
摂動論的アプローチと非摂動論的アプローチについて
素粒子の標準理論の成功は素粒子どうしの相互作用を「摂動論」という近似的な計算方法を使って解くことによってもたらされた。相互作用のしやすさは「結合定数」によってあらわされ、ファインマン・ダイヤグラムを使って「あらゆる可能性」を加味することで計算される。本書ではそれを「弦の相互作用」として拡張する形で説明されるのだが、摂動論的アプローチでは計算が発散して解けない場合があることが示される。そのために超弦理論ではより厳密な「非摂動論的アプローチ」が採られること、それが非常に難しい数学を必要とすることが紹介されている。
ブラックホール、ホーキング・パラドックスについて
ブラックホールの熱力学、エントロピー、情報問題についても詳しく解説されている。有名な「ブラックホールの情報問題」は結局ホーキング博士の敗北で決着がついたが、本書が書かれたのはそれ以前のことなので「決着はまだついていない。」と書かれている。しかし前後の文脈を読めば彼にとって分が悪いことが想像できるような記述になっている。
非可換幾何学について
物理法則の非可換性は量子力学以降の物理学であらわれる性質だ。その本質は波動関数が複素数であることによる。また以前書いた「コンヌ博士の非可換幾何学へはどうたどり着けばいいのだろう?」という記事では現代の最先端の物理学と数学に密接な関係性があることに触れた。けれども僕にはこれら2つの文脈のつながりがよく理解できていなかった。つまり物理法則の非可換性がどうして非可換幾何学になるのかという疑問だ。
本書には疑問を解決するヒントが書かれていた。プランク長より大きい空間ではリーマン幾何学(=一般相対論で成り立つ幾何学)が成り立ち、プランク長よりも小さい世界ではコンヌ博士が提唱するような非可換幾何学が成り立つ可能性があるのだそうだ。もちろん前述したようにそのような極微の世界のことを私たちが検出したり観測したりすることはできない。ブラックホールの中心の特異点はそのようなプランク長より小さい世界であり、超弦理論によって問題が解決される可能性があることが述べられている。
宇宙の始まり、多宇宙、超弦理論の可能性について
本書もそうなのだが超弦理論についての本は宇宙論で締めくくられることがほとんどだ。極微の世界の法則は巨大な宇宙の法則と同等と見なされること、宇宙のはじまりは極微の世界であることは超弦理論のもつ双対性によって自然に予想されることだからだ。また無数のカラビ-ヤウ空間が導くものは無数の物理法則(=物理的な世界)であり、これが多宇宙の存在する可能性の理論的よりどころのひとつとなっている。しかし、ここまで話が膨らむと(僕も含めて)読者はちょっとついていけなくなるのも事実だ。可能性を言い出せばきりがない。
空間は幻想?ということについて
「大栗先生の超弦理論入門」ではブラックホールの内部の物理学が2次元の空間上の情報によって完全に表すことができることから「空間は幻想である」という主張がされていた。本書でも「空間は幻想」ということが述べられているが、大栗先生の本とはまったく違う観点からの説明だった。それは「宇宙の始まりより前」のことなのだ。そこには時間も存在しないから「前」という概念もないし、「空間」もない。そのような状況の中で「弦」だけは存在するというのだ。弦が振動することによって巻き取られた時空次元(10次元)が生成するという仮説が述べられている。そのうち3次元だけがコンパクトが解除されて長く伸びて私たちが認知している空間になるそうだ。この意味で空間は弦がもたらした幻想であるというのが本書での説明なのだ。
けれども弦の振動は「空間的」なものであることが超弦理論の前提であるから、これが矛盾に満ちた仮説であることをグリーン博士は認めている。そこで博士は「矛盾」というものも含めて私たち人間が理解する方法には「超えることのできない限界」があり、真実はそのような私たちの常識を超えているのかもしれないという説を展開している。
超弦理論はまだ誕生したばかりだということについて
本書は後半以降、超弦理論が生まれたばかりの理論であること、取りうる可能性が無数にあるという記述が増えていく。それはこの理論の持つ可能性であると同時に、信ぴょう性の意味においてまだまだ信用できないということでもある。超弦理論によって説明できないことを具体的に述べている点は誠実性を感じることができた。
グリーン博士はこの分野の研究者であるからもちろん肯定的に超弦理論をとらえている。しかし「~の可能性は否定できない。」とか「~であると証明できるようになるかもしれない。」という文が特に本の最後のほうでは多くなるので、読者には博士の希望が逆に働いてしまい「超弦理論はSFとほとんど変わらないじゃないか!」というネガティブな印象を与えてしまうのだ。
本書で触れられていない点について
