サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08297「遠くの空に消えた」★★★☆☆☆☆☆☆☆

2008年05月17日 | 座布団シネマ:た行

『春の雪』の行定勲監督が7年間温めてきた物語を映画化した感動作。平和な田舎町で空港建設をめぐる大人たちの争いに巻き込まれながらも、たくましく生きる子どもたちが起こす小さな“奇跡”を描く。都会から来た主人公を演じるのは『妖怪大戦争』などの天才子役、神木隆之介。共演は『北の零年』『SAYURI』などで注目されている大後寿々花。彼らの名演が、忘れかけていた大切な“信じる心”を思い起こさせる。[もっと詳しく]

「児童ファンタジー超大作」?ファンはタジタジとしているよ(笑)

行定勲監督は、もうすっかり中堅監督として定着した観がある。
監督としての評価がつくということは、単純にいえば、自分が思うようなキャスト・スタッフの布陣で臨めるということだ。
あけすけにいえば、もっとも重要な制作費がある程度潤沢にあり、ということは配給ルートがしっかりして上映館がかなりの数で保障されているということである。

快進撃は01年直木賞を受賞した金城一紀原作の「GO」を、窪塚洋介、柴咲コウ主演で映画化し、その年のキネ旬1位に輝き、日本アカデミー各賞を独占したころから始まっている。
04年「北の零年」では、吉永小百合、渡辺謙、豊川悦司などのキャストで北海道でたっぷりと時間をとった重厚な歴史大作に仕上げている。
同年、日本国内のベストセラー記録をうちたてた片山恭一の「世界の中心で、愛を叫ぶ」を、これまた、柴咲コウ、大沢たかお、長澤まさみという人気どころを揃えて、映画も大ヒットさせた。
05年は三島由紀夫原作の「春の雪」を、竹内結子、妻夫木聡というベスト・カップルに演じさせ、その年の日本アカデミー賞の主要な賞を独占した。
07年は沢尻エリカのプッツン会見で話題になってしまったが、「クローズド・ノート」ではまずまずの配収10億円を記録した。



けれど、本当はこの監督は、こうしたメジャー系大作とは別個に、自分の撮りたい映画のモチーフを強く持っているのだと思われる。
行定勲の監督史は、岩井俊二監督のTVドラマ(後に劇場映画化)の「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(93年)の助監督経験から始まっている。
「打ち上げ・・・」は小学生のふたりの仲のよい男の子が、お互い好きな同級生の女の子のためにプールで競争し、勝った方が女の子と駆け落ちする、というお話だ。作品としては、勝負の後、異なる二つの物語に分化してストーリーが進展していくという実験作なのだが、ポスト岩井俊二といわれたこともある行定勲が岩井俊二から受け継いだのは、独自の映像美学だけではなかったはずである。



「遠くの空に消えた」は、「子ども力」とでも呼ぶべき、子どもたち特有の価値世界を作品化するという意味では「打ち上げ・・・」に繋がるものがあるかもしれない。
ここでも、軸になる少年は転校生の亮介(神木隆之介)と地元悪がきである公平(ささの友間)であり、間に立つ傷ついている少女はヒハル(大後寿々花)である。
「遠くの空に消えた」は、行定勲監督が、7年間温めてきた作品である。
「児童ファンタジーの大作」だとのふれこみで、秘密の丘に集う子どもたちの「史上最大のいたずら」がもたらす「奇跡の物語」なのだ、というようにおおげさにコピーされている。



もちろん、ヒットメーカー監督としての実力は、その子役にも、当代きっての美少年神木隆之介や「SAKURA」でチャン・ツィイーの子ども時代を演じてハリウッドを唸らせた大後寿々花や、バイブレーヤーでファンの多い笹野高史の息子であるささの友間といったベストのキャスティングを実現させており、脇を固める大人たちも、もったいないほどの役者揃いである。
同年発表の「クローズド・ノート」と並行して制作していたのかもしれないが、たぶんこの作品はヒットメーカーである行定勲へのご褒美のようなかたちで、好きなように制作が許されたのではないかと、僕は勝手に想像している。
7年間の構想ということは、「GO」の大ヒットで一躍実力監督の仲間入りをした頃から、たぶん、メジャーの思惑の中でポジションを確定しつつ、しかし・・・・と思い続けてきた日々のはずである。



