千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『ブロークバック・マウンテン』

2006-04-15 01:33:35 | Movie
1963年夏、荒涼としたアメリカの西部、ワイオミングで二人の若者がカウボーイの仕事を得るために、牧場主がやってくるのを待っている。
それぞれに逞しく、また魅力的な顔立ちのまだ少年の面影を残す若者は、ともに20歳。イニス(ヒース・レジャー)とジャックは、ブロークバック・マウンテンで羊の放牧と管理を行う季節労働のために、野営生活をはじめる。厳しい自然の中で共同生活をおくるうちに、ふたりの間に友情が芽生えるのに時間はかからなかった。
テントをはるにも几帳面でおとなしいイニス。対照的にジャックは、無邪気であかるい。けれどもふたりとも貧しい白人で、寡黙で不器用な性格だった。

ある寒い夜、テントの中で並んで寝ていた彼らは、衝動的に肉体関係をもってしまう。友情から恋愛へすすんだ二人は、自分のセクシュアリティに煩悶しながらも、関係を続ける。やがてそれが牧場主に知られることになり、契約期間が来る前に仕事は終了する。山をおりた彼らは、それぞれに土地に帰り、仕事を見つけ、お互い伴侶を見つけて夫になり、父親になっていく。彼らがその感情に従うことは、決して許されない時代と社会だった。

遠く離れても、お互いを忘れたことがない。忘れることができない。彼らが本物の愛を取り戻しにかえる地は、あのブロークバック・マウンテン。20年のかくも長き歳月に渡り、世間の目を欺いて逢瀬を重ねたのがブロークバック・マウンテン。そして、儚くも生きる糧となった約束の地でのかえがえのない濃密な時間は、衝撃的な結末で閉じることになる。

ゲイの映画ということで話題になったこの映画は、同性愛を描いてはいるが静謐で緊密なひとつのラブ・ストーリーである。だから数多くの賞を受賞したのだ。
映画の随所に、アン・リー監督らしい細部のこだわりを感じる。
冒頭の牧場主を待っているイニスとジャックの時間と距離感が、絶妙だ。ここには、陽気で外交的なアメリカ人の姿はない。寡黙であるところに、ふたりの相手に対する感情の芽生えと、これからの過酷なカウボーイ生活を予感させる。初めての関係をもった翌朝、遠慮がちに夕べのことはなかったことにしようと提案するイニス。しかし夜がふけると、その自分の言葉がどれだけジャックを傷つけたかに気つき、またそれ以上に性の衝動につき動かされる。肉体関係をもった後、仕事の役割も交代する。イニスが外へ羊の放牧をし、逆に料理の苦手なジャックが今度はテントに留まるようになる描写は、象徴的である。それは結婚したイリスが、妻との行為に及ぶ時の体位につながる。その激しいベッドシーンが、新妻への愛でなく、妻が夫にとってはジャックへの愛情の代替品に過ぎないことを説明している。
4年ぶりに出会ったふたりが、激しく抱き合う姿を目撃して、妻が夫のこころの秘密に気がついた時の衝撃は深い。

ジャックは、自分の感情に忠実な人生を送りたいと願う。ふたりで牧場を経営しようと提案するが、イニスはある理由からかたくなに拒む。父親の犯した行為の罪が、自分の息子への罰となるような残酷な物語の結末は、原作者の力量だろう。さまざまな肉体労働に従事するようになるイニスは、別れた娘たちへの養育費の支払いもあり、生活は厳しい。一方、裕福な娘といり婿のような結婚をしたジャックは、仕事は順調だが家庭に自分の居場所がなくなっていく。家庭だけではない。少しずつ社会からも孤立していく。彼らの許されない関係は、影を落としていき、疲弊していく。だから尚、ふたりの関係はかけがいのないものになっていく。

終始感情をおさえ、朴訥な印象のイリスが、一度感情を発露すると驚くほど激しい。この映画の主人公は、あくまでもイリスだ。イリスという名前には、島という意味がこめられている。最後にトレーラーハウスで、40歳をこえたイリスの孤独な生活が音楽とともに胸にしみる。もっと家具を買ったらと提案する娘に、これでよいと答える。クローゼットに永遠に閉じこめられた彼らの愛の象徴を抱きしめるイリスは、ジャックと出会って幸福だったのか。それとも出会わなければよかったのか。

ブロークバック・マウンテンの自然は、はるかに雄大で美しい。しかし、過酷で厳しい。彼らの愛は、厳しくも純粋で美しかった。
こどもの頃に両親を亡くし、自分を育ててくれた姉と兄が結婚して、行き場がなくなってカウボーイになるためにブロークバック・マウンテンにやってきたイリス。結局、最後に行き場をなくし帰るところもまた、ブロークバック・マウンテンだった。
(続く?)