本書の英語版が出版されたのは1999年なので、それ以降に発見された事柄やそれ以前であっても比較的新しい事柄は本書では触れられていない。つまり超弦理論を使って標準理論を構築すること、AdS/CFT、重力のホログラフィー原理、クォーク-グルーオンプラズマ現象の超弦理論による裏付けなどについては、まったく触れられていない。
巻末の「原注」がとてもよいこと
本文で解説しきれなかった点を巻末で補っている。「数学に興味のある方に~」という項目が多く、より正確に理解したい読者、これから専門書で学んでみようと思っている読者にとってはとても有益なことが書かれている。本書のこの部分は素晴らしいと思った。
本書の翻訳のもとになったのは「The Elegant Universe S.S.: Brian Greene」だ。
けれども2010年に新版がでているので、英語でお読みになるのだったらこちらをお買い求めになるとよいだろう。Kindle版もでている。
「The Elegant Universe: Brian Greene」(Kindle版)(紹介記事)
関連動画:
2003年にこの本をもとにして超弦理論を紹介するテレビ番組が放送された。番組は本の内容とはだいぶ違うが、超弦理論以前の物理学と超弦理論のあらましを美しいCGで紹介している。この番組のホストが、今回紹介した本の著者のブライアン・グリーン博士だ。そしてこの番組の醍醐味は、現代物理学の大御所の先生方が何人も出演されていることだ。日本語吹き替え版の番組や日本語版の本では超弦理論(=超ひも理論またはスーパーストリング理論、ストリング理論)のことを「ひも理論」として紹介している。
日本語音声、英語音声の動画を載せておく。英語音声のほうはリスニングの練習用にお使いいただきたい。この番組は3回シリーズとして放送されたが、日本語の動画は1-1から3-3の9個に分割されている。
美しき大宇宙 統一理論への道(吹き替え版): 再生リスト(一括)
個別再生: 1-1 1-2 1-3 2-1 2-2 2-3 3-1 3-2 3-3
The Elegant Universe 1/3 - Einstein's Dreams(英語音声+英語字幕): 再生リスト(一括)
個別再生: 01 02 03
次の動画では、ブライアン・グリーン博士が、この本をベースにした超弦理論を解説している。(英語音声)
Brian Greene lecture "The elegant universe", 2000-09-22: YouTubeで再生
関連記事:
The Elegant Universe: Brian Greene(エレガントな宇宙: ブライアン・グリーン)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2b2903774869aaa8aba063822ca2846a
宇宙を織りなすもの(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9a33e8f5ee79057972cf86c7b20c5218
宇宙を織りなすもの(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e7d60b8a36b423ef5d42df59458804b7
隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1abbca21c0188f43d7d72af39287f2
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e8b34dc9e4a3d21e82de47960f2a07d
見えざる宇宙のかたち:シン=トゥン・ヤウ、スティーヴ・ネイディス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/943c5a3cf09a78c3b4e8e933ce379879
応援クリックをお願いします!
「エレガントな宇宙:ブライアン・グリーン」
はじめに
第1部:私たちはどこまで知っているのか
第1章:なぜひも理論は重要なのか
- 現代物理学をつくった3つの衝突
- 物質の根源について私たちが知っていること
- 世界には4種類の力がある
- ひも理論の基本概念
- ひも理論はすべてを説明し尽くす?
- ひも理論の現状
第2部:相対性理論 vs 量子力学
第2章:空間、時間と特殊相対性理論
- 特殊相対性理論は直感のウソをあばく
- 特殊相対性理論の根拠その1--相対性原理
- 特殊相対性理論の根拠その2--光の速さ
- するとどういうことが起こるのか
- 時間への影響その1--同時性
- 時間への影響その2--時間の遅れ
- 速く動けば長生きできる?
- それにしても、どちらが動いているのか
- 運動している物体は短くなる
- 静止した物体は時間のなかを光速で進む
第3章:一般相対性理論によるゆがみと重力
- ニュートンの重力観とは?
