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「代理出産」生殖ビジネスと命の尊厳 大野和基著

2009-09-15 23:12:02 | Book
最近、シンガポールでオープンした割安の代理出産の斡旋業者「メディアブリッジ社」のサイトでは、「日本人向けにインドでの代理出産プログラムと、韓国での卵子提供での体外受精プログラムを提供」とうたっている。(弊ブログの「代理出産」ビシネスより)代理出産の商業化を合法化したインドでは、国家レベルで代理出産を”成長産業”?ととらえて、生殖ツーリズムを含めて今や年間60億ドルの外貨獲得の重要な産業へと発展している。子宮のレンタル料は、1回につき3000~5000ドル。日本人夫婦からすれば、半期に一度の賞与で行くちょっと贅沢な海外旅行やアクセサリーやブランドものの時計程度の相場は、彼女たちの年収の6~8倍に匹敵するとあって、インドでは代理母候補が殺到しているそうだ。需要と供給がマッチして、しかも不妊に悩む夫婦にとっては「代理出産」とは福音のようなシステムかもしれない。しかし、経産婦だったら想像できるだろうが、代理母の肉体的・精神的な負担はとても大きい。お産というのは、我が身の命(美貌や若さも)をけずるようでけっこう大変なものである。しかも、医療技術が進歩したとはいえ、妊娠中も出産後も母体の命の危険性がつきまとう。そして代理出産で生まれたこどもたちのアイディンティティはどこによるのだろうか。

ニューヨーク州では有償代理出産を赤ちゃん売買に相当するとして禁止、フランス・ドイツでは代理出産そのものを禁止している。国内でも代理出産の法整備を進める動きもあるのだが、「代理出産」そのものを禁止するのか、無償の場合は認めるのか、はたまた有償(報酬あり)でボランティア精神の善意に基づくビジネスとして認めるか、結論を出す前にこの分野の開拓者である米国で長年にわたりリサーチしてきた著者の本書を読もうではないかっ。

米国では当初の卵子の提供も含めた子宮のレンタル制度は、25年前からはじまっていた。万事契約社会の欧米では、「羊水検査で先天性異常や遺伝性異常が見つかった場合の中絶の権利を依頼者が有する」一方で、「中絶に関する決定権を代理母は放棄する」という条文が契約書に含まれたり、妊娠4ヶ月以降の流産では代理母に1000ドル支払うが、それより前の流産では1銭も支払わない、あかちゃんが生まれると同時に養育権を依頼者に渡すことなどがおりこまれている。依頼者にとっては都合がよいが、代理母にとってはまるで金銭の対価とひきかえに産む道具のようなものである。それに、妊婦当人の身体に関わる自己決定権を奪う契約書は、そもそも憲法違反ではないか。実際に、出産後に妊娠中毒症のために瀕死状態になったり、亡くなってしまった代理母もいる。

そんな危険を冒してまで、それほど高額とも思えない報酬とひきかえに代理母になる女性の動機はいかなるものなのか。不妊に悩む姉妹に依頼されてという無償のケースもあるが、概ね不妊に悩む夫婦に「命」を提供するボランティア精神、他人のためにできる素晴らしい行為で代理母のモチベーションは説明される。しかし、純粋に”善意”からなる行為だったら、あらゆる階層の女性から代理母が登場してもよさそうだが、裕福なマダムが利他的な”やさしい”気持ちをもっていたとしても彼女たちのボランティアは主に芸術や文化活動に向けられ、子宮を貸すことはありえない。代理出産をする女性は、みな平均以下の貧しい女性である。数年前に格闘家とタレントの夫婦に依頼されて代理母になった女性の報酬は1万8千ドルに双子だったので2000~3000ドルが上乗せされたのだが、この女性の自動車修理工の夫は約2万ドルの負債を抱えて自己破産していた。妊娠前の三ヶ月間に毎日打ったホルモン注射の副作用の苦しみ、双子であることの不安と負担をのりこえて無事手にした報酬で自宅のローンを返済できたそうだ。依頼した夫婦が体外受精の費用や斡旋業者への手数料などを含めるとおよそ少なくとも1500~1700万円くらいの支払になる。この経済的格差は、裕福な者が貧しい者から子宮を借りること、つまり搾取に他ならないという考え方もできる。子宮を契約で商品化することは奴隷と同じであり、やがて、社会的地位の低いブリーダー・クラス(生殖用の階級)が出現すると警告をならすのがNCAS(代理出産反対連合)である。

そしてたとえ受精卵以前の状態にあっても、商品化して売買する行為は育まれる命そのものを軽視する土壌を作り出すリスクもある。グローバル化がすすんでインド女性のレンタル子宮が繁盛するのも、人が”商品”となって売買される市場が出現したことになるのか。「代理出産」をこどもに恵まれない夫婦の「福音」と認めてよいのか、いずれにせよ日本も法整備の必要がありその前に国民で議論を尽くすべきだろう。「代理出産」はそんなに単純なことではない。

