サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 07227「ファミリー」★★★★★★★☆☆☆

2007年05月04日 | 座布団シネマ:は行

父・チュソクと幼い弟・ジョンファンが暮らす家に、姉ジョンウンが戻って来た。父は道をはずしていった娘を許すことができないし、ジョンウンは、父を母を死においやったものと思い込んでいる。しかし、父は白血病を患っていた……。 続き

新人監督に、こんな重厚な父娘物語が撮れるなんて、驚愕だ。

韓国映画の意欲的な作品に、長編劇場映画の初監督作品が一定の割合を占めている。
この「ファミリー」という、本格的で重厚な作品が、とても新人監督の手によるものだとは、信じられない。
イ・ジョンチル監督に対する情報は、ほとんど知らない。
大学で映画を専攻し、短編映画を2本作った後、助監督などで1,2本の作品に参加した。それだけのフォルモグラフィーの記録しかない。

IT系ベンチャーの育成政策が一巡した後、映画を中心とする文化の発信に対して、韓国政府は相当な力を入れた。
アメリカ(ハリウッド)の圧力で揺らいでいるが、国内の映画産業の保護・育成のため、上映館には、半数を国内作品の上映にあてるよう、保護してきた。
ハリウッドは怪物であり、世界中のエンタテイメントビジネスを牛耳っているといってもいい。
資本の論理だけに任せれば、ハリウッド映画だけが跋扈し、各国の映画産業は、マイナーなポジションにのみ追いやられる可能性が極めて高い。
一定の期間は、正しい政策だと思う。
そのほか映画制作に関してのリスクを軽減するため、韓国政府は、国としての補助・助成を大幅に増やした。そして、人材育成のため、映画専攻のキャンパスにも多額の助成をしている。

日本と較べてみれば・・・恥ずかしくてとてもいえない(笑)
イ・ジョンチョルのような30代の新人監督が、鎬を削っており、また、次々と新人にチャレンジさせようという土壌があるように思える。特に2000年以降の韓国映画の質・量の進歩は、こうした背景に拠っている。



ジョンウン(スエ)は3年ぶりに家に戻った。10歳の弟ジョンファン(パク・チビン)には日本に留学していたことにしているが、本当は、窃盗・傷害で服役しており、保護観察ということで出所してきたのだ。
父チュソク(チュ・ヒョン)と再会するが、父はいきなり「なぜ帰った、いつ出て行くんだ」と突き放すように言うばかり。
6年前母親が亡くなったのも、酒びたりで母に苦労をかけた父の責任だとみなしているスエも、態度を硬化させ、「お父さん、世界でいちばん、あなたが嫌いです」ということになってしまう。

スエは小さい頃から憧れていた美容院の仕事に、保護観察官のおかげでアルバイトをすることになったが、不良時代の仲間で小ボスに成り上がったチャンウォン(パク・ヒスン)や部下のドンス(オム・テウン)などと再会し、スエがチャンウォンの身代わりで警察に捕まった際に、事務所に忍び込んで5000万ウォンを横領したはずだ、と問い詰められ、殴られる。



父は娘の怪我を不審がるが、娘は相変わらず、父と打ち解けることが出来ない。
そんなとき、父のかかりつけの医者から、父が白血病にかかっていることを説明され、スエに骨髄移植の適合性の検査を依頼される。
そして、警察官であった父が退職を余儀なくされたのは、目の負傷事故が原因であり、そこから市場の魚屋となったが、酒びたりにもなった。その事故は、小さい頃、美容師の真似事をして、ハサミで父を負傷させてしまったスエが原因であったということを聞かされる。
もちろん、スエには記憶が無いし、父もその話はしようとしない。