- ニュートンの重力理論と特殊相対性理論は両立できない
- アインシュタインが考えついたこと
- 加速によって空間と時間はゆがむ
- 一般相対性理論の基本
- 警告をいくつか
- これでニュートン理論の矛盾は解決するのか
- 時間のゆがみ再考
- 一般相対性理論を実験で立証するには
- 一般相対性理論の予言--ブラックホールとビッグバン
- 一般相対性理論は本当に正しいか
第4章:量子力学は誰にも理解できない?
- 本当に量子力学を理解している人はいない
- 量子力学が生まれたきっかけ
- エネルギーには最小単位がある
- エネルギーがかたまりをなすとはどういうことか
- 光は波なのか、それとも粒子なのか
- 物質の粒子は波でもある
- 波とは何の波か
- もう一つの解釈--ファインマンの視点
- さらに奇怪なふるまい--不確定性原理
第5章:一般相対性理論 vs 量子力学
- ミクロの世界では粒子が発生と消滅をくり返す
- 重力以外の力の量子場理論
- 力を伝えているのはメッセンジャー粒子
- 重力の量子場理論だけ見つかっていない
- 一般相対性理論 vs 量子力学
第3部:ひも理論はすべてを説明し尽くすか
第6章:超ひも理論の本質
- ひも理論小史
- ひもは古代ギリシアのアトムか
- 粒子の性質はひもの振動のしかたで決まる
- ひもはとてもきつく張られている
- きつく張られたひもがもたらす3つの効果
- ひも理論は重力と量子力学の衝突を解決する
- 衝突の解決--大雑把な答え
- ひもは本当にひもなのか
第7章:超ひもの「超」の意味
- 物理法則の対称性とはどういうことか
- スピンとは何か
- 超対称性とは何か
- 超対称性の根拠--ひも理論以前
- ひも理論における超対称性
- 多ければいい、というわけではない
第8章:目に見えない次元がたくさんある
- この宇宙は本当に3次元か
- ホースの表面について考える
- ホース状宇宙の住人たち
- 次元がたくさんあれば力の理論が統一される
- その後のカルーザ-クライン理論
- ひも理論はさらに多くの次元を必要とする
- いくつかの素朴な疑問
- 新たな次元にはどのような物理的意味があるか
- 巻き上げられた次元はどんな姿をしているのか
第9章:ひも理論の証拠は実験でつかめるか
- ひも理論をめぐる批判の嵐
- ひも理論を実験で確証するには
- すべてのカラビ-ヤウ図形を検証する?
- スーパーパートナー粒子を探せ
- 分数の電荷を帯びた粒子が見つかれば
- 一発逆転でひも理論を確証する?
- 評価
第4部:超ひも理論と時空
第10章:宇宙をあらわす新しい幾何学
- 重力理論とリーマン幾何学の核心
- 宇宙が縮むとしたら何が起きるか
- ひもが空間に巻きつく
- 空間に巻きついたひもの物理学
- 見分けのつかない2つの宇宙
- 2つの答えをめぐる論争
- 3つの疑問
- 宇宙はおそろしく小さい?
- 宇宙はプランク長さより小さくはならない
- この結論はどれくらい一般的なのか
- 同じ物理を生み出すもの--鏡映対称性
- 鏡映対称性の物理学と数学
第11章:空間を裂く--ワームホールの可能性
- ワームホールをひも理論で考える
- 鏡映の視点から空間の引き裂きをながめる
- 証明に向けて少しずつ進む
- 戦略、現れる
- 最高の物理学者ウィッテンとの競争
- 半ダースのビールと週末の仕事
- 決定的瞬間をむかえる
- ウィッテンのアプローチ
- イエス、ワームホールは存在する
第12章:ひもを超えて--M理論を探す
- 第2次超ひも理論革命の要約
- 近似的方法とはどのようなものか
- 摂動論がいつもうまくいくとは限らない
- ひも理論への摂動的アプローチ
- 近似が近似になっているのか
- ひも理論の正確な方程式
- 双対性、現れる
- 対称性の威力
- ひも理論の双対性
- ここまでのまとめ
- 超重力理論にも双対性の兆候があった
- M理論のかすかな光
- M理論と相互関連の網
- 全体像を見わたす
- ひも以外の可能性--ブレンの民主主義
- これで、答えの出ていないひも理論の疑問が解決するのか
第13章:ブラックホールをひも/M理論で考える
- ブラックホールと素粒子は同じもの?
- ひも理論は前進を可能にするか?