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8 コメント

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Unknown (有閑マダム)
2009-09-20 12:07:59
樹衣子さん、こんにちは。
代理母問題の記事、第二段ですね。

なんか、世の中色々なことが進化・進歩するにつれて、どんどん物事が複雑にややこしくなってきていますよね。 子供を望んでもどうしても授からないなら、昔ならその事実を受け入れるしかなかったし、困難な病気になれば治療などなくて、ただ毎日最善のコンディションを保てるように気をつけるくらいしかなかった。
確かに、そこに何か打つ手が出てきたのは、喜ばしいかもしれないけれど、それほど単純なことでもないですよね。

同時に、人間は何もかもが技術や科学で思い通りに出来るはずだと傲慢になってしまい、現状を受け入れる力がなくなってしまうのかも。

いや、ほんと、喜ばしいケースもたくさんあるとは思うのですが・・・・選択肢があるために余計に精神的・経済的・肉体的負担が増えてしまうケースも多々あると思うのです。
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どこまでいくのか (樹衣子)
2009-09-20 16:07:50
この本は、わかりやすくとてもよくまとまっていました。
書ききれなかったのですが、こどもの立場や日本の事情も記述されています。
代理出産をすすめていた日本のある有名な産科医では、現在ではこどもを産めない娘のために母親が代理母になることしか認めていないそうです。(姉妹間の代理出産はなし。)だから50代に入った母親が、結婚した娘の幸福のために出産することになるので、症例は少ないそうです。この変更には、なんらかの問題がでてきたからではないかという著者の推測も、米国の例を知ると肯けます。おっしゃるとおりに、私が想像していたほど単純ではありませんでした。

>人間は何もかもが技術や科学で思い通りに出来るはずだと傲慢になってしまい、現状を受け入れる力がなくなってしまうのかも

ブログではあえて書きませんでしたが、代理母となった娘を出産で亡くした母親の言葉がとても印象に残っていました。
「こどもがいなくても生きることを学ばないといけないのです。私はデニス(娘の名前)がいなくても生きていくことを学ばないといけません」

実際には喜ばしいケースが多いかと思うのですが、個々人の倫理観が問われる問題だとも思うのですね。小説の「わたしを離さないで」の世界にもつながっていると私は感じるのです。代理出産も選択肢として考えるべきなのか、禁止した方がよいのか、安易に結論をだせません。
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励みになります (大野和基)
2009-10-25 19:37:21
著者の大野和基です。こういうコメントを読むとますますやる気が出てきます。
最初の取材から最後の取材まで20年という期間がありましたが、問題提起ができてよかったと思っております。
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大野和基さまへ (樹衣子*店主)
2009-10-26 20:33:01
はじめまして
「選択」という情報誌の記事で大野さまのこの本を知り読ませていただきましたが、
女性だけだなく幅広い層に読まれるべき内容だと思いました。
ご紹介されていたA・キンブレス氏の「ヒューマン ボディ ショップ」も大変参考になりました。
ご訪問とコメントをありがとうございます。
また、長い歳月に渡るテーマーの著作に読者としてとても感謝しております。
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じつじょう (そういち)
2010-10-26 02:51:31
おそらくこのコメントは削除されるでしょうから、ささっと書きます。

大野和基・国際フリージャーナリストですか。またまた、たいそうな呼称をご自分でおられる(笑)
これまで、出版業界においてどういう評価か、みなさん、ご存知なのでしょうか。

50代でようやく出せたのが、「新書」という点に集約されているでしょう。
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そういちさまへ (樹衣子)
2010-10-26 23:49:45
本書は、まさに「生殖ビジネスと命の尊厳」というサブタイトルのとおり、著者の20年に渡る取材による生殖ビジネスの過去から現在に至るまでの実態が書かれ、尚且つ命の尊厳まで考えさせられる良書でした。
それから、出版業界の評価よりも、自分が実際に読んで感じたことの方が大事だと私は考えております。

>おそらくこのコメントは削除されるでしょうから

ご訪問とコメントありがとうございました。
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志の高いジャーナリスト (もとへん)
2010-11-14 16:34:09
 日本では「ジャーナリスト」の呼称は雑駁に使われていますが、大野氏は、その言葉本来の意味において「国際ジャーナリスト」と呼べる数少ない一人です。何か起きればすぐに現場にとび、生の声をレポートすることに情熱を傾けてきた人です。活躍をやっかむ人がときたまいますが、気にしないで頑張って下さい。
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もとへんさまへ (樹衣子)
2010-11-17 23:16:09
返信が遅くなり、申し訳ございませんでした。
予想外にも、本題の代理出産ではなくジャーナリストとしての著者にお話が中心になってしまいました。
少なくとも、私は、この本からは、著者の誠実な人柄が伝わってきましたので、ご安心を。
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