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ノーベル賞作家パムクの政治小説

2006-11-11 12:17:33 | Nonsense
 スウェーデン・アカデミーは12日、今年のノーベル文学賞を現代トルコの代表的作家オルハン・パムク氏(54)に授与する、と発表した。トルコ国内でタブー視されているアルメニア人大量殺害を認める発言で国家侮辱罪に問われるなど、反骨の言論活動で知られる作家だけに、トルコ内外に波紋を呼ぶとみられる
同アカデミーは「生まれ故郷の街に漂う憂いを帯びた魂を追い求めた末、文化の衝突と交錯を表現するための新たな境地を見いだした」と授賞の理由を説明した。

1952年、東西の文明が交わるイスタンブールに生まれた。イスタンブール工科大で建築を学ぶが「一生部屋にこもってものを考えたり、読んだり書いたりしたい」と、イスタンブール大ジャーナリズム学科へ転じて卒業。22歳で本格的に小説を書き始める。
82年、デビュー作「ジェヴデット氏と息子たち」を出版、トルコで最も権威ある文学賞「オルハン・ケマル賞」を受けた。以後、「静かな家」(83年)、「白い城」(85年)、「黒い書」(90年)と話題作を発表、トルコ内外で多くの支持を得た。
98年にオスマン帝国末期の細密画師を描いた歴史ミステリー「わたしの名は紅(あか)」を発表、欧州各国の文学賞を受けて世界的ベストセラーになった。同著の邦訳を機に04年に初来日。世俗とイスラム、クルド独立問題といったトルコ社会のタブーに切り込み論争を呼んだ「雪」も06年3月に邦訳された。

昨年2月のスイス紙のインタビューで、オスマン帝国が崩壊し近代トルコが誕生する過程で起きたアルメニア人大量殺害を認める発言をしたとして、国家侮辱罪で起訴された。裁判はトルコの言論の自由をはかる尺度として注目を集めた。
  (06/10/12朝日新聞)

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 「文学作品において政治とは、コンサートの最中に発射された拳銃のように、耳障りだが、無視することもできないものである。今や、このひどく醜悪なものに触れることになるのである・・・」
スタンダール『パルムの僧院』

 今年度ノーベル賞を受賞したオルハン・パムクの最新作「雪」は、このスタンダールの一文が扉に刻まれている。物語は詩人であるKaという主人公が深い雪に閉ざされた故郷の町カルスを再訪するところからはじまる。密かな目的は、友人と結婚して今は離婚しているかっての憧れの同級生、美貌のイペッキと再会するためだ。髪を覆うように夫から圧力をかけられ、こどもができなかったために離婚したイペッキは、学生時代よりさらに美しくなっていた。彼女の父が経営するホテル「雪宮殿」の一室で「雪」という詩をかきあげたKaは、部屋を訪れたイペッキを思わず抱きしめるのだった。ところが、イスラム主義と欧米主義の対立が激化し、イスラム過激派の事件に遭遇したことから、彼らは宗教と暴力の渦中にまきこまれていく・・・。

元は画家志望だったという作家が、トルコに生まれたがために文学と政治の狭間でいやおうなく対峙せざるをえないポジションが書かせた「雪」と、まるでKaが作家自身の印画のようにとらえられる昨年のトルコ政府による国家侮辱罪による起訴である。この事件は、トルコ自身が表現の自由をねじふせようとして、成熟した欧米の仲間入りをする準備が整っていない”後進国”であることを、世界に発信した事件でもある。「馬脚をあらわした」トルコに対して、パルク氏の受賞発表当日、仏国会議員はアルメニア人虐殺を否定する行為を禁固刑とする法案を可決した。この法案は、かねてよりEU加盟の条件としてトルコに言論規制の緩和を求めてきた欧州としての英断と評価したいところだが、実際は異なる思想を自由に述べるという見解、とは重ならない。それは、米国が最重要国としてとらえるトルコに気を使い、アルメニア人虐殺問題を正しい呼び方で言及することをさけてきた事実を見ればあきらかだろう。ここでもパムク氏は、ノーベル文学賞受賞という栄誉から、世界の政治ゲームにまきこまれていくという運命からのがれられない。パムク氏自身は、「わたしは名は紅」邦訳刊行時に来日した時、戦時下で「細雪」を発表して圧政への抵抗を示した谷崎潤一郎への共感を語ったという。同じくノーベル候補者にあげられていた村上春樹氏が、社会性の強い作品を好むスウェーデン・アカデミーに対する賞とりへのアピールとして「アンダーグランド」を執筆したことと対照的である。小説「雪」のなかで、イペッキの元夫で市長選挙に立候補中のムフタルが、詩人Kaに対して「詩で十分幸せでないと、政治の影が必要になった」と胸のうちでささやく場面を、皮肉にも彷彿させる。

パムク氏が現在執筆しているのは、1970年代のトルコ映画に関するものだという。「雪」が、作家にとって最初で最後の政治小説になるかは今のところわからない。政治小説というカテゴリーから逃れられないものの、雪に閉じこまれた幻想的な物語は、文学としての硬質な芸術性をもあわせもつおもい近代小説である。かって日本人としてはじめてノーベル文学賞を受賞した川端康成に与えれた、着物の美に通じるエキゾチック・ジャパンへの勲章とは遠い、オルハム・パムク氏のノーベル賞受賞だった。

■アーカイブ

「トルコEU加盟への遠い橋」
「トルコ加盟の勝利者」
「トルコを迎えるEUのプライド」


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
トルコ問題 (ペトロニウス)
2006-11-11 13:32:08
トルコのEU加盟問題は、すごく興味深いですね。yutaくんもフランスの留学していることなので、今度聞いてみたいと思います。こういうのは、住んでいる人の目線から見ないと、なかなかわからないですもんね。でも、ノーベル賞というのは、凄い賞ですよねぇ。いろいろなものを管理する力とリサーチ力。本当に凄い。島津製作所の田中さんも、日本の苗かけていた叔父さん研究者たちの希望の星となったし・・・科学分野での日本企業の研究のレベルの高さをいまさならながらに思い出させました。こういうのがきっかけで読んでみるのも悪くないですよね。
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トルコ問題② (樹衣子)
2006-11-14 23:52:33
>トルコのEU加盟問題は、すごく興味深いですね

やっぱりペトロニウスさまも興味をもたれていると思っていました。
私は、村上春樹さんのノーベル賞は残念ながら、当分ないと予想しています。「雪」を1/3まで読みましたが、最近の春樹の小説よりもはるかに実がつまっていてアカデミー好みに”重い”です。比較して最近の春樹の小説は、おもしろくないです。

>yutaくんもフランスの留学していることなので

残念なことに留学をきっかけにブログは終了していますので、是非ペトロニウスさまから現地のレポートをおとり寄せください。私からもyutaさまの情報を期待しているとお伝えいただければありがたいです。

>こういうのがきっかけで読んでみるのも悪くないですよね

外国小説をまず読まない私ですが、パムクに関しては読もうと思っていたので、受賞はよいきっかけになりました。
出版元は小さな出版社で、社長の強い意志で翻訳本がようやく日本でも刊行されたようです。世界41カ国で発売されているのですがね。
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