- 確信をもって空間の織物を引き裂く
- Eメールの洪水
- ブラックホールと素粒子をふたたび考える
- 「溶ける」ブラックホール
- ブラックホール・エントロピー
- ブラックとはどのくらいブラックか
- ひも理論の登場
- ブラックホールをめぐる謎
第14章:宇宙論をひも/M理論で考える
- 標準宇宙モデルとはどのようなものか
- ビッグバンの証拠はあるのか
- プランク時間からビッグバンの100分の1秒後まで
- 標準宇宙モデルで説明できない謎--地平線問題
- インフレーション宇宙モデルの登場
- 超ひも理論が宇宙論にできること
- はじめにプランク・サイズのかたまりがあった
- なぜ3次元だけが拡がったのか
- ビッグバン直後、カラビ-ヤウ図形は激変した?
- はじまりの前?
- M理論があらゆる力を融合させる?
- 宇宙の存在理由--多宇宙、人間原理、そして究極理論
第5部:統一にむけて
第15章:ひも/M理論の未来
- ひも理論の根本原理は何か
- 空間、時間とは本当は何か、そして、なくてもすむのか
- ひも理論は量子力学の再定式化につながるか
- ひも理論は実験で検証できるか
- 説明に限界はあるのか
- 人間の梯子
訳者あとがき
推薦図書
原注
用語解説
索引
ブライアングリーンさんの本、ぼくもとねさんと同じ印象です。10年くらい前に買って読んだのですが、どうもイマイチ難しいという印象しか残りませんでした。
しかし、今年の夏に読んだ時は大栗先生の講義や著書で勉強した事の復習になったのか、以前読んだ時とはかなり違う印象で、超弦理論についてなかなか分かりやすく書いてある面白い本だと感じました。(ブクログのレビューでも書いた^^)
こういう本も読む時期があるんでしょうかね。
ブクログのレビュー記事読ませていただきました。つい最近この本を再読されていたのですね!
同じ本でも前提知識があるのとないのとでは内容の理解や吸収度、印象がずいぶん違うものだと今回僕も気づかされました。
ブクログでN.Yokoyamaさんの本棚をフォローさせていただきました。
弦の振動は今の所数学的意味しかなく物理的にどういう意味になるかは未だ議論できるような段階じゃないでしょう。
波動関数が数学的にはヒルベルト空間の状態ベクトルの意味でしかなく波動関数に物理的な空間振動の意味などないのと似たようなもんです。
hirotaさんは「大栗先生の超弦理論入門」をお読みになったかどうかわかりませんが、この本の中で弦理論や超弦理論の空間次元の数を計算する箇所があり、その前提として弦の振動が(物理的な)空間次元方向であるとされているのです。弦自体は原子でできているわけではなくどのような素材でできているのかは謎ですが弦は「エネルギー」であるということが理論の前提になっているのでその存在自体も「実数的」です。
もちろん弦理論や超弦理論に対しても量子力学は適用されますからヒルベルト空間のような数学的空間も理論にとって必要な要素です。ファインマンの経路積分もこれらの理論に使われますし。
このへんは研究者にとって完成形に達する前の試しの考えで、それを使って当座の結果を出す手段にすぎませんから、量子力学での考え方の変遷が更に非常識に再演されると思っています。
研究してる最中の人が変遷など考えるのは無駄ですが、見てる方は色々予想が楽しいですね。
> 超弦理論の完成形では時空間自体も物理的な相互作> 用の結果として生成されると期待されていますから、弦> が現在の物理的な空間に依存してるわけはないでしょう。
はい、そうです。大栗先生の本でもブライアン・グリーン先生の本でも説明の大半では弦は物理的空間に依存する形で説明されていますが、本の最後で字空間自体も弦の相互作用の結果として生成されると書かれています。
そしてブライアン・グリーン先生の本ではその後にhirotaさんがお書きになっているように「量子力学での考え方の変遷がさらに非常識に再演されるだろう。」との予測が書かれています。
5年後、10年後、この理論はどのような変貌をとげているのかということは興味ありますね。
この本昔中学で教えてたとき
教室で読んでいたら
興味持ってたこがいたので新しく買ってプレゼントしました
そしたらこの夏その子が教師になっていて
研修会で出会いました
なんの先生になったのかな
そう言えばもう一人の教え子は
体育の教師になるつもりだったけど私の授業受けて数学に変えたとか
お世辞半分うれしいです
私はちなみに小学校三年教えてます