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「アンジェイ・ワイダ 祖国ポーランドを撮り続けた男」ETV特集

2009-01-05 23:31:55 | Movie
一昨年の秋、エルミタージュ美術館に4日間通うという珍しいツアーに参加した時、サンクトペテルブルグの血の教会で、添乗員さんから熱く教えていただいたのが、ポーランドのアンジュイ・ワイダ監督の最新作にして最後の作品『カティン』。1月3日のNHK・ETVでは、アンジェイ・ワイダ監督の単独インタビューの特集だった。表現者としてのアンジェイ・ワイダ監督の生涯をたどりながら、すなわちそれはポーランドという小さな国が大国に翻弄される道筋に重なる。

不朽の名作『灰とダイヤモンド』で、終戦後の社会主義政権下の抵抗運動を鮮やかに描き世界を圧倒した1958年から50年の歳月が流れ、すっかり老いた彼が最後に選んだテーマーは、ポーランド歩兵隊長だった父が旧ソ連軍によって虐殺された「カティンの森事件」だった。還らぬ夫を待ちながら、49歳で亡くなる最後の日まで、監督のお母様は夫の生存を信じていたという。そんな母の気もちに寄り添うように、一日一日まるで息をひそめるかのように夫の帰りを必死に待つ女性を主人公にした映画が『カティン』である。

1926年、ポーランドのスヴァウキに生まれたアンジェイ・ワイダは、クラクス美術大学に入学するも、みんなで製作する映画に転向して28歳で『世代』で監督デビュー。そして、その後のアンジェイ・ワイダ監督が作品をつくる行為そのものが、体制への抵抗だったことが理解できたのが、この番組の最大の功績であろうか。
出世作『地下水道』で、ナチス占領下でのワルシャワ市民の蜂起を描いた時は、当時対岸まで進出していたソ連軍が何の援護もしなく市民を見殺しにした非情さを、ラストの地下水道の行き止まりの鉄格子の向こうに林や家を映す映像で表現した。そして驚いたのは、『灰とダイヤモンド』である。ポーランドの作家であるイェジ・アンジェイェフスキが1946年に発表した原作では、共産主義者・シチューカを主人公に、暗殺者のマーチェクを悪として書かれていることから、当時、社会主義体制賞賛の教科書のような存在の小説だったところを、ワイダ監督はその認知度を逆に利用して検閲を逃れ、暗殺者を観客から共感のもてる髪型、スタイルの魅力的な青年に描いた。残された「検閲議事録」での議論からも、幾重もの検閲に何度も憚れながらも、その後もワイダ監督は『大理石の男』でスターリズムの虚栄を描き、『鉄の男』で自由の芽ざめを撮り、生涯映画を撮りつづけたことに誰もが感銘を受けるだろう。
同じく大国に翻弄されたチェコのイジー・メンツェル監督が若くして立ちあらわれた時にはすでに完成されていて、その恐るべし才能に驚嘆させられたように、番組で紹介される数々の名シーンは、後年の映画つくりのお手本のようだ。『地下水道』の鉄格子に阻まれた閉塞間、暗殺者マーチェクが干されている何枚もの風にはためく真っ白なシーツの間をぬって逃げる姿やラストシーン。ひとつひとつ蝋燭に火をともしながら抵抗運動で亡くなった友人たちの名前をあげる場面。いつか、どこかで似たような手法、似たような場面を観ることがあったが、原典はワイダ監督の映画だったのである。そんなすごい監督にも関わらず、私がこれまで観た映画はほんの数本。もっと観たいと願いつつも、映画『カティン』もどうやらいまだに配給会社も決まらないようだ。なんということだ・・・。

老いて母が毎日何を思い、何を願っていたのかようやく理解したという監督にとって、この映画を撮ることは運命だったのだろう。
祖国を撮り続けた男が、最後に表現したのは自分自身だった。

■アーカイブ
『パン・タデウシュ物語』


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