スエははじめて本心から父と和解したいと思う。
しかし、チャンウォンの嫌がらせは度を越すばかりであり、父や弟の身の安全も脅かされてきた。
チャンウォンの横暴を面白くないと思っていたドンスは、チャンウォンの誘いに乗るフリをして、逆にチャンウォンを刺せ!とスエに取引を持ち込む。
スエは、迷う。
たまたま父の髭をそり終わり、思わず父に抱きついて「ごめんなさい、お父さん」とはじめてきつく抱擁する。
スエはひそかに家族に別れを告げ、ナイフを忍ばせて、待合場所に向かうが、話を盗み聞きしていた父は、娘の未来のため、一足早く、自分が乗り込んでいく・・・。



こうして粗筋を書き連ねながら、場面場面が浮かんでくる。見事に抑制がきいた演出で、父と娘の愛情が深く伝わってきて、目頭が熱くなる。たった10日間の父と娘の再会。宿命的なアウトローの世界の哀しさは、僕たちが上質の日本のやくざ映画の影の部分で、感動してきたものにも似ている。

それまでの演技で「涙の女王」と言われていたスエは、逆に本作では、過剰な演出を抑えたという。しかし、見事に表情に陰影を持たせている。スエは、けなげなところもあるが、昔の不良仲間を前にしても動じないアウトロー的な肝の太さもある。こういう役柄は、とっても難しいと思う。単なる、跳ね上り姉ちゃんではないからだ。



死期を悟っている父は、娘のために乗り込んで、チャンウォンを追い詰める。
少し前に、白血病のために薄くなった髪を隠すためのカツラをはぎとられ、衆人の面前で笑い者にされた父。娘に手を出さないでくれと、土下座をして哀願をした父。
もうそんな忍耐は必要ない。
昔の刑事時代の情熱が戻ったのかもしれない。ただただ、娘を守りたい。
スエは予想もしない顛末に驚き、父の元に駆けつけようとする。
ドンスたちに止められ、激しく抵抗し、「お父さん」と泣きながら絶叫する。

どこかハードボイルドな香りがするこの哀しい父娘物語に、しかも、監督も新人なら、スエも長編映画初出演であるが、200万人を動員し、スエは新人賞を独占した。
この作品は、韓国映画の父娘物語の傑作として、語り継がれる名作となるに違いない。


 



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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お父さん。 (BC)
2007-05-05 02:10:21
kimionさん、トラックバックありがとうございます。(*^-^*

大切な娘を守ろうとするお父さんの姿がせつなく愛しかったです。
父娘物語の名作ですね。(*^-^*

パンフレットによると監督は最初、父と息子の話として脚本を書き始めたけど、何か違うと感じていて、
そんな時に姉(妹)が結婚式の数日後に実家に泊まりに戻ってきて
母ではなく父と再会した時に泣いた。
その時に娘が父を想う気持ちは深いものかもしれないと思い、
父と娘の話にして書き直したそうですね。
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BCさん (kimion20002000)
2007-05-05 04:24:18
こんにちは。
ああ、そういういきさつがあったんですか。
父と娘の話に直して、正解でしたね。
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韓国映画の裾野の広さ (ウェイウェイ)
2007-05-05 21:40:43
トラックバックをおおきに。
この映画私も好きです。
スエさんという女優も大好きで、『夏物語』も観にいきました。韓国映画は、社会性のある題材をエンターティメントとしてもキチンとこなす実力をつけているので今後もますます楽しみです。
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ウェイウェイさん (kimion20002000)
2007-05-05 21:48:34
こんにちは。
この題材、日本でやってしまうと、ちょっとVシネマみたいになっちゃうでしょうね(笑)
そうなると、スエは暴行されちゃいますね。フム。
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韓国の土壌 (motti)
2007-05-12 15:38:02
韓国のパワーはキムチじゃない!
なるほど。
僕も感じてはいましたが韓国は国が若いんですよね。
つい20年前に近代の国にまとまったわけで...。

日本はそういうところでも高齢化社会だなぁ。
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mottiさん (kimion20002000)
2007-05-12 18:52:00
こんにちは。
近代というより、四半世紀前まで、軍事政権でしたからね。
戒厳令国家でした。
日本文化の解禁も、まだ10年経過していないんですね。
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