では、この作品に、行定勲の本来の「らしさ」は出たのだろうか?
15年も前の岩井監督の助監督を始めた頃のワクワクした興奮は甦ったのだろうか?
邦画で「児童ファンタジー超大作」などおめにかかったことはないが、今回はそうしたふれこみどおりなのだろうか?
残念ながら、僕にはとてもそうとは思えない。
それどころか、類まれなる失敗作だ、と思うのだ。

空港建設反対運動のやぐらが組まれている丘陵地帯に、公団団長の父親楠木雄一郎(三浦友和)が運転する車で亮介がやってくる。
都会育ちの亮介はクラスの女の子にモテモテになるが、面白くない公平にお定まりのように喧嘩の洗礼を受けたあと、ふたりは親友になる。
そんなふたりが出会ったのが、父がUFOに連れられて戻ってくるという奇跡を信じるヒハルであった。
雄一郎は、反対派が群れ集う酒場「花園」に乗り込んで、金の力で反対派の結束を切り崩そうとする。
公平の父親(小日向文世)は生物学者であるがひょっこり町に戻ってくる。
実は、雄一郎もこの町の出身であり、公平の父親と親友であったのだ。
大人たちの紛争が、子どもたちの世界にも飛び火して、哀しい事件が次々に起こる。
亮介と公平は子どもたちを結集して、病床のヒハルのためにも、「史上最大のいたずら」を仕掛けることを決意するのだが・・・。



いきなり村の名前が「馬酔(まよい)村」という、ネーミングのだささに興醒めする。まず、ファンタジーですよ、そのつもりで見てくださいね、というおことわりなのか?

三里塚空港反対阻止闘争のシンボルでもあった物見やぐらや砦が、それらしく再現されている。反対派の黒服姿の青年たちは闘争用語を無神経に使いながら、傍若無人だ。大地主の天童(石橋蓮司)も、どこかでカネの匂いを嗅ぎつけている。これは成田闘争的な土着運動へのなんらかの意図を持ったパロディないしオマージュなのか?

大地主の娘で小学校の人気教師のサワコ先生は、親から結婚を押し付けられる変態男のようなタニシから離れ、森の中で機械仕掛けの羽根をつけ空を飛ぼうと目論む無口な青年に心を寄せる。現実界から遊離してメルヘンに遊ぶ王子様と王女様物語なのか?

ヒカリは「星が採れる望遠鏡」を秘密の丘に持ち込んで、流れ星を捉えようとし、亮介や公平に「信じる?」と問いかける。これは見える人には見えるスピリッチュアルな宮沢賢治的寓話なのか?子どもたちの秘密基地は、「21世紀少年」のパロディとしてみたほうがいいのか?

酒場の「花園」では、ドタバタしたコメディ劇が繰り返され、狂騒状態が止まない。これはスラップスティックな、筒井康隆的ともとれる演劇空間なのか?

人のよさそうな公平の父は、生物学になぞらえて人間の矮小さを揶揄しようとする。これは、ファーブル的な教訓映画なのか?

最後の奇跡では、こともあろうに麦畑にストーンサークルをこしらえあげ、UFOの基地を模したのだという。そして、ヒハルの枕元におかれた隕石とアフリカ部族長のお守りの石刃が、光を帯び浮遊し、小さなUFOに変態する。これは、宇宙規模のファンタジー映画なのか?



僕は、すっかり呆れてしまった。
部分部分をとれば、美しい映像も構図の面白さも着想の拡げ方もあるようにみえるのだが、全体はちっとも美しくない盛られ方をした「幕の内弁当」みたいなのだ。
要するに、仮構されたひとつのファンタジー世界を、虫眼鏡でぼんやりと覗き込んでいるような・・・。
けれどもここには、虫眼鏡で覗きこむ側の視線を、畏怖させたり、驚愕させたり、思考させたりといったものはなにもない。
詩情も、抒情も、エスプリも、なんら際立って立ち上ってこない。

