今朝(9月21日)の讀賣新聞の一面の見出しに「漢字書く力 衰えた」とあった。
ボクも日々の日記は手書きで、手紙も出来るかぎり手書きしているが、確かにパソコンやケイタイのメールを使用するようになって漢字が書けなくなった。(加齢とともにど忘れもあるのだろうが・・・)
日記・手紙を書くときは座右の辞書をひくが、メールでは漢字を変換するのでしばしば誤字が出てくる。誤用といえば、誤った使い方や意味の取り違えの例が載っていたが、これらはまだ分かり良かったが、「まったりする」(ゆっくり、のんびりする)「がっつり食べよう」(しっかり、たくさん食べよう)にいたっては、全然分からない。
「言葉は生きている」から、時代や年齢層によって変わっていくものかもしれないが・・・
正しく美しい日本語 を使いたいものだ。
ちなみに ボクの好きな語 潤(うるおい) 古語では もののあはれ
ボクも日々の日記は手書きで、手紙も出来るかぎり手書きしているが、確かにパソコンやケイタイのメールを使用するようになって漢字が書けなくなった。(加齢とともにど忘れもあるのだろうが・・・)
日記・手紙を書くときは座右の辞書をひくが、メールでは漢字を変換するのでしばしば誤字が出てくる。誤用といえば、誤った使い方や意味の取り違えの例が載っていたが、これらはまだ分かり良かったが、「まったりする」(ゆっくり、のんびりする)「がっつり食べよう」(しっかり、たくさん食べよう)にいたっては、全然分からない。
「言葉は生きている」から、時代や年齢層によって変わっていくものかもしれないが・・・
正しく美しい日本語 を使いたいものだ。
ちなみに ボクの好きな語 潤(うるおい) 古語では もののあはれ