千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「夏の名残の薔薇」恩田陸著

2006-01-03 19:08:53 | Book
時計のような精密な製品を製作するには、スイスのように空気の澄んだ高原が適している。伝統ある時計メーカーの一族が、栄華を誇るかのように建てた山の上のクラシック様式のホテル。そのホテルで毎年、秋の終りにオーナーである老いた3姉妹に招待された者だけが集う会がある。桜子と時光の美しい姉弟、次女の娘で女優の瑞穂とマネージャーの早紀、輸入車ディーラーの辰吉、そして大学教授の天知。そして今年は、桜子の夫である隆介も多忙な事業のかたわら、この「山の上ホテル」に遅ればせながらやって来た。

こうしてありがたくも招かれた彼らの最も重要な儀式は、いまだに財力の威厳をもちつつも、その黄金にもかすかな凋落のかげりが老いとともに忍び寄る伊茅子、丹伽子、未州子の嘘と真実をまぜた物語を上手に拝聴することである。プロバガンダの手法のように、毒を含んだ逸話には、嘘と真実を混同させることが肝心だ。その楽しくも恐ろしい物語は、やがて招待客によって変容していき、それぞれの奏でる変奏曲へと移調いく。それは彼らのいびつな望みとありのままの純粋な精神によって、永遠に閉じられない無調の音楽へと鳴り響いていく。

第一変奏
桜子と時光は、若い頃に養父母を事故で亡くした美しい姉弟だ。まるで双子のように似ているが、彼らを結びつけているのは、親を亡くした姉と弟の孤独ではなく、鏡のような自己愛に近い異性の愛。

第二変奏
後継ぎとして育ちの良い隆介が、まるで美術品を愛でるのように所有したかったのは、ノーブルな美をたたえた時光だった。姉の桜子と結婚することによって、彼をも手に入れた喜びは、今もなお充足感を失っていない。たとえ妻である桜子が時光と寝ようとも。

第三変奏
瑞穂には、知的障害のある双子の姉、もしくは妹がいた。その障害ゆえに生まれなかったこととして、ひと目をはばかり、隔離して育てられた。事故で顔をつぶされて死んだのは、その双子のかたわれなのだろうか。それとも、瑞穂自身なのか。

第四変奏
この毛並みの良い一族の忠犬のような外車ディーラーの辰吉は、桜子と瑞穂とも関係をもっている。単純な浮気とは違う。求められるから、忠誠を尽くすかのように彼女達のお相手を、仕事だけでなくベッドでも務めているだけだ。彼は、同性愛者だ。そのため妻もこどもとともに出て行った。

第五変奏
かって隆盛を誇った一族沢渡グループも、経済的な理由から改革が必要になっている。ホテルの貸切と形骸化した行事をやめることの引導を渡すためにやってきた天地。彼もまた、先代と父から受け継ぐ秘密を抱えていた。

第六変奏
そして誰かが、死へと導かれたのか、それとも殺されたのか。あるいは、なにもなかったのか。

映画「去年マリエンバード」の場面を挿入歌のようにはさみながら、小説「夏の名残の薔薇」は進行していく。ハインリヒ・W・エルンストのヴァイオリン曲「夏の名残のばら」(庭の千草)は、ひとつの主題を、重音奏法、運弓奏法、スピッカート、フラジヨレットに重点をおいて、4つの変奏曲に作曲されている。アンコールピースとして人気の高いこの曲は、深遠なるテーマーというものはなく、ひたすらヴァイオリニストの華麗なる超絶技巧を披露する曲である。そしてめまぐるしく音階を変化させて、多彩にフィーナーレへと向かう。
この曲のイメージから構成を決めて、巧みな言い回しで奇妙な物語を繰り返す作者の表現力は、テクニックのあるヴァイオリニストが好んでこの曲をとりあげるように、読者をひきこませる技量がある。主題を、いかに変容させて、最後まで聴衆を集中させ、めくるめくようなまるで幻想のような音楽観をみせることが、この曲を演奏するヴァイオリニストにとって成否をわけるのと同様に。

デ・ジャブが幾重にもベールのように重ねて繰り返され、最後に事実も、嘘も読者の想像にゆだねて、ふくみと余韻をもたせながら、静かに幕がおりる。
*一部自分の空想をおりまぜております。またこの小説は、つなさんの「日常&読んだ本log」のブログでとりあげられて、興味をもって読みました。


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2 コメント

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Unknown (つな)
2006-01-04 23:12:26
私の方のコメント欄でも少しお聞きした、ヴァイオリン曲のお話と絡めての記事が、興味深かったです。

そして同じ本について書いていても、やっぱり樹衣子さんの文章だなぁ、と感じました。

ブログを始めてから、自分の感想とは別に、この方はどう読まれるのだろうか、と考えることが増えました。

樹衣子さんも、自分の中でそう感じるお一人だったので、私のブログが切っ掛けとなったことは、とても嬉しいことでした。

なかなか、本の興味が被らないかもしれませんが、今後ともよろしくお願い致します。



*こちらからも、トラバお返しいたしました。
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TBありがとうございました (樹衣子)
2006-01-05 23:53:18
ご丁寧にこちらにもコメントをいただき、嬉しい限りです。

近頃は、安易に新聞の日曜版で書評を読んで興味のある本だけ図書館で借りて読んでおります。そのため新刊本に偏りがちですが、作品への愛情がこもったすぐれた書評に出会うのも、ブログを訪問する楽しみでもあります。



恩田さんは、力のある作家だと思います。直木賞候補にもあがっていましたね。映画侍さんのブログにもコメントをしておりますが、文藝春秋社で出版している作家が受賞には有利です。私は東野圭吾さんが、今度こそ受賞されるのではないかと予想しております。
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