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6 コメント

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こんばんは (ノラネコ)
2006-04-16 00:34:12
後からジワジワ来る映画でした。

アンリーの映画はずっと観てますが、これを観て確信したのは彼の映画は少女漫画的ですよね。

これなんて竹宮恵子や萩尾望都の70年代頃の作品の匂いがします。

フィックスの画の美しさや、誰かの一つのアクションに対するもう一方のの反応をしっかり描写してタメを作るあたりも漫画的に感じました。

彼だけでなく、中国語圏の演出家には漫画的なセンスを感じることが多いんですけど、アン・リーの場合はちょっと女性的な繊細さがあると思います。

しばらくしたらもう一度観たいと思ってたんですが、もうDVDが出るみたいですね。
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Unknown (有閑マダム)
2006-04-17 08:39:23
樹衣子さん、こんにちは。

ジャックと出会ったことは、幸せだったのか、不幸せだったのか。

結果的にうまくいかない恋愛関係を持つと、皆それを考えるのでしょうけれど、「幸せだったこともあった」と思いたいですね。

TB を映画記事の方に頂いたので、原作記事のほうをこちらかは繋げさせてください。
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こんばんは (樹衣子)
2006-04-17 23:07:34
>ノラネコさまへ



TBありがとうございます。

実は、ノラネコさまの映画評を読んでいたのですが、扱っている内容が内容なので、男性の方の記事に自分からTBをするのはためらうものがああります。生理的に受け付けないタイプの方も当然いると思うのです。それにノラネコさまの評価額は1600円、これは微妙ですね。^^

でもゲイを扱うことは、単なる「ロミオとジュリエット」以上に、主人公の内面の葛藤という深みを作品に与えると思うのです。ですから、男性の方にも理性的にこの映画を観ていただきたいです。



>後からジワジワ来る映画



もう一度観たい気持ちをおこさせますよね。細部を一度では理解できないということもありますが、やはり作品のもつボディ・ブローのような力だと思っています。



>竹宮恵子や萩尾望都の70年代頃の作品の匂いがします



このおふたりの名前がノラネコさまから出たことに、意外でした。

(事後承諾で恐縮ですが、文章中にリンクいたしました。ご迷惑でしたらご連絡ください。)

竹宮恵子や萩尾望都を読んで育った女性としては、確かに同性愛にあまり嫌悪感がないですね。但し、ふたりが若くで綺麗であれば、という条件もつきますが。



>中国語圏の演出家には漫画的なセンス



そうなのですか。今後研究の余地ありですね。

それからやっぱり、「ブロークバック・マウンテン」は、実在していないのではないでしょうか。名前からして、そんな感じがするのです。



>あのラストはジャックの永遠の勝利ですね。

しかしそれが死という代償の結果得られた物だと言うのが実に悲しく、切ないです。



これは、ノラネコさまのコメントを引用したのですが(ごめんなさい)、素晴らしい批評ですね。「惜しみなく愛は奪う」という言葉を思い出しました。

あの最後のシーンの意味をノラネコさまに教えていただきました。感謝します。
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有閑マダムさまへ (樹衣子)
2006-04-17 23:30:37
コメントをありがとうございます。



この映画は、原作を読みたいと思っています。55ページですかっ・・・。辞書片手に。



>「幸せだったこともあった」と思いたい



考えたら、大きな不幸と、それに見合う大きな幸福と両方あったのかなと思います。この映画に関しては、少々感情移入し過ぎていると我ながら思いますが。ノラネコさまが、少女漫画に似ているとおっしゃっていますが、イニスの妻という立場で観る女性と客観的に俯瞰で観る女性にわかれると思うのです。

少女漫画の歎美さにつかっている(汚染されている?笑)私は、特に妻の立場で観ることもありませんでしたが、有閑マダムさまの世の夫族に対するお小言は受けました。

結果的にうまく行かない恋愛関係、痛みや涙も、なにもない無難な人生よりは、中身がつまっていてよいのでは。



好きな人に会えた時の喜び、これは最も共感できる部分でした。。。
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こんばんは (ノラネコ)
2006-04-20 00:59:15
お気遣いいただいたようで・・・。

確かに「気持ち悪い」って言い切ってる人もいますからね。

私は自分でも、どっかにバイセクシャルな部分があると思ってるくらいですから、この手の話には全然抵抗ありません。

まあ同性愛を扱ってるというよりも、登場人物の心理描写にいくつか引っかかった部分があって、そこが自分的には若干の減点となってるんですが、好き嫌いで言えば相当に好きな映画です。

女姉妹がいるので、少女漫画にも物心付いた頃から慣れ親しんでたのも大きいかも知れませんね(笑

萩尾望都は手塚治虫に次いで大好きな作家です。

女性の方が愛に正直なのか、昔から文学や漫画でも女性作家の方が同性愛を含む色々な愛の形を描いてきた様に思います。

ちなみにブロークバックマウンテンは架空の場所のようです。

映画の中で山頂として描写されているのは、カナダのバンフ近郊にあるキャッスルロックという山です。





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ノラネコさまへ (樹衣子)
2006-04-21 00:10:22
再訪問ありがとうございます。やはり架空の山だったのですね。



芸術系やクリエイティブなお仕事に関係する方は、同性愛への嫌悪感は強くないようです。この辺の相関関係は、不思議だと思いますが。

考えてみると「モーリス」「クライング・ゲーム」等、同性愛を扱った映画は水準が高いですね。



>萩尾望都は手塚治虫に次いで大好きな作家です



私もこのおふたりの漫画は、けっこう読んでいます。女性はやはり人生や生活において、恋愛がしめる割合が大きいかと思います。やっぱり男性に比較して、社会性が低く、そのため多くのカタチの恋愛への関心が高いのかも。



それから「殺人の追憶」は、私も大変印象に残っている映画でブログにも書きました。今思い出してもキャスティングも含めて、非常によくできている映画でした。私は、あまり映画においてキャスティングにこだわらない方ですが、「殺人の追憶」でキャスティングの重要性を学んだ気がします。

いつか、ノラネコさまの批評を読ませていただける日を楽しみしております。
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