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「市場には心がない」都留重人著

2006-06-15 23:39:25 | Book
近代経済学者の都留重人氏は、あかるい未来を求めて雑感を5年ごとにまとめて本にすることを習慣にしていたが、93歳にして最後になるであろうと”孫世代と内外世情を語る”という主旨の本のタイトルが、「市場には心がない」。このタイトルには、思わず手にしてしまう吸引力がある。
「市場に心にはない。だが市場の行き過ぎを制御するレフェリーがいれば、極めて効率的な調整機能を発揮する」
この場合の”心”を考えるには、情緒的な心や行動ファイナンスの心理、クオリアとは別の視点が必要である。
ポール・サムエルソンのこの提言から、小泉政権の「市場のメカニズムを活かし、小さな政府に変えていく」としていわば”成長なくて改革こそ”という耳に聞こえの良いメッセージに潜む、人間生活の福祉からの逸脱や市場の失敗と呼ばれるネガティブな効果というマイナス要因にどう対処していくか、という点に力をおいている。

まず民営化の問題点として、米国エンロンの破綻から「エンロン事件は米国流のcrony capitalismの現象形態」と身内主義を批判したポール・クルーグマンの言葉を引用しながら、都留重人氏はエンロン事件をむしろ「カジノ資本主義」と言い切る。我が国でも、確かに”プチカジノ資本主義”が散見されるではないか。こうした市場参加者による邪心が、本来達成されるべき自由競争を通じての効率と福祉の向上が損なわれることを前提に著者は考えている。つまりサムエルソンが「心がない」と言ったときの市場とは、健全で、品格があり、まともな市場での話である。(市場主義の最大の弱点は、そこにあるように見える。)著者は、小泉政権の改革(悪)の行き着く先の課題として、
①国家、個人間の経済的格差拡大
②リスクと不確実性の拡大
③自由競争の結果により「ひとり勝ち」
を挙げている。

また高度情報社会の光と闇、少子・高齢化による社会保障、年金問題とタイムリーな問題が平易な文章で語られているのが前半。後半は、米国の世界戦略に組み込まれている日本に完全なる自立を、東アジアにおける日本の役割を明確に提案している。「日米安保とは、冷戦に対処するために結ばれた軍事同盟」と定義した朝日新聞の社説を支持する著者にとって、非核三原則を貫いて「最もよい防衛手段は、防衛手段を持たないこと」になる。理想的過ぎるかもしれないが、この力強いメッセージは、先ごろのあまりにも勝手な米軍グアム移転を念頭にしている。
都留重人氏のエッセイに近い本書は、近代の政治・経済の歴史をふまえた卓見から、決しておしつけがましくないが、しごくまっとうなご意見番の役割を最後まで現役として担った。90歳を超えて自分の年齢からこの世を去る日の近いことを覚悟し、尚且つひとはこのように情緒を失わず、理知的なまなざしを失うこともなく、品格を保てることにしみじみとした感想をもった。

最近、日銀総裁福井氏がインサイダー取引を行っていた村上ファンドへ1000万円拠出していた事件に関し、ぐっちーさんは「日銀総裁はあらゆる経済的行為から”聖域”であるべきだ」と厳しく弾劾している。この意見には賛否両論あるが、私はぐっちーさんの”もの申す”におおいに賛同したい。ポール・サミエルソンの言葉を借りれば、心のない市場に効率的調整を求めるには、確かに厳格なレフェリーが必要なのだ。以前から、村上世彰氏の人脈に日銀総裁・福井氏の名前が浮上していたが、40億から4000億にふくらんだ預かり資産を考えると、日銀総裁に就任した時点で資金をひきあげるべきだったのだ。弁明にあるようにサラリーマンにとって確かに大金だが、機関投資家の運用資産にとってはたいした額ではない。指揮者の岩城宏之氏を本当にダンディズムを体現した芸術家と日経新聞では追悼していたが、蝶ネクタイの都留重人氏は最後までダイディズムを体言した経済学者だった。

「日本ほど社会生活が経済市場主義に奉仕するように構築された国、あるいは市民が消費に追いまくられている国はないだろう。そして、日本ほど豊かさのむなしさが深く感じられる国もない。」
         ガバン・マコーマック著『空虚な楽園-戦後日本の再検討』より

『科学と社会』都留重人著


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2 コメント

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悩むところ (ぺトロニウス)
2006-06-18 00:01:01
難しいですよね、、、ウォルフォレンとか、よく日本の奴隷のように働かされる体質を欧米は批判しますが、、、しかし好み方は一面的で、山本七平が考えたように日本人が、労働をサルベーショント(=救済)してとらえていると考えると、まったく価値観が逆になるんですよね。その倫理を奪う行為のほうが、日本の伝統にとっては最悪かもしれないし。



かといって、やはり個人の権利が非常にないがしろにされている、経済とダンスを踊る国でもあります。その余裕のなさは、一国民として、いわれると痛いなぁ、とも。



難しいところです。
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山本七平さん (樹衣子)
2006-06-18 12:17:27
山本七平さんの「日本資本主義の精神」が、今手元にあります。

著名な日本の経済学者の名前は、インプットされている(と思います)のに、この方の名前は存じ上げていませんでした。それもそのはず、著者略歴を読んで納得しました。



マイクロ・ソフト社のビル・ゲイツ引退のニュースは、新聞紙上でも写真いりでとりあげられていますが、米国のクリスチャンらしい理想的な人生の選択だと思いました。



>日本人が、労働をサルベーショント(=救済)してとらえていると考えると、まったく価値観が逆になる



生涯現役でいくつになっても働く米国人も多いですが、労働を神から与えられた苦役ととらえる欧米人と、日本人では労働に対する価値観が違うのでしょうね。



>個人の権利が非常にないがしろにされている



最後に書いたガバン・マコーマック氏は、日本にも滞在していた親日家でもあります。戦後、国栄えて、バブルは弾け、・・・とりあえず今のところ戦争もなく、飢えもせず、でも漠たる日本人としての虚しさをうずめるかのように、私の場合は音楽を聴いたり、映画を観たり、本を読むという行為に向かうのかも。難しいところ、まさに実感します。



(そうか、千秋さまとのだめはラブラブだった・・・。)
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