なぜ行定勲監督は、なんの制限もないようなプライベートフィルムのお遊びのような世界で、こんな出来合いの作品を撮ってしまったのだろう。
安心できる中堅監督として、のぼりつめてきたこの10年近くの間に、どこかでメジャー作品に手馴れてきたことが、反作用をもたらしたのだろうか。
たぶん処女作からこの監督のすべてを見てきている僕にとっては、うーんと考え込まざるを得ないのであった。


kimion20002000の行定勲監督レヴュー
「北の零年」
春の雪
クローズド・ノート








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10 コメント

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Agehaさん (kimion20002000)
2008-11-06 14:17:12
こんにちは。
なんなんでしょうねェ。
結構、期待して、見始めたんですけどね。
エピソードは多いんですけど、ひとつひとつが、借り物のような気がします。
そうかといって、なにかのオマージュになっているわけでも、パロディになってるわけでも、ないんですね。
Unknown (Ageha)
2008-11-06 14:05:31
なんていうか、
ええように言うたら、ビッグフィッシュのような
ファンタジーの部分もあり~の。

ひとつひとつの宝石はとてもキレイなのに
つなげてネックレスにしたら
個性をつぶしあってガラクタの数珠繋ぎに
なってしもたという悲しい感想。
(なんかめちゃくちゃ言うてますが)

オリジナルな作品に
アレもコレも詰め込もうとした結果
中心になるテーマがなくてコレというものが
こちらに伝わってこなかったというのが
今思ってももったいない作品でした。
子役も俳優さんたちも
個性的でいい演技をしてたのに
まとめられないのはやっぱりダメですよね・・・。
で、ファンタジーにピストルはないよと・・。

行定監督の作品、一番好きなのは
打ち上げ花火・・・かな?
オカピーさん (kimion20002000)
2008-10-31 02:40:29
こんにちは。
「幕の内弁当」ですよね。
日本文化論では、「幕の内弁当」という比喩はいい意味で使われるんだけど、この場合は、ほんとうに総菜屋によくある見た目だけの盛り付けと言うか(笑)

尾崎一雄の引用ですか。なかなか、いい言葉じゃないかと、思ったんですけどね。
弊記事へのTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2008-10-30 02:18:42
こんばんは。

>好きなように制作が許されたのではないか
そうですね。
外観は一応メジャー映画的なのですが、中では非常にマニアックな志向性みたいなものがごちゃまぜに詰まっている、正に幕の内弁当状態でしたね。
明らかな失敗作という意見に一票。
僕の5点は結構幅広いんです。あはは。

記事の最後に書きましたが、「蜂は本来飛べない構造をしているのだけど、飛ぼうとするから飛べるんだ」という文言は尾崎一雄の名短編「虫のいろいろ」に出てきますから、どこかで示す必要があるのではないかと思います。
エンディング・タイトルをうっかり見逃してしまったので、或いはどこかに出ているかもしれませんが。
とらねこさん (kimion20002000)
2008-05-25 01:12:44
こんにちは。

>大きなアイディアがすごく詰まった作品

そうかもしれません。
並行して作品を撮っていたりしていたから、少し慌しかったのかもしれませんね。
ご無沙汰しております (とらねこ)
2008-05-24 20:47:14
TBありがとうございました。
>類稀なる大失敗作
確かに、そうかもしれませんね。
でも、この監督が本当はやりたかった、大きなアイディアがすごく詰まった作品のように思いました。
全体像として、失敗作になってしまったけれど、言いたいことがすごく分かるんですよね。
えめきんさん (kimion20002000)
2008-05-24 11:45:01
こんにちは。
「ちょっと変わった世界観」というのを、スタッフと同じように、観客も楽しめるかどうかと言うことが、評価の分岐点になりそうですね。
こんにちは (えめきん)
2008-05-24 08:31:49
TB&コメントありがとうございました。

僕はこの雰囲気好きでしたね。予告を観た時は真っ当な感動モノだと思っていたので、いい意味で裏切られました。
ちょっと変わった世界観、活き活きとした子供達が印象的でした。舞台挨拶でも言ってましたが、スタッフも楽しみながら作っているのが画面から伝わってくる作品でしたね。
あるきりおんさん (kimion20002000)
2008-05-24 00:52:56
こんにちは。
あとは、メジャー系の映画ですけどね。
どこかで、この監督は器用貧乏になってるように思いません?
Unknown (あるきりおん)
2008-05-24 00:37:05
この監督の映画のうち約半数を観ている計算ですが、
「ユビサキ~」と「ひまわり」が、
辛うじて不愉快にならずに見られた感じで、
あとの映画はなんだか不愉快になっちゃうんです。
センスがあわないんでしょうね・・・

「北の零年」がアイヌの話とは知らなかったので、
ちょっと興味でてきましたが・・・
こわいなぁ・・・

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