セミの終わる頃(25)

2017-01-15 11:33:25 | 小説
「あらっ、そんなことがあったの。」
「それから、治子さんは湯治場で働き始めて、毎年セミの鳴くのを聞き始めた時と、セミの鳴かなくなった時で、季節を感じていたみたいです。そして、介抱した鹿の活は春子さんを慕い、鹿の寿命の十五年以上の年数を治子さんと一緒にいたみたいです。そして、治子さんはいつも鹿の活に対して
『私が今生きているのは、あなたのお陰なのよ。あなたと出会わなかったら、私は自殺していたのよ。』
と言っていたみたいです。」

「この鹿の活とはそんなことがあったの。」
「だけれど、治子さんがお世話になっていた温泉宿は経営が難しくなって、他の会社からお金を借りていたんだけれど、その会社が、治子さんが前に働いていた会社に売り渡したそうです。」
「そういえば、会社でそんなことがあったわよね。」
「そして、その会社は湯治場の温泉宿ではなくリゾートホテルにする提案をしてきたみたいですの。」
「そうそう、そんなことがあったわ。」

「しかし、その温泉宿のおかみさんは常連客がくつろげなくなるようなリゾートホテルにすることに反対していたのだけれど、会社の方針は変わらなくて、素晴らしい自然を破壊して工事を始まってしまったの。鹿の活は、それを許せなかったみたいですの。」
「そうねえ、白石さんが社長になってリゾートホテル建設の計画があったわよね。」
「そして、白石という人が乗ったタクシーが温泉宿に来るたびに鹿の活は「ギュルギュル、ギュ~イ。ギュルギュル、ギュ~イ。」と激しく威嚇するように吠えたみたいです。
そして、白石さんの会社は温泉宿の取り壊しや、近隣の丘の造成、広大な平地となった場所の整地等を行って、この素晴らしい自然を壊していったみたいです。
治子さんは変わり行く風景に悲しんでいて、心の張りを失ってしまって風邪をひいて寝込んでしまったそうですの。
そして、熱でうなされている時に、治子さんの夢の中に鹿の活が出てきて

「治子さん、僕を助けてくれてありがとう。しかし、僕を介抱してくれた温泉宿は壊されてしまったね。僕は助けてもらったおかげでお嫁さんをもらって子供もできました。
僕は、猟師に殺されたお母さんの代わりに、治子さんをお母さんだと思って甘えていました。だけれど、僕の心の中の治子さんはお母さんから恋しい人に変わっていきました。
鹿の僕が人間の治子さんをお嫁さんにすることができないのは分りますが、僕の治子さんを想う気持ちが押さえ切れません。
そして、治子さんを悲しい思いにさせている白石という男を、僕は許せません。明日、白石に仕返しをします。そして、僕の治子さんを愛する気持ちを、僕の子供の鹿に引き継がせさせます。」

と言ったそうです。
治子さんは、
「待って、止めて。あなたの私を愛する気持ちは前から気付いていたわ。だけれど、私の代わりに仕返しをしなくてもいいの、あなたは奥さんや小鹿のために生きなさい。」
と言ったみたいです。


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